第7話 霊草と言う名の魔獣



「うわっ、目の前にまた蔦の壁!」

「このっ、火球の魔法を喰らいなさい!」


 チュドォォォンと爆音が響き炎が蔦を焼くが、瞬く間に再生して再び前に立ち塞がる。


「全然ダメですね。完全にイタチごっこです」

「どうする? また私が火球を叩き込もうか?」

「ミリアはダメ!」


 そんな感じで行く先々に出現する蔦に翻弄されるミリア達3人。それはまるで蔦と樹木で形成されている巨大な迷路のようにも感じられた。周囲に立ち込める霧の影響もあり、今現在自分達がどの方角へ向かっているのかも3人には分からなくなってしまっていた。


「なんだか誘い込まれているような気がするわ」

「うん。蔦が壁になる時もあれば普通に襲いかかってくる時もある」

「壁になったらそこはもう通れませんからね」


 実際、その3人の危惧は当たっていた。

 やがて、3人は誘い込まれるように大きく開けた場所に出る。


「え?」


 思わず呆然と目の前を見上げた。

 霧の向こうに見える巨大なシルエット。それはまるで巨大な花が咲いているかのよう。


「まさかアレが!」

「フロムエージェの本体!」


 言うが早いか、頭に響くような奇声と共にフロムエージェがその姿をミリア達の目の前に現した。広がる6枚の血のように真っ赤な花弁。その中心に綺麗な女性のような姿をしたモノがいる。なぜ『姿をしたモノ』なのか。実際シルエットだけならば女性に見えたかもしれないが、それには目が無く、目の部分にはぽっかりとした穴が開いていて赤い光がその奥で光っている。さらに全身は蔦と同じ緑色をしており、髪のようにも見える部分はそのまま下半身と一緒に花本体と繋がっていた。

 確かに見た目は図鑑にあった通り。ただ、問題はその大きさだった。


「ちょっと! アレ、10メートルを随分超えてるように見えるけど!」

「わ、私のせいじゃないです!

 文句は図鑑を作ったベルモールさんに言ってください!」


 直後、さらに霧の奥から4つの本体同様に真っ赤な蕾が飛び出し、ミリア達の目の前で大きく花びらを開く。そのそれぞれの中央にある、まるで口のようにも見える部位から一斉に霧にも似たブレスを吹き付けてきた。完全に虚を突かれた3人はまともにそれを浴びてしまった。


「こ、これは」


 目の前がぐらりと歪む。それは間違いなくこの霧のブレスが引き起こした影響。


「まさか、毒霧!?」

「しまった。解毒剤も買っておくべきだったかも」


 平衡感覚が狂い、思わずしゃがみ込んでしまう3人に、さらに追い討ちをかけようとするフロムエージェ。ミリア達は慌てて分散するように飛び退いた。揺れる視界に耐えられず、思わず着地を失敗して地面を転がる。

 頭を振って起き上がり、反撃しようとフロムエージェの方に目を向ける。毒の影響で視神経が犯されたか、ミリアの目にはフロムエージェが5体くらいに分裂して見えた。


「くっ、揺らぐな、私の視界!」


 精神を集中して、なんとか視界を安定させる。そしてミリアは生み出した火球をフロムエージェ目掛けて撃ち放った。爆炎が周囲を紅く照らし出し、奇声にも似たフロムエージェの叫び声が木霊する。


「よし、当たった! どうやら効いてるみたいね」

「あたし達にも効いてるけどね」


 ミリアの後方でうつ伏せになっているエクリアがぼやく。またミリアが使った魔法の余波に吹っ飛ばされたらしい。見ればリーレも同様に転倒して目を回していた。


「え~い、少しくらいの被害は覚悟の上!」

「こら、あんたが言うか、あんたが!」


 突っ込むエクリアを尻目に、さらに追撃で火球を放とうとするミリア。だが、そうはさせないとばかりにフロムエージェの蔦が背後からミリアを襲った。


「そうはさせるか!火炎の弾丸ファイアバレット!」


 それをエクリアが指先から放った火炎弾で撃墜する。圧縮された火炎の力がインパクトの瞬間に解放され、蔦が根元から千切れて宙を舞う。


「ありがとう、エクリア!」

「お礼は後でいいわ。それよりもミリア。どうせ魔法を撃つならまずはあの周囲にある4つの花を狙って! 毒の霧を吐き続けられたら、いずれはまともに動けなくなるわ!」


 ミリアは頷き、フロムエージェを見据える。ぼやける視界は気力でどうにかカバー!

 生み出される強力な火球に気づいたフロムエージェは、毒の霧を放とうとミリアの方に4つの花を集中させる。あの毒の霧の集中攻撃を喰らえば、一瞬で意識まで断ち切られるかもしれない。だが、この展開はある意味ミリアにとっても好都合。なぜならば、


「私のところに固まったわね。これなら一発で全てを破壊できるわ!」


 毒の霧が放たれるのとほぼ同時に、ミリアの火球魔法が炸裂する。爆炎の超高熱が一瞬にしてその4つの花全てを焼き溶かした。

 さすがにこれにはフロムエージェもひるんだか、本体が絶叫を上げ大きくのけぞる。


「うぅ……」


 だが、その際に毒霧をまともに浴びたミリアもただでは済まない。急激な勢いで平衡感覚だけじゃない。全身の感覚までも失われ、意識が遠のいていく。


「ミリア!」


 ぐらりと体が揺れそのまま前のめりに倒れそうになるが、それをエクリアが受け止める。


「チャンスは今しかないわ。リーレ!」

「は、はい」


 ようやく目を覚ましたリーレが、エクリアの声に反応して彼女の方に目を向ける。


「水流をあたし達の頭上から落として!」

「え?」

「あたし達の周囲にある毒の霧を一時的にでも洗い流すのよ!」


 分かりました、とリーレは頷き、瞬時に大きな水の塊を生み出して3人の頭上で破裂させた。まるでバケツの水をひっくり返したかのような水流が3人の体を洗い流す。頭から冷たい水をかぶったためか、瞬時にして意識もすっきりした。


「これならいける。ミリア、いける?」

「うん。大丈夫」


 完全に毒の影響が抜けたわけではないが、それでもさっきよりは遥かにマシだ。ミリアは力強く頷く。


「よし、一緒に撃つわよ」

「オッケイ!」


 一撃で仕留める。

 2人の考えは同じだった。その一撃に最大の魔力を込める。眩い真紅の輝きを放つ2つの火球。それがどんどん膨張し劫火を放ちつつ大きくなっていく。


「リーレはあたし達に後ろに! そこなら魔法発動時の障壁で余波を喰らわなくて済むはずよ!」

「分かりました」


 言われた通りにリーレは2人の後ろにまで回り込む。

 それと同時に、ミリアとエクリアの魔法が完成した。


「これで決める!」

「いっけぇぇぇぇっ!」



――豪炎の炸裂弾フレイムバースト



 放たれた二つの赤い砲弾は同時にフロムエージェの本体そのものに直撃。その次の瞬間、周囲が赤い光で包まれ、直後轟音と衝撃が森全体を振るわせた。蔦は爆炎で一瞬にして消し飛び、本体は根元を残し灰となっていた。そして、その強烈な爆風のためか、周囲に立ち込めていた濃い霧は残らず吹き飛ばされていた。

 三人はばったりと仰向けに倒れて大きく息を吐く。


「はぁ、何とか勝てたわね」

「本当ですね。こんなモンスターと戦う事になるなんて思ってもいませんでした」

「……やっぱりベルモールさんの依頼はベルモールさんの依頼だった」


 とにかく、解毒剤を作らないと。

 ミリアは起き上がると道具袋からノートと数種類の薬草を取り出す。そのノートにはベルモールが作っていた薬の調合方法が事細かく記されていた。これは店番中に調合を求めるお客さんが来た時のためにミリアが書き溜めておいたものだった。


「いざと言う時のために作っておいた調合ノートだったんだけど、意外なところで役に立ったわ」


 手早く材料を磨り潰して混ぜ合わせ、解毒剤を完成させるミリア。キャリア1年くらいとは言え、それなりに手馴れたものだとエクリアは思った。

 その解毒剤の効果はまさに効果覿面。飲んだ途端に一気に気分が楽になり、ぼやけた平衡感覚も歪んでいた視界もたちまちにして元通りに。


「さすがはベルモールさんの調合。とんでもない効果だわ」


 作った事はあっても自分で使った事がなかったため、その効果に感動するミリア。やはりあの人は調合師としては超一流だと改めて思った。


「さてと、問題は……」


 前に目を向けてミリアとエクリアは思う。

 場面が場面だったとは言え、もう少し手加減すべきだったかなと。


「見事に跡形もないわね。薬草の材料になりそうな場所は残ってる?」

「分かんない。私もフロムエージェの調合法は知らないから」

「えっとですね、この植物図鑑によるとフロムエージェの根っこが調合に使われるそうですよ」


 図鑑を見ながら言うリーレ。根っこならば何とか残っていた。もう少し威力が高かったら地面ごと抉り取っていたところだったが。


「良かった、根っこが残ってて」

「よ~し、引っこ抜くぞ~」

「え? ミリア?」


 腕まくりしてミリアが根の部分を掴み、力任せに引っ張った。するといきなりビキビキと地面に亀裂が走り、豪快な音と共に大きな根が地上に引きずり出された。


「これが霊草フロムエージェの根っこか。初めて見たわ」


 そんな事を呟きながら、ミリアは自分の3倍近くある根っこをしげしげと眺めている。

 それを呆然と見つめる2人。根っこの太さは明らかに木の幹ほどもあるのに、硬い地面を粉砕して何の苦も無く引きずり出したこのミリア。


「なんとも魔道士らしからぬパワーですね」

「筋力強化の魔法無しであれだもんね。魔法使わなくても大抵のモンスターは素手で殴り倒せるかもしれないわね」



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