第18話 アスティと傭兵団


 ムシャムシャバクバクガツガツモグモグ!


 そんな擬音が聞こえてきそうなほどの食いっぷりで目の前に並べられた料理を平らげていく。それを唖然と眺める周囲の人々。


 ここはグローゼン王国の王都ローゼンまで残り半日ほどのところにある宿場町。ミリア達と『銀光の風』の面々は行き倒れていた女性魔道士を保護してこの町へとやってきた。

 そして、町の酒場に連れて来た結果がこの惨状である。

 並び立つ皿の塔を目の前にして、エクリアが一言。


「まさかベルモールさん以外にミリアと同じ光景を目撃する事になるとは思わなかったわ」

「どれだけ腹ペコだったのよ……」


 シルカ含め他のお客さん達の呆然とした視線が集中する中、皿の塔が3つくらい並んだところでようやく満足したのか、「はぁ〜、生き返りました。ありがとうございます」とお腹をさすりながら一息ついた。


「全部で2500ルーンになります」


 大体このお店の場合、1人当たりの夕食での予算はだいたい平均500ルーン前後となる。お酒が入ると2~3割増しくらいになる計算であるが、この女性魔道士はその5倍以上を1人で食べた事になる。しかも料理はさほど高くもない物ばかりだったのにだ。


「……後で請求しないと」


 軽くなった財布に悲しくなりながらミリアは呟いた。



 さて、それはそれとして、女性の魔道士がたった1人で行き倒れていたのは何かしら理由があるはず。

 とりあえずその辺りを聞きこむことにした。


「まずはお名前を伺いたいんだけど」


 その言葉にハッとしたように魔道士の女性は目を丸くし、コホンと咳払いを一つ。


「申し遅れました。私はアスティ・モールディア。20歳です。

 一応、つい最近なんとか試験に合格しまして上級魔道士ウィザードになりました」

上級魔道士ウィザード……階級は私達よりも上か」

「私としてはミリアさん達がまだ正魔道士セイジって事の方が納得いかないんですけど」


 呟くミリアに対し、不満を顔に張り付けてミレーナがぼやいた。

 それはそれとして、とりあえずはあんな所で行き倒れていた経緯を聞く必要がある。魔法による長距離から中間距離、さらには武術による接近戦までこなすミリア達のような魔道士は実際にはほとんどいない。当然である。魔道士は元々1人で行動するものではなく、接近戦を専門にする戦士系の仲間と共に行動するものなのだ。賢者ソーサラーのミレーナもその例には漏れない。接近戦を得意とするグラッドとチームを組んで戦ってこそその本領が発揮できる。魔道士とはそういうものだ。


「一人旅じゃありませんよね。魔道士なら誰か仲間がいたと思うんですけど」


 はっきり言って女性の魔道士が一人旅など自殺行為以外の何物でもない。襲ってくださいと言っているようなものだ。


「実は、ローゼンまで向かっている途中だったんですが、途中で一緒に来てた仲間と逸れてしまいまして。その人達に資金面の管理も全部お任せしてたためにどうしたものかと思っていたんです」


 つまり、仲間にお金も全部預けていた状態で逸れたもんだから行き倒れたと言う訳だ。口調はのんびりしたものだが、内容は正反対でのんびりできるようなものではない。


「冒険者ギルドへの登録とかは? あればこの町の冒険者ギルドから問い合わせる事ができると思うんですけど」


 ミレーナの言葉にアスティはポンと手を打つ。


「ああ、その手がありました」

「いや最初に気付こうよ」


 ミリアの突っ込み。どうもやや天然っぽい。

 そんな訳で、ミリア達も付き添ってアスティと一路冒険者ギルドへと歩を向ける。

 さすがにこの小さな宿場町にはギルドの支部は置いてないので、王都ローゼンにある冒険者ギルドのグローゼン本部まで行く必要がある。

 アスティを『銀光の風』の馬車に乗せて街道を進む事半日。一行はローゼンに到着した。



 グローゼン王国の王都ローゼン。

 豊かな自然に囲まれたこの国の王都は普段は以外は静かな街だった。獣人の国とは言え、全てが全て戦闘民族と言う訳ではない。ウサギや羊などの獣人は基本的には穏やかでのんびりした性格の者が多い。なので基本的には街のあちこちでストリートファイトやら乱闘やら喧嘩やらが繰り広げていると言うのは、この国の事をよく知らない者の思い込みに過ぎないのである。

 ちなみに、ミリアは思い込んでいた側の人間だった。

 知り合いの獣人がレイダーとその妹のシャリアが揃って猪突猛進の脳筋型なのだから仕方ないだろう。

 とにかく、普段は静かなこのローゼンの街もこの日だけは例外だった。

 通りに人が溢れ、広場や大通りには多数の出店が軒を連ねている。まさにお祭りと言った感じに相応しい雰囲気だった。


「やっぱり人が多いわねぇ」

「大闘技会の本戦が明後日に開催されますからね。当然お客さんも増えますよ」


 馬車から外を覗くミリアにシャリアが答えた。

 そう、ミリアとシャリアのコンビが勝ち抜いた大闘技会。その本戦がいよいよ明後日にこの街で開催されるのである。


「あ、明日はちょっと王城に来てもらえますか。ちょっとお父様に直接紹介したいので」

「良いの? 迷惑じゃない?」


 普通は王城に入るには手続きやら何やらで相当な時間が掛かるはず。特に今は大闘技会前の忙しい中なのに国王がしがない一学生に会う時間などあるのだろうか。

 そんな事を考えているミリアとは裏腹にシャリアは気軽に頷いた。


「大丈夫です。お父様もどうせ面倒な国の運営ごとは全部大臣達に丸投げしているはずなので」

「え? 国として大丈夫なの?」

「大臣達がしっかりしていて、その上で国王が不正をしないか監督してるなら大丈夫じゃないかな」


 横からシルカが言った。


「分かった。じゃあ明日お伺いするわ」

「宿はこちらで手配しましたので、明日のお昼過ぎくらいに迎えを寄越します」


 そう言うと、シャリアの護衛ガリアがミリアに一枚のメモと4枚のチケットを手渡した。それは宿の住所と宿泊チケットだった。


「ではまた明日」

「ええ。今日の魔光オーラの鍛錬は忘れないでね、シャリア」

「魔力と闘気を練り合わせて全身に行き渡らせる、ですね」


 忘れませんよ、と親指を立てる。そして、シャリアはガリアとベスに付き添われて通りの人混みに消えた。

 それを見送ったミリア達に恐る恐ると言った感じでアスティが、


「あのぅ……シャリアさんってどこかお偉いさんの娘さんなのですか?」

「お偉いさんも何も。さっきの話で何となく分からなかった? 彼女の父親はグローゼンの国王陛下。つまりシャリアはこの国の王女様よ」

「ええぇぇぇぇぇっ! じゃ、じゃあ皆さんも……」

「エクリアとリーレはヴァナディール王国の侯爵家、シルカは辺境伯家の御令嬢だけど、私は普通の一般家庭出身よ」


 ミリアが一般人と聞いてホッとしたのも束の間、その前に小柄な体が割り込まれる。


「妾は一応魔界サーベルジアを治める大魔王アニハニータだ。で、ミリアは妾の甥っ子じゃ」

「うーん」


 一般人とは何だったのか。アスティは意識を手放した。





「侯爵家に辺境伯家、サーベルジア大魔王の甥っ子……私が一緒にいて良い身分ではないのでは……」

「だから気にする事ないってば。私達、あくまでただのヴァナディール魔法学園の学生なんだから。ほら、着いたよ」


 ブツブツ呟くアスティを引っ張って、ようやく辿り着いたローゼンの冒険者ギルド。レンガで組まれた3階建ての建造物で入り口にデカデカと『冒険者ギルド ローゼン支部』と書かれている。ミリアはその入り口の扉を勢いよく押し開けた。

 瞬間に集中する多数の視線。見ればイカつい冒険者達がミリア達に目を向けていた。見る限り7、8割がたは獣人だが、人族の姿も所々見受けられた。

 とりあえず受付にまでアスティを引っ張っていき、受付の猫獣人のお姉さんに声を掛けようとしたその時。


「あ~~っ、アスティ!」


 後ろから高い女性の声が。

 振り返ると、駆け寄ってくる見た目の姿がどう見ても10歳前後にしか見えない女の子。

 シャツとベスト、下はハーフパンツと言う軽装で頭にバンダナを巻いた冒険者スタイル。腰には体に似つかわしくないかなり大きめのダガーが吊り下げられている。


「もう、任務中にいきなりいなくなるなんて何回目よ! あれほど逸れないようにって言ってたのに」

「えっと、えへへ」

「笑い事じゃないっての、全く」


 小さな女の子に説教される大人の図。

 そんな2人の元に歩み寄ってくる大柄な戦士風の男が1人。

 彼はミリア達に礼をする。


「連れを保護してくれて感謝する。

 俺はザルヴェニート傭兵団所属のガルガンドと言う。そして――」

「私が団長のルーヴェよ。よろしく」


 ミリア達の前に割り込んできてムンと胸を張るルーヴェと名乗った女の子。どう見ても大人ぶっているだけの子供にしか見えないが。


「ザルヴェニート傭兵団。俺達と同じAランクの傭兵団だな」

「有名なの?」

「ああ。確か地竜を討伐した事で一躍有名になった傭兵団と聞いている。団長のルーヴェは魔族バンシーだから見た目通りの年齢じゃない」

「ちょっと! レディの年齢に言及するなんて失礼ね!」

 

 プンスカと怒るルーヴェ。全く怖くないどころか可愛げすら感じてしまう。


「とにかく、この問題児魔道士を連れて来てくれてありがとう。

 この子何故かとんでもない方向音痴でね。気がつくといなくなってる事がよくあるのよ。まあ、実力はあるから山賊とかに捕まる事はほとんど心配してなかったけど」


 山賊に捕まる事はなかったが、空腹で行き倒れていた事は黙っていよう。ミリアは空気を読んだ。


「それじゃあ、私達はこれで。次の依頼があるので」

「あ、はい。お気をつけて」


 ミリアに手を振って、ルーヴェはガルガンドとアスティを連れてギルドを出て行った。それを見送ったミリア達はお互いに顔を見合わせーー


「じゃあ、宿に戻る前に街を見て回ろうか」

「良いですね。折角のイベントですし」

「美味しいものを食べ歩くのも良いかもね。あたしも獣人の国の食文化ってあまり知らないし」

「何か珍しい物があるかも」

「よし、じゃあ行こうか」


 ミリアはエクリア、リーレ、シルカを引き連れて冒険者ギルドを後にし、街の中に消えた。




 それを少し離れて見ていたルーヴェは小さく呟く。


「……あの子がミリア・フォレスティか。まさかここで会えるとは思わなかったけど」

「? ルーヴェさんはミリアさんと面識が?」

「いえ、会ったことはないわね。ただ、無関係ってこともないかな」


 意味深に笑うルーヴェを不思議そうに見つめるアスティだった。



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