第19話 遺跡とメディスンの杖
陽の光が入らない闇の世界。地下深くに伸びるその通路をその男は護衛の傭兵を引き連れて降りていく。
闇を照らす灯りは男の手に持ったランタンのみ。
天井から落ちる水滴の音と慎重に通路を歩く複数の足音だけが静寂の中に響いていた。
遺跡探索の第一人者である彼ーーバリアン・ザックストンは今、とある依頼でグローゼン王国南東部の山岳地帯にある遺跡に来ていた。
依頼主は魔界サーベルジアの大魔王アニハニータ。とんでもない大物からの依頼だった。
やがて、一同は大きな広場のような場所に辿り着く。
ランタンを頼りにその広場を調べたところ、6つの燭台のようなものが円陣を敷くように並べられていた。
「……とりあえず
調べていた冒険者の1人がそう口にする。
「壁や燭台の材質や装飾からするとかなり古い遺跡のように見えるが……妙だな」
燭台と魔法陣の描かれた床を調べていたバリアンがそう口にした。
「床や燭台などに比べると魔法陣がやけに新しい。少なくとも遺跡は数千年前のものなのだが、この魔法陣だけは3、400年程前のものだ」
「つまり、400年前に誰かがここに魔法陣を書き込んだって事か?」
護衛の男に問われてバリアンは頷く。
(この遺跡。無の砂漠の南にそびえる山岳地帯に隠れるように存在していた。そんな中に誰が何のためにこんな魔法陣を?
それにこの魔法陣、何かを封印しているように見えるが……)
バリアンは冒険者であって魔道士ではない。ゆえに魔法について詳しいわけではない。ただ、これまでの経験上、この床全体を覆うように描かれた魔法陣は何かしらのものを封印している可能性が高いとバリアンは考えていた。
一体何を封印しているのか。
そんな中、ふと壁の一部に何か文字が刻まれているのが見えた。長い年月で砂や埃がたまって読みづらくなっていたが。バリアンはその前にしゃがみ込み、ブラシで表面を払った。これで読む事ができる。
「……古い文字じゃないな。どちらかと言えば今の言葉に近い。
なになに……」
――この地を訪れしものに警告する。
魔法陣の封印を解くなかれ。
この地には大いなる災いを封じたるものが眠っている。
災いの眠りを覚ますことなかれ。
「大いなる災い?」
そう呟いた直後だった。
突然、広場の入り口からバタバタと大勢の足音と共に兵士らしき者達が広間に雪崩れ込んできた。取り囲まれて槍を突き付けられ、思わず全員両手を上げた。全員、見たところ魔族の兵士っぽい姿をしている。そして最後に踏み込んできた人物。その人物にバリアンは見覚えがあった。彼に直接依頼を持ち込んできた人物だった。
「ご苦労様でした。流石は一流の冒険者の事はありますね」
「あんた、なぜここに?」
「ふふふふふ、ご無沙汰ですね。そう言えば自己紹介がまだでした。
私はラーズ。サーベルジア連邦グラベリーを治める吸血鬼の王。ここに来たのは、ここに封じられているあるモノに用があるのですよ」
「封じられたあるもの?」
バリアンは魔法陣をチラリと覗き見る。そして再びラーズに視線を戻した。
(この男、ここに何が封印されているのか知っているのか?)
「気になりますかな? ここに何が封印されているのか」
そんなバリアンの考えを察したかのようにラーズはニヤリと笑う。そして、魔法陣の前まで歩み寄ると、懐から一枚の紙を取り出した。そこには何かの魔法陣が描かれていた。
「これはとある協力者から入手した『魔力霧散』とか言う紋章陣。これでこの封印の紋章陣に触れれば……」
ラーズが魔力霧散の紋章陣で床の紋章に触れた瞬間。
「!!」
床の魔法陣が眩い光を放ち、それが半球体を描くように広がった。そしてやがて、その光がまるで細かい粒子となって空中に溶け込むように消えた。
そこには、確かに何もなかったはずの台座と1本の杖が魔法陣だったものの中央に佇んでいた。
それを見たラーズが歓喜の声を上げた。
「おお、これこそが世界に眠る6つの魔道具の1つ。我ら魔族に伝わるメディスンの杖!」
その名はバリアンにも聞き覚えがあった。
かつて、魔界を襲撃した死の世界の王『冥王』を撃退したと言われる伝説上の大魔王メディスン。その大魔王が愛用していたとされる杖が世界のどこかにあるとされていたが、まさかこの遺跡にあったとは。
そんな謂れのある杖をラーズはその手に取った。その瞬間、杖から膨大な
「……素晴らしいこの魔力。この力があれば、あの忌々しい魔人族の女を屈服させる事も容易くできそうだ!」
高笑いを上げるラーズを、いや、そのラーズの持つ杖をバリアンは凝視していた。
何かがおかしい。バリアンはそう思った。
杖とは魔道士にとって魔法の補助的な役割を果たす魔道具だ。それは伝説上の代物、メディスンの杖と言っても変わりはないはず。
しかし、ラーズが杖を手に取った途端に杖から溢れ出す
スッと目線を壁に刻まれた文字に向ける。
大いなる災い。
それは溢れ出すその
そして、その推測が誤りでは無いだろうとも。
「さて、お前達だが」
「俺達をどうするつもりだ?」
「心配するな。殺しはせんよ。
お前達にはまだ働いてもらわねばならんからな。
者ども、その者達を連れて行け。あくまで丁重にな」
これは、グローゼンの大闘技会が開催されるひと月ほど前の出来事である。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇
「――と、言うわけなんだよ。ラーズの奴め、元々忠誠心のある奴じゃなかったが、まさかあんな強硬策に乗り出すとは」
アニーこと大魔王アニハニータは目の前の大皿に山盛りにされた骨つき肉を噛みちぎりながらそうぼやいていた。もしゃもしゃと咀嚼してごっくんと飲み込み、さらにエールをぐびぐびと流し込む。
見た目10歳前後の少女がエールをがぶ飲みしているとか、周りの目が痛い。
「いきなり不意を突かれた上に、まさかメディスンの杖まで持ち出してくるとは。魔力を抜き取られた上に、その反動でこのざまじゃ!」
「なるほど。その子供の姿は魔力を半分以上抜かれたせいって事ですか」
夕飯にローゼンの酒場にやってきたミリア達は、こんな感じでずっとアニハニータの愚痴を聞かされていた。
「でも、サーベルジアの統治者であるアニーさんが居なくなって国の運営は成り立つんですか?」
そう問いを投げかけるのは、侯爵令嬢のエクリア。立場上国の
とにかく、国主たる大魔王が唐突にいなくなればそれこそ国中が大混乱に陥る事は想像に難く無い。そんな事はミリアにだって分かる。
「うむ、普通ならそうなのだがな。なにぶんサーベルジアは連邦制の国だ。ある意味複数の国がそれぞれに統治しておるゆえ、妾がいなくなって大騒ぎするのは妾の治めるメロキャットくらいであろうな。まあ、
言いつつ、サーベルジアの方に目を向けるアニハニータ。
(……サーベルジアは強硬派と穏健派が丁度二分する国。無駄な争いを避けるために妾も穏健派に肩入しておったのだが。
ラーズは強硬派の筆頭。嫌な予感が頭を離れぬ……妾が戻るまで何事も起こらねば良いが)
言いつつアニハニータは苦笑する。それは血筋か。ミリア同様、彼女の悪い予感はほぼ確実と言ってもいいくらいに当たる。彼女自身もそれはよく理解していた。
「それで、アニーさんは今後はどうする予定なの?」
「まずはサーベルジアに戻らねばならんだろうな。奪われた魔力を取り戻さねばならんし。ただ……」
「ただ?」
首を傾げるミリアにやや恥ずかしげに頬を掻きながらアニハニータは答えた。
「なにぶん、妾はサーベルジアから出た事がなくてな。グローゼンからどう行けばサーベルジアに帰れるのか全然分からんのだ」
どうやら大魔王たるアニハニータは外交関連は全て配下に任せていたためにサーベルジアの外に出た事がないらしい。そのため、サーベルジア国外の地理なんかはほぼ皆無で、肝心のサーベルジア自体がグローゼンから見てどの方向にあるのかすら分からないと言う。
迷子の子供か!
その見た目も相まって心の中でそう叫んでいたミリアだった。
「まあ、私達もこっちの大陸の地理には詳しくないですし。明日、シャリアさんにでも聞いてみれば良いんじゃないでしょうか。シャリアさん自身でなくとも、グローゼン王国の外交官ならばきっとサーベルジアへの道も知っているはずですし」
「そうだな。妾もたまにはグローゼンの王に挨拶くらいはしておくべきか」
リーレの意見を取り入れた形でこの日の夕食は終えた。
そして翌日。
大闘技会の本線はこの日の午後から開催される。
はずだった……
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