第20話 クラスメイトとの再会

「おはようございます!

 ミリアさん、エクリアさん、リーレさん、シルカさん!

 迎えに来ましたよ!」


 朝8時を告げる鐘が鳴り終わる頃、ミリア達の泊まっていた宿屋の前でシャリアの大声が響いた。宿屋1階の食堂でこんがり焼けたバケットを咥えたままミリアは振り返る。


「朝っぱらから元気ね」

「ちょっと近所迷惑かもしれませんが」


 そんなエクリアとリーレの言葉に同意するかのようにミリアの口元でバケットがパキッと鳴った。



「グローゼンの国王陛下に謁見するにしても早すぎない?」


 着替えを済ませてから宿屋から出てきた4人をシャリアが出迎える。流石は一国の姫様。

 そしてその後ろには鳥型魔獣ワイルドビーク2羽が引く大きな客車が停まっていた。その手綱を握るのはお馴染みのシャリアの護衛ガリアとベスである。


「お2人ともお疲れ様ですね」

「ミリア殿。貴方からも言ってやってくださいよ。姫様、今日も城からここまで走るなんて言い出すんですよ。この格好で」


 ガリアから苦言が来た。

 目の前で首をかしげるシャリアをミリアは上から下まで視線を一往復。

 旅の途中で出会った時と違い、今回は派手ではないものの明らかにお偉いさんだと分かる程度の装飾が施されたワンピース。しかも靴がやや踵が低めとは言えハイヒールっぽいものを履いている。どう考えてもこれで運動は無理だ。


「そうね。せめて靴はシューズにしなさい」

「いや、たぶんそっちの話じゃないわよ」


 反射的にツッコミを入れるエクリアだった。




    ◇ ◆ ◇ ◆ ◇




 グローゼン王国の王城は王都ローゼンの北に聳えるアンバルシア山岳の山間に造られている。周囲を覆う山々は天然の防壁と言うわけだ。

 そして王城の形もまたかなり独特なものだった。


「何これ。城に闘技場が埋まってるんだけど」


 見上げるミリアが呆然と呟いた。


「実は逆なんですよね。話によれば、元々ここには最初に闘技場だけがあって、その周りを囲うように城が建てられたって話ですよ」

「は? 何でそんな建て方を?」

「この国の建国王ガリアドラ様が闘士グラディエーター出身だったからな。おおよそ、昔の王様が闘技場で戦う姿を直接見たいと考えてこんな造りにしたんだろうよ」


 聞き覚えのある声にミリアは振り返る。

 そこにいたのは燃える炎のような真っ赤なたてがみを持った赤獅子族の青年。獰猛そうなその顔に無邪気な笑顔を張り付けたミリアのクラスメイト。


「よう、久しぶりだな! まさかここで会うとは思ってなかったぜ」

「レイダー!」

「お兄ちゃん!」

「お? そこにいるのはシャリアか。

 なんだ、ミリアと仲良くなったのか?」

「えへへ。ミリアさんは私のお師匠さんなんです」

「師匠?」

 

 レイダーの目がミリアの方を向く。対するミリアは頬を掻きつつ口笛を吹いていた。


「おかげで強くなれました。今回の大闘技会の本戦にも出場するんですよ」

「マジか。そんな生易しい大会じゃないはずだったんだがな。

 ま、それだけ実力をつけたって事か」


 そしてにやりとレイダーが笑う。獰猛さを含んだ楽し気な笑みだ。


「なら、シャリア。お前もライバルだな」

「え?」

「俺も本戦の出場者なんだよ。オブロス領の地方大会で優勝したんだ」


 それを聞いて、やっぱりなぁとミリアは思った。

 父であるデニスがこんな面白そうなイベントを逃すはずがない。グローゼンでの武者修行となれば必ず参加するだろうと思っていた。


「今大会は2人1組のコンビでの参加となってるはずだけど、やっぱり相方はカイト?」

「まあな。カイトもかなり腕を上げているからな。期待してていいぜ」

「で、カイトの姿が見えないけど?」


 ミリアは視線を周囲に振り撒く。

 そこにいるのはレイダー1人。いるはずのカイトやデニスの姿はそこにはなかった。

 対してレイダーは、


「ああ、カイトと師匠は騎士団の詰め所に行っているぜ。

 ここに来る途中になにやら怪しげな一団がいたんでな。問い詰めたら襲われたから返り討ちにしてやった」


 どうやらレイダーもデニスの事を師匠と呼んでいるらしい。流石に兄妹。猪突猛進なところも含めよく似ている。


「怪しげな一団?」

「ああ。俺達はグローゼン北のオブロス領から山越えルートでここまで来たんだが、その時山の上を飛ぶ羽の生えた一団を見かけたんだ」

「それってもしかして魔族の?」

「ハーピーだったな。どう見ても兵士にしか見えなかった上にここはグローゼンの領土だ。明らかな領空侵犯だったんでな。師匠がそこら辺にあった石を威嚇射撃って投げつけたんだよ」


(パパの投げつけた石……)


 そのシーンを思い浮かべてみる。足を握り大きく振りかぶって石を投げ放つ。石は一直線にハーピー達の元へ飛ぶ。それはもう砲弾のように。


「直撃した?」

「ハハハ、あの師匠だぜ?

 外すわけがねぇ」

「そうよねぇ」


 当ててどうする。威嚇射撃とはなんだったのか。

 まあ、存在自体が無茶苦茶な自分の父ならやりかねないとミリアは思った。それには後ろのアニハニータも「流石は兄上だ」と頷いていた。


「それでその後は?」

「30人ほどいたかな。5人ほど取り逃したがそれ以外は全員殴り倒して捕縛してきた。

 ほとんど師匠の放った石の弾幕で撃ち落とされたんだけどな」


 お気の毒に……まあ自業自得ではあるが、やや同情するミリアだった。

 それにしてもとミリアは後ろに目を向ける。

 突然領空侵犯してきた魔族の兵士にグローゼンまで逃れてきている大魔王のアニハニータ。そして彼女から語られた魔界サーベルジアでのクーデター。その首謀者が強硬派の筆頭ラーズであると言う。何やら相当にきな臭い事になっている事は間違いなかった。


「私達も詰所に行ってもいい? ちょっと連れて行きたい人がいるのよ」

「ん? 誰だ?」


 問うレイダーの前に、おもむろにその小柄な身体を押し出した。当の本人は「おろ?」みたいな顔をしている。


「紹介するわ。魔界サーベルジアを統べる大魔王アニハニータよ」

「……」


 レイダーはアニハニータを見つめ、しばらくしてミリアに目を戻す。その口から放たれた言葉はと言うと。


「冗談だろ?」

「マジよ」

「大魔王? こんなちんちくりんが?」


 レイダーのその言葉に、アニハニータはにっこりと微笑みながらちょいちょいと指で手招きする。

 何だよ、と不用意に近づいたその次の瞬間、とんでもない衝撃がレイダーの腹を打ち抜いた。


「ぐえっ」


 ヒキガエルのようなうめき声と共にレイダーが崩れ落ちた。

 それを見下ろしながらアニハニータはフンッと鼻を鳴らす。


「大魔王たる妾を侮辱しておいてこの程度で済んでありがたいと思え。力を奪われていなければその土手っ腹に大穴を開けてやったものだ」


 力を奪われたとは言え大魔王。その保有魔力は半減している今の状態でなお現在のミリアに匹敵する程。そのパワーで殴られたら流石のレイダーでも耐えられなかったか。


「ほれ、詰所にさっさと行くぞ」


 そんなレイダーを放置してスタスタと歩き去るアニハニータ。ミリアは蹲るレイダーの前までやってきて、道具袋から瓶を一つ取り出す。


「回復薬置いておくわよ」

「……悪ぃ」


 回復薬をレイダーの前に置き、ミリアもアニハニータを追いかけて行った。



 当然の事だが、アニハニータもミリアもグローゼン正規軍の詰所の場所など知るはずがない。先陣切って歩き始めたはいいが、早々に道に迷うアニハニータだった。


「場所が分からないなら言ってくれれば良かったのに」

「だってだって、格好つけて歩み去った手前、道に迷ったなど大魔王である妾には言えんじゃろ?」


 シャリアの後ろをツンツンと人差し指を突き合わせながらトボトボと歩くアニハニータ。その姿はどう見てもただの小さな女の子にしか見えない。

 闘技場の外周を歩く事10分ほど。騎士団の詰所である建物が見えてきた。闘技場と王城に張り付いたような形状のやや大きめな建造物。そこがグローゼン正規軍の拠点らしい。


「ちょっと良いかな」

「おお、これはシャリア王女様。このようなむさ苦しいところへようこそおいで下さいました」


 拠点入り口を固めていた狼の獣人兵の門番がシャリアを見て敬礼する。


「ここにデニスって人がいるって聞いているんだけど」

「デニス……ああ、あのゴツい身体をした人ですね。何かハーピーの兵士を捕まえてきたとかで、現在は地下で尋問中ですね」

「中に入れてくれる?」


 尋問。おそらく下手すると拷問になっている可能性もある。

 後から追いついてきたレイダー以外は全員が若い女性。尋問中の地下に案内して良いものかと門番の騎士は思案していたが、


「しばしお待ちください」


と言って建物の奥へと入って行った。

 しばらく経つと、狼の獣人騎士を伴って見覚えのある人物が2人戻ってきた。と言うか、内1人がミリアを見るなり両手を広げてものすごい勢いで突っ込んできた。


「ミリアァァァァァ! 久しぶりだなぁ!」


 筋肉が砲弾となって突っ込んでくる。そう言う言葉そのまんまな状況だ。流石にアレをまともに受けるわけにはいかないのでミリアはある程度引きつけてからサッと横に避けた。

 が、何とその筋肉デニスはまるで引きつけられたかのようにミリアに向けて方向チェンジ。そのままガバッとミリアを捕まえた。


「ちょ、人前で何するのよ!」

「良いじゃないか。しばらくミリアな顔を見れなくて寂しかったのだ」

「しばらくってまだ1ヶ月も経ってないでしょ!」


 ぎゃーぎゃー騒ぐ親子の近くでやや引き攣った顔をする少女が1人。


「……何というか、とんでもない親バカになっておるな」

「何だ、親バカとは失礼な。娘を愛さぬ父がどこに……ん?」


 少女の姿に気づいたデニスは暴れるミリアを下ろして少女の顔を凝視する。そして――


「お前、もしかしてアニーか?」

「やっと気づいたか。まあ、妾もこんな姿だから仕方がないのだがな。本当にお久しぶりだな、兄上」

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