第21話 2人の大魔王


 グローゼン王国王都ローゼン。

 その王城に隣接する正規軍本拠施設、地下牢に続く階段をミリア達は降りていた。

 王都ローゼンには各町の治安を守る組織が3つある。

 1つ目がグローゼンの正規兵グローゼン獣王騎士団。

 2つ目が獣王騎士団の下部組織に当たるローゼン警備隊。

 そして3つめが魔道法院である。ただ、このグローゼンは全体的に魔道士の数が少ないので魔道法院の規模は比較的小さくなっている。

 一般的に街で犯罪を犯した犯罪者は警備隊の牢に入れられ、それが魔道士だった場合は専用の魔封牢のある魔道法院の収容所に入れられる。つまり、基本的に騎士団の地下牢は使われないはずなのだ。

 では今回のように騎士団の地下牢が使われるのはどんな場合か。

 それは外部に知られては困る相手を収容する場合。そして、軍が関与せざるを得ない国家間の問題だった場合だ。

 今回はまさにその後者に該当する。


「捕らえたハーピーの兵士はまだ何も喋っていない。20人程いたが全員がだ。おそらく全員何も喋らずに死ぬ気かもしれん」


 先頭を進む狼の獣人はそう言った。


「ハーピーの一族はそこまで好戦的な性格ではないはずなのだがな。ハーピー達を纏める筆頭貴族のサンタライズ卿も妾の知る限り穏やかな人物だったはず。とても先陣切って戦に臨むとも思えんのだ。何かやむを得ない理由があるのやもしれぬ」

「そうだな」


 アニハニータの言葉にデニスも頷く。


「シルカ。サンタライズ卿って」

「うん。レミナのお父様ね」

「確かレミナも今里帰りしてたはずよね。大丈夫かな」

「心配ね。良くない事に巻き込まれてないと良いけど」


 やがて、一向の目の前に重厚な鉄の扉が現れた。狼の獣人兵はその前で立ち止まる。ここが尋問所に当たる場所なのだろう。松明だけの薄暗い灯りが尚更不気味さを醸し出す。

 獣人の兵士はその扉を押し開く。ギギギと錆び付いた音と共に扉が開いた。



 そこは円形の広場になっていた。その周囲の壁には尋問中の相手を閉じ込める牢がたくさん並んでおり、中には何人ものハーピー達が閉じ込められていた。全員体の至る所に巻かれた包帯が痛々しい。ボロ雑巾という言葉そのまんまな惨状だった。

 そして広場の真ん中には現在尋問中らしいハーピーの兵士が1人、椅子に拘束され座らされていた。その兵士も顔や体の至る所に痣があり、包帯からはやや血が滲んでいるのが見受けられた。ちなみに全員男性である。

 その惨状に思わず目を背けるエクリア、リーレ、シルカのお嬢様3人組。


「結構痛めつけられたみたいね。これでもまだ喋らないなんてなかなか根性があるわ」


 平然とそんな事を言うミリアに、


「ミリア、アレ見ても平気なのか?」

「パパの特訓後はみんなあんな感じよ」


 アニハニータの問いにミリアは平然とそう答える。その後ろでカイトとレイダーの2人がうんうんと頷いていた。

 しかし、そこで尋問官の熊の獣人兵が口を開いた。


「あの。我々はまだ拷問は行っておりません」

「へ? じゃあ彼らのこの傷は?」

「彼らはここに収監された時点であの状態でしたよ」


 チラッと後ろに目を向ける。

 当事者3人は同時に目をそらした。

 つまり、彼らのこの傷は全てデニス、レイダー、カイトが迎撃した際の傷という事だった。

 まあ、武器を持って襲い掛かってきたのだ。命があっただけマシと言うものだろう。相手がデニスなら尚更である。

 捕虜となったハーピーの男はミリア達に気付き、キッと熊の獣人兵を睨みつける。


「俺は何も喋らんぞ。さっさと殺せ」

「まあそう言うな。お前らに面会らしいぞ」

「なに?」


 怪訝な顔をするハーピーの男の前に進み出るアニハニータ。

 ボロボロになったとは言え、身に纏う鎧はまだ残っている。そして、その鎧の胸に付いている紋章エンブレムも。

 それを見てアニハニータは深いため息をついた。


「まさかとは思ったが本当にサンタライズ卿配下の兵とはな」

「な、なぜ分かった!?」

「その鎧の胸についた紋章。分からぬはずがあるまい。妾の治める国の貴族の名じゃからな」

「妾の治める国?」


 しばらく顔を凝視していたが、やがてハッとしたようにその両目を大きく見開いた。


「そ、そんな……まさか……まさか貴方様は」


 震える声でその名を口にした。


「だ、大魔王陛下……」

「うむ。妾は大魔王アニハニータじゃ」

「そ、そのお姿は一体」

「まあ訳ありでな。魔力を奪われたらこんな子供の姿になってしもうたのだ」

「何という……」


 アニハニータは咳払いを1つ。本題を切り出した。


「そなたらは一体何をしておるのか。全て話せ。妾の前で口を紡ぐ事は許さぬ」

「は、ははっ」



「その話、我にも聞かせてもらおうか」



 振り向くと、見上げるほどの巨体が体を少しかがめながら尋問所の中に入って来ていた。

 デニスにも勝るとも劣らない筋骨隆々の身体に燃え上がるようなたてがみ。その姿はレイダーをさらに二回りほど巨大にした姿というのが相応しい。

 その姿を見たデニスがニヤリと笑う。


「久しぶりだな、王よ」

「そうだな。ザッと20年ぶりと言ったところか」


 随分と親しげな2人。


「パパ、知り合いなの?」

「ああ。かつて一緒に世界を回った事がある、謂わば冒険者仲間って感じだな」

「グローゼン王国を治める獣王グランゼスト。グランとでも呼んでくれ」


 ガハハハハと豪快に笑う。

 なるほど、この人がレイダーとシャリアの父親か。確かによく似ているとミリアは感じた。と、同時に父のデニスともよく似ているとも思った。類は友を呼ぶとはまさにこの事なのだろう。


「そなたらはサーベルジア軍の斥候のようなものなのだろう。

 なぜ我が国に来たのか、正直に話せ。そうすれば命は奪わんと約束しよう」

「……」


 ハーピーの兵士はアニハニータに目線を振る。対して頷くアニハニータ。それで決心したか、ハーピーの兵士は口を開いた。


「分かりました」

「よし、拘束を解いてやれ」


 熊の獣人兵はハーピーの兵士の拘束を解き放つ。

 大きく深呼吸して話し始めた。


 その内容はアニハニータが危惧していた通りの展開だった。

 主権を握った吸血鬼の王ラーズが強権を発動。至高の存在である魔族がこの世界を統べるべしと軍を起こしたと言うのだ。

 当然反対する者たちもいたが、その者達は全て捕らえられ投獄されたらしい。


「無茶苦茶だな。いくら何でも大魔王ですらない者の命令でそこまで派手な行動を起こせるものなのか?」

「そうだな。吸血鬼族の王とは言え、魔界サーベルジアに籍を置く以上大魔王の意には逆らえないはず。大魔王の意志無くして強権を振るうなど反逆行為も甚だしい」

「そ、それが……」

「どうした?」

「実はいたのです。ラーズの横に大魔王アニハニータ様が」

「何じゃと!」


 やはりそれに驚いたのは当のアニハニータ本人だった。


「妾がいたじゃと!? 見間違いではないのか!?」

「いえ、あれは確かに。それに貴方様のように子供のお姿ではありませんでした」

「ば、バカな!」


 驚愕するのも無理はない。大魔王アニハニータがもう1人いる。つまり、ラーズはそのもう1人のアニハニータを大魔王とし、その威を借りて命令を下しているのだろう。


「一応勘違いないように言っておくぞ。ここにいるアニハニータは本人だ。間違いない」


 そうデニスが断言する。

 兄のデニスが保証するのだから本物である事は間違いない。

 では、今サーベルジアにいるアニハニータは一体何者なのか。これはかなりの大事になっているとミリアは直感した。


「それより問題はそなたらじゃ。妾はサンタライズ卿の事は良く知っておる。あの者は自分が納得いかぬ事には断固として曲げる事はないはず。

 なのに斥候役にそなたらサンタライズの兵が用いられておる。どうも納得がいかぬのだが」


 そう話すアニハニータにハーピーの兵士はしばらく沈黙する。

 やがて、そのハーピーの兵士はグランゼスト王とアニハニータの前に膝をつき、地面に頭を擦り付けるようにして声を絞り出した。


「お願いがございます!

 お嬢様の、レミナお嬢様の救出に協力して頂きたい!

 是非ともご助力を願いたい!

 どうか、どうかお願いしたい!」


 レミナの身に何かあったのか。

 どうやらミリア達には呑気に大闘技会に参加している暇はないようだ。


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