第22話 比翼族の国ロスターグの状況

氷結の槍アイシクルランス!」


 リーレの放つ氷の槍が大気を引き裂き、その巨大な左右の翼を貫通する。ギャァァァァァと耳障りな絶叫を上げながら上空から落下するそれを、下からミリアが狙い撃った。


豪炎の閃光フレイムレイ!」


 ミリアの手から放たれた真紅の閃光は正確にその大きな頭部を撃ち抜いた。まるで掻き消されるように頭部を失ったは地響きを立てて地面に墜落した。


「やれやれ。これで何体目だっけ?」

「確かさっきので25体目だったかな」

「多過ぎでしょ。まあ、仕方ないけど」


 地面に横たわるソレ――ワイバーンの死骸を尻目にブツブツ言いながらひたすら山岳地帯を進むミリア。

 ここはグローゼン王国の北。マジリアス帝国との国境近くにある飛竜の巣と呼ばれる場所だ。


 ミリア達はとある目的のため、この地を訪れていた。




――3日前。


「レミナの救助って、レミナに何かあったの!?」


 いきなり襟元をむんずと掴んでガクガクと揺らすミリア。前後に強烈に振られて意識を手放しそうになっている兵士を見て、流石にシルカが止めに入る。


「ちょっと落ち着きなさいよ。詳細話す前に意識が飛んで行きそうになってるわよ」

「あ」


 ミリアが手を離すとゲホゲホと咳き込みながらハーピーの兵士は「貴方は?」と問いを口にする。


「私はミリア・フォレスティ。レミナはクラスメイトで友達よ」

「シルカ・アルラークです。同じくクラスメイトで友達です」

「リーレンティア・アクアリウスです。リーレって呼ばれています」

「エクリア・フレイヤードよ。リーレとあたしはクラスは違うけど2人と同じく友達ね」


 自己紹介を聞いた兵士は目を見張る。


「そうか。君達があの……」


 ミリア達のことを知っているかのような口ぶり。

 どうやら、レミナからミリア達の事を聞いていたらしい。いきなり兵士はミリアの目の前で地面に頭を擦り付けた。流石にミリアもそれには驚き、


「ち、ちょっと、どうしたの?」

「改めてお願いする。どうか、あなた方のお力を貸していただけないだろうか」

「え?」


 ミリアは兵士の言葉が最初理解できなかった。

 力を貸してほしい? そう言ったのだ。この兵士は。


「力も何も、私達もレミナ同様にまだ学生なんですが」

「そうそう。ランクだってまだ正魔道士セイジですし」

「そんな土下座されるほどの者では……」


 謙遜するミリア達に兵士は勢いよく顔を上げる。


「いやいやいや、レミナ様に聞いています。あなた方の規格外っぷりを!」

「規格外って……」

「私達ってそんなに規格外?」


 顔を見合わせるミリアとシルカに、


「規格外ですね。『魔蟲奏者』なんてインチキにもほどがあります」

「ミリアに至っては存在そのものが規格外よね」


 なんてのたまうリーレにエクリア。


「存在そのものが規格外って言いすぎじゃない?」

月光蝶ムーンライトバタフライの固有攻撃魔法を見ただけでコピーする魔道士が規格外じゃないとでも?」


 火、水、風の3属性を統合させ巨大なカーテンのようにして敵を覆う特殊魔法攻撃『極彩色の幕布オーロラカーテン』。一般的には2属性の統合、融合は上級魔道士ウィザード以上ならば使えるものは多いが、3属性以上となると賢者ソーサラーランクにもそこまで多くはいない。

 そんな高等技術を正魔道士セイジが使える時点で規格外以外何と呼べる?


「うぐぐ……」


 ぐぅの音も出なかった。


「まあ、妾の姪の事は置いておいて、貴様らハーピー族はロスターグ所属じゃったな。ハーピー族はあまり戦いを好まない者達と思っておったのだが、一体何があったのだ?」

「……」

「レミナ嬢が人質にでも取られたか?」


 ハッと顔を上げる兵士。その顔には「どうしてそれを?」と言う感情が張り付いている。アニハニータは首を振り、


「あのサンタライズ卿が侵略に手を貸している時点でおかしいのだ。そこへレミナ嬢の救助となれば意図した事は明らかであろう」

「……そうですね」

「首謀者は誰だ? ガルーダのオルディアか?」


 ガルーダ族のオルディア。現在のロスターグの王の名前だ。


「はい。デクノア様は元々今回の侵攻には否定的でした。大義なき侵攻など我らサーベルジアの歴史に汚点を残すと」


 デクノア・サンタライズ卿。レミナの父親の名前だと本人から聞いた事があった。


「そんなデクノア様サンタライズ侯爵家の態度に業を煮やしたオルディア様は、その時たまたま帰郷していた娘のレミナ様に目を付けたのです」

「それで隙を見て誘拐し、娘の命を盾に侵攻を容認させたと」


 アニハニータは大きくため息をつく。


「本当に手段を選ばんな、奴は」

「まだ王座に着いて日が浅いためかもしれません。どうも功に焦っていると言うか」


 サーベンジア・ロスターグの内情に関する事だけにミリア達にはほとんど何の話なのか分からなかった。ただ唯一明らかなのは親友レミナが攫われたと言う事。


「行くわ」

「良いのか?」


 アニハニータの確認の言葉にミリアは頷く。


「大事な友達が攫われて黙っていられないわ。私達にできる事があるなら協力する」

「そうか。レミナ嬢も良い友を持ったな」

「当然でしょ。困った時は助け合うものよ。みんなはどうする?」


 ミリアが問うと、シルカはエクリア達と顔を合わせ、


「私達が見捨てると思う?」

「ミリアちゃんやシルカちゃんの友達は私達にとっても友達です」

「見くびらないでよ、ミリア。あたし達の答えなんて言わなくたって分かるでしょ」


 何の躊躇いもなくそう言い切った。


「はっはっは! 流石は俺の娘だ。

 よし、カイト。お前も一緒に行け。グランよ、レイダーも良いか?」

「愚問だな。レイダー、迷惑を掛けるなよ」

「分かってるから頭を撫でんな!」


 ガシガシとレイダーの頭を力強く撫でるグランゼスト王に対し振り払おうとするレイダー。しかし、その丸太のような腕はレイダーの腕力ではびくともしなかった。結局、グランゼスト王の気が済むまで撫で回される事となった。


「さて、一先ずサーベルジアに向かう事となったわけだが」


 アニハニータが続ける。


「問題が1つある」

「問題?」

「ロスターグは翼を持つ魔族達の国だ。故に、標高の高い山岳地帯がその領地となっている。グローゼン側からは空を飛ばない限りはおそらく辿り着けないだろう。

 一応地上から向かう道もあるにはあるが、その場合はサーベルジアに別方面から入る必要がある。ところがその場合最初に入る場所は無の砂漠の向こう側にある不死者ノスフェラトゥ達の国グラベリーだ。ある意味反乱軍の本拠地とも言える場所。無の砂漠の事もあり、まともに抜けるのは難しいだろう」

「つまり、何かしらの空を飛ぶ手段が必要と?」


 空を飛ぶ手段と言えば、真っ先に思い浮かぶのはシルカの魔蟲奏者で呼んだ龍蜻蛉ドラゴンフライだろう。カイオロス王国の動乱時にはミリア達の移動手段になってくれていた。そんな事もあり、ミリアはシルカに目を向けるがシルカはその意図を察したか首を横に振った。


龍蜻蛉ドラゴンフライはダメよ。あの子達、実はそこまで高く飛べないから。山岳地帯の上なんて飛んだら数分で落っこちるわ」

「虫って基本的に寒さにも弱いしね。ロスターグってかなり標高が高いところにありそうだし、気温もそれなりに低いんでしょ?」

「まあ、上着は必要な気温じゃな」


 エクリアの発言にアニハニータがそう答えた。手っ取り早い手段は使えないと。

 考え込む一同。そんな中、グランゼスト王が口を開いた。


「空を飛ぶ手段はなくはない。まあ、楽な手段ではないがな」


 全員の目が集まる中、咳払い1つしてグランゼスト王は続ける。


「我がグローゼンと北にあるマジリアス帝国の国境沿いにある山脈に、通称飛竜の巣と呼ばれる場所がある。そこにいる飛竜の長に協力を頼めればロスターグに直接向かう事ができるだろう」

「へ? 飛竜って、いわゆるドラゴンよね?」


 ドラゴンと聞いてミリアの脳裏に浮かんだのはかつて戦った邪竜ベルゼド。とても会話が通じるとは思えない。


「だ、大丈夫なの?」

「まあ、何とかなるのではないか?」


 ミリア達を一通り見回し、そして小さく呟く。


「……奴好みの可愛い娘ばかりだしな」

「ん? 何か言った?」

「いや、何でもないぞ。さて、飛竜の巣の場所なんだが……」


 チラッとある方向に目を向けるグランゼスト王。その方向に全員の視線が向く。

 そこにはコソコソと逃げようとしているシャリアの姿が。


「お〜い、シャリア。どこに行く?」

「え? ちょっと急用が」

「急用か。ならばこうしよう。

 グローゼン王国第2王女シャリア・ウィズ・グローゼンよ。

 ミリア殿達に着いて道案内をせよ。これは王命である」

「うぐ……」


 王命。すなわち国王からの勅命。

 これにはさすがのシャリアも従わざるを得ない。


「……拝命します」

「ふふふ。では頼むぞ、シャリア。お前が行けばきっと大丈夫だろう」

「ソウデスネ。ハハハハハ」


 乾いた笑いを浮かべるシャリアはそのまま尋問部屋を後にした。

 そんな後ろ姿に気になったミリアもシャリアの後を追って声を掛けた。


「シャリア、なんか様子が変だけど、どうかしたの?」

「ベツニナンデモナイデスヨー。アハハ」


 そんな事を言っているが、蝋人形みたいに固まった笑い顔を見せられて何でもないなど誰が信じると言うのか。


「もしかして、飛竜の巣に何かあるの?」

「すいませんミリアさん。何も聞かないでください。

 百聞は一見にしかずです」


 確かに、聞くよりも実際に見た方が早いとも言える。が、ミリアの耳は聞き逃さなかった。シャリアが最後にぼそっと呟いたその言葉に。



「あまり思い出したくないので……」



 一体何があるのか、ものすごく不安になるミリアだった。



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