第23話 風竜峡谷

 グローゼン王国の北部。数々の木々が大地を埋め尽くす森林地帯の上空をミリア達は飛んでいた。王国中央にある王都ローゼンからは道なき道を進まなくてはならないため、ここだけはシルカの固有能力ユニークスキル魔蟲奏者の力を借りる事にした。呼び出された龍蜻蛉ドラゴンフライの背に乗ってひとっ飛び。おかげで3日くらい掛かる道中が1日で踏破できた。

 そして大森林を抜けた先。

 高い山々が連なるボーラン山脈の中に飛竜の巣が存在した。


「この先に飛竜の巣があるんだけど……」


 超嫌そうなシャリアの顔。

 話を聞くなり逃げようとしたり、何かあったのだろうか。


「……多分、師匠達にも迷惑をかけると思うけど、我慢してくれると嬉しいです」

「我慢?」

「うん。とりあえず進みましょう。すぐに分かる事だと思うから」


 本当に渋々と言った感情を隠す事なくシャリアは進む。その後ろを頭にクエスチョンマークを貼り付けてミリア達が続いた。



 ボーラン山脈に入ってからおよそ1時間。ひたすら奥へと進むミリア達。山間を吹き下ろす風がミリア達の髪を撫でていく。


「風が出てきたわね」

「飛竜の巣は別名『風竜峡谷』って呼ばれててね、翼を持つ竜達は皆この風を利用して空を舞っていると言われているんです。

 皆さん、気をつけてください。風はもっと強くなりますよ」


 シャリアはそう言って先に進む。

 それからしばらくして、彼女の言う通りに風はかなり強くなっていた。髪を撫でているだけだった風は今ではバサバサと煽るような強風へと変わっていた。


「あれは?」


 空を見上げるミリアの視界にいくつかの黒い影が映る。それは翼を広げた翼竜のような形をしていた。それらが徐々に大きくなっていく。


「ワイバーンですね。ここに住む風の竜達の眷属のようなものです」

「眷属か。出迎えかしら」


 視線の先にあるワイバーン達。その姿がはっきり見えてくる辺りでふとミリアは気付く。


「……なんか様子がおかしくない?」


 ギャーギャーと言う奇声のような鳴き声に大きく開かれた顎。その奥に輝く赤い魔力の光。


「ってちょっと!」


 慌てて散開するのとワイバーン達の口から炎が噴き出すのはほぼ同時だった。剥き出しの岩肌に炸裂し、周囲に火の粉を撒き散らす。


「どうなってるの、シャリア? いきなり攻撃されたんだけど」

「し、知らないです。今までいきなり襲われた事なんか一度もないし」


 戸惑うシャリアの様子に嘘はなさそうだ。

 とすれば、このワイバーンは何らかの理由で暴走していると言う事になる。

 ミリア達を取り囲むように上空を旋回するワイバーン達に目を走らせる。その目は真っ赤に染まり、明らかに正気ではない。


「シャリア、風竜峡谷にいるのは風の竜ウインドドラゴンなのよね?」


 問われて頷くシャリア。


「『暴風の竜王テンペストドラゴンロード』を頂点として、多数の風の竜達が峡谷に住んでます。あくまでワイバーン達は彼らの眷属でしかないはず」

「なるほど。風の竜達までおかしくなってたら最悪ね。早めに竜王の元まで辿り着かないと」


 うん、とミリアは決断した。


「よし、こうなったら風竜峡谷まで強行突破するわよ」


 雄たけびを上げて急降下してくるワイバーン相手にミリアは思いっきり叩き落した。ワイバーンの巨体が地面に叩きつけられ地響きを上げる。グググと起き上がろうとするそのワイバーンに、ミリアは止めとばかりに上空から火球を投げつける。爆音とともにその頭部が跡形もなく消し飛んだ。

 スタッと唖然とするシャリアのそばに着地するミリア。


「手加減なんかできないからね。悪いけど、ワイバーンは全部倒して行かせてもらうわ」




    ◇ ◆ ◇ ◆ ◇




 そして、今に至る。



「シャリア、風竜峡谷まであとどれくらい?」

「そこの峠を越えたらすぐです」


 まさに嵐のように大量の火炎弾を連射するミリアの前でワイバーン達がまるで蚊蜻蛉のように簡単に撃ち落とされていく。本来ワイバーンは単体でも討伐何度Bクラス。この風竜峡谷にいるワイバーンの数だとそれこそAランク以上はあってもおかしくない。おかしくないのだが……


「後方からフレイムワイバーンが来てるわよ!」

「そっちは俺がやる! シルカ、上空で飛び回ってる奴らの牽制を頼む」

「分かった」


 炎に包まれた火の飛竜フレイムワイバーンが地上に向けて火炎弾を放つが、カイトはそれを飛び越えるように跳躍。前方に向けてその剣を振り抜いた。白銀色に輝く魔光オーラの刃が一直線に飛び、フレイムワイバーンの翼がバッサリと断ち斬られ、バランスを崩して墜落。そこへレイダーが拳を叩きつけた。フレイムワイバーンの頭が爆ぜるように砕け散る。2人とも見て分かるほどかなり実力を上げていた。

 シルカはシルカで龍蜻蛉ドラゴンフライに騎乗し、まるで編隊のように飛行しワイバーン達を撹乱。隙をついて龍蜻蛉ドラゴンフライの背から風の魔法を放ってワイバーン達を撃ち落としている。


「あっちは問題なさそうね」

「左右のはあたしとリーレで何とかするから正面のはミリアに任せるわ」

「了解!」


 言うと同時にミリアは大地を蹴る。魔力で強化された蹴り足で瞬時に正面のワイバーンの懐にまで飛び込み、その眩い魔光オーラを纏った拳を突き出した。


 ボゴンッ


 そんな形容し難い音が響き、ミリアはワイバーンを貫通しその背後にまで飛び出していた。そして身に纏っていた魔力を解放する。


暴風の爆裂弾テンペストフレア!」


 解き放つは風の最上級『暴風テンペスト』クラス。広域に爆発するように解き放つ『爆裂弾フレア』の術式。それによって生み出された暴風と衝撃波がミリアを中心とした広範囲に撒き散らされ、巻き込まれたワイバーン達は残らず吹き飛ばされて墜落した。


「相変わらずのトンデモ魔法ね」

「ミリアちゃん、ミレーナさんの教えを受けてからさらに強くなってるみたいです」

「そう言う2人も大差ないからね」


 やる事が無くなって降りてきたシルカがそうボヤく。

 その周囲には黒コゲと氷漬けのワイバーン達が転がっていた。




 峠を越え、眼下に広がるその景色。

 まるで引き裂いたかのような巨大な亀裂が大地に広がっている。稲妻のように見える形状。その1つ1つの幅がおそらくはヴァナディール王国の風の街ウィンディアよりも広く、その底は霞がかって見えないほどに深い。

 この峡谷こそが、風の竜達が住まう飛竜の巣『風竜峡谷』なのである。


「あそこが風竜峡谷か」


 渓谷を飛び回る多数の黒い影。それが至る所で炎を吹き付けている。やはりワイバーンが暴れているらしい。

 ミリア達が急ぎそこに向かおうとしたその時――


「風が……」


 突然周囲の風が、むしろ大気そのものが前方に引き寄せられ始めた。その向き先は間違いなく風竜峡谷の奥。

 そして一同が見たのは峡谷の奥で魔力の輝きと共に渦巻く巨大な空気の塊。


「これって、まさか!」


 その異変に真っ先に気付いたのはシャリアだった。


「みんな、伏せて!」


 その声で反射的に全員が地に伏せた。

 その直後、ゴゥッと言う轟音と共にミリア達の頭上をそれは通り過ぎた。長い髪が巻き上げられそうになる錯覚。身体ごと引き込まれるような感覚に思わず背筋が寒くなる。あんなものに飲み込まれたら人間の身体など一瞬にしてコナゴナにされそうだ。


「い、今のは……」

暴風の竜テンペストドラゴンが放つ『滅風の息吹ブラストブレス』……」

「それも威力が尋常じゃなかったわ。多分使ったのは……」

「うん。間違いなく竜王ドラゴンロードね」


 各属性竜達の頂点に位置する竜王ドラゴンロード

 灼熱の竜フレアドラゴンの王であるベルゼドと戦った事のあるミリア達は、竜王と呼ばれるドラゴンの凄まじさはよく知っている。真っ向から挑むのは自殺行為。先ほどの息吹ブレスからもよく分かる。


「まさか、竜王も暴走してる手遅れだった?」

「いや、狙ってきたなら峠ごと撃ち抜いてくるでしょ。峠は無くなるかもしれないけど」

「ならただの流れ弾か」


 とは言え、竜王の息吹ブレスが飛んできたと言う事は、竜王自身が戦っていると言う事。状況的には決して良いとは言えない。


「みんな、急ぐよ」





 風竜峡谷内部では無数のワイバーンが飛び回り暴れ回っている。それを抑えようと試みる緑の鱗を持つドラゴン――風の竜ウインドドラゴン達。

 だが、ワイバーンのその数はパッと見ただけでもウインドドラゴンの3倍近くいるように見える。明らかに多勢に無勢。

 さらに奥に目を向ければ、迎撃に出ているドラゴンよりも2回りほど大きなドラゴンが5体。他の竜達の鱗の形状が流れる風をイメージするならばこの5体の鱗の形状はまさに吹き荒れる暴風。この5体が風の竜ウインドドラゴンの上位種、暴風の竜テンペストドラゴンなのだろう。

 そして、その奥に君臨するテンペストドラゴンよりもさらに巨躯。全身を緑色に染まる風の魔力で纏うその姿。



「シャリア、あの奥にいるのが?」

「はい。暴風の竜王テンペストドラゴンロードのラクジャークです」


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