第23話 風竜峡谷
グローゼン王国の北部。数々の木々が大地を埋め尽くす森林地帯の上空をミリア達は飛んでいた。王国中央にある王都ローゼンからは道なき道を進まなくてはならないため、ここだけはシルカの
そして大森林を抜けた先。
高い山々が連なるボーラン山脈の中に飛竜の巣が存在した。
「この先に飛竜の巣があるんだけど……」
超嫌そうなシャリアの顔。
話を聞くなり逃げようとしたり、何かあったのだろうか。
「……多分、師匠達にも迷惑をかけると思うけど、我慢してくれると嬉しいです」
「我慢?」
「うん。とりあえず進みましょう。すぐに分かる事だと思うから」
本当に渋々と言った感情を隠す事なくシャリアは進む。その後ろを頭にクエスチョンマークを貼り付けてミリア達が続いた。
ボーラン山脈に入ってからおよそ1時間。ひたすら奥へと進むミリア達。山間を吹き下ろす風がミリア達の髪を撫でていく。
「風が出てきたわね」
「飛竜の巣は別名『風竜峡谷』って呼ばれててね、翼を持つ竜達は皆この風を利用して空を舞っていると言われているんです。
皆さん、気をつけてください。風はもっと強くなりますよ」
シャリアはそう言って先に進む。
それからしばらくして、彼女の言う通りに風はかなり強くなっていた。髪を撫でているだけだった風は今ではバサバサと煽るような強風へと変わっていた。
「あれは?」
空を見上げるミリアの視界にいくつかの黒い影が映る。それは翼を広げた翼竜のような形をしていた。それらが徐々に大きくなっていく。
「ワイバーンですね。ここに住む風の竜達の眷属のようなものです」
「眷属か。出迎えかしら」
視線の先にあるワイバーン達。その姿がはっきり見えてくる辺りでふとミリアは気付く。
「……なんか様子がおかしくない?」
ギャーギャーと言う奇声のような鳴き声に大きく開かれた顎。その奥に輝く赤い魔力の光。
「ってちょっと!」
慌てて散開するのとワイバーン達の口から炎が噴き出すのはほぼ同時だった。剥き出しの岩肌に炸裂し、周囲に火の粉を撒き散らす。
「どうなってるの、シャリア? いきなり攻撃されたんだけど」
「し、知らないです。今までいきなり襲われた事なんか一度もないし」
戸惑うシャリアの様子に嘘はなさそうだ。
とすれば、このワイバーンは何らかの理由で暴走していると言う事になる。
ミリア達を取り囲むように上空を旋回するワイバーン達に目を走らせる。その目は真っ赤に染まり、明らかに正気ではない。
「シャリア、風竜峡谷にいるのは
問われて頷くシャリア。
「『
「なるほど。風の竜達までおかしくなってたら最悪ね。早めに竜王の元まで辿り着かないと」
うん、とミリアは決断した。
「よし、こうなったら風竜峡谷まで強行突破するわよ」
雄たけびを上げて急降下してくるワイバーン相手にミリアは思いっきり叩き落した。ワイバーンの巨体が地面に叩きつけられ地響きを上げる。グググと起き上がろうとするそのワイバーンに、ミリアは止めとばかりに上空から火球を投げつける。爆音とともにその頭部が跡形もなく消し飛んだ。
スタッと唖然とするシャリアのそばに着地するミリア。
「手加減なんかできないからね。悪いけど、ワイバーンは全部倒して行かせてもらうわ」
◇ ◆ ◇ ◆ ◇
そして、今に至る。
「シャリア、風竜峡谷まであとどれくらい?」
「そこの峠を越えたらすぐです」
まさに嵐のように大量の火炎弾を連射するミリアの前でワイバーン達がまるで蚊蜻蛉のように簡単に撃ち落とされていく。本来ワイバーンは単体でも討伐何度Bクラス。この風竜峡谷にいるワイバーンの数だとそれこそAランク以上はあってもおかしくない。おかしくないのだが……
「後方からフレイムワイバーンが来てるわよ!」
「そっちは俺がやる! シルカ、上空で飛び回ってる奴らの牽制を頼む」
「分かった」
炎に包まれた
シルカはシルカで
「あっちは問題なさそうね」
「左右のはあたしとリーレで何とかするから正面のはミリアに任せるわ」
「了解!」
言うと同時にミリアは大地を蹴る。魔力で強化された蹴り足で瞬時に正面のワイバーンの懐にまで飛び込み、その眩い
ボゴンッ
そんな形容し難い音が響き、ミリアはワイバーンを貫通しその背後にまで飛び出していた。そして身に纏っていた魔力を解放する。
「
解き放つは風の最上級『
「相変わらずのトンデモ魔法ね」
「ミリアちゃん、ミレーナさんの教えを受けてからさらに強くなってるみたいです」
「そう言う2人も大差ないからね」
やる事が無くなって降りてきたシルカがそうボヤく。
その周囲には黒コゲと氷漬けのワイバーン達が転がっていた。
峠を越え、眼下に広がるその景色。
まるで引き裂いたかのような巨大な亀裂が大地に広がっている。稲妻のように見える形状。その1つ1つの幅がおそらくはヴァナディール王国の風の街ウィンディアよりも広く、その底は霞がかって見えないほどに深い。
この峡谷こそが、風の竜達が住まう飛竜の巣『風竜峡谷』なのである。
「あそこが風竜峡谷か」
渓谷を飛び回る多数の黒い影。それが至る所で炎を吹き付けている。やはりワイバーンが暴れているらしい。
ミリア達が急ぎそこに向かおうとしたその時――
「風が……」
突然周囲の風が、むしろ大気そのものが前方に引き寄せられ始めた。その向き先は間違いなく風竜峡谷の奥。
そして一同が見たのは峡谷の奥で魔力の輝きと共に渦巻く巨大な空気の塊。
「これって、まさか!」
その異変に真っ先に気付いたのはシャリアだった。
「みんな、伏せて!」
その声で反射的に全員が地に伏せた。
その直後、ゴゥッと言う轟音と共にミリア達の頭上をそれは通り過ぎた。長い髪が巻き上げられそうになる錯覚。身体ごと引き込まれるような感覚に思わず背筋が寒くなる。あんなものに飲み込まれたら人間の身体など一瞬にしてコナゴナにされそうだ。
「い、今のは……」
「
「それも威力が尋常じゃなかったわ。多分使ったのは……」
「うん。間違いなく
各属性竜達の頂点に位置する
「まさか、
「いや、狙ってきたなら峠ごと撃ち抜いてくるでしょ。峠は無くなるかもしれないけど」
「ならただの流れ弾か」
とは言え、竜王の
「みんな、急ぐよ」
風竜峡谷内部では無数のワイバーンが飛び回り暴れ回っている。それを抑えようと試みる緑の鱗を持つドラゴン――
だが、ワイバーンのその数はパッと見ただけでもウインドドラゴンの3倍近くいるように見える。明らかに多勢に無勢。
さらに奥に目を向ければ、迎撃に出ているドラゴンよりも2回りほど大きなドラゴンが5体。他の竜達の鱗の形状が流れる風をイメージするならばこの5体の鱗の形状はまさに吹き荒れる暴風。この5体が
そして、その奥に君臨するテンペストドラゴンよりもさらに巨躯。全身を緑色に染まる風の魔力で纏うその姿。
「シャリア、あの奥にいるのが?」
「はい。
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