第17話 行き倒れの少女


「クーデターの首謀者が吸血鬼の王のラーズ?

 でもラーズってその襲撃者に国内の街を破壊された被害者なのでは?」

「うむ、そうなのだがな。おそらくは裏で繋がっていたか。

 とにかく、妾は奴の手によって拘束されこの通り、力の半分以上を奪い取られたのだ。おかげで美しく魅力の塊のようであった妾の体もこんなに愛らしい幼女に変わってしまったのだ」


 言葉のところどころに自画自賛が含まれているが、敢えてミリアはスルーする。

 それにしてもとミリアは唸る。大魔王の座を奪うために自分の国の街1つを犠牲にするなど吸血鬼の王は正気なのだろうか。この一件で果たして何人の犠牲を出したのか。街ごと消滅するような魔法の行使。被害が小さいとはどうしても思えない。そこまでして大魔王の肩書が重要なのだろうか。


「そのラーズって奴は昔からそんな性格だったの?」

「ふむ、権力にこだわりはあったものの、ここまで自分の国土もちものを犠牲にしてほどの事はなかったと思うのだがな」


 アニハニータの言葉を聞き、やはり誰かにそそのかされた可能性があるとミリアは思った。


「ところで、アニーさんって魔力が半分しかなかったとしてもかなり強力な力を持ってるのよね?

 抵抗はしなかったの?」

「なにやら首にチョーカーを巻かれた途端に魔力が扱えなくなってしまってな。抵抗したくてもできなかったのだ」

「チョーカー?」


 それを聞いて思い出す。

 邪竜ベルゼドの時にエクリアの首に巻かれていたチョーカーと、暴走する自分の魔力を抑え、ベルゼドの討伐の切り札となったその紋章陣を。


「まさか魔力霧散の紋章陣?」

「魔力霧散? 紋章陣? 何じゃそれは?」


 怪訝な顔をするアニハニータ。


「紋章魔法。紋章って言う図形を描いて、それに込められた魔法を発動させる魔法技術の1つ。知らない?」

「うむ。我ら魔族は基本的に精霊を介して術を紡ぐ精霊魔法以外は使わぬからなぁ。元々我ら魔族は魔力に優れるゆえに魔法に関する技術は人族達ほど力を注いでおらぬのだ」


 魔族は人族よりも魔力で優れるゆえに精霊魔法を扱えば人族よりも威力が上がる。それに元々は精霊魔法は魔族から人族に伝えられた力であるとミリア達も学園で習っていた。本家が優れるのは当然だろう。

 ゆえにその差を埋めようと人族はいろいろな魔法技術を磨いてきたのだ。

 その1つがこの『魔力霧散』の紋章術というわけだ。


「半減しているとは言え、まさか妾の魔力すら封じる事ができるとはな。魔法技術と言うのも侮れぬものだ」


 魔力を霧散させ魔法の発動自体を阻害する魔力霧散の紋章陣。そこに魔力の大小は関係ない。それが大魔王の巨大な魔力であっても無力化される。自分の100%の魔力すら無力化されたのだから、その力は身を持って知っているミリアだった。


「……魔力霧散の紋章陣が刻まれたチョーカーを使ったのか」


 ふと話を聞いていたグラッドが口を開いた。


「そのクーデターは魔界内ではかなりの大事件だが、それだけでは収まらないかもしれない」

「どういう事?」

「ミリアさんもさっきのアニーさんの話を聞いて分かったと思うが、一般的に魔界では人族の国の魔法技術は伝わっていないんだ。だから、吸血鬼の王がアニーさんに『魔力霧散』のチョーカーを使う事ができたという事自体がおかしい。

 おそらく、この一件には不死者の国グラベリーだけではなく、魔界の外、つまり人族の国も絡んでいると思われる。それがどこかは分からないが」


 グラッドの話を聞いて、アニハニータは口元に手を当て思案する。それを見てミリアが、


(そう言えばパパも考え込んでいる時はあんな仕草をしてたわね……)


と、どうでもいい事を考えていたのは別の話。


「……グラベリーはサーベルジア連邦の南部の国だ。それより南に国は存在しない。西には獣人の国グローゼンがあるが、その間には広大な無の砂漠が横たわっている。とても生物が通れる場所ではない」

「無の砂漠?」


 聞き返すミリアを前に、アニハニータは地図の一点を指差した。


「ここが無の砂漠だ。かつてはここにも緑豊かな平原地帯が広がっていたのだがな。今から300年前にある戦いがあった。先代大魔王率いる魔族軍と冥界から舞い戻った大魔道士レゾン・ダルタークとの戦いだ」


 レゾン・ダルターク! その名をここで聞くとは。

 暗躍する組織ダルタークが復活をもくろむ大魔道士。

 アニハニータは話を続ける。


「その戦いは妾も兄と共に参戦しておったのだが、かの大魔道士の力はあまりにも強大で異質だった。今思い出しても怖気が走る。

 奴の使う力はもはや魔法とは呼べぬ代物だった。奴の力は生けとし生けるもの、動植物問わずその全てから命を奪い取った。戦った魔族、そこに存在する植物、さらにはそこに存在した精霊達までも、その全てが犠牲となった。

 その結果が今の無の砂漠だ。もはやそこには一切の生命が存在しない。精霊すらも存在せぬゆえに、そこに恵みは一切与えられず、今も何もない砂漠と変質し瘴気となった魔素の残骸だけが取り残されておるのだ」

「……」


 さすがにミリアも絶句した。

 精霊達までも死滅させる魔法。そんなものが存在するなんて。


「とにかく、瘴気が漂う無の砂漠がある以上そこはいかなる者であってしても通る事は不可能だ。

 もしグラッドの言う事が真実となれば、他にも手引きした者がおるはずなのだが」


 人族の国が関わっているとなると、人族と接している国が自ずと容疑者として浮かぶ。

 最有力容疑は、山脈があるとは言え隣が人族の国マジリアス帝国と接している比翼族の国ロスターグと言う事になる。たとえ山脈があったとしても翼のある比翼族であれば何の問題もない。

 そうなると心配なのはクラスメイトのレミナの事だ。彼女の種族ハーピーはこのロスターグの主要貴族だと聞く。厄介な事になっていないといいが。




    ◇ ◆ ◇ ◆ ◇




 大闘技会本線が開催されるグローゼン王国王都ローゼン。その道中も予定通りならばその日の夜には到着する予定となっている。そんな日の昼過ぎの事。


 突然、乗っていた馬車が停止した。


「何かあったの?」


 顔を出したミリアに対し、御者が戸惑ったように前方を指さす。


「あの、そこに若い女性が倒れてまして」


 その指の先には確かに若い女性がうつ伏せに倒れている。見たところ年齢はミリア達とそう変わらない、せいぜい1~2歳ほど下と言ったところだろう。特徴的な三角帽から長い白髪の三つ編みが覗いている。つば広の三角帽はこちらの大陸ではよく見る女性魔道士の被り物で、濃紺のローブからやや色白の手足が覗いている。外見からすれば一般的な女性魔道士そのものと言えるだろう。

 ただ、問題はどうしてその女性魔道士が1人でこんな街道のど真ん中に倒れているのか。さらにその周囲の状況である。何か強烈な魔法で薙ぎ払ったかのような焼け焦げた跡があちこちに広がっていて、何かの襲撃があったのだろう事は見て取れる。

 しかし、倒れているこの魔道士本人にはこんなところで倒れているのに襲撃を受けたような様子は見られない。こんな若い女性魔道士が山賊や盗賊に襲われたのならば、根城に連れ去られた上で想像すらしたくないような酷い目に遭うだろう事は火を見るよりも明らかだ。

 つまり、この女性魔道士は何かに襲われたものの魔法を駆使して撃退した。しかし何らかの理由でそのまま倒れてしまったのだろう。


「このままにもしておけないか」


 ミリアは馬車から飛び降りるとその倒れた女性の元へと向かう。その後ろに警戒心全開でグラッド、ミレーナ、そしてエクリア達3人がその後を続いた。

 倒れた女性を抱き上げると、ペチペチと頬を叩く。


「お~い、大丈夫? 私の声が聞こえてる?」

「……あ……」


 女性が口を開いた。どうやら生きてはいるらしい。


「何かあったの? この惨状は?」


 立て続けにミリアが質問を投げかけるが、女性はその質問には答えず、たった一言だけ発した。



「お……お腹すいた……」



 どうやらただの行き倒れだったようだ。



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