第16話 魔界サーベルジアの異変
大闘技会地方大会で優勝したミリア達は、一路本大会が開催される王都ローゼン目指していた。
グローゼン王国の王都ローゼンはグローゼン領地のやや北の方にある。森や山岳地帯の多い土地柄のため、王都も山岳地帯を切り開いて作られたらしく、盆地となっている中央に王城と大闘技場が作られ、都市はそれを取り囲むように広がっている。
グローゼン王国はヴァナディール王国とは違い魔道技術がそこまで発展していないため魔道列車が通っていない。そのため、ミリア達のいたギルガン領から王都ローゼンまでは馬車での移動となる。およそ5日間の旅だ。
ミリア達はハンターチーム『銀光の風』の馬車に乗せてもらい、現在ギルガン領から4日の距離にいる。道中、魔獣達が何度か襲撃してきたが、そこはやはり魔獣を狩るハンタークランの『銀光の風』。何ら問題もなく撃退し今に至る。
当然その道中もミリアはミレーナの訓練を受けていた。
たった4日とも言えるが、その吸収力はミレーナも目を見張るもので、現在では実戦形式の訓練ではエクリア、リーレ、シルカの3人がかりでようやく互角レベルにまでなっていた。
もちろん、ミレーナの教えはエクリア達も一緒に受けていたのだからエクリア達が弱いという事はない。むしろギルガン領にいた時よりも腕を上げているほどだ。それだけミリアに秘められた才覚が異常だったという事だろう。
今もエクリアとリーレが魔法と近接戦闘を織り交ぜた連携に加えて、さらにシルカ自身の魔法とシルカが召喚した
しかしそんな連携ですらミリアは跳ね返す。
足元から奇襲をかけてきた
「リーレ、チェンジ!」
「はいっ!」
後退するリーレと入れ替わるように火炎弾と共に今度はエクリアが飛び込んでくる。さらにリーレも後方に飛び退くと共に氷の弾丸をバラまいていた。ミリアの眼前に広がる火と氷の弾丸の嵐。それをミリアは目線を一度走らせただけで全ての魔法を的確に撃ち落とした。
凄まじいまでの空間認識能力と瞬間判断能力。そして、ミリアの足元が爆発し、気づけばその姿はエクリアの目の前に。振りかざした拳がエクリア目掛けて突き出された。
「やばっ」
ほとんど反射的だった。エクリアは自分の剣を盾にしてその攻撃から身を守る。だが、空中では当然踏ん張りが効かず、吹っ飛ばされたエクリアは後ろにいたリーレを巻き込んで地面に転がった。
「そこまで」
ここでミレーナが止めた。
「あの、あたし達はまだ」
「その剣じゃもう戦えないでしょ」
言われてエクリアは自分の持っていた剣を見てギョッとする。何と、剣の刀身が真ん中辺りでへし曲がっていた。訓練用とは言え、鉄で出来た剣がである。
「相変わらずの馬鹿力ね。一体ミリアの体はどうなっているのかしら」
「あはは。普段の生活ではちゃんと加減できているんだけど……」
苦笑いをするミリアに対し、何か納得したようにミレーナが声を掛けてきた。
「ミリアさん、どうも普段から全身に魔力が流れているみたいね。無意識だと思うけど」
「魔力が?」
「有り余る魔力に対して体が自動的に制御しているのね。ミリアさんはかなり膨大な量の魔力の
それって、別の言い方をすると常時身体強化の魔法を掛け続けているって状態ね。
ミリアさん、かなり大食いだったわね。常に身体強化が掛かっている状態って事は、常に強化された身体能力を維持するためのエネルギーが消費されてるって事だから、その分栄養の補給もかなり膨大なものが必要になる。大食いなのはそのためね」
そのミレーナの言葉を聞いて、なるほどと納得する。
そう言えば、師匠のベルモールもミリアと同じくらいの大食漢だが、それは常に自分自身に魔力封印の術を施しているためだったのだろう。ミリアのように紋章陣を刻んだ魔道具のペンダントを用いずに自分の力のみでそれを行うのはかなり大変なのだとミリアも改めてそう思った。
「さて、ミリアさんに関してはもう私から教える事は何もないわね。後は自分で自分の戦い方や戦術を考えていくのが重要かな」
ミレーナはミリアに実質免許皆伝を告げた。実際、今のミリアは近接戦闘の身のこなしにプラスして短時間で3発の魔法を放つ魔法技能もある。正直、ミレーナにはもうすでに教える事がほぼ無くなっていた。
(……てか、今戦ったら勝てなさそう)
と、そんな事をミレーナは思っていた。
夜。
ふと目を覚ましたミリアは寝袋から起き上がる。左右にはエクリアとリーレ、シルカがすやすやと寝息を立てていた。
テントの外に目を向ければ焚火の灯りがテント越しに赤く色づいて見える。
ミリアは寝袋から這い出るとテントから外に出た。
焚火の周りには銀光の風のリーダーのグラッドとアニハニータの姿があった。
「どうした? 眠れないのか?」
「いえ、ちょっと目が覚めたもので。グラッドさんは見張りですか?」
「ああ。結界の魔道具は高いからな。普段はスケジュールを組んで交代で見張りをしているんだ」
「アニーさんは?」
「妾はただ単に眠れなかっただけじゃ。サーベルジアの事も気になっておるしな」
サーベルジア連邦。この東の大陸の東部にあるという魔族の国。
通称魔界。
大魔王が支配する国と呼ばれているが、南北を巨大な山脈で、西を『無の砂漠』と呼ばれる大砂漠で遮られているため、ある意味陸の孤島のような状態にある国だ。サーベルジアとのやり取りは山脈を貫く大トンネルを通るか東の海岸沿いにある港街から船で行うしか方法がないとされている。
そこでミリアは今更ながら考えた。
アニーことアニハニータ・フォレスティは魔界に君臨する現大魔王である。
その大魔王がなぜここ獣人の国グローゼンにいるのか。しかもこんな姿で、囚われの身なんて大魔王には明らかに不釣り合いすぎる状態でいたのか。
「サーベルジアで何かあったの?」
「うむ……妾としては恥ずかしい話なのだが……」
頬を掻きながらアニハニータは話を続けた。
「魔界でクーデターが起こり、妾は大魔王の座を奪われたのだ」
「は? クーデター?」
耳を疑った。サーベルジア連邦の大魔王と言えば魔族達の住まう魔界を統べる者であり、そして同時に大魔王とは魔族達の頂点に位置する実力の持ち主がその座に着くとされている。
その大魔王がクーデターによって座を奪われた? 俄かには信じられない出来事である。
「サーベルジアが東西南北と中央の5つの国が集まって作られた連邦国だと言う事は知っておるか?」
「まあそれくらいは」
その辺りの情報はクラスメイトのレミナから聞いた事があった。
魔界サーベルジア連邦は東西南北と中央の5つの国が集まって作られた連邦国。それぞれの国には治める王がおり、それぞれが魔王を名乗っている。
北の竜の国オグニードを支配する竜人の魔王ガルゾフ。
東の海魔族の国ノリッジュームを支配する
南の不死者の国グラベリーを支配する
西の比翼族の国ロスターグを支配する魔鳥ガルーダの魔王オルディラ。
そして中央の魔人・妖魔達の国メルキャットとそれを支配する大魔王アニハニータ。
レミナはこの西側の国ロスターグの貴族家の令嬢と言う話だ。
「確か、サーベルジア連邦の大魔王の座は一番力のある魔族が選ばれると聞いてるんだけど。それは間違いないよね」
「うむ。自慢ではないが、今の
「なら、なぜクーデターを起こされた挙句そんな姿でグローゼンに?」
「……全てはあの者が現れたのがきっかけであった」
「あの者?」
「うむ。今からおよそ
流石にラーズも手に余ったか、妾に救援を求めてきたのだ」
「戦ったの?」
「うむ。恐ろしい相手であった。保有する魔力は恐らく本来の妾と匹敵するほど。あの力であればラーズの手には負えなかったであろうな。妾の力を持ってもなんとか撃退する程度であった」
「だ、大魔王でも追い払うしかできなかったって事?」
問い返すミリアにアニハニータは頷いた。
その話を聞いていたグラッドがふと思い出したように口を開いた。
「……このグローゼンでも似たような事件があったな。
グローゼンの南にはこの国有数の大きな港町があったんだが、そこが一夜にして消滅した」
「は? 消滅?」
「言葉通り消滅だよ。街のあった場所丸ごと消えた。今はそこは地殻ごと抉り取られて入江のようになってしまっているらしい」
それを聞いてゾッとする。
何をどうすれば地殻ごと抉り取るなんて芸当ができるのか。ミリアが魔力80%解放状態の
そう言えば、グローゼンに来る時に航路の変更があった事をミリアは思い出した。
エクリアの話ではカイオロス王国の王都カルラダからグローゼン王国へ向かう航路は本来南の交易都市サヒューズになるはずだった。ところが、何らかの事故があってサヒューズが使えなくなったために北の町ブレンダンに変更になった。その事故、いやむしろ事件と言ったほうがいい。その事件と言うのが、この港町消滅事件だったのかもしれない。
「あの事件、町1つが完全に消滅した事から魔界の大魔王の仕業かと噂が立った」
「妾の仕業って、グローゼンの港町を潰して妾達に一体何の得があると言うのだ。バカバカしい」
憤慨するアニハニータだったが、グラッドから「心配しなくとも、グローゼンの王族も含めほとんどあなたがやったなどと考えてはいませんよ」とフォローされて「ならばよいのだが」と落ち着きを取り戻す。
「まあ、とにかくその事件と同一犯かは分からぬが、何とか撃退に成功したものの妾もかなり力を使い切ってしまっておってな。その隙を突かれて魔力を封じられた挙句拘束されてしまったのだ」
「はぁ? いったい誰に?」
「決まっておろう。その現場となった場所の魔王、吸血鬼の王ラーズだ」
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