第15話 本大会に向けて


「俺達は降参する。試合は終わりだ」


 唐突なギブアップ宣言に審判は豆をぶつけられた鳩のような顔をした。

 明らかにグラッドとミレーナのチームの方が有利に試合を進めていたはずなのに、突然降参すると言い出したのだ。客席の方も一時シーンと静まり返った。

 当然それは前にいたミリアも同様で、一瞬何が起こったのか分からなかった。


「どうして……」

「俺達は確かに雇われて戦う傭兵のような立場だ。だが、それでも俺達にだって矜持はある。

 対戦相手の仲間を誘拐して戦えなくするような卑怯な奴に協力するなど願い下げだ。そんな事で勝っても返って俺達『銀光の風』の名が汚れる」


 曲がりなりにも『銀光の風』はランクAのパーティだ。知名度が高いと言う事は、その行いが世間に広がるのも同様に早いと言う事になる。パーティのイメージはそのまま彼らの今後の仕事に直結する。下手に下げるわけにはいかない。

 だが、雇い主の方はと言うと、この展開に我慢ができなかったらしい。

 ドタドタとダブついた体を揺らしながら闘技場の舞台の方へ駈け込んできた。闘技場の特等席にいたこの地方の領主ガンク・ドン・ギルガンだった。


「き、貴様らどういうつもりだ! これは契約違反だぞ!」

「契約違反も何も、あんたには言っておいたはずだよな。余計な事をするなと」


 グラッドが鋭い目でガンクを見据えた。


「しかも寄りにもよって襲撃に誘拐だと? お前、この闘技会を何だと思ってるんだ。

 お前はこの闘技会に参加した全選手達の努力を侮辱したんだぞ。その辺は分かってるのか?」


 それに関してはミリアも同感だった。後ろにいるシャリアはこの大会で勝ち抜くために、一週間ほどとは言え、いや短期間だからこそ地獄のような特訓を乗り越えてきたのだ。それを誘拐や襲撃などと言う汚い手によって台無しにされた。シャリアの無念さは如何ほどだろうか。


「しゅ、襲撃に誘拐だと? わ、ワシには何の事だか」

「ほう、今度は知らんふりか? 見苦しいな。

 しかも寄りにもよって襲撃対象が王族の1人と来た。お前はもう終わりだろうね」

「わ、ワシは知らん! 衛兵、こいつらを今すぐ捕らえて」



「悪いがそうはいかんよ」


 そんな声が舞台の入り口から聞こえた。

 そこにいたのはシャリアの護衛をしていた虎の獣人ガリアだった。


「屋敷のお前の部屋から契約書が発見された。1つは『銀光の風』との契約書。

 そしてもう1つは裏社会の暗殺者組織『闇の手』との契約書だ」

「な、何だと? 貴様、領主であるワシの屋敷を無断で漁ったのか。不法侵入ではないか! 屋敷の衛兵は何をしていた!?」

「ははは。残念だが我々にはこれがあるのでな」


 ガリアが取り出したのは1つのエンブレム。雄々しいたてがみを持ったライオンをモチーフにした紋章。初代国王のギラヴァンの顔をイメージした王族のみが持ち得るエンブレムだった。


「我々はシャリア様と旅をする際に何かしらのトラブルが起こった時の対応を行うためにこのエンブレムを国王陛下より預かってきた。このエンブレムを持つものは王族と同じ権限が与えられる。それはお前も知っているだろう。よってお前の屋敷の衛兵は全て我々が接収した。

 そして――」


 ガリアが目で指示を出すと、後ろにいた兵士が1人の男を引きずり出してきた。その男は全身を真っ白な糸でぐるぐる巻きにされていた。シルカの呼び出した魔蟲の1匹、蠍蜘蛛スコルスパイダーの持つ糸と蠍の針にある神経毒によって生きたまま拘束された内の1人だった。


「こいつが命だけは助ける代わりにと全て吐いた。お前に指示されてシャリア様とミリアさん達を襲撃した事。そしてシルカさんを誘拐した事をな!」

「ぐ……馬鹿な……ワシの野望がこんなところで……

 お前ら、ワシを助けんか!」


 ガンクがグラッドに怒鳴るがグラッドは鼻で笑うだけだった。


「悪いが契約は破棄させてもらう。契約書に書いてあったはずだ。俺達との契約はお互いの信頼によって継続されると。つまり、俺達の信頼が失われた時点でとうに契約は終わっている。

 それに何より、俺達は誇り高き『銀光の風』だ。お前がこんな汚い手段を取ると知っていれば誰が契約など結ぶか」

「万策尽きたようだな。衛兵、こいつを連れていけ。

 屋敷から見つかった証拠品と一緒に王都へ連行しろ!」


 ガリアの指示で衛兵がガンクを取り押さえ、闘技場から引きずり出す。その際も何やら「違うんだ! ワシはあの方に言われただけで」とか叫んでいたが、誰も聞いていなかった。


 客席の上から見下ろしていた百足龍虫ドラゴンセンチピードはその直後に大きく跳ねるように舞台に飛び降りてきた。そしてその頭の上からシルカともう1人が飛び降りる。そのすぐ後に上空を舞っていた龍蜻蛉ドラゴンフライが降りてきた。エクリアとリーレが降りると、シルカは送還の紋章術を使用して3匹の魔蟲を送り返す。いつまでもここにいたらトラブルの元だと思ったためだ。まあ現時点ですでにパニックになってはいるが。


「優勝おめでとう、ミリア」

「……譲られただけよ。私の実力で取ったわけじゃないわ」


 善戦したものの、結果を見るとミレーナ1人相手ですら手も足も出なかったためにとても悔しいミリアだった。

 そんなミリアの様子にミレーナは苦笑する。


「ミリアさん、あなたはまだ学生でしょ?

 流石に学生に負けたら私の賢者ソーサラーとしての沽券に関わるわ。私、これでも『銀光の風』魔道士部隊を束ねる隊長だからね」

「でも、まさかここまでやられるなんて……」

「それだけ経験値に差があったってだけよ。このまま経験を積んでいけば、いずれ私では太刀打ちできないほどの魔道士になる。それだけの資質があなたにはあるわ。

 そもそもの話、私があなたくらいの年齢の頃はとても決勝までは上がってこれなかったわ。あなたの今の年齢で決勝戦まで来る事自体がおかしいのよね」

「……確かに」


 それに関してはグラッドも頷いていた。

 そんな感じでミレーナがいろいろとフォローをするものの、それでも悔しさが消えるものでもない。


「フフフ、その負けず嫌いなところも兄上そっくりじゃな」


 バシバシとミリアの腰を後ろから叩かれる。見ればそこには年齢10歳ほどの少女が立っていた。

 ミリアと同様の銀色の髪に赤い瞳。それは魔族の1種族、『魔人族』の特徴だと父デニスから聞いていた。そう言えば、シルカと一緒に百足龍虫ドラゴンセンチピードに乗っていたのはこの子だったなとミリアは思い出した。


「えっと、あなたは?」

「フフフ、一応初めましてじゃな。

 妾の名はアニハニータ・フォレスティ。お主の父デニスの妹じゃ。つまり、お主の叔母と言う事になるかの」


 その発言にミリアは目を丸くする。デニスの妹とは言え、このアニハニータは年齢が離れすぎているようにも見える。娘だと言うならばまだ分からなくも……いや、隠し子となるわけなので納得はできないかもしれないが、それでも年齢からはしっくりとくる。

 そんな怪訝な視線に気づいているのか、苦笑いを浮かべるアニハニータ。


「今の妾のこの姿は訳ありでな。まあ、気にしないでくれると助かる」

「は、はぁ……」

「ミリアよ。その悔しさをずっと覚えておくがよい。それがいずれそなたの実力を引き上げる原動力ともなるだろうて。

 妾もそうであったよ。何においてもデニス兄上を超える事ができなかった。兄上は妾よりもあらゆる点で上回っておった。まさに大魔王の座にふさわしいのは兄上だったと妾は考えておる。しかし、兄上はそんな大魔王の座を妾に押し付けて出て行ってしもうた。全く勝手な男じゃ、兄上はな」


 その上、結婚して子供まで儲けておるとは、妾達にも一言くらい報告をくれてもよいじゃろうに。などとアニハニータはぶつぶつと呟いている。そんなアニハニータの様子に毒気を抜かれたか、ミリアの気持ちもいつの間にか落ち着いていた。


「あ、そうだわ」


 ミレーナはポンと手を打つ。


「ミリアさんとシャリア様はこの次は大闘技会の本大会に出場する事になるわけだけど、おそらくは私達くらいの猛者が沢山出てくるに違いないわ。何せ10年に一度の大闘技会の本大会なわけだから。

 ここからは提案なんだけど、本大会は今から2週間後。それまで私に師事する気はないかしら?」

「師事? ミレーナさんに弟子入りするって事ですか?」


 きょとんと眼を丸くするミリア。まさかそんな事を提案されるなど考えてもいなかった。


「あの。私すでに師がいるんですが」

「あ、やっぱり。戦い方や魔力の力が並外れているので、誰かが教えているんだろうなとは思っていったのよね。どなた? 私が知っている人かしら?」


 興味津々に顔を寄せてくる。思わずミリアは数歩後ずさる。

 ミリアの師匠。魔道士である以上、通り名は間違いなく知っている。ただ、ベルモールも言っていたが、本来『大魔道アーク』の魔道士は自らの名を進んで広げたりはしないらしい。なので通り名は伝わっていても本名まで伝わっているかまでは分からないのだ。

 

「えっと、ベルモールさんです。私の師匠」

「ベルモール……」


 ミレーナはその名を聞いたところでピタリと止まる。何やらぶつぶつと呟いていたかと思うと、今までの言葉とは打って変わってやたら丁寧な言葉でこう尋ねた。


「もしかして、ベルモールって『灼眼の雷帝クリムゾンアイズ』殿でしょうか?」


 ミリアは頷く。

 すると、まるで糸の切れたマリオネットのようにふらふらと後退すると、ドサッとグラッドに寄り掛かった。


「お、おい。大丈夫か、ミレーナ」

「あはは、あはははは。大魔道アークのお弟子さんに私が魔法を教えるなんて烏滸おこがましいですよね。あははははは」


 完全に乾いた笑顔でけらけらと笑うミレーナ。流石にこれは気の毒に思い、ミリアがフォローを入れた。


「いや、ミレーナさんとの実戦は本当に勉強になりましたよ。

 空間の領域の奪い合い。ベルモールさんからは一応習ってましたけど、どうも記憶の彼方に押し込まれていたみたいです。決勝でそれが重要なんだとよく分かりましたし」

「そう? 私みたいな一介の賢者ソーサラーが教えても迷惑じゃない?」

「迷惑じゃありませんよ。是非いろいろ教わりたいくらいです」


 ミリアは笑顔でそう答えた。

 これに関しては決して建前ではない。確かにミリアはこれまで魔力の強さや魔法の強さこそが魔道士の強さだと思い込んでいたため、こういった魔力自体の操作や三次元による戦闘術に関しては全く練習してこなかった。これが決勝で大きな差となって現れたのだ。

 それにベルモールの戦い方にも問題がある。基本ベルモールは落雷の魔法を主戦力とした戦い方で、天空から無数に降り注ぐ雷撃に三次元も何もない。彼女の魔法は広範囲を一度に攻撃するため三次元の戦術をほとんど考える必要もないくらいなのだ。

 そんなわけで、実際の魔法を使った三次元戦術を学ぶにはまさに渡りに船。ミリアに断る理由はなかった。


「グラッド、いいかしら?」

「まあ、次の仕事が決まってるわけじゃないし構わないぞ。じゃあ次の目的地は本大会が開催されるグローゼンの王都ローゼンだな」


 ミリアはアニハニータにもその旨を伝えようと振り返るが、それよりも先にアニハニータが口を開く。


「妾にも目的はあるが、今すぐにどうこうできるものでもないからな。今はミリア達に同行しようと思う。

 詳しい話は道中でな」



 こうして、地方大会を勝ち抜いたミリアとシャリアは、次の本大会に向け王都ローゼンへ向かうのだった。

 その道中で銀光の風の2人に手解きを受けながら。


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