第14話 ミリアの資質


龍蜻蛉ドラゴンフライ死神蟷螂デスマンティス、さらには百足龍虫ドラゴンセンチピードまで! ダメだ、私達ではとても手に負えない!」


 討伐ランクA級以上と言えば下手すると1匹で街が壊滅する強さを持つと言われる。

 それが少なく見ても30匹以上。あれが一斉に暴れればこの街は一溜まりもない。しかも、カシアナ達は諜報を主任務とする密偵部隊だ。自分達の実力は自分達が一番よく知っている。カシアナ達では万に一つも太刀打ちできない。いや、銀光の風の全戦力を持ってしても完全に制圧する事はほぼ不可能だとカシアナは判断した。

 となれば、カシアナ達に取れる方針は一つしかない。

 この街の衛兵に連絡して住民達の避難を促す事しか。


「皆、急ぎ住民達の避難をさせるぞ! 副官のサイザは今すぐ衛兵の詰め所に向かい事態の報告をするんだ!」


 矢継ぎ早に指示を飛ばすカシアナに、エクリアが慌てて声を掛けてくる。


「カシアナさん、ちょっと待って」

「エクリアさん、リーレさん。残念ですが、あんな魔蟲達が群れている状況ではシルカさんはもう手遅れの可能性が高い。今は住民達の安全を優先しなければ」

「いや、そうじゃなくて……」

「カシアナ隊長! ど、百足龍虫ドラゴンセンチピードがこちらに!」

「何だと!?」


 部下が悲鳴のような声を上げ、反応するようにカシアナが振り返る。その先に、青空に長いその身体をしならせて鞭のように勢いよく百足龍虫ドラゴンセンチピードの頭がカシアナ達の元へと急降下していた。

 これはもう逃げられない。覚悟を決めたカシアナは愛用のダガーを両手に構える。


「待ってください。あれは敵じゃありません!」


 そんなカシアナの前をリーレとエクリアが遮った。

 前に立ちはだかる2人の元へ巨大な百足龍虫ドラゴンセンチピードの頭部が迫る。バクリと丸のみにされる2人の姿が脳裏によぎり、絶望に表情を青くするカシアナ。

 だが、カシアナが見たものは想像だにしないものだった。

 急降下した百足龍虫ドラゴンセンチピードは地面すれすれで反転し、2人の前に降り立ち頭を低くしていた。そして彼女は見た。百足龍虫ドラゴンセンチピードの頭部に2人の人影がある事を。


「あ、エクリアにリーレ。助けに来てくれてたの?」

「そりゃあ、友達だからね。まあ、その必要もなかったみたいだけど」


 百足龍虫ドラゴンセンチピードの頭部に乗っていた緑髪の女性がエクリア、リーレに親しげに声を掛ける。凶暴なはずの百足龍虫ドラゴンセンチピードも何やら嬉し気にキチキチと顎を鳴らしていた。


「こ、これは一体……」

「あ、カシアナさん。紹介します。今回誘拐されていた友達のシルカです。

 シルカ、こちらあなたの捜索に協力してもらっていたハンターチーム『銀光の風』諜報部隊の隊長カシアナさん」

「そうなんですか。ありがとうございます。

 シルカです」

「は、はぁ。あの、この魔蟲達は?」

「私が召喚した大切な仲間達です。私の固有能力で仲間になってもらってるんですけど、内緒にしてくださいね」


 シルカが百足龍虫ドラゴンセンチピードの頭部を撫でると、気持ちよさそうに8つの複眼を細める。まるで飼われた猫のようである。討伐ランク特A級の魔巨獣ギガントモブが。


「おい、シルカ。話は後にせよ。今はミリアにそなたの無事を知らせるほうが先であろう」

「あ、そうでした。みんな、闘技場へ行くよ!

 エクリアとリーレも龍蜻蛉ドラゴンフライに乗って!

 カシアナさん達も乗っていきます?」

「い、いや、我々は自分達で戻る。一先ず自分達の役目は終わったようなのでな」

「分かりました。それでは。

 行って! 百足龍虫ドラゴンセンチピード龍蜻蛉ドラゴンフライ

 他のみんなは戻っていいよ。みんなありがとう!」


 そう言って、シルカは百足龍虫ドラゴンセンチピードの頭上で送還の紋章陣を発動。百足龍虫ドラゴンセンチピード1匹、龍蜻蛉ドラゴンフライ2匹以外の全ての魔蟲達が紋章陣の中に飛び込んで消えた。その後すぐにシルカ達の乗った魔蟲達が地を蹴り空に舞い上がる。そのまま闘技場の方へと小さくなって行く。

 それを眺めながらカシアナは呟く。


「……世の中、まだまだ知らない事が多いな」




    ◇ ◆ ◇ ◆ ◇




 一方の闘技場の決勝戦。

 ミリアとミレーナの魔道士対決は未だにミリアが不利な状況が続いていた。

 大きな魔力を持つものの正面にしか魔法が使えないミリアに対し、ほぼ闘技場の舞台全域のあらゆる場所から魔法を放ってくるミレーナ。それは魔力の大小や強弱などを超越した戦いだった。

 左斜め上空から飛来する火炎弾は規模的には火炎の砲弾ファイアボール程度の威力なのだが、それでも視界の外から放たれては溜まらない。何とか転がるようにしてその場を回避するミリア。しかし――


「かかったわね」


 そんなミレーナの声にハッとして背後を見る。いつの間にか部隊の淵にまで追い詰められていた。そのミリアの目の前で渦巻く風の砲弾。


(やばっ!)


 とっさにミリアは岩石の壁ストーンウォールを発動。ミリアの真後ろに岩の壁が出現するのと風の砲弾がミリアを吹っ飛ばすのがほぼ同時だった。吹っ飛ばされたミリアの体を岩の壁が受け止め、何とかリングアウトを免れる。


「へぇ~」


 そんなミリアを面白げに見つめるミレーナ。


(頭ではまだ理解はしていないけど、魔道士同士の戦い方は一応体は少しは覚えているみたいね。

 今の咄嗟に魔法を発動させたところから見てもそこは明らかか。

 後は彼女が気付くかどうか……)


 一方のミリアはゲホゲホと咳き込んで膝をついていた。リングアウトを防いだとは言え、勢いよく岩の壁に背中をしたたかに打ち付けたのだ。ノーダメージとはいかなかった。

 そんな中、ミリアはふと以前に師匠のベルモールから教わった事を思い出していた。


「陣取り合戦?」

「そう。魔道士の戦いは基本的には陣取り合戦なんだ。

 戦いの場を領域と見なし、如何にして自分の領域を広げるか。それが魔道士との戦いで一番大切な事なんだ」

「でも威力があれば押し切れるのでは?」

「そうだな。確かに威力も必要だが、魔道士同士の戦いではそれだけでは不足なんだ。領域を制圧すれば魔法の使用幅が広がる。今はまだ分からないかもしれないが、いずれはこれを知らないと勝てない時が出てくる。頭の片隅にでも覚えておくんだ」


 魔道士同士の戦いは陣取り合戦。ベルモールはそう言っていた。

 あの時、ミリアの意識はほぼ魔道士の実力=魔法の威力という形に凝り固まっていたためほとんど理解できなかった。

 だが今なら分かる。あれはこの事だったのだ。

 周囲の全てからミレーナの魔力が感じられる。

 当然だ。今この領域はほぼ全てがミレーナの魔力で制圧されているのだから。だから、ミレーナは自分の魔力が制圧している場所全てから意のままに魔法を放つ事ができる。そう、さっき咄嗟に自分の真後ろに岩の壁を出現させたように。

 これがミレーナの戦い方。何の事はない。奥義でも何もなかった。ただ、魔道士同士の基本的な戦い方に過ぎなかった。そしてミリアはまだそれすらできていなかっただけだった。


「……まだまだ先は長いわね。知らない事が沢山ある。

 私も、まだまだ成長できる。フフフフフ……」


 ミリアは足に力を入れて立ち上がる。

 すぅ~っと大きく深呼吸を1つ。そして、ミレーナを見据えた。

 そのミリアに、今までにない雰囲気を感じ取る。


「何か掴めたのかしら?」

「それはこれからお見せしますよ」


 ミリアは目を閉じ精神を統一。そして、内に秘められた魔力を周囲に解き放った。

 そう、それはまるで広いベールで周囲を覆いつくすかのように。


「うっ!」


 ミレーナの余裕の表情が一気に崩れた。確かに魔道士同士の戦いでは魔力の使い方がその勝敗を分けると言ってもいい。しかし、まさか魔力を解き放っただけで自分の領域の半分以上が押し返されるとは。


(流石ね……魔道士同士の戦いは領域の制圧戦。それをこうも早く見抜けるなんて。よっぽど良い師匠に恵まれたんでしょうね……)


 そしてとんでもない魔力の密度。そして力強さなのか。何よりミレーナを驚かせたのはその点だった。これは一朝一夕でできるものじゃない。彼女がこれまでの人生でずっと研鑽を続けてきたものの証明だ。そしてこの膨大な魔力量。もしちゃんとした戦い方を身に着けたならば、彼女の前ではもう自分では太刀打ちできない。賢者ソーサラーのクラスである自分の実力がそれを自分に伝えていた。


(とは言え、ここまでが魔道士の戦いの基礎。難しいのはここからよ。果たしてミリアさんはどれくらいできるか、試させてもらうわ)


「行くわよ、ミリアさん!」


 ミリアの上空に渦巻く風の魔法。今度は規模は初級ではない。全てが中級以上の魔法だ。

 しかし、これまでとは違い、魔法が発動したのはあくまでミリアの正面からのみ。ミリアは確信した。やはり領域を制圧すればそこからは魔法を発動させる事はできない。そして、自分の領域からならばどこからでも魔法を放つ事ができる。そう、自分の真後ろで発動させた岩の壁ストーンウォールのように。

 風には火の魔法。ミリアは自らの手足を伸ばすような感じで広げた魔力の先から魔法を発動させる。火炎弾がミレーナの左斜め上から放たれた。

 できた! ミリアが嬉々とした表情を浮かべるが、その火炎弾は瞬時に現れた氷の塊に突っ込んで消滅する。

 驚くミリアに対し、間髪入れずに次の氷の槍が5本ミリアに対し殺到する。慌てて転がって回避するミリア。集中が途切れたか、再びミレーナの魔力の領域に押し返された。

 領域を取り返しに掛かろうとするが、その度にミレーナの放つ魔法が邪魔をする。

 ミリアは焦りを隠せない。

 これは魔力の大きさや力によるものではなく、その歩んできた経験の差だと実感したためだ。


「何とか、何とかしてミレーナさんの集中力を切らないと。このままじゃ勝てない」


 魔道士としての実力は歴然。同じ舞台で戦っても勝機はない。ミリアは考えた。ミリアにあってミレーナにないもの。ミレーナには得られない経験値。それは――


「一か八か。やるしかない!」


 ミリアはその脚力を持って大地を蹴る。ミレーナに向かって。それを迎え撃つように氷と風の砲弾がミリア目掛けて放たれた。

 こういう戦い方をしていれば、いずれは破れかぶれになってこんな特攻を仕掛けてくる相手はこれまでにも多々いた。それを待ち構えて魔法で打ち据える。これまでもよくある流れに過ぎない。

 ああ、ミリアさんもその例にもれなかったか。そう思った直後だった。

 白銀色に輝く魔光オーラを纏った拳がミレーナの放った魔法を悉く打ち砕いたのは。


「えっ!?」


 流石にこの展開は予想していなかったか、あからさまにミレーナの集中が途切れた。

 勝機はここしかない!

 ミリアは勝負をかけ、自分の魔力を一気に解き放つ。

 火水風の3属性の魔力がミレーナを包み込むように展開する。


「こ、これは!」

「これが今の私の全力です!

 極彩色の幕布オーロラカーテン!」


 討伐ランク特A級の魔蟲『月光蝶ムーンライトバタフライ』の特殊魔法攻撃。

 3属性の魔力が混ざり合い、オーロラのように輝くベールがミレーナを覆う。これは避けられない。


 そう思った直後だった。


 先程のミリアと同じ白銀色の魔光オーラが縦に一閃。極彩色の幕布オーロラカーテンは真っ二つに割られて消滅した。

 そこには魔光オーラを纏った剣を振り下ろしたグラッドの姿があった。


 魔光オーラをうまく使えば魔法を斬ることができる。当然ミリアも知っている。同じようにして先程ミレーナの魔法を砕いたのだから。

 しかしまさか3属性の合成魔法である極彩色の幕布オーロラカーテンまでも斬られるとは。流石のミリアも勝てないという思いが脳裏をよぎった。


 一方のグラッドの方はと言うと。


「大丈夫か?」

「ええ。まさか月光蝶の特殊魔法を使ってくるとは思ってもみなかったわ。とんでもない資質を秘めている事は間違いないわね。できればもう少し揉んであげたかったけど」

「っと、そろそろ時間切れみたいだな」


 見れば客席の方がパニックになりかけていた。

 無理もない。見上げるほど巨大なムカデの魔蟲が闘技場客席の上から中を覗き込んでいたのだから。さらに上空に旋回する2匹の龍蜻蛉ドラゴンフライ。これでパニックにならなければ逆におかしいくらいだ。


「討伐ランク特A級の百足龍虫ドラゴンセンチピードにA級の龍蜻蛉ドラゴンフライ。倒すとなると難しいな」

「でも襲ってくる気配は全くないわね」

「あれもミリアさんの友達の力なのかね。全く、驚きを通り越して呆れてるぞ」

「世界は広いわね」


 グラッドはフッと笑うと、剣を鞘に収めた。


「審判!」

「は、はい?」

「俺達はギブアップする。試合は終わりだ」


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