第13話 アニハニータの兄


 闘技会地方大会決勝戦。

 準決勝で派手な活躍を見せていた、魔道士の国ヴァナディール王国からやって来た女魔道士のミリア・フォレスティ。

 いくらAランクハンターチーム『銀光の風』の魔道士とは言え、到底及ばないのではないか。そう、観客は考えていた。


 しかし、現実は違った。


「ぐっ!」


 風の砲弾に吹っ飛ばされて床を転がるミリア。そんなミリアをまだ余裕を感じさせる笑みを浮かべながら眺めるミレーナの姿が舞台の上にあった。


業火の砲弾フレイムボール


 ミリアが火炎弾を放とうとその手に魔力を宿らせる。それを確認するとすかさずミレーナは即魔法を発動させた。


氷結の矢アイシクルアロー


 突然、氷の矢が飛来し、ミリアの手元にあった火炎弾に直撃。たちまち対消滅する。

 慌てて振り返るミリアの眼前に10を超える氷の槍が浮かんでいた。


「行きなさい。氷結の槍アイシクルランス


 降り注ぐ氷の槍を大きく前方に飛び込んで回避。したはずが、起きあがろうとしたそこに今度は風の砲弾が飛んできてミリアを直撃した。

 再び吹っ飛ばされてミリアは地面に転がった。


「どうかしら? これが、本当の魔道士の戦いよ。

 魔力の質や大きさも確かに重要だけど、それだけではまだ私には勝てないわ」


 笑みを浮かべつつもその目には不快な色は全くない。ミレーナは続ける。


「貴女のその魔力の特性や質はとても稀有な存在よ。でもね、強い力、特別な力は同時に多種多様なトラブルを招き寄せる。だからこそ、今後貴女の周りにはいろんな障害が立ち塞がるでしょう。

 それに対処できる力。その一端でもこの試合を機に貴女に叩き込んであげる」


 言い終わると同時に、正面のミレーナを起点としてミリアの周囲を囲うかのように大量の風の渦が出現した。その様はかつて見た『暴風』のシルヴィアが使っていた魔法を彷彿とさせる。

 やはり賢者ソーサラーのランクは伊達じゃない。

 ミリアはそう実感した。

 これまで敵を圧倒してきて天狗になっていた。まだまだ世界には自分よりも強い魔道士が沢山いる。

 そう、自分はまだ駆け出しの正魔道士セイジに過ぎない。こう言う時こそ、いろいろな経験を学ぶ時!


「まず、ミレーナさんのこの広範囲魔法の謎を解く事が始めないと。魔力から魔法の発動位置を探ろうにも、周り中ミレーナさんの魔力を感じられて全く判断が付かない。どうにかしないと」






    ◇ ◆ ◇ ◆ ◇






「……見張りは3人のようですね」


 そっと荷物の影から廊下の先の様子を伺うシルカ。その視線の先には暇潰しかカードゲームに興じる3人の姿が。監禁部屋から脱出する際に魔王アニハニータことアニー(自称)がド派手に扉を破壊したわけだが、どうやらその部屋は地下にあった上に防音の魔法が掛けられていたのか誰一人確認に来なかった。そのおかげで苦もなく一階の通路まで来れたわけだが。


「どうするのだ? 蹴散らすか?」


 そんな事を聞いてくるアニー。力ずくで突き進むあたり、ますますミリアによく似ている。


「それは最後の手段にしましょう。敵があの3人だけとも思えないので」

「ではどうする?」

「ここは私が何とかします」


 言うと、シルカは襟元から1枚の紙を取り出した。予備のために忍ばせておいた召喚の紋章陣である。


(召喚する魔蟲は3匹。あの子達にしようかな)


 シルカはその召喚陣の紙を床に置き、指先で魔力を通した。その魔力に反応し、紋章陣全体が光り出す。


「出ておいで、妖精蝶フェアリーバタフライ


 召喚陣から出てきたのは手のひら大の大きさの小さな魔蟲。見た目は人間の女の子のような身体に大きなアゲハ蝶のような羽が付いている。見た目は愛らしいがれっきとした魔物である。

 召喚された3匹の妖精蝶フェアリーバタフライはフワフワとシルカの周りを飛び回る。手をかざせば3匹並んでその腕に腰を下ろした。


「みんないいかな。みんなの持つ眠りの鱗粉であそこにいる3人の男の人達を眠らせて欲しいの。できる?」


 3匹はもちろんだと言うように大きく頷き、一斉にシルカの腕から飛び立った。


「……お主、随分と珍しい力を持っておるな。魔蟲達があんなに懐いておるのは妾とて初めて見るぞ」

固有能力ユニークスキル『魔蟲奏者』によるものです」

固有能力ユニークスキルか。ごく稀に持って生まれる者があるようじゃな。妾は魔人族の変異種として生を受けたが、残念ながら固有能力ユニークスキルは得られなかった」

「変異種?」

「お主達人族にはあまり馴染みのない言葉じゃろうな。

 妾達魔族は様々な種族がおるが、ごく稀に変異種と呼ばれる特異な力を持った子が生まれる事がある。妾の魔人族は他の魔族と比べると力も魔力も劣る種族なのじゃが、この変異種が生まれる確率が他よりも高いのが特徴じゃ。中でも妾はかなり特殊じゃった。何せ妾の兄も変異種だったのじゃからな」

「お兄さんも変異種。と言う事はお兄さんもアニーさんと同じくらいの力を?」

「うむ。むしろ妾よりも兄の方がずっと強かった。大魔王の座は兄の方が相応しかったのじゃが、兄は妾達兄妹で争う事を嫌ったのか、早々に王位継承権を投げ捨てて魔界を出て行ってしまったのじゃ。

 今はすでに結婚して子供もおると聞いておるが、あの時から妾は一度も会っておらぬ」


 そう語るアニーの目は懐かしむように遠くを見つめているようだった。


「今は何をしておるのかな。デニス兄さんは……」


 ぶっ、思わず吹き出すシルカ。まさかその名前が出てくるとは。

 そう言えばミリアの父親は元大魔王候補だったとエクリアから聞いた事があった。まさか現大魔王がその妹だったとは。


「な、何じゃ? 何かおかしい事でも言ったか?」

「いや、何でもないです。ただ、知っている名前が突然出てきたので」

「ん? 知った名前?」

「ええ。特に隠す必要もないので話しますけど、私デニスさんを知ってます」

「な、何と!」

「アニーさんも知ってますよね。今開催されている大闘技会の地方大会決勝に私の友達が勝ち進んでると」

「うむ。まだ年若い女性2人だそうじゃな。片方はこの国の王族だとか」

「そのもう1人なんですが、名前はミリアと言います。ミリア・フォレスティ」

「フォルスティじゃと!?」

「はい。デニスさんの娘です」

「つまり、妾の甥っ子と言う事か。何と、世間は狭いのう。まさかこんなところで甥っ子の名を知る事になるとは」


 たまたま捕まった先に共に脱走する事になったシルカ。その友人が自分の甥っ子とは。人の繋がりは本当に数奇なものだとアニーは思った。


「こうなれば尚の事こんなところでもたもたはできんな。急ぎ脱出しミリアにそなたの無事を知らせてやらねばな」

「そうですね。それじゃあ、これからはもう手加減なしで行きます」


 そう言うと、シルカは懐から大量の羊皮紙をバラまいた。そこには全て召喚の紋章陣が描かれていた。


「さあ、出ておいで。私の仲間達!」


 シルカの言葉で全ての召喚陣が一斉に光を放った。




    ◇ ◆ ◇ ◆ ◇




「ここか。話にあった倉庫は」

「はい。ここ数日、怪しい男達が出入りしていたとの情報が多数。

 1つや2つであれば噂程度かもしれませんが、ここまで多いとなると偶然では済ませられません」


 密偵の女性――カシアナは見た目娼婦のような女性からその情報を受け取っていた。

 町はずれの倉庫に傭兵らしき一団が数日前から籠っている。そこに昨日、何やら大きな箱が運び入れられた。大きさは人1人くらいは入るだろう程の大きさの箱だったとの事。

 さらに、今度はボロボロの服を着た一見浮浪者にしか見えない男が口を開く。


「それと、出入りしている男達が購入している食料がここ数日で増えています。どうにも女性1人が増えただけとは思えません」

「なるほど。どうにもきな臭いな。他にも何かありそうな気がする」


 チラッと物陰から様子を窺うカシアナ。


「この倉庫の所有者は? まさか所有者無しはないだろう?」

「そ、それが……」


 娼婦の装いの女性がカシアナにその情報を口にした。カシアナの表情が見る見る曇る。


「……ちっ、とんでもない貧乏くじを引かされたものだな、グラッドも」

「何か分かったんですか?」


 後ろからカシアナに声を投げかけるのはエクリア。その近くにはリーレの姿もある。


「……この誘拐事件は我々で何としてでも解決しなければならないって事が分かっただけだよ」


 もう一度、カシアナは倉庫の入り口に目を向けた。そこには見張りだろうか、武器を携帯した男が2人一組で行き来している。思った以上に訓練されているようにも見える。


「中に何人いるか分からない。さて、どうやって攻めるか……」

「では私達が陽動します」


 唐突に発言するリーレに「えっ」っとカシアナは振り返る。が、そこにはもう2人の姿はなかった。

 その直後、倉庫の方から爆音と悲鳴が盛大に轟いた。

 爆炎を浴びて吹き飛ぶ傭兵2人と、その反対側で氷の蔦に全身を巻き付かれたまま凍り付いている傭兵の男2人。ほぼ不意打ち気味の攻撃に何の抵抗もできないまま見張りは無力化されていた。


「何だ今の音は!」


 案の定、今の轟音を聞きつけてわらわらと湧いて出てくる傭兵達。その数は10人以上。


「さすがに多いわね」

「魔力暴走状態のミリアちゃんよりはマシと考えましょう」


 エクリアの脳裏に浮かぶ、ベルゼドによって暴走状態にされたミリアの姿。荒れ狂う暴風のような魔力を容赦なく吹き出し続けるミリア。確かにあれに比べれば幾分もマシだ。

 エクリアとリーレの思惑ではこのまま二手に分かれて傭兵達を引きずり出し、その隙を見てカシアナ達に内部への潜入を任せるつもりだった。カシアナは密偵専門と聞く。自分達が中に乗り込むよりは確実だと2人も判断した。


 しかし、そんなエクリア達の作戦は想定外の出来事によってぶち壊された。



 ガアァァァァァァァン!


 響き渡る轟音と共に、突然倉庫の屋根が吹き飛んだ。

 そこから除く巨大で且つ長い影。一見、龍と見間違えそうなその体を持つそれはエクリアとリーレはよく知っているものだった。

 百足龍虫ドラゴンセンチピード。討伐ランク特A級と言う高ランクの虫型モンスターである。

 そしてそれと同時にその天井から飛び出してくる沢山の魔蟲達。

 龍蜻蛉ドラゴンフライ死神蟷螂デスマンティス軍隊蟻アーミーアント装甲蜂フルメタルホーネットなどその種類は多種多様。あんな芸当ができるのはただ1人。


「な、何なんですか、あれは! 討伐ランクA級以上の魔蟲があんなに沢山!」


 今までの冷静さは何だったのかと思うような動揺をするカシアナ。それも仕方のない話。目に見えるだけで百足龍虫ドラゴンセンチピードを始めとする討伐ランクA級以上の魔蟲が少なく見積もっても20以上。ハンターとして見れば絶望的な戦況だ。カシアナの所属するチーム『銀光の風』であっても討伐ランクA級ともなれば1体に対し5、6人のチームを組んで戦わねば勝てない強さを持つ。それが20体もいるのだから最悪の状況だ。

 しかし、その秘密を知っているエクリア達にとってはこの光景はある意味目印に等しい。


「あ~、探す手間が省けたわね」

「はい。カシアナさん、シルカちゃんはあそこですよ」


 リーレの指差す先には暴れ回る百足龍虫ドラゴンセンチピードの姿が。

 カシアナにはリーレが何を言っているのかその時は理解できなかった。


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