第12話 魔族の少女
「さあ、ついにこの時がやってまいりました。
4年に一度の大闘技会。そのギルガン大会の決勝戦!」
澄み渡る青空に実況者の声が響く。
舞台の中央で向かい合う2組の選手達。
「まず、ギルガン領主様推薦のシードチーム。
冒険者でありながら傭兵でもあり、そして魔物を狩るハンターでもある。そのランクは最高位のAランク。
多数の団員を有する『銀光の風』。その団長、グラッド・コーディングと魔道士隊の隊長、ミレーナ・フランのコンビだ!」
客席から歓声が湧き上がる。見れば同じようなスカーフを巻いた一団が客席の一部に集まっていた。おそらくはあれが『銀光の風』の団員達なのだろう。
選手紹介は続く。
「対するはうら若き乙女達のコンビ。
赤獅子族の少女と銀髪の魔道士の少女。その可憐な見た目とは裏腹に実力は本物。先日の準決勝の様子は記憶に新しいと思います。
果たして、現役の高位冒険者にその実力がどこまで通じるか。
海を隔てた隣の大陸からの来訪者、魔道士ミリア・フォレスティと……」
そこで実況の声が止まる。スピーカーからは小さく「えっ? これって本当ですか?」と確認を求める声が漏れ聞こえてきた。
そして、
「コホン、失礼しました。その相方は何と、我がグローゼン王国の可憐な一輪。しかし赤獅子族の勇猛な血は確かに彼女にも流れていた!
グローゼン王国の第2王女、シャリア・ウィズ・グローゼン様だ!」
一瞬、闘技場は静寂に包まれた。それはそうだ。一般参加者の中に王族が混じっているなど一体誰が考えるだろうか。
だが、やがて客席からは震えるような大歓声が上がりだす。それを見たミリアはこの国の王族はかなり国民から好かれているんだなと思った。
その反面、目の前のグラッド達は冷や汗が流れ落ちる。
(おいおい、襲撃者共はよりにもよって王族を襲撃したのかよ。こりゃあ、タダですみそうにないな。何としてでも身の潔白を証明しなければ)
「それでは、闘技大会の決勝戦。
試合開始!」
ジャーンと銅鑼が鳴らされ、決勝戦が開始された。
シルカを人質に取られている以上、下手に攻めるわけにもいかず動けないミリアにグラッドは風のように間合いを詰め大剣を押し付ける。そしてそっと語りかけた。
「ミリアさん、よく聞いてくれ。昨晩の襲撃を仕組んだのは俺の雇い主の領主ガンク・ドン・ギルガンだ」
ミリアは鍔迫り合いを演じたまま、目線を客席に送る。その一番高い豪華な客席でこれまたゴテゴテの宝石やら何やらで飾りつけた悪趣味な猿人が舞台を見下ろしている。
「あいつが?」
「今、シルカさんの救出のため俺達の部隊も動かしている。とりあえず今は接戦を演じて時間を稼ぐ。協力してくれるか?」
「……分かったわ」
ミリアは頷くと、軽くグラッドを押して空間を開け、剣の腹を蹴りつけた。その勢いのままグラッドは大きく飛び退き間合いを取った。
「ミリアさんと話はついた。カシアナがシルカさんを助け出すまで時間を稼ぐぞ」
グラッドの言葉にミレーナは頷き、
「なら、ミリアさんの相手は私に任せてもらえるかしら」
「1人で大丈夫か? こう言っちゃ悪いが、彼女の魔力は」
「ええ。少なく見ても私の倍はあるわね。でも、魔道士の戦いは魔力だけで決まるものじゃない。
ミリアさん、おそらくは本格的な魔道士との戦闘経験は多くなさそうだし、この機会に少し手解きしてあげるわ」
そう言って、ミレーナは1人ミリアの前に立つ。
「銀光の風、魔道士部隊を纏めるミレーナ・フラン。魔道士ランクは
◇ ◆ ◇ ◆ ◇
「ん……うん……」
ふと意識が浮かび上がる。まだ半ばぼやけた視界でシルカは周囲を見回した。
見覚えのない天井。見覚えのない壁。
ここはどこだろうと目を擦りながら考えていると、
「やっとお目覚めか。こんな状況なのに随分とのんびり屋じゃのう」
後ろから声が聞こえてきた。
振り向いたそこにいたのは小柄な少女。およそ10歳前後ほどだろうか。まるで人形のような整った容姿をしていて、輝くような綺麗な銀髪を一つに束ねている。
その見た目はどことなくミリアを彷彿とさせる。まあ、目付きなどはミリアよりもやや吊り目でキツさを感じさせるが。
「何じゃ? 妾の顔に何かついておるか?」
「あ、すいません。ちょっと知り合いに似ていたもので」
「ふ、妾に似ておるとは、幸運な者もおるようじゃのう」
カラカラと笑う少女。随分偉そうな話し方をする子だなとシルカは思った。
「あの、ここはどこですか?」
「さあのう。妾もよくは分からんのじゃが、領都ギルガンのどこかである事は間違いないと思うが」
「私、どうしてここに?」
「攫われてきたのじゃろう。今朝方男どもがそなたをこの部屋に放り込んで行きおった。手は出しておらんところから見て、ただの賊ではなさそうではあるがの」
「攫われた? でも私、この国にたまたま来た旅行者ですよ。攫う理由なんて……」
「男どもが話しておったが、今日そなたの友人が闘技会の決勝戦に挑むそうではないか。とならばそなたを攫った理由など1つしかないと思うが」
八百長。つまり、シルカを人質にしてミリアにわざと負けるように仕向けるつもりか。
こうしちゃいられないとシルカは立ち上がった。
「逃げるつもりか?」
「友達の足枷になるわけには行きませんので。何とか脱出しないと」
まあ確かにのう、と少女は頷き、こうシルカに問いを投げかけた。
「ところで、そなたは魔道士のようじゃが、魔力は感じられるか?」
「え?」
そう言えば、とシルカは気付く。自分の持つ魔力がまるで感じられなくなっている事を。
「
初期の風を起こすだけの魔法。しかし、それすらも発動する気配すらなかった。
「これは……魔力を封じられてる」
「うむ、妾も同じよ。どうやら魔力を封じた状態でここに連れてこられたようじゃ。魔力を主体に戦う魔道士は魔力さえ封じておれば何もできんと考えておるのじゃろう。おそらくはその首に着けられてあるチョーカーの所為じゃろうな」
確かに、少女の言う通りシルカの首には着けた覚えのないチョーカーが巻かれていた。
前にエクリアから聞いた事があった。魔道士の犯罪者が抵抗できないようにするために作られた魔力封じのチョーカーがあり、それを着けられた魔道士は魔力を扱えなくなると言う。あのミリアが暴走した時もそのチョーカーで魔力を散らせて抑え込んだと話していたのをシルカは思い出していた。
シルカはチョーカーを何とか外せないかと引っ張ってみたりするがびくともしない。かなり強靭な繊維の素材で作られているらしい。
「妾も何とか外せんか試してみたが、どうにもならんかった。所詮妾も魔族の女よ。魔力を封じられては見た目通りの小娘でしかないからな」
「魔族だったんですか?」
「おかしいか?」
「いえ、私の思ってた魔族ってもっと……」
化け物じみたと言い掛けてシルカは口を止めた。が、少女にはその先は読めていたらしい。
「確かに魔族には人族とは異なる外見の種族が多いからのう。その認識も間違いではない。
妾は魔人族故な、人族とそこまで違う外見はしておらぬのじゃ。精々、ツノが生えていたりするくらいじゃが、それくらいは簡単に隠せる」
少女は特に気にすることもなく面白げに笑っていた。
シルカは立ち上がると入り口の扉の前にやってくる。
鋼鉄製の扉か、叩いてみてゴンゴンと重い音がする。とても力任せにどうにかできるものでもなさそうだ。
「妾も色々試したがやはり今の力では脱出は無理じゃった。せめて魔力が戻れば話は別なのじゃがな」
「魔力が戻れば……つまりそのチョーカーをどうにかできれば良いのですね?」
「まあ、そう言うことじゃが……」
どうするのじゃ、と見上げる少女の前で、シルカは右手の中指につけていた指輪を内側から親指でグッと押し込む。するとピンっと鋭い爪のような物が飛び出してきた。見ればその爪は内側が刃になっている。
「これを使えばチョーカーを破れると思います。ちょっと失礼しますね」
シルカは少女の後ろに周り、束ねた銀髪を肩口にズラす。そして、その首に巻かれたチョーカーに爪を引っ掛けると、一気に下へと引き裂いた。
「おおっ!」
その瞬間、少女から凄まじい魔力が吹き出した。その大きさは今のミリアにも勝るとも劣らないものとシルカは感じた。
驚くシルカに向かい上機嫌に少女は手を握る。
「まさかそんな暗器を持っておったとはの」
「私にもいろいろあったんです」
貴族社会では何が起こるか分からない。あらゆる事象を想定した準備をしておく必要があるとシルヴィアに教えられた。これもまたその1つと言える。
「些か驚いたが、魔力が戻ればこちらのものじゃ」
言って、シルカのチョーカーを力で引きちぎってしまった。
「さて、それではここでじっとしておる必要もあるまい。脱出するとするか」
少女はスタスタと扉の前にまで歩み寄る。
「さっきまでは魔力が封じられておったが、魔力が戻ったのであればこの程度」
言いながら拳を振り上げ、
「モノの数ではないわ!」
ごぉぉぉぉんっ
拳が振り抜かれ、鋼鉄製の扉がひしゃげて吹き飛んだ。流石にその様子に呆然とするシルカ。
「さあ、脱出するぞ!」
「あの、貴女は一体……」
「ん?」
少女は振り返り、不敵に笑みを浮かべる。
「妾はアニハニータ。アニーとでも呼ぶが良いぞ。特別にな。そなたは何と呼べばいい?」
「あ、シルカ。私はシルカです」
カラカラと笑うアニーに、やはりミリアが被って見えたシルカだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます