第24話 魔獣達の奇行

 ミリアは前方を見据える。

 ほぼ混戦状態を成しているこの状況。魔獣の数はおそらく50を超えている。範囲魔法で焼き払おうにも冒険者や傭兵が巻き添えになるから今は使えない。

 かと言って、あそこに飛び込む気にもならない。互いの連携も取れてない状況だ。下手すると味方から流れ弾が飛んでくる可能性だってある。踏み込むのは危険すぎた。そうなれば取れる選択肢など、下がって魔獣が押し寄せて来た時の防波堤を築くのが最も有効な手だろう。


「ナルミヤ。地の精霊ノーム達に頼んで、この西門周辺に防壁を造って貰えるかな。岩石の壁ストーンウォールは私にも使えるけど、できれば魔力は温存しておきたいの。私が精霊を介して使うよりも、ナルミヤの精霊魔法の方が効率は良いわよね?」


 ミリアの問いにナルミヤは頷いた。

 ミリアの言う通り、魔力を用いて精霊を介し、魔法を発動させる一般の属性魔法に比べ、ナルミヤの精霊魔法は消費魔力は限りなく少ない。なぜなら精霊魔法とは精霊達自ら魔法を使ってくれているものだからだ。お願いするのと自発的にやってくれるのでは見返りが少なくなるのは当然の事。


地の精霊ノーム達、お願い」

『応よ! 任せんしゃい!』


 ナルミヤの周りにいた地の精霊ノーム達は、周囲の地の精霊ノーム達に呼びかけながら地面に舞い降りる。すると地面と同化するように溶け込んで消えた。

 何を? と思った次の瞬間、ドンッと言う音と共に厚さ10メートルくらいの分厚い岩盤が地面から生えて来た。高さは6メートルほど。それが西門周辺の柵を守るように長い防壁を形成した。

 流石にこれには唖然とするミリア。


「……流石に想定外ね。やり過ぎじゃない?」

地の精霊ノーム達が張り切り過ぎたみたいですね」


 少し困った顔をするナルミヤの周囲で戻って来た地の精霊ノーム達がドヤ顔をしている。


「ま、まあいいわ。ところで戦況はどうなってる?」


 ミリアは防壁に作られた階段から先に上に登っていたエクリアとリーレに声を掛けた。エクリアは目線で前方を指し示す。

 見れば戦況はだいぶ傾いており、逃げ出す冒険者の姿も見え始めていた。その後ろから、前にもいたカジアエルクの角を持った猪の魔獣が襲い掛かっていた。


氷結の槍アイシクルランス!」


 リーレの手に生み出された水が瞬時に凍結し、リーレの身長程の氷の槍と化す。それを前方に射出。氷の槍は空気を引き裂き一直線に猪の合成魔獣キメラの額に突き刺さった。ビキッとした音と共に魔獣は力を失ったように地響きを上げて倒れ伏した。氷の槍が突き刺さった位置から内部を凍結させたのだ。

 さらにリーレは立て続けに5本の氷結の槍アイシクルランスを生み出して撃ち放ち、5体の魔獣を同時に仕留める。それで逃走していた冒険者は何とか西門にまで辿り着いた。

 這々の体で転がり込んだ冒険者の男。おそらく斥候系なのだろう。近接戦闘が得意そうには見えない。青い顔でブルブル震えている。

 完全に心を折られたか、これではもう冒険者としてやっていけないだろう。


 それが皮切りになったか、生き残っている冒険者達や傭兵団の面々も撤退を決めたらしく、一目散に町の方に逃げてくる。見れば、おそらく一番練度が高い傭兵団の団長クラスの一部隊が殿しんがりとして魔獣達の足止めをしている。

 部下を守るために身を危険に晒す。傭兵には惜しい人物だとミリアは思った。


「足止めの援護くらいはできるか。エクリア、あの両端から削るよ」

「分かった。ミリアも勢い余ってあの傭兵達まで吹き飛ばさないようにね」


 相変わらずのエクリアの軽口。そんな事は分かっているとミリアはむくれた。

 とは言え、実際ミリアの魔力だと冗談ではなく傭兵を巻き込む可能性もあるわけで。


「風の魔法にするか」


 火属性だと強烈な爆風が発生するので、敢えて多少巻き込まれても怪我で済む程度の魔法を選択する。


豪炎の炸裂弾フレイムバースト!」


 そんな事を考えてる内に、先にエクリアが魔法を放った。正確にコントロールされた火炎弾が傭兵団長達を取り囲もうと左右に展開しているしている魔獣達の、向かって右側の一団を直撃した。破裂した火炎弾の衝撃と数多のほのおがその周囲の魔獣をも巻き込んで焼き払う。そこにはチラつく焔の残滓と黒く焼け焦げた魔獣達の骸が横たわっていた。


「流石エクリアね。魔法の制御が完璧だわ。私も頑張らないと」


 気合いを入れ直し、ミリアは魔力を練り上げる。使うのは風属性の初級、旋風ウインド系魔法。だったのだが――


「うおわああああ!」


 傭兵達の声が戦場に響く。

 傭兵達に直撃はしなかったし、巻き添えにもしなかった。しなかったのだが、流石に突然目の前にいた魔獣達が粉々になって吹き飛べばそんな声が出ても仕方がないと言える。


「ミリア、今のって旋風の砲撃ウインドブラストよね?」

「うん。風属性の初級クラスで直線上の相手を纏めて撃ち抜く砲撃ブラストの魔法」

「初級であれって。ミリア、魔力の解放率は30%から変えてないわよね?」

「うん、変えてない」


 一応ミリアだって自分の魔力のことは理解してるし、周囲の傭兵達を巻き込まないように考えているのだから、わざわざ魔力の解放率を上げるはずがない。

 と、言う事は、考え得る可能性は1つ。


 またミリアの魔力が大きくなったと言う事だ。


「はぁ、ただでさえ巨大なのにまだ成長途中なんて。ますます制御に気を使う必要がありそうね」

「うん」


 ミリアはチラッと周囲に目を向ける。明らかに衛兵や生き残った冒険者、傭兵達から奇異な目で見られているのが感じられた。





 左右に大きく広がりながら、自分達を取り囲もうとしている。

 たまたま宿場町に滞在していた傭兵団シュトラウス。その団長グレゴリーは、戦場の真っ只中で嫌な汗を隠せなくなっていた。

 見た目からしてただの魔獣ではないと理解している。複数の種類の違う魔獣の特徴を合わせ持つ合成魔獣キメラ。だがそれは良い。倒せないほどの強さではないのだから。部隊の殿しんがりだって、魔獣相手であれば、ただ突っ込んできた相手を倒して下がるを繰り返せば良いだけ。

 傭兵団を組織して20年。齢40を数えた歴戦の勇者とも言えるグレゴリーは、今までそうやって生き残ってきた。

 だが、今戦っている魔獣は何かがおかしい。

 この状況もそう。魔獣の群れがグレゴリー達を包囲するように左右に展開している。まるで軍隊さながらの動き。これは明らかに指揮官がいないとできない動きだ。

 本来魔獣は本能に従い行動するため、こう言った軍隊めいた動きはしないはず。むしろできないはずなのだ。なのにこの状況はどう言う事なのか。


「があっ!」


 背後で部隊の1人がサイの角を持ったアルマジロのような合成魔獣キメラに腹を貫かれた。


「くそっ!」


 悪態をつきつつその魔獣に戦斧バトルアックスを叩きつける。ベースとなっているらしい甲殻獣の硬い皮膚も重量武器である戦斧バトルアックスであれば断ち切る事ができた。

 見れば自分の部隊も残るは5人程度。魔獣はまだ10匹以上。さらに増えているように見える。2波、3波が次々と押し寄せてきているのだろう。

 ここまでか。グレゴリーの脳裏に絶望が浮かぶ。だが、彼も戦士だ。絶望を闘志へと切り替え、戦斧バトルアックスを握り直す。

 ここで命尽きようともただでは死なん。1匹でも多く道連れにする。その意思が闘志を燃え上がらせる。

 左右から包囲しようとする魔獣の一角に最期の突撃を敢行しようとした、その時。背後から轟音と熱風がグレゴリーの元に届いた。

 一体何が。そう思った次の瞬間だった。


 風のような

 そう、何かとしか言いようがない。

 目に見えない強力な何かがグレゴリーの目の前を通り過ぎた。


 ピチャッ


 頬に触れたのは生暖かい液体。それに気づいたのは数秒後の事だった。


 目の前に迫っていた数多の魔獣達は今では多数の肉片と化し、暴風に飛ばされるチリのように遥か彼方へと飛ばされていた。


「うおわああああ!」


 遅れてグレゴリーの口からそんな絶叫が上がる。

 何が何だか分からない。理解不能な事があれば、人間は意図しない行動を取るものだ。今の声はその理由によるものとグレゴリーは自分を誤魔化し、もとい納得させた。

 何より、包囲網は崩れている。撤退するならば今しかない。


 グレゴリーは部下の生き残りを集めて町へと撤退した。そして、戻って絶句。時間にして戦っていたのは1時間も無かったはず。だと言うのに。


「な、何だこれは」



 街の西門に城壁が出来ていた。




    ◇ ◆ ◇ ◆ ◇




「やっぱりやり過ぎだったかもね、ナルミヤ」

「私じゃないです。地の精霊ノーム達がやり過ぎたんです」


 呆然と見上げている傭兵団の団長を見ながらボヤくミリアに、ナルミヤはそう答えた。ナルミヤの周囲から、『そりゃ酷いぜ、ナルミヤ嬢ちゃん』と言う声が聞こえてくる。当然の事ながら地の精霊ノーム達に悪気はカケラもない。


「ナルミヤ、精霊魔法は貴女にしか制御できないんだから。精霊に責任転嫁せず、ちゃんと制御を心掛けないとダメじゃない」

「それはミリアにも言える事だからね」


 自分の事を棚に上げて偉そうに説教するミリアにエクリアの容赦ないツッコミが入った。


「一歩間違えたら、あの傭兵達まで魔獣よろしく粉々だったんだから。ミリアも反省しなさい」

「うう……努力はしてるんだけどなぁ」


 ミリアだって遊んでいるわけじゃない。自らの身体に宿る莫大な魔力をどうにか制御するのに常に努力を欠かさないようにしている。

 だが、今も膨れ上がる魔力の速度に制御が追いつかなくなっている事を、まだミリアは気付いていなかった。



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