第25話 シルカ、蹂躙する

 ドオォォォン!


 轟音が響き、分厚い岩の城壁が振動する。


 傭兵団シュトラウスが前線を離脱してからもうじき30分くらい経とうとしている。見れば壁の外では猪型の合成魔獣キメラが執拗に壁目掛けて突進を敢行していた。

 しかし、そこは流石はナルミヤの精霊魔法によって造られた城壁。地の精霊ノームが気合を入れまくった自信作。何度魔獣が突進しても崩れる気配すらない。むしろ、頭を潰して生き絶えた魔獣の骸が量産されていた。


「何か、城壁だけで片付きそうな気がしてきたな」

「流石にそれは無理だと思う」


 壁下の惨状に冷や汗をかいていたカイトにレミナが目線で促す。その視線の先、奥に見える森からギャアギャアと鳥の鳴き声とバサバサと言う木々のざわめきが聞こえて来た。そして、そこから現れたのは――


「な、何だよありゃあ」


 共にいた傭兵の誰かがそう口にした。

 森から上空に飛び出したのは無数のシルエット。ベースは狼なのだろうが、その差からは巨大な大鷲の翼が生えている。

 狼と大鷲。

 自然界では絶対に存在しない組み合わせ。即ち、あの魔獣達は全て人工合成魔獣バイオキメラと言う事になる。


「それにしても、城壁で阻まれたと見て大鷲と狼の合成魔獣キメラを繰り出して来るなんて。

 やっぱり、グレゴリーさんの推測通り、あいつらには指揮官のような魔獣がいるわね」


 近付いて来る空中部隊に目を取られていたその時、


「危ねぇ!」


 突然ミリアの前にレイダーが踏み込んで拳を振るった。ガァンと言う何かが砕ける音がして、何かのカケラがミリアの頬を掠める。


「へ?」

「油断してんじゃねえ! 奥を見ろ!」


 レイダーの檄にハッとしたミリアは地上に目を移す。すると、猪型の合成魔獣キメラの奥に別の合成魔獣キメラが見えた。

 胴体は大きな熊。だが、その下半身は蜘蛛のような8本の足で上体を支えている。その丸太のような腕にはミリアの胴体程もある大きな岩石が握られていた。


「熊に蜘蛛の組み合わせ。あれも人工合成魔獣バイオキメラか」


 同じような合成魔獣キメラが横に5体。それが一斉に岩石を投擲。まるで砲弾のように大気を引き裂きながらミリア達の方へと押し寄せて来る。


「そうはさせるか!

 豪風の炸裂弾インパルスバースト!」


 ミリアは空中に10近い数の風の魔力を生み出した。それらは大気を巻き込み螺旋を描く幾多もの大きな鋲を形成する。


「行け!」


 放たれた風の螺旋鋲は飛来する岩石のど真ん中に突き刺さる。次の瞬間、破裂するように岩石は粉々に砕け散った。


「みんなは大丈夫?」

「へっ、あんなの問題ねえよ!」


 レイダーとカイトは流石はデニスの教え子と言ったところ。岩石を苦もなく粉砕していた。

 そして、


「潰れなさい! 重力5倍!」


 投擲役だった熊と蜘蛛の人工合成魔獣バイオキメラはヴィルナの重力魔法で血を撒き散らしながら地面に押し潰された。


「相変わらず動かない相手には強いわね、その魔法」

「……その内動く相手にも使えるようになってやるわよ」


 ヴィルナは唇をとんがらせてソッポを向く。

 そんな様子を見ながら、ミリアは苦笑した。

 何となくだが、ミリアにはヴィルナのその望みは叶わないんじゃないかなと思っていた。これはヴィルナの重力魔法の特徴と呼ぶべきものなのかもしれない。

 発動までに時間がかかり、その間は対象をずっと視界に収めていないといけない。結構面倒な条件だ。

 だが、その面倒な条件をクリアしてしまえば凄まじく強力な魔法だ。何せ高重力を発生させ、あらゆる物を押し潰してしまうのだから。それが例え建造物であっても根こそぎグシャッと。

 強力な代わりに発動条件が厳しい。それが重力魔法の特徴。おそらくヴィルナもその限界に気付いているのではないか。そうミリアは感じていた。


「さて、次は」


 気を取り直し、残りの魔獣に向き直る。その前に突然城壁が大きく揺れた。


「うわわっ!」


 慌てて手すりに掴まり、城壁の下を覗き見た。何と、あの猪の合成魔獣キメラがいくら突進してもビクともしなかった城壁の一部が崩れていた。


「一体何が――」


 その言葉を最後まで言い終わる前に、奥の森の中から無数の大気の渦が飛来した。それはまさに風の属性魔法。ミリアが先ほど使った風の中級炸裂魔法『豪風の炸裂弾インパルスバースト』だった。


 城壁に突き刺さると同時に破裂し岩盤を吹き飛ばす。この城壁は地の精霊ノームの力によって生み出されたもの。つまり地の属性を持つ。

 そして、属性魔法の決まり事ルール。地は風に弱い。

 次々と飛んでくる風の魔法で瞬く間に城壁が削り取られていく。


「ど、どうなってるの!? まさか魔獣以外に敵がいる!?」


 焦った声を上げるミリア。魔獣は精霊との繋がりを持たないため、一切属性魔法は使えないはず。つまり、この風の魔法を使っているのは魔獣ではなく魔道士だと言う事。そこに一際大きな風の砲弾が飛んできた。直撃と同時に周囲に衝撃波を撒き散らし、とうとう壁に大穴を開けてしまった。


「しまった!」


 そこ目掛けて30以上のもの魔獣が押し寄せてくる。その奥にはまたもや熊と蜘蛛の合成魔獣キメラが現れ、岩石の投石を始める。それを防ぐだけでミリア達は手一杯になってきた。

 さらに上空からは大鷲と狼の合成魔獣キメラと、さらに蛇と大蝙蝠の合成魔獣キメラが飛び回っている。レミナとナルミヤが対応しているが、そちらも手一杯と言った感じだ。


「数が多過ぎる。手が足りない」


 ミリアは地属性の岩石の壁ストーンウォールで障害物を生み出すが、それも森から飛んでくる風の砲弾に打ち砕かれるのみ。このままではジリ貧だ。


 そしてついに、人工合成魔獣バイオキメラ達が壁の大穴に殺到した。あの凶暴な人工合成魔獣バイオキメラが町中で暴れたら大惨事だ。ミリアもすぐに下に降りようとしたその時――



 途轍もない轟音が響き、衝撃波と暴風が大気を周囲の城壁の一部ごと豪快に吹き飛ばした。

 合成魔獣キメラ達は原型を留めないほどメチャクチャに吹き飛ばされている。

 そして、その奥からゆっくりと彼女が現れた。そう、シルカの母にして『暴風』の名を持つ賢者ソーサラーの高位魔道士。シルヴィア・アルラーク・サージリアその人だった。


「ミリア、私も戦うわ」


 そう言ってミリアの隣に立ったのはシルカ。その手には何枚もの羊皮紙が握られている。


「私の魔法はこう言う物量戦の時こそ役に立つのよ」


 シルカは羊皮紙を空中にばら撒いて告げる。


「さあ、おいで! 私の仲間達!」


 シルカの持つ魔力が周囲に大きく解放される。そして、空中に撒かれたたくさんの羊皮紙に描かれた全ての紋章陣が発光する。

 その次の瞬間にはミリア達の眼前に軍隊が出現していた。そう、魔蟲達による軍隊が。

 シルカはスッと頭を下げて来た百足龍虫ドラゴンセンチピードの上に飛び乗った。そして、前方に手をかざして命じる。


「魔蟲達、私達の敵を討て! 攻撃開始!」


 その命令を待っていたかのように、まずは上空にひしめく殺人蜂キラービー達が編隊を組んで一斉に合成魔獣キメラ達目掛けて襲い掛かった。人の身長ほどもある大きな針がまるで槍のように繰り出され、魔猪グランドボア魔鹿カジアエルク合成魔獣キメラ達を地面に縫い付ける。

 そこを目掛けて軍隊蟻アーミーアント鎧百足アーマーセンチピード達が突撃した。軍隊蟻アーミーアントが一斉に蟻酸を放ち、足が止まった合成魔獣キメラ達の真下の地面から鎧百足アーマーセンチピードが突き上げる。そして跳ね上げられた合成魔獣キメラ達を横から龍蜻蛉ドラゴンフライ達が引き裂いて行った。

 見事なまでに連携の取れた動き。これがシルカの固有能力ユニークスキル『魔蟲奏者』の真骨頂だった。

 だが、数はまだ相手の方が多く、空からの魔獣が殺人蜂キラービーの戦陣を潜り抜けてシルカの元まで来る場合もある。しかし、その僅かな魔獣はたちまち細切れに切り裂かれて骸を晒す。

 シルカを乗せて佇む巨大な魔蟲百足龍虫ドラゴンセンチピード。そしてその左右には女王クィーンを護る守護者ガーディアンの如き魔蟲が2体。『死神の鎌』の異名を持つ討伐難度Aランクの蟷螂の魔蟲デスマンティス。

 魔蟲達の攻勢は圧倒的だった。

 シルカはおろか、百足龍虫ドラゴンセンチピードすらもほとんど動く必要すら無い状態だった。


 魔蟲達による蹂躙劇が始まって15分。

 合成魔獣キメラ達は未だに襲来している。一体何匹残っているのか。当初の状況など見る影もない数の骸が大地を埋め尽くし、魔獣達の血が異臭を発し始めている。

 と、そこへ、


「何だこりゃ」


 東門の魔獣を担当していたライエルが配下を引き連れて合流した。共にいるマリエッタも口を押さえて青い顔をしている。


「東門と南門の魔獣がいなくなったからこっちに合流しに来たが、何だこの数は。全部こっちに来てたのかよ」

「でも、私達の出番はなさそうですね」


 何とか気を取り直したマリエッタが戦況を伺いながら言う。


「そうだな。それにしてもこれがシルカちゃんの『魔蟲奏者』か。これは軍関係者なら欲しがっても仕方ないな」


 編隊組んで縦横無尽に疾走する魔蟲達を見ながらライエルは唸る。話には聞いていたが、これほどとは。ライエルの顔にはそう書いてあった。


「っ!」


 シルカの表情が少し歪んだ。


「大丈夫か?」


 その表情の変化に誰より早く気付いたカイトがシルカに問いかける。カイトを安心させるようにシルカは小さく笑う。


「うん、大丈夫。別にキツイわけじゃないわ。

 ただ、ちょっと嫌な感じがしてね」

「嫌な感じ?」

「あ、やっぱりシルカにも感じたんだ」


 ミリアが横から言葉を挟む。


「ミリアも?」

「どうも少し前から奇妙な魔力の波動を感じててね。やっと分かった。これはシルカの『魔蟲奏者』の力に近い。この近くに、人工合成魔獣バイオキメラ操ってる奴がいる」


 そのミリアの話を聞いて、ようやく腑に落ちたと言う顔をするシルカ。同族嫌悪とでも言おうか。魔蟲と人工合成魔獣バイオキメラと言う差はあるものの、同じ操る力である事は変わりない。だが、その操る対象による魔力の波動の違いがシルカの持つ魔力と相まって不協和音のようにシルカに不快な感じを与えていたのだ。


「えっと、どう言う事なんだ?」


 分かっていないカイトだったが、シルカは構わず前方に指差して叫ぶ。


百足龍虫ドラゴンセンチピード! 向かって右の森の木々に強酸のブレス!」


 キシャアアアッ!

 百足龍虫ドラゴンセンチピードは了解とばかりに一鳴きし、その大口から緑色の強酸のブレスを吐き出した。その強酸のブレスは立ち塞がる合成魔獣キメラを瞬時に溶解消滅させ、広がるように森目掛けて降りかかる。ジュワッと木々が蒸発するように消えて無くなり、その奥に隠れていたその姿が明らかになった。


「な、なんて事を……」


 思わずミリア、シルカ、カイトの表情が不快に染まった。


 そこにいたのは人間のようで人間ではない。

 蠢く樹木に身体を半分ほど埋め込まれている人間。


 そう、樹木の魔獣トレントと人間の魔道士の人工合成魔獣バイオキメラだったのだ。




 

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