第23話 合成魔獣の襲撃

 カイオロス王国バルディッシュ侯爵領西に広がる大平原。特に呼び名はないが、人の領域が広がっている今でもこの平原には多数の野生の獣や魔獣達が跋扈している。


 そんな大平原にも、何やらキナ臭い噂が領都バウンズの酒場で耳にしていた。何でも、見た事もない奇妙な姿をした魔獣が何匹も発見されていると言うのだ。

 その話を聞いて、真っ先に浮かんだのは領都バウンズに向かう途中の道中に現れた多数の合成魔獣キメラ達。それも、野生の合成魔獣キメラではなく、何者かの手によって生み出された人工合成魔獣バイオキメラだ。

 この国のどこかに人工合成魔獣バイオキメラを生み出している研究所のような場所がある。恐らくは、このバルディッシュ侯爵領のどこかに。




 ミリアは馬車の窓の外に目を向ける。

 そこは見渡す限りの緑の海。柔らかな陽の光に照らされた大地では草木が吹きゆく風を受け、優雅な舞を披露している。その遠くでは親子と思われる野生の獣がのんびりと昼寝を楽しんでいた。

 何とも平和で牧歌的な風景。街の冒険者や傭兵達の御用達の酒場で聞いた噂が単なるガセネタかと思えてしまうほどだ。


長閑のどかねぇ」


 シルカがそう口にする。

 確かに長閑な雰囲気である。夏の日差しではあるが、このヴァナディール王国とカイオロス王国の国境周辺は風の精霊シルフ達の加護があると言われ、年中涼やかな風が吹いている。そのため、夏と言う季節にも関わらず、この辺はそこまで暑くはならないのだ。


 そんな感じで、何事もなくミリア達は本日の宿泊場所として選んでいた小さな宿場町に辿り着いた。


「なあ、ちょっと良いか?」


 貸し切っていた宿にシルヴィア達サージリア家の面々が入って行くのを眺めていたミリアに、ふとライエルが話しかけてきた。


「どうかしました、ライエルさん?」

「確か、俺達護衛の分の宿も取っていたな。それをキャンセルしておいてくれるか」

「キャンセル? 何故です?」

「ちょっと気になる事があってな。ミリアさん達もバウンズの酒場での噂を聞いたと思うが」

合成魔獣キメラの事ですか?」

「ああ、それだ。噂によれば、最近になってバウンズ西の大平原に多数の奇妙な魔獣が跋扈していると言う。その聞いた特徴から俺達はそれが合成魔獣キメラだと考えた訳だ。

 だが、ミリアさん達は今日大平原を移動していて合成魔獣キメラの姿を見たか?」


 ライエルの問いにミリアは横にいるエクリアとリーレに顔を向ける。対し、2人は首を横に振った。さらに後ろにいたレイダーやレミナにも目を向けるが、やはり2人も首を横に振った。

 つまり、誰も合成魔獣キメラを見ていないと言う事になる。


「街の噂になるほどなのに、今回に限って姿すら見てないなんて。何か気味が悪いわね」

「ミリアさん達が聞いたバルディッシュ侯爵の発言の事もある。どうにも気になってな。だから俺達魔道騎士団オリジンナイツ第3軍は交代で周囲を見張る事にした。何か想定外な事があっても対処できるようにな。

 ミリアさんもカイトに伝えておいてくれるか。油断だけはするなってな」


 それだけ告げると、ライエルは手を振って去って行った。


「油断はするな、か」


 確かに、何かあるかもと警戒していた後は思わず気が緩むものだ。ここはまだバルディッシュ侯爵領。大平原の真っ只中なのだ。気を抜くのは早い。

 ミリアはそう考えて気を引き締め直した。







 そしてその晩の事。


 交代で寝ずの番をしていた魔道騎士団オリジンナイツ第3軍の兵士が周囲の異常を捉えた。その兵士はすぐに団長であるライエルに報告を上げる。


「ライエル団長! 魔獣らしきものが南から押し寄せてきます! その数、およそ10!」

「東からも魔獣が! こちらも10前後確認!」

「西からも現れました! 数は15ほどです!」


 その報告を聞いてライエルは眉をしかめた。


「まるでこの宿場町を包囲する形で現れましたね」

「そうだな。明らかに魔獣の動きじゃない」


 さて、どうするか、とライエルは思案する。

 ヴァナディール本国から連れてきた第3軍の兵士はライエル自身と副官のマリエッタ含め10人。相手は切り立った崖のそびえる北側以外の東西と南の三方向から各10体以上の数で押し寄せてきている。

 見た目山賊や傭兵みたいに見えるも、彼らは厳しい訓練を乗り越えてきた魔道騎士団オリジンナイツ第3軍の精鋭。サージリア領から領都バウンズに向かう際に襲って来た合成魔獣キメラ程度の魔獣であれば、3倍の数で来たところで負けはしない。

 だが、今回は三方向からバラバラに襲ってきていると言う状況だ。3つに分けるとなると一部隊で5倍の数を相手にしなくてはいけない事になる。流石にそれは厳しいとライエルは判断した。


「本来なら弟やミリアさん達学生をこんな戦闘には巻き込みたくはなかったのだが、やむを得ない。

 マリエッタ。部下5人を連れてミリアさん達に助力を要請してくれ。その後はサージリア家の人達に連絡をし、南の魔獣に当たってくれ」

「はっ!」

「よし、野郎ども! 俺達は東の魔獣に当たるぞ!

 普段の訓練の成果を見せてやれ!」

『うおおおおぉぉぉぉ! 魔獣ぶっ殺す!』


 ライエル率いる第3軍の面々は物騒な雄叫びを上げながら、東から襲い来る魔獣達に突撃して行った。




「……」


 ちょうどその頃だった。ふとミリアが目を覚ましたのは。

 それは微かな違和感。奇妙な気配を感じた為だ。

 ミリアは魔道士の装束に着替えると2階の部屋を出て1階のロビーへと向かう。そこにマリエッタが部下を引き連れてやって来た。


「あ、ミリアさん。起きてたんですか?」

「いえ、ちょっと目が覚めたので。何かあったのですか?」

「ええ、魔獣が襲撃を掛けてきました。方向は北以外の東西南の三方向から。私達では手が足りないので、ミリアさん達の力を貸してください!」

「ええ、もちろん!」


 今のミリアは学生である前にシルカの護衛をしている魔道士でもある。魔獣が現れた以上、戦わないと言う選択肢はない。


「では、私達は南門を担当します。西の魔獣をお願いします! 数は15体。気をつけて!」


 それだけ言うと、マリエッタは部下を引き連れ慌ただしく去っていった。


「さて、エクリア達を」

「もういるわよ」

「わあっ!」


 突然後ろから声を掛けられて文字通り飛び上がったミリア。それを見てクスクスとリーレが笑っている。


「ミリアちゃんってば、本当に飛び上がった人は初めて見ましたよ」


 そんなリーレにむくれるミリア。


「笑わなくてもいいじゃない。と、それより」


 ミリアはエクリアとリーレの後ろに目を移す。そこにはレイダー、レミナ、カイトはともかく、あってはいけない人の姿があった。


「……何でシルカとシルヴィアさんまでいるの?」

「だってほら、私だって魔法学園に所属する正魔道士セイジだし」

「折角だから久しぶりに『暴風雨』に戻ろうかなと。丁度人手も足りないみたいですし」


 同じような顔でニコニコしながらそんな事を言うこの母子おやこ。見れば共に貴族のドレスではなく、明らかに魔道士の戦闘服。シルヴィアに至っては緑色の魔道士の外套の下、動きやすそうな服の下から鎖帷子が覗いている。自分達が護衛対象だと言う自覚があるのだろうか。

 とは言え、人手が足りないのは事実だし、シルカやシルヴィアの力は頼りになる事は間違いない。

 護衛対象が近くにいる分守りやすくなるとミリアは自分を納得させる事にした。


「分かりました。でもあまり無茶はしないでくださいよ。シルカもね」

「ふふふ、無理はしませんよ。無理はね」


 何やら意味深なシルヴィアの含み笑い。これは先ほどの「無理はしない」の発言。全くあてにならないかも、とミリアは嘆息するのだった。






 そうしてやって来た宿場町の西門。西門を守る衛兵らしき数人が何やら戦々恐々としている。基本的に通常の獣や魔獣は自らのテリトリーを守るために行動する。そのため、このように宿場町が襲撃に遭うなどほとんどない事なのだろう。


「魔獣は!?」


 ミリアはあえて大声で衛兵に問いかける。衛兵は、ビクッと肩を震わせて振り返った。結構若い。ミリアと同年代。もしくは2、3歳年上と言った程度だろう。その瞳には怯えが見て取れる。


「ま、まだここまでは来ていない。今、町にいた傭兵や冒険者達が」


 指差す方向に目を向けると、夜の闇の先に沢山の火炎の爆発が見て取れる。その周りには多くの土煙。あれが全て魔獣のものだとするならば、その数は10や15なんてものじゃない。


「なんか、話にあったよりも数が多いみたいね」

「第2波があったのかな」

「とにかく、私達も加勢するわよ」


 そう意気込んでミリア達も駆けつけたは良いが、戦況はどう見ても町側が不利に見えた。

 傭兵や冒険者達も決して弱くはない。むしろ、かなり強い部類に入るかもしれない。バルディッシュ侯爵領で魔獣退治と称して大々的に傭兵団や冒険者パーティを集めているだけはある。

 だが、個々の力や団として、パーティとしての実力はあるのだが、その各グループの連携が全く出来ていない。むしろ邪魔をしているようにさえ見える。

 国の正規軍のように、全体での訓練などあるはずもなく、これまで一緒に戦った事すら無いような面々に、連携を取れなど所詮は無理な話だろう。それも報酬に吊られた欲深い連中ならば尚更だ。

 そんな光景を見てミリアはため息を1つ。


「これはダメね。突破されるのは時間の問題だわ」

「勿体ないな。あいつらも弱くはないぜ。互いに協力できればもっとうまく戦えるだろうによ」


 レイダーがそうボヤく。

 彼も元はあの傭兵達のように互いの連携など考えもしていなかったのだが、デニスと言う超巨大な壁、と言うよりも要塞を前にして個々の力だけでなく協力すると言う事の大切さを学んでいた。


 仕方ない、とミリアは決断した。


「私達は少し下がりましょう」

「え? あの戦ってる人達は?」


 見殺しにするの? とシルカの目が訴えているが、こう言う時のミリアは結構ドライである。


「傭兵や冒険者になった以上、戦場で倒れるのも覚悟の上でしょ。私達だってそうよ。自分の判断で無茶して、それで命を落とすならそれは自業自得よ。まあ、逃げてくる人の援護くらいはするつもりだけどね」

「結構薄情なんだな。てっきりミリアなら飛び出して行くかと思ったんだが」

「レイダー、貴方も王を目指すなら覚えておいた方が良いわ。

 全ての命を助ける事なんでできない。

 例えどんな魔法を使えたとしても、救済の掌から零れ落ちる人は必ず存在する。ならどうするか?」


 ミリアは冷たい刃のような目でレイダーに告げた。


「私は、命に優先順位を付けた。

 今ここにいる仲間達と、あの名も知らない傭兵や冒険者達の命を天秤にかけるなら、私は迷わず仲間達を選ぶ! 例え、あの連中が全滅するとしても、私は家族や親友、仲間達を優先するわ!」


 まあ、みすみす見殺しにするつもりはないけどね、とミリアは付け加えた。


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