第22話 帰りの道中にて

 翌日、シルヴィアからの進言もあり、サージリア家の一同は一度ヴァナディール王国に戻る事になった。とりあえずはミリア達の目論見は成功したと見ていいだろう。ただ、ミリアには帰還が決定した時のバラン辺境伯の隣にいた第一夫人アリマーの苦虫を噛み潰したようような顔が印象的だった。


 アリマー夫人は何か本件に絡んでいそう。


 それがミリアの考えだった。





 カイオロス王国からヴァナディール王国に戻る道中の事。

 サージリア辺境伯家の馬車は3台構成になっており、先頭が当主バランとアリマー夫人。真ん中がアリマー夫人の2人の子供。そして最後尾に第2夫人のシルヴィアとシルカの乗った馬車が続いていた。


 その最後尾のシルヴィアの乗った8人乗りの貴族用大型馬車。なぜかその馬車の中でミリアはシルヴィアと向かい合っていた。

 ミリアの左右にはエクリアとリーレとヴィルナ。対面にはシルヴィアとシルカ、そしてカイトとナルミヤが座っていた。


「ねえ、あたし達、何で馬車に乗せられてるの?」


 小声でエクリアがミリアに尋ねるが、そんな事ミリアにだって答えられるはずがない。ミリアにだって正確な事は分からないのだから。


「ちょっと貴女達にお話を聞きたかったの。シルカ、家ではミリアさんやアザークラスの人の話を良くするのよ。特にミリアさんと彼女と一緒に編入してきたお2人に関しては凄い褒めようでね」

「や、やめてよ、お母さん」

「編入当初なんか、『お母さん、どうしよう。すごい人達が入って来ちゃった。カイトとも仲よさそうだし』なんて手紙がよく来てたのよ」


 実に楽しそうにそう話すシルヴィア。その姿からは貴族らしさがほとんどない、壁を感じない親しみやすさが滲み出ていた。やはりこの人がシルカの母親なんだ、とミリアは改めてそう思った。

 その一方、チラッとシルカの様子を見ると真っ赤になって俯いていた。彼女のカイトに対する想いはミリア達もよく知っているし、彼女がミリアに対して感じていた思いも今ならよく知っている。

 なにせ、月光蝶ムーンライトバタフライと融合してでも力を得ようとした程だ。あの時の彼女はよっぽど追い込まれていたのだろう。


「でも、最近のシルカからの手紙は本当に楽しそう。アザークラスに入れられたって言うのにね」

「あ、お母さん、それは」

「分かってる。アザークラスは特別なクラス。アルメニィ学園長がわざわざ独自に切り分けた、将来大魔道アークになりうる可能性を秘めた子達のクラスなのよね」


 そこで、ミリアはおやっと思った。

 シルヴィアの話からはおそらく彼女もヴァナディール魔法学園の出身なのだろう。しかし、今から何年前かはミリアには分からないが、それでも当時はまだアザークラスの認識などただの落ちこぼれの集まりとしか思われていなかったはず。なのになぜシルカの話だけで大魔道アークの候補達のクラスなんて信じられたのだろうか。


「あの、シルヴィア様」

「様は要らないわ。貴族然とした扱いは好きじゃないのよ。確かに今は辺境伯家に嫁いではいるけど、私は今でも一介の魔道士のつもりよ」


 そう言って、肩に羽織った緑色の魔道士の外套に触れる。そこには賢者ソーサラー階級章エンブレムが光っていた。


「では、あの、シルヴィアさんはどこでアザークラスの事を? シルカの話だけでは信じられない事だと思うんですが」


 何せ、落ちこぼれどころか魔道士界の最高位大魔道アークの候補生である。普通なら簡単に信じられるものではない。


「あら、母が娘を信じるのは当然ではないかしら」

「まあ、それはそうですけど」


 ミリアは自分の両親の事を思い浮かべてみる。

 デニスとセリアラ。

 究極の親バカの2人だったら、どんな突拍子のない事でも信じてしまいそうである。例えば、まだ浮ついた噂がないにも関わらずミリアが「妊娠した」とか冗談紛いに言ったものなら「どこのクソ野郎だ! 俺達のミリアを傷物にした奴は!」「あらあら、私達に何の挨拶も無しにミリアちゃんに手を出すなど。これは念入りにいじめて教育してあげないといけませんね」などと言って飛び出して行く事だろう。

 そんな事を考えて百面相しているミリアを見てシルヴィアは面白げに笑い、


「この話はアルメニィ学園長に直接聞いたのですよ。私はこれでもアルメニィ学園長とは付き合いがあるので」

「学園長と?」

「お母さん、昔は『暴風雨のシルヴィア』なんて呼ばれてたらしいからね」


 暴風雨のシルヴィア。なんとも物騒な呼び名である。それを受けて、「昔の話よ」と恥ずかしげに眉をひそめた。


「とにかく、アルメニィ学園長から、シルカに魔蟲を操る『魔蟲奏者』って言う固有能力ユニークスキルがある事が分かったから、彼女をアザークラスに編入させるって手紙が来たの。

 手紙は便箋2枚。1枚目には先程語った経緯いきさつが。もう1枚にはアザークラスの詳細と現在のクラスメイトの詳細があったわ」

「アザークラスのクラスメイトの詳細って、もしかして各自の固有能力ユニークスキルまで?」


 その問いに、シルヴィアは頷いて返した。


「ナルミヤさんには『精霊魔法』が。ヴィルナさんには『重力魔法』が備わっているんですよね。それにカイト君は『無属性』。それを見た時は流石に驚きました。あの稀有な魔力の保持者がこんなに近くにいたなんて。

 そしてミリアさん、貴女の『生命の樹セフィロトの魔法』もね」

「あの、その情報は……」

「その2枚目の便箋は人の目に触れる前に私の手で焼却処分しました。これが知れれば必ず政治利用しようとする者が現れます。今のシルカのようにね」


 それを聞いて安堵の息を漏らすミリア。シルヴィアが常識人で良かったと心底そう思った。


「それで、シルカさんの『魔蟲奏者』の事は一体どこから漏れたんでしょうか?」


 話を聞いていたエクリアがミリアに代弁するように言った。シルカの固有能力ユニークスキルである『魔蟲奏者』の事がバルディッシュ侯爵に流れていた事はすでに話である。あの時のシルヴィアの顔は何とも言えず複雑な心境を宿していたように見えた。


「これはあくまで可能性だけど、アルメニィ学園長から来た1枚目の便箋からかもしれない。あそこにはシルカの持つ『魔蟲奏者』の名前と、『魔蟲を操る』と言う一文が載っていたし」

「この際なので率直に聞きます」


 ミリアは改めてシルヴィアに向き直る。


「シルヴィアさん。貴女から見て、『魔蟲奏者』の情報を漏洩させたのは誰だと思いますか?」


 そのミリアの問いに、シルヴィアの目元が僅かにピクリと反応したのをミリアは見逃さなかった。

 さらにリーレも便乗する。


「シルヴィアさんは何か知っている事か、もしくは気になっている事があるのではないですか?」

「どうしてそう思ったの?」


 問いを返すシルヴィアに、答えたのはミリア。


「私がシルヴィアさんに『魔蟲奏者』の情報が漏れている事を初めて話した時に、その時のシルヴィアさんの表情から何となく」


 それを聞いて、ふうっとシルヴィアはため息を1つ。


「流石、現役大魔道アークのお弟子さんね。結構いろんな経験を積んできたのでしょうね」


 佇まいを整えるとシルヴィアは話を続けた。


「これはあくまで確証のない私の推測だと言う事を先に言っておきます。

 今、私が一番怪しんでいるのは第1夫人アリマーです」


 推測と前置きしたが、シルヴィアははっきりと告げた。ミリアも彼女を怪しいと思っていたが、あえて表情に出さずにシルヴィアに問いを投げかける。


「そう思ったのには何か理由が?」

「強いて言えば、タイミングですね」

「タイミング?」

「アルメニィ学園長からシルカをアザークラスに編入させるとの通知が来たのがほんの1ヶ月ひとつき前です。ところが、その数日後にはバルディッシュ侯爵からシルカを欲しいと言う話が来ました」

「数日後? 早すぎませんか?」


 思わずミリアがそう口にする。


「そう、話が伝わるのが早すぎる。だからこそ、私はあの人を疑った。

 ミリアさん達も知っての通り、私はバランの第2夫人です。しかし、私の立場は一般的に呼ばれる第2夫人とは訳が違う。

 私は、義父のバーンズ様に請われてこの家に嫁いだのですから」


 そうだった、とミリアは思い出す。

 現在のサージリア家当主のバランは先代バーンズに比べると明らかに見劣りする。あのパーティの席で直接ミリア自身も確認したが、保有する魔力はミリアやエクリア、リーレはおろか、娘のシルカにすら及ばないレベルだった。これで魔道士のランクが賢者ソーサラーなどと、一体何の冗談かと思ったほどだった。

 サージリア辺境伯家はヴァナディール王国の東を守る要となる貴族。その当主がこの体たらくではバーンズが不安になるのも当然の事。故に、バーンズがより強い力を持つ子孫を残すために自ら連れてきたのが、彼女シルヴィアだった。

 そう、つまりシルヴィアはある意味先代当主バーンズの後ろ盾を持っているのと同意。下手すれば第1夫人のアリマーよりも権力があると言っても過言ではないのだ。


「故に、アリマーも不安なんでしょうね。第1夫人であるからには、彼女の息子が次期サージリア辺境伯です。ですが、それを私の子供達に脅かされるのではないかと」


 やれやれとシルヴィアは首を振る。


「そんなお家騒動など誰も望んでいないのに」

「シルヴィアさんは息子のリュートさんに当主の座について貰いたくはないのですか?」


 意外そうにエクリアが言った。

 彼女もフレイヤード侯爵家の娘。何かしら思うところがあるのだろう。

 しかし、、シルヴィアは苦笑いを浮かべて否定した。


「当主はこれまでの慣例通り、第1夫人の息子で良い。それを下手に変えると争いの元。だから私はリュートを魔道騎士団オリジンナイツに入らせたのだから。辺境の地を守るのに貴族の地位など不要」


 シルヴィアは外の風景に目を向ける。その瞳はここカイオロス王国のその先に広がる自分達の国、ヴァナディール王国の景色を見ているようだった。




「王国を守るのには守れる力さえあれば良い。そこに貴族とか平民とかの立場は不要なのよ」




  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る