第21話 シルヴィア・アルラーク・サージリア

「こんな時間に、一体何事ですか!

 騒々しい!」


 扉を蹴破るような勢いで1人の女性が乱入してきた。やや薄手のネグリジェの上から風の魔道士の象徴でもある緑色の外套を纏った、見た目二十代中程くらいの女性。何となくその容姿にシルカの面影が重なる。

 一同呆然とする中、シルカが呟いた。


「お、お母さん」


 お母さん!?

 全員の考えが一致したか、全員の目がシルカを向く。どう見てもシルカの姉くらいにしか見えない。


「おや、侵入者ですか」


 そんな空気の中、シルヴィアの目は4人の賊に向いていた。


「何か不穏な空気を感じていましたが、こうも堂々と襲撃を掛けてくるとは思いませんでした」


 夜の静寂の中に淡々と響くシルヴィアの感情のない氷のような冷たい声。


「誰に雇われたのか。まあ、話してくれませんよね。ですから――」


 その瞬間、彼女の周囲に目に見えるほどの濃厚な魔力が取り巻き始める。淡い青を纏った深い緑色の魔力。水属性を含んだ風の属性。それらはやがて寄り集まり十数個の塊を形成、そしてその全てがバチバチと黄金色の光を放ち出す。

 風と水の複合属性魔法。それは一般的に『電撃の魔法』と呼ばれている。禁呪の1つ雷撃の魔法を真似て再現した、電撃を飛ばす魔法。魔法難度で言えば中級以上。魔道法院の捜査官になる為の必須技能と言われている。

 その魔法がシルヴィアの周囲に目視20。それが同時に電撃をバリバリと撒き散らす。


 シルヴィアはスッと目を細めて告げる。


「今は大人しく眠りなさい。紫電の乱舞プラズマストーム


 バチッ


 そんな空気を弾くような音と同時に黄金色の光が3人を貫いた。ビクッと身体を痙攣させ崩れ落ちる。

 だが、残り1人は違った。何と、持っているダガーでその電撃を切り払ったのだ。

 その男はミリアが風魔法で吹き飛ばしたもう1人と共にミリアを襲った男。そしてミリアの目からも、その男の実力が他の4人のとは格が違うものとして写っていた。おそらく、この男がリーダーなのだろう。


 立て続けに放たれる電撃を素早いダガー捌きで打ち払っていく。それを見たシルヴィアは右手をかざす。その先にパキパキと氷の塊のようなものが生み出された。ヒョイとその氷塊を男に投げつける。速度もないただの氷塊。男はその氷塊もダガーで打ち付ける。

 その瞬間、氷塊は粉々になって周囲に散った。


「!?」


 流石にそれは予想外だったのだろう。散った氷塊のカケラ達はキラキラと僅かな光を反射して輝いている。

 そこへ、


紫電の乱舞プラズマストーム


 シルヴィアから放たれた無数の電撃が襲い掛かった。

 それは先程の攻防のリプレイのようなもの。男は同じように電撃を打ち払う。だが、その結果は先程と同じには行かなかった。


 バチッ


「ぐっ!?」


 男からくぐもった声が聞こえた。電撃が直撃したのだが、その方向は何と男の背後。真後ろから電撃が飛んできたのだ。男は咄嗟に背後に目を向けるが、当然そこには誰もいない。ただ、散った氷塊のカケラがキラキラと光っているのみ。


――光?


 そこで男は気付いたのだろう。だが、それは少し遅かったようだ。再びシルヴィアから大量の電撃が放たれた。迫り来る電撃を男はダガーで打ち払う。しかし、その他の電撃は男の周囲に飛来し、散った氷塊のカケラに男を中心とした空間を駆け巡る。それはまさに電撃の全方位攻撃。電撃の乱舞と呼ぶに相応しい光景だった。男はその無数の電撃に全身を撃ち抜かれ声もなく倒れ伏した。


「すごい……」


 ミリアは思わず息を呑んだ。

 電撃の魔法だけでも水と風の複合魔法。そこにさらに氷の属性に反射魔法リフレクションを上乗せした魔法を同時に放つ。すなわち、4種類の魔法を同時に制御するとは。流石のミリアもまだそこまではできない。


 やっぱり世の中には凄い魔道士がまだたくさんいるんだなぁ……


 感動するミリアの目線の先で、シルヴィアはふうっと一息ついた。


「カイト君、シルカを守ってくれてありがとうね。ミリアちゃんだったかしら。ちょっとこっちへ」

「あ、はい」


 シルヴィアはミリアの両手を取ると癒しの風ヒールウィンドの魔法を使った。暖かく優しい風がミリアを覆い、左腕と右手に残っていた鈍い痛みがスッと消えて行く。その力はミリアの母セリアラに匹敵するほどに感じた。


「はい、これでもう大丈夫よ」

「あ、ありがとうございます」


 治癒の魔法によってミリアの傷が完治したその直後。廊下からバタバタと複数の足音が聞こえて来た。それはこの館を警備していた警備兵のようで、その赤い鎧にはバルディッシュ侯爵家の家紋が刻まれていた。


「シルカお嬢様。今の物音は一体!?」


 その隊長格の警備兵の目がミリアに向く。

 魔道士姿で両腕の袖口は真っ赤。そして荒れ放題の室内。警備兵の疑いは真っ先にミリアに向くのは仕方ない事と言えるかもしれない。


「貴様! 侵入者か!」

「えっ、あの、その」

「話は詰所でたっぷりと聞かせてもらう。大人しくお縄につけ!」


 槍を構えてミリアを取り囲む警備兵達。シルカに召喚されたとは言え、確かに他の人から見れば無断で侵入した不審者だと思われるのは当然かもとミリア自身も思った。

 とりあえず、一度大人しく捕まって後でシルカに説明してもらおうかと考えていたそこに、


「やめなさい」


 シルカの母、シルヴィアが制止の指示を出した。


「し、しかしシルヴィア様。この娘は……」

「ミリアさんはシルカと私の客です。槍を下ろしなさい」

「で、ですが……」

「むしろ貴方がたが捕らえないといけないのはそこに転がっている黒装束の者達です。その者達はシルカを狙った何者かの刺客。今すぐ連行して背後関係を洗いなさい」

「そ、その娘も一味と言う事は……」

「貴方達の目は節穴ですか!

 彼女の両袖の赤い血はシルカを守って負った傷によるものです。袖の破れ具合からもそれがダガーによるものとはっきり分かるでしょう!

 御託はいいからさっさと連行しなさい!」

「は、はっ!」


 警備兵達は追い立てられるように倒れていた黒装束の賊を拘束し連れて行った。

 それを確認し、改めてシルヴィアはミリアの方に向き直る。


「さて、それではせっかくですから少しお話でもしましょうか。

 シルカ、ミリアさん達を私の部屋に案内して」


 シルヴィアはにこやかに微笑みながら部屋を後にした。ミリアはシルカと顔を見合わせる。シルカは肩を竦め、


「行こうか」


 そう言って、ミリア達を先導してシルヴィアに割り当てられた部屋へと向かった。






 シルヴィアの部屋はシルカの部屋から見て通路の反対側。サージリア家の部屋は大体がそこに固められている。シルカの部屋からはそれなりに距離があった。

 そう、意図的にシルカだけが離されているかのように。


「母さん、こんな夜中にどこに行ってたんだ?」


 シルヴィアの部屋の前で長男のリュートが待っていた。彼はどうやら当主のバラン達の護衛を任されていたらしい。丁度交代の時間になったため、副隊長に任せてシルヴィアの部屋にやってきたところだった。


「リュートもご苦労様ですね。丁度いい、貴方も部屋に来なさい。ちょっと話があります」

「え、あの……」


 リュートの目がチラッとミリア達の方を見た。その目がこう訴えている。


――何か、母さん怒ってないか?


 シルカは苦笑し、ミリアは肩をすくめた。


 室内に入ったシルヴィアは、部屋にいたバルディッシュ侯爵家の警備兵と使用人全員に退室を命じた。侍女は一礼して、警備兵はやや不満顔で部屋を後にする。


「さて、色々ありましたから少し状況を纏めましょうか」

「あの、母さん。一体何が?」


 事情の知らないリュートは戸惑うのみ。

 それに対し、シルヴィアはまずリュートにこう尋ねた。


「リュート。貴方は今回この館の警備を請け負ってましたね」

「そうですけど」

「では、シルカはどこの部屋だと聞いてましたか?」

「え? シルカの部屋?」


 質問の意味が分からないとばかりに首を傾げ、こう答えた。


です。警備の範囲に入っていたし間違いない」


 その言葉にミリアやシルカ達は耳を疑った。

 実際2つどころではない。ほぼ通路の端と端だった。


「どういう事、兄さん?

 私が割り当てられた部屋はこの通路の一番奥なんだけど」

「何だって? そんなバカな、シルカの部屋はこの割り当て表では母さんの部屋の2つ隣になってるぞ」


 ほら、とリュートは割り当て表を広げて見せた。確かにシルカの部屋はシルヴィアの部屋の2つ隣。使用人や護衛の控え室を挟んだ反対側と記されている。


「一体どういう事?」


 ミリアはシルカ達と顔を見合わせた。

 シルヴィアは無言で割り当て表を見てて、眉をひそめる。


「リュート。この割り当て表、誰に貰いましたか?」

「誰って、この館の警備隊長さんですけど」


 我々はあくまでこの地では余所者ですから、とリュートは苦笑する。どうやらそのせいであまり強くは出れないらしい。ここはカイオロス王国で、ヴァナディール王国ではないのだから。


「……先程、シルカの部屋に賊が侵入しました。カイト君とこちらのミリアさんのお陰で何とか事なきを得ましたが」

「賊ですって!?」

「大きな声を出さない」


 チラッと横目で扉の方に目配せをするシルヴィア。

 壁に耳あり。誰が聞いているか分からないという事だろう。


「かなりの手練れでした。シルヴィアさんが来なかったらどうなっていた事か。あの魔法を弾くダガーといい、あの俊敏な身のこなしといい、ただの賊とは思えません」


 ミリアはあの時に貫かれた腕の傷があった場所に触れて背筋を震わせる。1人に対し2人で隙を埋めながら絶え間なく仕掛けてくるその攻撃。一対一サシならばともかく、ああいう戦い方をされるとデニスに武術を仕込まれたミリアであっても対応できるかと言われれば簡単には頷けないくらいの力量があった。


「離されたシルカさんの部屋。警備の届かない状況。そして今回の襲撃。何かしらの邪な意図を感じます」


 ふとナルミヤがそう呟いた。ふわりと風の精霊シルフがナルミヤの耳元まで飛んできて何やら呟いている。


「何かあったの?」


 風の精霊シルフの見えるミリアがナルミヤにそう尋ねた。


「……裏手の山の中で5つの死体があったそうです。風の精霊シルフが言うには、先ほどシルカさんを襲撃してきた賊に間違いないとの事」

「賊って、さっき警備兵に連行されたばかりよね」

「なんで警備兵に連行されたのに死体で発見されるのよ」


 騒めくミリア達に、シルヴィアが口を開く。


「これは一度ヴァナディール王国に戻った方が良さそうですね」


 これにはミリアも賛成だった。少なくとも今回の襲撃にはバルディッシュ侯爵が無関係とは考えられない。彼らの密談を聞いていただけに尚更だ。


「ところでミリアさん」

「はい?」

「大占星術師は辞めたんですか?」


 難しい顔をしていたミリアだったが、その一言で思わず吹き出す。


「え? な、何の事でしょう?」


 誤魔化すミリアにあくまでにこやかにシルヴィアが続ける。


「誤魔化しても分かります。あの百足龍虫ドラゴンセンチピードを追いかけて乱入してきたのってカイト君の兄ライエル君と魔道騎士団オリジンナイツ第3軍の皆さんですよね、ミリネランマさん?」


 う、全部バレてる。

 冷や汗が流れるミリアにシルヴィアはこう言った。


「ミリアさん、ライエルさんにも伝えてください。

 帰りも引き続きシルカの護衛をお願いします。

 正直、我がサージリア家の護衛も信頼できませんので」

「はい、分かりました」


 ミリアはそうとしか言えなかった。




  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る