第20話 夜襲

 街を夜の闇が包み、虫の鳴き声だけが静寂の中に響き渡る頃。その時間はすでに人は各々の家の中で家族の団欒を楽しんでいる事だろう。

 夜10時。喧騒は繁盛する酒場のみに限定されるこの時間、5つの人影が足音を立てずに疾走していた。その装束は夜の闇に溶け込むような漆黒のボディスーツ。顔も覆面で隠れて容貌は分からなくされている。

 その漆黒の影達が向かう先。

 そこにはシルカの宿泊するバルディッシュ侯爵家の別邸があった。




    ◇ ◆ ◇ ◆ ◇




「そろそろ時間ね。じゃあミリアを召喚するわ」


 そう言ってシルカは椅子から立ち上がる。

 その場いるのはシルカ以外にはカイト、ナルミヤ、ヴィルナの3人のみ。それ以外の使用人や護衛兵は席を外してもらった。やる事が事なので、今回はセミアにも席を外してもらっている。

 3人の目線が集まる中、シルカは床に敷かれた豪華な敷物をバッと取り払う。その下にはシルカが事前に描いておいた召喚の魔法陣。


「さてと、あとはこの部分。召喚対象をミリア・フォレスティに描き変えてっと」


 シルカは特に何かを見る事もなくスラスラと魔法陣を描き直している。それを見て3人は感嘆の息を漏らした。


「凄いわね。よくそんな複雑なの見本も見ずに描き直せるものだわ」

「ま、学園から連れ戻された後はほとんど軟禁状態だったからね。召喚術の勉強しかする事がなかっただけよ。

 よし、完成!」


 魔法陣の修正を終え、シルカはふうっと一息つく。

 そして魔法陣に手をかざし、魔力を魔法陣に注ぎ込む。するとたちまち魔法陣は眩い光を放ち始めた。


「気高き七色の魔道士よ。我が意に答え、我が前に姿を現したまえ!」


 魔法陣の光はさらに強さを増し目も絡むほどになる。やがてその光が形を成すように1人の魔道士が姿を現わす。

 銀色に輝く髪に強気な光を宿す紅い瞳。濃紺の魔道士の外套で身を包む、シルカ曰く『七色の』魔道士がその場に召喚された。


「私は大魔道士アークミリア・フォレスティ。

 召喚に従い参上した。貴女が私の召喚主マスターか?」

「如何にも。私は魔道士のシルカ・アルラーク・サージリア。私の召喚に応じてもらって嬉しく思います。

 貴女には私の護りをお願いしたい」

「了解した。私の持つ七色の魔法を持って、貴女の盾となり矛となろう」


 シルカとミリアががっしりと手を握り合う。

 そんな中、


「茶番は終わった?」


 呆れたようなヴィルナの声が横から掛けられた。

 見れば冷めた目で見つめるヴィルナに対応に困ってオロオロするナルミヤ。ポカーンとしているカイトの三者三様の姿があった。


「七色の魔道士は全属性特化だから良いとして、大魔道士アークって何よ、大魔道士アークって。ミリアはまだ正魔道士セイジでしょうが。

 それにシルカもシルカよ。わざわざあんな仰々しい詠唱して恥ずかしくなかったの?」

「ちょっと恥ずかしかったけど、人を召喚するのは初めてだったから、ちょっと羽目を外してみました。特に後悔はしていません!」

「ふっ、甘いわね、ヴィルナ。

 私はいずれ大魔道アークの座に着く女よ。その時のために練習しておくのは当然じゃない!」


 キッパリ言い切る2人。

 はあ〜っと大きく溜息をつき、


「ナルミヤも何か言ってやってよ」

「え、えーっと」


 いきなり話を振られてアワアワしたのち、


「あ、大魔道士アークになれると良いですね」

「……もう良いわ」


 結局諦めたヴィルナだった。

 それを見て、


(何だろう。シルカも何だかんだで随分とミリアに毒されてきたなぁ……)


 そんな事考えていたカイトだった。








「そっか、やっぱり私の『魔蟲奏者』の情報が漏れてたか」


 ミリアの話を聞いたシルカの第一声がそれだった。


「やっぱりって、察してたの?」

「うん、何となくだけど。このバルディッシュ侯爵領に来てからやけに魔蟲について聞かれる事が多かったから。

 なるほど、『魔蟲奏者』の情報が渡ってたせいか」

「シルカは誰かに『魔蟲奏者』の事話した?」


 ミリアの問いにシルカは少し考えた末、


「セミアには使ってるところを見せたけど詳細までは話してないわね。唯一、兄さんにだけは話したかも」

「シルカの兄さんって、リュートさんよね。魔道騎士団オリジンナイツの」

「うん」

魔道騎士団オリジンナイツの人なら情報を漏らすのはちょっと考えづらいですね」

「それにあの性格だしね」


 以前、山賊団殲滅戦で一緒に行動したリュート。カイトの兄ライエルのぶっ飛びぶりに比べれば彼は真面目な部類に入る。少なくとも腹に一物を抱えているようには見えなかった。


「こうなるとちょっとね。私達じゃ手が届かないくらい国の上の方にいる誰かかもしれない。私達じゃどうにもならないわ。

 だからこの件は魔法学園に戻ってからシグノア先輩に話しておこうと思う」

「うん、それが良いと思うわ」


 ヴァナディール魔法学園の生徒会長にして、王国の王太子でもあるシグノア・ヴァン・ヴァナディール。彼に話を通しておけば何とかしてくれるだろう。


「さて、『魔蟲奏者』の件はシグノア先輩に任せるとして、問題はもう1つの方ね」

「まだあるの?」

「どちらかと言うとさっきのは報告で、むしろこっちが本題なのよね。

 さっき、バルディッシュ侯爵の目的がシルカの『魔蟲奏者』だって話をしたけど、今回の婚約話もそれが起点になってるわ」

「まあ、そうよね。今までの話を聞けば誰だって気付くわ」


 納得したようにシルカも頷く。


「でも、その婚約のお披露目だったお見合いパーティ、私達で台無しにしちゃったでしょ? 相手がそれで諦めると思う?」

「まあ、普通はコレで終わりって事はないかな」

「私が聞いたレバンナ侯爵とレーヴァンの話では、今後は強引な手を使うとも言ってたわ。多分、ヴァナディール王国に帰る時も油断はしない方が良いかもしれない」

「……それって、またこっちに来た時みたいに盗賊団みたいなのに襲われるって事か?」

「その可能性もある。頭に入れておいて」


 と、そこでカイトの目がスッと細くなる。その視線は表に面した大窓に。次の瞬間、


「伏せろ!」

「きゃっ!」


 カイトはシルカを庇うように押し倒した。その直後、ガラスが割れる音と共に何かが室内に転がり込む。それはボンっと言う破裂音と共に大量の煙を吐き出した。


「煙幕か!」

旋風の炸裂弾ウインドバースト!」


 ミリアの放った風の魔法は瞬く間に煙を吹き飛ばし、部屋の様子を明らかにする。そこには割れた大窓から入って来たのか、漆黒の装束を纏った5人の賊の姿があった。


「魔道士がいるなど情報になかったが」

「我らの仕事に変更はない」


 賊は一斉にダガーを引き抜く。


「目標はサージリアの娘1人。残りは始末しろ」


 リーダーらしき男が覆面越しのくぐもった声で指示を飛ばし、それに答えるように漆黒の賊達が分散してミリアやカイト達に襲い掛かった。カイトの方に3人。地を這うように駆け、漆黒に塗られたダガーを振りかざす。


「させるか!」


 カイトは剣を小さく動かして3人が次々に繰り出してくるダガーの攻撃を打ち払う。無理に大振りはしない。守る為の剣は刃を盾のように扱うべし。デニスからの教え通りにカイトは動いた。


 一方のミリアの方にも2人。

 魔道士は遠中距離専門。接近さえすれば何もできない。その賊もそう思ったのだろう。

 しかし、それはミリアには当てはまらない。

 突き出されたダガーを掻い潜りその腕を掴む。そして捩じり上げるようにしてそのままもう1人に叩きつけた。


「ぐっ」

「この女」


 2人は跳ねるようにして起き上がる。ダメージは行動不能になるほどではなかったらしい。

 明らかにその視線の質が前とは違う。どうやら、本気にさせたらしい。


「!?」


 途轍もない瞬発力。気が付いた時にはダガーが目の前に迫っていた。体を反らせて一閃をかろうじて回避。避け損なった哀れな前髪が少しだけ眼前を舞う。

 更に時間差をつけてもう1人が攻撃を繰り出してくる。攻撃の隙を埋めるような絶え間ない攻撃。


(まずい、こいつらプロだ。明らかに戦い慣れてる!)


 チラッと横目でカイトの方を見るが、あっちは3人。カイトも防御に適してなんとかなってるレベルだ。しかもあれだけ動き回られてはヴィルナの重力魔法は発動すらできそうにない。


 ビシュッ


 空気を引き裂く音がミリアの頭上から聞こえた。屈む事でその攻撃は避けられたが、その直後にミリアの目に飛び込んで来たのは立て続けに振り下ろされるダガーのやいば。これは避けられない。

 ミリアは咄嗟に左腕をかざして魔力を通す。身体強化の応用で皮膚の強度を上げる魔法。だが、


 ザクッ


 ミリアの頬に真っ赤な鮮血が降り掛かる。左腕には引き裂かれるかのような激痛。そこからは漆黒のダガーの刃が血に塗れて顔を出している。


「ぐっ、こんのおぉぉぉ!」


 刺さったダガーをそのままに、ミリアは握った拳に魔力を結集させ、その賊目掛けて打ち込んだ。そして、


「吹き飛べ! 豪風の爆裂弾インパルスフレア!」


 賊の体に打ち込まれた拳から轟音と共に凄まじい衝撃波が周囲に撒き散らされ、その賊は目にも止まらない速度であっという間に壁をぶち抜いて視界から消えた。声すらも聞こえなかった。


「くっ」


 右腕に目を移す。その手はゼロ距離での豪風の魔法によってズタズタになり、鮮血が滴っている。余裕がなかったとは言え、あの魔法の使い方はミリアの大きなミスである。


(ゼロ距離での魔法だと腕がこんなになるなんて。まあ、よく考えたら当然なんだけど。私とした事が、やっぱりまだまだ経験不足ね)


 ミリアは血塗れの右手で左腕に刺さったダガーを引っこ抜く。プシュッと血が噴き出すが、その上から抑えて癒しの水ヒールウォーターの魔法を施す。何とか出血は止まったものの、痛みは全く治っていない。


(残りは4人。内1人は明らかに他の3人よりも実力がありそう。どうする……)


 1人倒すので両腕を犠牲にした。こんな状態で残り4人を倒せると思うほどミリアも自惚れてはいない。奴らの目的はシルカ。せめて時間稼ぎをしなければ。

 そう覚悟を決めた、その直後だった。


 いきなり入口の扉が激しく開いた。


「一体何事ですか、こんな時間に騒々しい!」


 肩を怒らせて入って来たのはシルカ同様に薄黄緑色の髪をした妙齢の女性。その容姿はまさに美人と言うに相応しく、おそらくシルカがさらに数年くらい歳を経ればこのような容姿になるだろう。


「お母さん」


 シルカが彼女をそう呼ぶ。

 そう、この女性こそがシルカの実の母、シルヴィア・アルラーク・サージリアその人である。





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