第19話 レバンナの目論見

「しかし父上。あの時、百足龍虫ドラゴンセンチピードはシルカ嬢にも攻撃をしていました。護衛の騎士が庇わなければあの強酸液で大変な事になっていましたが」

「む、そんな事があったか。ではあれは魔蟲奏者とは関係ないのか、もしくはまだ力を使いこなせていないのか」


 考え込んでいる2人を見てミリアはほくそ笑んだ。

 実はあの攻撃も全て計画済み。あの百足龍虫ドラゴンセンチピードの攻撃は、『頭の向けた方向に』『口を開けて中に強酸のブレスを貯め』『その1秒後に放つ』と言う約束がされていた。そしてカイトはその事を聞いていたので問題なくシルカを助けられたと言う訳だ。

 そんなもの、当事者だって分かる訳がない。

 

「とは言え、先ほども言った通り、百足龍虫ドラゴンセンチピードがこんな街中に現れるとも思えません。制御できていなかった線の方が有力でしょう」

「ふむ、ではシルカ嬢は我々との結婚を快く思っていないと言う事か」

「まあ無理もないでしょう。弟にはもう少ししっかりして欲しいものですが」


 この2人からしても、次男のパールザックの評価はかなり低いようだ。

 誰も聞いていないと思って好き放題話している。


「ならば仕方が無い。あれが魔蟲奏者の力であれば我が目的には是が非にでも欲しい力だ。

 少々強引な方法も取らねばならんか」


 レバンナの言う強引な手。

 真っ先に思い浮かんだのはこの領都バウンズに来る際に襲って来た盗賊に扮した正規兵。あれと同じ策を使ってくるかもしれない。


(何だか大事になってきたわね。まあ覚悟はしてたけど……)


 ミリアはため息をき、音を立てないようにそっとその場を離れた。





    ◇ ◆ ◇ ◆ ◇





「派手にやってくれたわね〜」


 部屋のベッドに腰掛けながら上機嫌なシルカ。それに対し、護衛のカイト、侍女メイド役のヴィルナ、ナルミヤは苦笑いだ。


「まさかあそこまで羽目を外して来るとは思いませんでした。シルフを貸してくれって言われた時は一体何をさせるのかと思ったら」

「考えたわね。確かに精霊シルフなら普通には見えないし、精霊が魔法を使うからミリアには魔法を使っているように見えないし」

「ねえ、カイト。助けてくれたけど、あの百足龍虫ドラゴンセンチピードの攻撃も予定通りだったんでしょ?」


 シルカの問いにカイトは頷いて返す。

 本当はあの演出はカイトは反対だった。あの百足龍虫ドラゴンセンチピードの強酸液である。もし何かしらの手違いでまともに浴びたら大変な事になった。もうドレスが溶けるなんてムフフな展開では済まされなかったところだ。

 しかし、そんな意見も虚しくミリアに押し切られた。万が一シルカが怪しまれるのは避けなくてはならないと。


『ほら、そう言う時は王子様が助けてあげればいいでしょ』


 などと気軽な事を言う始末。

 実際、いつ強酸液を放ってくるかの打ち合わせなどあるはずもなく、シルカに向かってグワっと口を開いたのを見て慌てて飛び込んだものだ。

 心臓に悪すぎる。


「とにかく、俺は廊下にいるから」

「え? もう?」


 露骨に表情を曇らせるシルカにカイトは苦笑する。


「男の俺が女性の部屋にずっといる訳にはいかないだろ。すぐ扉の前にいるから。

 ヴィルナ、ナルミヤ。シルカの事頼むよ」

「任せてください」

「王子様の代わりはちゃんと務めるわよ」


 ミリアのようないやらしい笑みを浮かべるヴィルナにやれやれと肩を竦め、カイトは部屋を後にする。

 廊下に出て扉の横で周囲を警戒し始めたその時、


「あの、護衛騎士のカイト様ですね」


 目を向けたそこにはヴィルナやナルミヤと同じくらいの年頃の侍女メイドが歩き寄って来る姿があった。


「そうですけど、何か?」

「あの、カイト様にお客様が来ておりまして」

「客?」

「はい。玄関の前でお待ちになっております」


 はて、誰だろう。

 そう首を傾げながら、カイトはその侍女メイドに案内され玄関へとやってきた。


「お、やっと来た。お勤めご苦労様」


 そこにいたのはにこやかに手を振るミリアだった。


「どうしたんだよ、こんな時間に」

「ちょっとね。気になる情報を掴んだから。シルカは中にいるわよね?」

「ああ、ヴィルナとナルミヤに任せてる」


 それを聞いて、「なら一先ず安心か」とミリアは呟いた。


「何かあったのか?」

「うん、その話はシルカも含めてするわ。とにかく、シルカのところに戻ったらシルカに伝えて」


 ミリアは1つの策をカイトに伝えるとそのまま立ち去って行った。






「で、ミリアは何て?」

「夜の10時くらいになったら、この部屋にを召喚して欲しいんだって」

「ミリアを?」

「何でも侍女メイド長に邪魔されて中に入れて貰えないんだと。

 召喚術って人も召喚できるのか?」

「うん、人相手だと相手の許可がいるけど。

 強制召喚ってのもあるけど、あれは自分の魔力が相手を上回らないとダメ。私の魔力じゃとてもじゃないけどミリアを上回るのは無理ね」

「まあ、今回はミリアから頼まれた事だし。そこのところは大丈夫か」





    ◇ ◆ ◇ ◆ ◇





 夜、人で賑わう酒場の奥座席にエクリアとリーレ、そして傭兵役だったレイダーとレミナ、ライエル率いる第3軍の面々の姿があった。ミリアが来た時にはすでにどんちゃん騒ぎになっている。


「おお、いい飲みっぷりだな、獣人の兄ちゃん」

「はっはっは! これでもグローゼンの王族だからな!」


 やけに盛り上がっているかと思えば、レイダーが第3軍の男達に混じって飲み比べをしている。レイダーは学生の立場なのに酒を飲んで大丈夫なのだろうか? そうミリアは考えたが、グローゼンでは年齢に関係なく酒を飲んでもいいのかもしれない。


(グローゼンと言えば力こそが全ての国って言うし。酒の強さもあの国では強さの一種なのかな)


 まあいいや、とミリアはエクリアの隣に座る。おかえり、とエクリアがミリアの前に小皿に取り分けた炒め物を置いた。


「どうだった? シルカと会えた?」


 エクリアにそう聞かれて首を横に振る。はあ、やっぱり、とエクリアも溜息をつく。


「侯爵家の話すら取りなしてくれないくらいですしね」


 やれやれと困ったように笑うリーレ。


「だからね、カイトに言付けてきた。どうしてもシルカに直接話しておかないといけない事ができたから」

「……何かあったの?」


 エクリアの雰囲気がスッと真剣なものに変わる。それに気付いたリーレやレミナ、騒いでいたレイダー達までもミリアに注目する。


「シルカの屋敷に向かう途中にレーヴァンを見たの」

「レーヴァン。確か、バルディッシュ侯爵家の長男」


 レミナが呟くように言う。


「貴族街にいる事自体は別に不自然じゃないんだけどね。まあその辺はどうでも良いとして、私が気になっている点は2つ。

 1つはあいつがシルカの固有能力ユニークスキル、『魔蟲奏者』って名前を知っていた事よ」


 それを聞いて、驚いたように目を見開いたのレミナ。


「それ、おかしい。『魔蟲奏者』の名前、知ってるの私達だけ」

「一応、アルメニィ学園長から国の高官くらいには伝わってると思うけど、それでも他国にこの情報が漏れるとは考えにくいわ」

「なら一体どこから……」


 全員の声が一斉に消える。

 まさか、その言葉が一同の脳裏に浮かんだためだ。



 国の上層部にカイオロス王国の間諜スパイがいる。

 カイオロス王国はヴァナディール王国の友好国。それはあくまで表面上のものに過ぎなかったのか。

 そんな中、複雑そうな表情で口を開いたのはライエル。彼は今傭兵を騙っているが、その実はヴァナディール王国の精鋭魔道騎士団で一軍を預かる団長。れっきとした王国関係者である。


「まあ、そう言う事もあるにはある。国と国とのやり取りは綺麗事だけじゃ済まない場合が多いからな。なあ、マリエッタ?」

「はい。友好国とは言え、所詮は他国ですからね。それに、友好関係なんていつ壊れるか分かりませんし、隣国の動向は常に気になるのが道理です」


 副官マリエッタが実務口調でそう言った。


「あの、もしかしてヴァナディール王国も?」

「そりゃそうです。友好国面して背後で何か企んでいる可能性もゼロではありませんしね」

「はあ、なるほど」


 確かに、このカイオロス王国のように、国が一枚岩ではない場合もある。

 一寸先は闇。いつ何が起こるかは分からない。

 それならば、常に最悪を想定して行動をするのは国と言う巨大な組織を動かす人達には当然の事だろう。


「あ、誰かは軍事機密ですからね。諜報は第4軍管轄ですから私も知りませんけど」


 そりゃそうだろう。諜報員スパイの所在が簡単に漏れては諜報員スパイの意味がない。

 これに関してはミリア達にはどうしようもないので、一先ず話を変える。


「これに関しては国に戻ってから、そうね、シグノア先輩に相談しましょう」

「学園内に王族がいるのってこう言う時は便利よね」

「違えねえな。はっはっは!」

「それで、2つ目は?」

「うん、むしろこっちの方が問題なのよね」


 ミリアは後頭部を掻きながら話を続けた。


「リーレ、前に侯爵家が辺境伯家のような格下の貴族と婚姻関係を結ぼうとするには何かしらの理由があると言ったわよね」

「はい、確かに」

「どうやらその通りだったみたいでね。

 バルディッシュ侯爵の狙いはどうやらシルカの能力『魔蟲奏者』だったみたいなのよ。それを利用して何かするつもりみたい。

 で、その策であった婚約のパーティを私達が潰しちゃったでしょ。だから次はもっと強引な手を用いてくるみたい」

「強引な手って?」

「まだ分からないけど、もしかしたらヴァナディール王国に戻る道中にまた盗賊もどきの襲撃があるかもね」


 と、その時、ミリアの周囲が光り輝き始めた。見れば足元に輝く魔法陣が。


「どうやらシルカからの呼び出しが来たみたいね。

 それじゃあ、ちょっとシルカの所に行ってくる。シルカには念のためと思って護衛にカイトだけじゃなくてナルミヤとヴィルナも付けたけど、あの3人にも注意を促してくるわ」


 言い終わるとほぼ同時にミリアの姿は輝く魔法陣と共に酒場から消えた。





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