第18話 情報漏洩

 キシャアアアアと奇声を上げながら暴れ回る百足龍虫ドラゴンセンチピードと10匹の鎧百足アーマーセンチピード

 さらにミリネランマを捕らえようと追い回す赤鷲騎士団の騎士と兵士達にヒラリヒラリと逃げ回るミリネランマと従者達。


「くっ、あのエセ占い師は後回しだ。まずは魔巨獣ギガントモブを倒す」


 長男のレーヴァンは剣に魔力を込めて一足飛びに斬りかかった。それに気づいた百足龍虫ドラゴンセンチピードは刃が当たる瞬間にその位置で身体を分離させる。百足龍虫ドラゴンセンチピードは『個にして全。全にして個』を体現する魔蟲。つまり身体を無数の個体に分離する事が可能なのだ。

 虚空で空振りしたレーヴァンを百足龍虫ドラゴンセンチピードの下半分の身体が薙ぎ払った。


「ぐあっ」


 弾き飛ばされて柱に叩きつけられるレーヴァン。

 百足龍虫ドラゴンセンチピードはバチンと身体を接合するとレーヴァンを無視してある方向を向く。その方向にいたのはシルカだ。

 百足龍虫ドラゴンセンチピードの口が大きく開く。その奥にはゴボゴボと音を立てる緑色の液体が。


「シルカ!」


 カイトがシルカを抱えて横に飛び退くのと百足龍虫ドラゴンセンチピードの口から強酸のブレスが吐き出されるのはほぼ同時だった。さっきまでシルカの立っていた場所は強酸のブレスを受けて溶け落ちている。


「大丈夫か、シルカ」

「あ、ありがとう、カイト」


 動揺したようにシルカは感謝の言葉を掛けた。その顔は薄っすらと赤くなっている。動揺は百足龍虫ドラゴンセンチピードに襲われただけではなさそうだ。


「シルカお嬢様。一先ず隅の方に避難しましょう。ここにいるのは危険です」

「カイト、貴方はシルカお嬢様に敵を近づかせないようにして」


 侍女ナルミヤに促されて避難するシルカ。カイトは侍女ヴィルナの言葉に頷いて百足龍虫ドラゴンセンチピードに向かい合う。

 と、そこに、


「おうりゃあ!」


 ガンッという音が百足龍虫ドラゴンセンチピードの背後から聞こえた。そこには百足龍虫ドラゴンセンチピードに斧を叩きつけている冒険者の姿があった。


「っ痛ぅ……硬えなこんちくしょう」


 流石は龍の名の入った魔蟲だけあって、龍の鱗に似た外殻は似ているのは見た目だけではなかったらしい。


「怯むな! 奴を倒せば報酬も名誉も思いのままだぞ!」


 そう言ってリーダーの男が大剣を振りかざして躍り掛かる。それを迎え撃とうと百足龍虫ドラゴンセンチピードが振り向いたその時、突然百足龍虫ドラゴンセンチピードの身体が爆炎に包まれた。

 ギャウッと思わず仰け反る百足龍虫ドラゴンセンチピード


「ったくしつこいわね。しつこい人は嫌われるわよ!」

「黙れ、この腐れ占い師が!

 お前のような悪人を取り締まるのが我々の使命だ!

 そちらこそいい加減に観念しろ!」

「誰が悪人か! 頭に来た!

 エクシリア、リーゼンティ! やっちゃいなさい!」

「了解です、ミリネランマ様」

「ミリネランマ様を侮辱する者死すべし! 慈悲はない!」


 従者2人がいきなり容赦無く火と氷の魔法を連打して来た。当然この広間にいる貴族の面々も巻き添えを食って悲鳴を上げる。


「善良な貴族の方々になんて事をするのだ、この極悪人が!」

「あんたが避けるからいけないんでしょうが!」


 今度はミリネランマが振り下ろした手から電撃の魔法を放つ。それも間一髪で騎士はかわしたが、その先にいたのは百足龍虫ドラゴンセンチピードだった。


 ギャオオオオ!


 百足龍虫ドラゴンセンチピードは電撃を浴びて絶叫を上げる。流石にこれは効いたらしく、体をひねって反対側の壁に突っ込んだ。そもそもこの迎賓館は戦闘を行う事を前提になど造っていない。簡単に崩れ落ちた壁の穴を通り百足龍虫ドラゴンセンチピードは外へと飛び出して行った。後に続いて鎧百足アーマーセンチピード達も外に飛び出していく。


「野郎、逃がすか! 追うぞ、お前ら!」

『おう』


 さらにそれを追って冒険者達が駆け出していく。


「チッ、これまでね。エクリシア、リーゼンティ。

 撤退よ!」

「了解しました」

「命拾いしたわね、貴方達」


 ミリネランマと従者達は風を纏うと勢いよく屋根をぶち抜いて飛び去って行った。


 先ほどまでの騒ぎとは打って変わって静まり返った会場。誰もが呆然と佇んでいる。

 侯爵家主催の華やかな舞踏会。

 しかし今はボロボロになった迎賓館とメチャクチャになったパーティ会場の惨状が広がるのみ。

 外からは百足龍虫ドラゴンセンチピードが逃げた事による悲鳴が聞こえるが、今の彼らにはそれに反応する気力すらなかった。


「あの、レバンナ殿」


 恐る恐る声を掛けたシルカの父バランに対し、レバンナ侯爵は無理やり笑みを作り、


「ああ、バラン殿。すまぬな、このような事になって。婚約公表のパーティはまた次の機会にしよう」

「分かりました」


 軽く頭を下げ、バラン辺境伯は家族を連れて会場を後にした。

 それをにこやかに見送った後、レバンナ侯爵はテーブルに拳を叩きつける。その表情は憎々しげに歪んでいた。




    ◇ ◆ ◇ ◆ ◇




 領都バウンズの外れ。人が来そうもない岩盤地帯に十数人の人影があった。

 その中の1人、漆黒の外套に身を包む人物がバサッとフードを外す。そこからこぼれ落ちる銀色の髪。大占星術師ミリネランマ、もといミリアはふうっと一息つく。その隣で従者のエクリシアとリーゼンティもフードを外す。無論、その下から出て来た顔はエクリアとリーレだった。


「結果は上々ね。協力ありがとう、カストロ隊長」


 笑顔で礼を言った相手は、何とミリネランマを追い回した赤鷲騎士団の騎士だった。その後ろには、百足龍虫ドラゴンセンチピードを追いかけ回していた冒険者達もいる。無論、ライエル率いる魔道騎士団オリジンナイツの第3軍の面々である。


「いや、こちらこそだな。それにしても久しぶりに面白いものが観れた」

「結構派手に暴れましたからね。

 貴方もごめんね。電撃魔法を浴びせちゃって。痛かったでしょう?」


 ミリアの見上げた先には巨大な百足龍虫ドラゴンセンチピードが見下ろしている。ミリアの言葉に「全くだ」と言うような奇声を発した。


「とにかく、百足龍虫ドラゴンセンチピード鎧百足アーマーセンチピードは見つかるとヤバイから送還するわね」


 そう言ってミリアは懐から折り畳んだ紙を取り出し広げていった。するとその紙は10メートル四方ほどの大きさまで広がった。その表面には赤黒い塗料のようなもので紙いっぱいに大きな魔法陣が描かれている。


「送還の魔法陣みたいだけど、ミリアの魔力で大丈夫?」

「ん、そうね。普通召喚魔法で呼び出された生き物を送還するには召喚したのと同じ魔力が必要という話ね。でも実は一つだけ抜け道があってね、この魔法陣に使われている塗料。これは魔鉱石の粉末を水に溶かした物にシルカの血を混ぜて作られてるのよ。

 この塗料で描かれた紋章陣に魔力を注ぐと、その魔力はシルカの血によってシルカの魔力と紋章陣に誤認させる事が可能なのよ」

「いつの間にそんなものを」

「いざと言う時のためにね。シルカに少し協力してもらって作っておいたのよ」


 ミリアは魔法陣に指先で触れ、自らの魔力を流し込む。すると、魔法陣が淡い輝きを放ち出した。

 それを確認して、ミリアは魔蟲達に目を向けた。百足龍虫ドラゴンセンチピードを始めとする魔蟲達が、揃って不安げな目を向けている。ミリアはそんな魔蟲達に安心させるよう言った。


「大丈夫よ。あなた達の御主人様は私が……」


 と、ここで後ろを振り返り、首を横に振って言い直す。


「私達が必ず守るわ」


 それを聞いて、百足龍虫ドラゴンセンチピードがひと鳴きし、鎧百足アーマーセンチピードを引き連れて魔法陣に入った。すると、魔法陣の所から体全体が光の粒子となり、魔法陣に吸い込まれるように消えた。今頃は世界エンティルスのどこかで元気に走り回っている事だろう。


「さて。それじゃあ一先ず解散しましょうか。

 私はちょっとシルカのところに報告してくるわ。一応、あの子からの依頼だからね」





    ◇ ◆ ◇ ◆ ◇





 街外れの迎賓館での騒動が遠い世界の出来事でもあるかのように、夜の領都バウンズは平穏な空気に包まれていた。

 いつもの濃紺の魔道士の外套とヴァナディール魔法学園の制服に着替えたミリアは、そんな夜のバウンズの大通りを歩いていた。大通りに面したいくつもの酒場からは仕事帰りの一杯を求める男達の楽しげな声が聞こえてくる。


「えっと、確かシルカは貴族街にあるバルディッシュ侯爵の別邸にいるのよね」


 うーん、と腕を組んで考え込む。


「入れてくれないわよねぇ。あの様子だと」


 どうしようかな、と思案しながら歩くミリア。

 そして貴族街の侯爵別邸に差し掛かった辺りで、ふとミリアの目に飛び込んできたものがあった。赤をベースとした騎士の制服。肩口に大鷲の意匠をあつらえた、赤鷲騎士団の制服だった。


「あの人って、確か長男のレーヴァン?

 何でここに?」


 ミリアは何となく嫌な予感がしたので、念のため携帯していた魔力霧散の紋章陣が描かれたスカーフを首に巻く。これで魔力感知で引っかかる事はない。

 レーヴァンは別邸の裏手に向かっているらしい。ミリアはそっとその後を追う。


 やがて裏手の林近くまで来たところでレーヴァンの他にもう1人の人影がある事に気がつく。小太り気味の体に豪華な衣装。紛れもなくそれはバルディッシュ侯爵家の現当主、レバンナ侯爵本人だった。

 2人は別館を見上げながら何か話をしている。

 ミリアはそっと林の木陰に身を潜めて聞き耳を立てた。


「……うまくいかないものだな」

「申し訳ありません、父上」

「まさかあのような乱入者があるとはな。無粋な奴らもいたものだ」

「おそらくは国の手先でしょう。それにもしかしたら……」

「何か思える事があるのか?」

「ええ、少し気になる事がありまして」

「それは?」

「あのパーティで現れた百足龍虫ドラゴンセンチピードです。あれは討伐ランク特A級と言われる魔巨獣ギガントモブ。あんなものが何の脈略もなくこの街に現れるとは思えません」

「うむ、確かにな」


 顎鬚を撫でながら頷くレバンナ侯爵。


「ではアレは何が原因だと?」

「おそらく、シルカ嬢の例の力。

 魔蟲奏者によるものではないかと」


 そのレーヴァンの言葉に思わず息を呑む。


(魔蟲奏者! 何であの人がその名前を!?)


 シルカの持つ魔蟲を操る力。

 それだけならば風の噂ででも伝わる事があるかもしれない。だが、その能力の名前『魔蟲奏者』まで伝わるなんて有り得ない。



 そう、誰かが意図的に情報を流していない限りは。




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