第17話 お見合いパニック!

 獅子宮の月の第3精霊の休日。

 それは丁度夕刻過ぎの事。

 バルディッシュ侯爵主催の舞踏会は領都バウンズの北、貴族達が多く住まう貴族街の一角にある迎賓館で行われた。

 舞踏会と一言に言うが、その実は何の事はない。うら若い貴族の紳士淑女達が良き出会いを求めるためのお見合いの場であり、そして良質な婚約者エモノを奪い合う戦場でもある。



 そんな中、薄黄緑色のドレスに身を包んだシルカと、その側に本人たっての願いで護衛を務めるカイトと侍女メイド姿のナルミヤとヴィルナが控えていた。


 腰に兄ライエルから貰った愛剣を携え、サージリア辺境伯家の護衛騎士が身につける青を基調とした制服を纏ったカイトは否応が無く目立つ存在になっていた。デニスに鍛えられ、細身でありながら磨き抜かれた身体と自信を取り戻した凛々しい姿は貴族のお嬢様方からも好意の視線を向けられているようだった。

 そして、シルカの父、バラン・フェルモス・サージリア辺境伯の護衛からはやや嫉妬と憎悪が込められた視線も。恐らくはシルカの護衛騎士選抜でシルカ自ら連れてきた若い剣士相手に実力を見るとの口実で痛めつけてやろうと考え、実際にボコボコに返り討ちにされた事がその視線の理由の一端を担っているのだろう。


 当然、そんな視線にはカイト当人だけでなくシルカ自身も気付いており、貴族のお嬢様方からの攻勢には身を差し込んで防衛し、さらにナルミヤとヴィルナにちょっかいを出そうとする男どもも毅然として撃退する。

 それを見て、案外シルカは貴族令嬢としてもやっていけそうだとミリアは思った。



 ちなみにミリアは現在エクリア、リーレと共にとある場所に隠れている。今から数刻後、このミリアの邪悪な企みによって優雅な舞踏会の場が阿鼻叫喚の地獄絵図になる事を、参加者は知る由もない。無論、仕掛け人のシルカやカイト達以外はだが。





    ◇ ◆ ◇ ◆ ◇





「ゴホン。え〜、この度は我がバルディッシュ侯爵家が主催する舞踏会によくぞ参られた」


 壇上に現れた50代前半くらいの男がそう告げる。

 やや小太り気味の体に如何にも金をかけている豪華な衣装。その体型には全く似合わない銀の装飾を施したレイピアが腰に光っている。

 彼こそがこのパーティの主催者。現バルディッシュ侯爵家の当主、レバンナ・グランツ・バルディッシュ侯爵である。


「この度のパーティは我が次男、バールザックと友好国ヴァナディールの辺境伯サージリア家のご息女シルカ殿との婚約を祝しての場である。皆もこの場は無礼講としよう。ぜひ楽しんでもらいたい。では」


 レバンナ侯爵は一礼して壇上を去った。

 その後に壇上に登ってきたのは3人の男性。片方は長身と明らかに武術で鍛えられたと分かる肉体を持つ男。その服装は赤を基調とした騎士団の制服。その肩には名前の由来とも言える赤い大鷲の羽根衣裳が加えられている。

 その騎士姿の男性、名をレーヴァン・グランツ・バルディッシュと言う。バルディッシュ侯爵家の長男である。

 その隣にいるのは次男であり、今回シルカの婚約相手となっているバールザック。体格はやや小太り気味で鼻息が荒い。その雰囲気も含め、長男に比べると明らかに見劣りしている。所謂型落ち品と言っても過言ではない。

 ふとカイトの袖が引っ張られた。見ればシルカが憮然な顔をして袖を掴んでいる。一体どんな突拍子もない姿絵を送ってきたのだろうか。

 そして最後の1人が三男のレストリル・グランツ・バルディッシュ。長男とは違い、かなり大人しめな男性である。

 年齢は長男が32歳。次男が28歳。三男が23歳だそうで、三男以外はシルカよりも一回り以上年上だった。


「ねえ、カイト。ミリア達、一体どんな事をするのか聞いてる?」


 小声で尋ねるシルカにカイトを首を振った。


「いや、その時になってのお楽しみだって」

「お楽しみねぇ。相手には悪いけど、私、あんなのと結婚するのは絶対にお断りよ」

「そうだなぁ。流石にあれはなぁ」


 カイトも苦笑い。

 シルカが憮然としたままパーティは進んでいき、やがてダンスの時間になった、その時だった。



 バァン!


 突然入口の大扉が勢いよく開く。


 その奥にいたのはフード付きの黒い外套ですっぽり体を覆った3人組。完全に顔を隠しているため、その容姿は見ることはできないが、体格的に3人共女性である事だけは間違いなさそうである。


(まさか、あの3人組は……)


 そうシルカが察した時、先頭の黒外套の人物が口を開いた。


「おおお……不吉じゃ。この会場、この舞踏会は魔に魅入られておる。悪い事は言わぬ。直ちに中止すべきじゃ」


 突然の事にシルカを含め会場全ての人がぽかーんと呆気に取られていた。


「き、貴様! いきなり入ってきて一体何のつもりだ!」


 再起動したレバンナ侯爵がドスドスと怒気を含んだ足音を鳴らして黒外套の3人組に詰め寄ろうとする。

 その時、左側に控えていた従者らしき黒外套の人物が前に進みでる。


「無礼者! この方をどなたと心得るか!

 かの有名な大占星術師、ミリネランマ様なるぞ!」

「何が大占星術師だ! そんな奴は知らんわ!

 衛兵! さっさとつまみ出してしまえ!」


 ガチャガチャと音を鳴らして槍を構えた衛兵達がミリネランマとその従者を取り囲む。それに対し、ミリネランマは仰々しく天に両手を広げた。


「おおお……天が怒りに満ちておる。

 神の息吹が愚かなる者達を阻むであろう」


 そう言った直後だった。

 屋内にも関わらず突然凄まじい突風がミリネランマを中心に吹き荒れ出した。たちまち突風は暴風と化し、衛兵だけでなく周辺のテーブルまでひっくり返し吹き飛ばす。

 そして、その風は衛兵を残らず排除した後ピタリと止んだ。


「な、何だ!? 魔法か!?」

「いや、あのミリネランマとか言う奴は全く唱えていなかったぞ」

「では一体何なのだ。本当に天の怒りだとでも言うのか」


 ザワザワと喧騒が広がる中、雷鳴のような空気を切り裂く声が響く。


「静まれ!」


 全員の目が声の主の方を向く。

 声の主、レーヴァンは鋭い眼光をミリネランマに向ける。その視線はまさに研ぎ澄まされた剣のようにミリネランマを貫く。


「ミリネランマとか言ったな。侯爵主催の舞踏パーティに乱入するとは、見上げた根性だな。

 本来ならば即手打ちにしてやるところだが、言いたい事があるのならば聞いてやる」


 ミリネランマは咳払いを一つ。そして、


「この宴には良くないものが見える。相性とか、繋がりとかそう言うものではない。バルディッシュ侯爵よ。そなた、何かしら良くない行いをしておるのではないか?」

「な、何だと?」


 血色ばむレバンナ侯爵だが、それを意にも介さずミリネランマは続ける。


「少なくともこの宴は中止した方が良い。さもなくばとんでもない災いがこの地この場を襲うであろう」

「フッ、言いたい事はそれで終わりか?

 では改めてこの場を乱した責任を取ってもらう」


 レーヴァンはスラリと腰に携えた剣を引き抜いた。

 と、その直後、


「ここかぁ!」


 突然踏み込んできた十数人の兵士達。その先頭には赤い甲冑を纏った赤鷲騎士団の騎士がいた。騎士はキョロキョロと周囲を見回し、ミリネランマを見るなり大声を上げる。


「いたな、このエセ占い師が!」

「チッ、ここまで追ってきたか」

「さも大物ぶって国中で好き放題適当な予言をばら撒きおって! このような侯爵殿の舞踏パーティでまで混乱の渦を呼び込もうと言うのか!」

「混乱とは人聞きの悪い。私はただ侯爵殿に危険を知らせただけ」

「ふざけるな! そのような世迷言を信じる奴がいるものか! いい加減さっさとお縄に付け!」


 そうして騎士を中心にミリネランマに襲いかかろうとした瞬間、ミリネランマはハッとしたようにある方向を向く。


「おおお……来てしもうた。災厄を招く使者が」

「ええい、まだ言うかーー」


 キシャアアアアァァァ!!


 響く耳をつんざくような雄叫び。そして、



 ガッシャアアアアァァァァァン!



 突然、会場の壁の一角が爆発するように吹き飛び、瓦礫を周囲に巻き散らした。近くにいた不運な人達は纏めて瓦礫と一緒に床に転がる。とりあえず怪我はしているものの命に別状はなさそうである。


「今度は何だ!?」


 レーヴァンが目を向けた先、ゆらりと浮かび上がる長大な体。まるで竜の鱗のような外殻が会場の明かりに照らされてあらわになっていく。その頭部には4本の長いツノが天をついている。

 その姿を見て信じられないようにレーヴァンは声を上げた。


「ど、百足龍虫ドラゴンセンチピードだと!?

 なぜこんな街の中に!?」


 奇声を上げながら百足龍虫は屋内に乱入する。しかも、百足龍虫だけではなかった。その後に続くように10体の鎧百足アーマーセンチピードが壁の穴からなだれ込んで来た。


 こうなっては最早パーティどころではない。我先に逃げようとする人々で出入り口がごった返すが、そこに鎧百足が突っ込んで扉と出入り口を破壊してしまった。閉じ込められた人々が更なる混乱を引き起こす。

 アワアワと右往左往する次男のバールザック。


「お、お前達、ボクを、ボクを守るのだぐへっ」

「どけ! このスットコドッコイ!」


 そんな小太りの体がボールのように蹴り飛ばされた。


「邪魔するな、このウスノロが!」

「こんな所に紛れ込みやがって!」

「ヘッヘッヘ、魔巨獣ギガントモブを倒せれば名が上がるぜ!」


 ぞろぞろと現れた厳つい男達。筋骨隆々な体にはシルバーメタルで造られた胸当てが装備されており、各々の手には剣やら斧やらの武器が握られていた。その荒々しい雰囲気から彼らは冒険者か傭兵で間違いないだろう。


「野郎ども! 俺に続けぇぇ!」

『うおおおおぉぉぉぉぉぉ!!』


 裂帛の気合いで突撃する冒険者達。進行方向にいた貴族の面々はその突進に逢えなく跳ね飛ばされた。彼らにとってはこの冒険者達も魔獣と大差なかったかもしれない。



 華やかな舞踏会は最早その名残すら残っていなかった。





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