第35話 ヴェラの依頼


 ヴェラとの話が終わり、ミリア達はこの砦で一泊する事になった。

 広いダイニングのテーブルに大量の皿の塔を築いて料理人達をドン引きさせた後、久しぶりの入浴で心身共にリラックスしてホッと一息。

 そして、今後の予定について相部屋になっているエクリアとリーレの2人と話をしようとした丁度その時。


「ミリア、まだ起きているか?」


 ノックと共にアニハニータの声が聞こえてきた。


「起きてるよ。鍵掛けてないからそのまま入って来て良いよ」

「入るぞ」


 ガチャリとドアが開きアニハニータが入って来た。その後ろにはレミナ、シルカ、カイトの姿が見えた。


「レイダーは?」

「難しい話は任せるってさっさと寝ちまった」

「やれやれ、相変わらずの脳筋ね。まあいいわ。アニーさんの用事って明日からの予定について?」

「うむ。ここに立ち寄るつもりはなかったが、まあ魔獣退治をキッカケにヴェラ達をこちらに引き込むのも悪くないしな」


 各自各々のところに腰を下ろす。カイトもテーブル前の椅子に腰掛けた。それを見てミリアはニヤリと意地悪い笑みを浮かべる。


「あれ、カイト椅子でいいの? 別に空いてるベッドに座ってもいいのよ?」

「な、何言ってんだよ。女の子の部屋のベッドになんか座れるわけないだろ」

「はいはい、ミリアも揶揄からかってないで。アニーさん、話を進めてください」


 ミリアの無意味なチョッカイを切って捨てたシルカ。そのままアニハニータに話の続きを促した。


「うむ、ヴェラに先ほど少し話を聞いて来た。

 魔獣が発生しているのはオグニード北部から東部にかけて。結構幅広い範囲で出現している。魔獣の種類はラウンドボアやらソードグリズリーやらブラックウルフやらの普通の魔物が魔獣化したものが主らしい」

「ロスターグのオルディアが魔獣と化した時、その姿はガルーダを模したような魔獣グリフォンに変化した。おそらくあの薬は飲んだ者の種族に最も近い魔獣へと変貌する特性があるのだろうね」


 ロスターグでの戦いを思い浮かべてミリアがそう言った。

 ミリア達のかつて遭遇した魔獣は人型の悪魔のような姿になっていた。それは服用者が人族だったためだろう。


「服用者の種族特性によって姿が決まる薬か。

 ……オグニードでそれを広げられるのはヤバくないか?」


 唐突にカイトがそんな事を言う。


「魔獣化する薬なんだからどこでばら撒かれてもヤバいと思うけど」

「そうだけど、俺が言いたいのはそう言う事じゃない。種族特性ってのがヤバいんだよ。このオグニードに住む魔族って、みんな竜人や魔竜なんだろ?

 て事は、そこに薬を使われたら……」


 瘴気を纏う漆黒のドラゴンのできあがり。

 悪夢だった。


「何としても喰い止めないと。流石に瘴気を噴き出すドラゴンとは戦いたくないわね」


 前回戦ったロスターグのオルディアは恐らくワンランク上くらいの力のあるグリフォンに変化した。と言う事は、この国の魔竜族ドレイクが魔獣になると下手すると暴風竜テンペストドラゴンなどの上級竜クラスになる可能性もあった。

 ただでさえ強力な上級竜が瘴気の衣を纏っているとか、笑い話にもならない。


「とにかく、ヴェラに聞いて来た話を共有するぞ」




    ◇ ◆ ◇ ◆ ◇




 1時間ほど前の話。

 アニハニータはミリア達と別れ、砦にあるヴェラの執務室を訪れていた。ヴェラは報告書に目を通しながら手際よく印を押していく。なかなか事務仕事も様になっている。

 そして作業が一段落したか、執務机に置かれた冷めた紅茶をぐいっと飲み干した。


「ふぅ、悪いな、こんな時間に呼び出して」

「構わんぞ。どうせすぐに寝るわけでもなかったしな。

 それよりも何かしらの重要な話があるのであろう?」

「ああ。だが、その話をする前に、アニーが連れて来たあの連中の事について聞きたい。具体的には強さについてだな」


 ふむ、とアニハニータはヴェラを見据える。

 ヴェラは昔から真面目な話をする時はいつもの粗雑な口調が影を潜める。つまり、今はかなり真面目な話をしていると言う事になる。


「妾の所感だが、ミリア達魔道士組は全員ランクこそ正魔道士セイジだが、その実力はセイジを遥かに超えておる。しかもエクリアとリーレ以外の全員が固有能力ユニークスキル持ちだ。弱いわけがない。エクリアとリーレも固有能力ユニークスキルこそ持っていないが、保有魔力はあの中ではミリアに次ぐ高さな上に魔法技術も高い。おまけにあの2人も兄さんの手解きを受けたのか近接戦闘もかなり強いぞ。

 そしてミリア。姪びいきと思われるかもしれぬが、ミリアはその中でも別格だな。

 魔力制御で普段は抑えているから正確なところは分からぬが、おそらく保有魔力は全盛期の妾以上かもしれぬ。おまけに幼少から兄さんの特訓を受けたのだろう。格闘技が達人級の腕前だ」

「……マジか。オレもあのミリアという女には何やら得体の知れない迫力があるとは思っていたが」

「おそらくそれはあの子の持つ固有能力ユニークスキルの関係もあるかも知れぬ。

 『セフィロトの魔法』。

 本人が言うには、時々勝手に発動するものの自分の意思ではまだ扱えないらしい」

「大魔王超えの魔力に達人級の格闘技。さらに固有能力ユニークスキル持ちか。いくら何でも盛りすぎじゃねぇか?」

「それが普通の反応だろうな。実際、あの子は漆黒のグリフォンと化したオルディアを魔法1発で消し飛ばしたからな。直接見ないと信じられんところもあるだろう」

「……」


 神妙な顔で黙り込んだヴェラを見て、他者の魔法を見ただけでコピーする魔法のセンスもある事は黙っておいた方が良さそうだとアニハニータは思った。


(……前にいきなり極彩色の幕布オーロラカーテンを使ったのを見て目を疑ったぞ。オルディアとの戦いで使った紅蓮の陽光サンシャインコロナはエクリアから術式について聞いている可能性もあったからあまり気にはしなかったが、魔蟲ムーンライトバタフライの特殊魔法攻撃では話は別だ。あれは間違いなく見て覚えたラーニングしたとしか考えられない。我が姪ながら本当に底が見えんな。末恐ろしい……)


 ミリアの事はさておき話を続ける。


「まあ、そう言うわけで力量に関しては申し分ない。妾が保証する」

「分かった」


 ヴェラは納得したように頷き、気を取り直すようにカップに再度注がれた紅茶を一口。そして――


「お前達に頼みたい事がある。

 オグニード東部に現れた魔獣の調査だ。さっきも言ったがここ最近瘴気を纏った魔獣の出現が相次いでいる。そのためにこの国の兵士がほとんどその対処に係りっきりになってしまっている。

 そこで、お前達にはオグニード東部に出現する魔獣の対処とその発生点の調査を頼みたい。報酬に関してはこの国で保管する宝石や魔石などから支払う。通貨の違う金銭よりは受け取りやすいだろうしな」

「期間はどれくらいを想定している?」

「とりあえず1週間だ。あまりダラダラやっても仕方ないからな。拠点は東のノリッジュームと国境を跨いているカラシーダの街にするといいと思うぜ」




    ◇ ◆ ◇ ◆ ◇




「とまあ、そんな訳で魔獣退治と調査を頼まれた。ノリッジュームとの国境の街に拠点を置くように促されたのはこちらの目的を考慮してくれたのだろう」


 アニハニータの話にミリアはテーブルに広げた地図に目を向ける。

 このサーベルジア連邦は菱形を4つ組み合わせたような形状をしていて、中央にメルキャットがある

 

「瘴気を自ら生み出すような魔獣は自然現れるものじゃないと思う。きっと何者かが薬を使ってばら撒いているに違いないわ。そんな事をやらかしそうな奴ってオグニードにいるかな?」

「今のオグニードはヴェラが王となるのに不満を示した大臣のデカスタを始めとした高官数人と正規兵の3分の1が離れていったらしい。おそらくはそいつらがラーズと繋がっている可能性が高いな」

「正規兵3分の1? 結構抜けたわね」

「オグニード正規兵は大きく分けて3つ。ワイバーンを駆るリザードマン達で構成された飛竜兵団。地竜ラウンドドラゴンを駆るドラゴニュートの地竜兵団。そしてヴェラ自らが率いる魔竜ドレイク族の魔道兵団。

 この内、飛竜兵団が離反した形になっている」

「飛竜兵団。ああ、あの」


 ミリアは納得した。

 そう言えばオグニード上空で襲ってきたのもワイバーンライダーのリザードマンだった。正直、実力的には期待外れだったが、あの部隊がポンコツだっただけだろうとミリアは考えている。


「その顔見ていれば何を考えているか分かるが、実力よりも今はあの機動力が問題なのだろうな。オグニード全域に魔獣が発生している以上、この飛竜兵団が絡んでいる事は間違いないだろう」

「確かに」


 風の竜ウインドドラゴンほどではないとは言え、ワイバーンもかなり飛行速度が速い。オグニード全域に散らばって行動すればどうやっても後手後手に回っても仕方がないだろう。


「で、私達はどう言う立場で行動するの?

 ヴェラさんに協力してると思われたら拙いわよね」

「うむ。正直な話、この国では魔道士と言うだけでヴェラとの繋がりを疑われかねない。魔道士である事は隠して行動した方が良いかもな」


 アニハニータに言われて自分達の姿を見る。

 魔道士の外套に正魔道士セイジを表す紋章エンブレム。これに杖なんか持っていたら魔道士だと宣言しながら歩いているようなものである。


「着替えるしかないか」

「着てた服はどうします? オグニードを抜けたらまた着替える事になると思いますけど」


 リーレの言葉にミリアは考え込む。

 そして――


「アルメニィ学園長に相談しようか。どうも夏季休暇が終わっても帰れなさそうだし、それも踏まえて」


 ミリアはそう言ってアルメニィから預かっていた通信機に起動するのだった。

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