第36話 マグザの実力
『そうか、なかなかに大変な事になっているな、サーベルジアも』
通信機から聞こえたアルメニィの声には少し喜々とした色が含まれている。当事者としては笑い話ではないのだが。
「そんな訳で、後期の授業には間に合わないかもしれないです」
『君達は今中等部の3年生だったな。
この際だ。後期授業は免除でもいい。代わりに今回の出来事をレポートで提出してくれ。担任のメリージア先生達にもそう伝えておこう。
そこにいるのはアザークラスはミリア君の他、シルカ君とレミナ君、カイト君とレイダー君。後イフリートクラスのエクリア君とウンディーネクラスのリーレンティア君でいいかな?』
「お手数をおかけします」
『ふふふ。実戦に勝る授業はないさ。それと衣服の保管場所の事だが、今いるのはオグニードのどこだ?』
「カルバノン砦だそうです」
ミリアはヴェラから聞いていた砦の名を答えた。
『カルバノン砦……ああ、ここか』
地図でも見ているのだろうか。その後、アルメニィの声が少し遠くなる。何やら通信機の奥で話をしているようだが、内容までは聞こえてこない。
しばらくして声が戻ってきた。
『待たせたな。試作品だが、私の作ったマジックバックを今そちらに送ったところだ。すぐに着くと思うのだが』
「送った?」
どう言う事だろう、とミリアが疑問に思ったその直後だった。突然外からドォォォォンととんでもない轟音が響いた。
「な、何だ!?」
「敵襲か!?」
騒つく砦内をミリアは通信機を持ったまま駆け抜けた。
あの音はカルバノン砦の入り口付近から聞こえたはず。ミリアはそう考え、砦の入り口から飛び出した。
入り口付近には大きなクレーターと一本の槍に小さなバッグが括り付けられており、地面に突き立った槍はまだバリバリと黄金色の光を放っていた。
「あの……これは?」
『お、届いたようだな』
聞こえてきたのはアルメニィの声ではなかった。
「え? ベルモールさん?」
『ははは。ちょうど良かったから開発中の魔法を試してみたんだ。私の得意とする落雷の魔法の応用でな。物質を雷の魔力物質に変換して物を転送する魔法なんだ。
名付けて『
雷の速度で物を送れる反面、使うには電撃を通しやすい物に付属させる必要があるんだがね。
今回はそれにさらに
つまり、この転送魔法は意図的に雷雲を動かす必要があり、実質
開発してもベルモールさんしか使えないのでは意味がないのでは?
ミリアはそう思った。
「ところでこの槍はどうするの?」
『誰か使える人がいるならあげていいぞ』
ベルモールの言葉にチラッとミリアは視線を後ろに向ける。リーレは槍術杖術長刀術など長柄物を扱うのを得意としている。が、彼女はあくまでミリア同様に魔道士だ。リーレの持つ槍も魔石を埋め込んだ特注品となっている。普通の槍では代用できない。
ミリアはその槍を地面から引き抜いた。
やけに軽い。鋼鉄よりも軽く魔力を通しやすい素材。それに思い当たる素材にミリアは1つ心当たりがあった。
「……この槍って。ベルモールさん、この槍の素材、まさかミスリルが使われてます?」
『お、よく気付いたな。知り合いの鍛治師が作った試作品だ。
全体的にミスリルを使い、刃の部分には魔石の粉末を加工して切れ味増強などの刻印を刻んでいるらしい。私も専門家ではないから詳しい事は分からんがな』
何か話を聞く限り試作品とは言えとんでもない値打ち品な気がしてきた。
まず、ミスリル製と言うだけでかなり値が張るのは間違いない。その上魔石を粉末状に加工した上に、それを使って刻印を刻んでいるとか。ミスリルを槍に加工するのはドワーフの技術。その槍に魔石の粉末で刻印を刻むのはエルフの技術だ。
となると、この槍はドワーフとエルフの合作という事になる。値が張るどころの話ではない。
「リーレ、使う?」
「使います!」
一瞬でミリアの手から消えた。いつも控えめなリーレには珍しい。
「丁度私の愛用の槍もそろそろガタが来ているところで、買い換えようかと思っていたんです。でも私のような魔道士が使う槍なんて普通のお店には売ってないですし、かと言ってオーダーメイドだとかなり高額になってしまうので、さてどうしようかと困っていたところだったんです。そんな時にこの子と巡り会えるなんて何で幸運なのでしょうか」
リーレが槍に頬ずりしながら捲し立てるようにそう言った。そんなリーレにやや引き気味な一同。
「り、リーレも変わった趣味を持っているんだな」
「類は友を呼ぶって言葉が」
「こっち見ないで」
「正直、あたし達も初めて見たわ。リーレのあんな姿」
最終的に魔道士である事を隠す事にしたミリア達は、それぞれ専用の衣服に着替えた。立場上、エクリアは剣士、リーレは槍使い、そしてミリアは格闘家として行動する事になった。
ヴェラから貰った衣服。半袖のシャツにショートパンツ、片方の肩と胸元だけを覆った簡易プロテクターを身に纏い、黒い革のグローブをはめた手を握って感触を確かめるミリア。長い銀髪は後ろで纏めてポニーテールにしている。その姿はまさに格闘家そのものと言えた。
「そう言えばエクリアとリーレって
問いかけながら、ミリアは銀色の
「ミリアちゃんほどは使いこなせてはいませんけど」
「まあ、基本はデニスさんに習ったからね」
そう言いつつ、エクリアとリーレは外套を舞わせながら同じような銀色に輝く
「……お前ら本当に魔道士か?」
「今の衣装では魔道士だなどと言われてもとても信じられませんな」
見物に来ていたヴェラと執事のマグザが言った。
呆然とする竜人族の兵士達を前に、シュシュシュシュッと舞うように拳と蹴りを繰り出すミリア。そして、「よしっ」と頷き、
「マグザさん。ちょっと手合わせをお願いしてもいいですか?」
「ほっほっほ、私とですか?」
「今まで魔法を使った戦いをメインにしてきましたので、一度こっちでの戦いにも慣らしておかないとと思って」
「ふむ、ヴェラ様。宜しいでしょうか?」
「ん? ああ、構わんぞ」
「それでは」
マグザは首に巻かれているスカーフをシュルリと外し、執事用の白手袋から黒い革のグローブへと装着し直す。その瞬間、雰囲気が執事姿の老人から熟練の戦士へと様変わりした。
「さあ、いつでも宜しいですぞ」
「行きます!」
言うと同時に、地を蹴ったミリアは爆発的な加速で一気にマグザの懐にまで飛び込んだ。そして勢いのまま
「えっ!?」
ミリアは自分の目が信じられなかった。
(この奇妙な感覚。
そんな事できたの?)
跳ねるように間合いをとるミリア。
「強いとは思ってたけど、ここまでとはね」
「ふふふ」
マグザは笑った。自分の力の無さを笑われたのかと思い、ミリアはムッとする。
「何かおかしい事でも?」
「いえ、すみません。別にミリアさんの力量を笑ったわけではありません。ミリアさんの力量は大したものです。私も初見でしたら受け切れなかったかと思いますよ」
「
「ふふふ、見覚えのある体捌きでしてのでつい面白くなってしまいましてね。その技、お父上から習ったものなのですよね?」
マグザに問われてミリアは頷く。
「私も昔、貴女のお父上と戦った事があるのです。それも一度や二度ではありません。なので、お父上の格闘術を含め武術に関してはある程度身体が覚えているのですよ。今から大体100年前くらいですかね。デニス殿が武者修行の旅をしていた頃の話です」
マグザは懐かしげに語る。
「ミリアさんの動きはあの頃のデニス殿そっくりでしてね。その若さでここまでの腕を磨くとなると、相当厳しい訓練を積んだのでしょう」
それを見ていたエクリアとリーレも顔を見合わせる。
「デニスさんとの戦闘経験があるなら……」
「私達が戦ってもミリアちゃんの二の舞ですね」
「オレにしてみれば魔道士なのにマグザとあれだけ戦える方が異常なんだがな」
その傍で見ていたヴェラは笑みが引き攣っていたのが印象的だった。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇
アニハニータを除くメンバー全員がマグザとの手合わせをしたその翌日、ミリア達は予定通りに
アニハニータが言うにはカルバノン砦からカラシーダの街までこの飛行速度なら大体夕暮れ前には着けるとのこと。
とは言え、「予定通りなんて都市伝説なんじゃないの?」なんて言いたくなるくらいトラブルに巻き込まれるミリアの事だ。すんなり行くなど誰も考えていなかった。
「ちょっと、あそこ見て」
シルカの指差す先、下を走る街道の少し先辺りで異変が発生していた。まぁ日が暮れるには早い時間にも関わらず闇に包まれていたからだ。
しかも、その辺り一区画のみ。
「あれって瘴気よね」
「間違いないな。あの濃度だと複数体いそうだ」
瘴気の濃度は排出する魔獣の強さによって変わる。周囲が闇に染まるほどの濃度となると単体ではロスターグで戦った漆黒のグリフォンくらすになる。が、あんなレベルものがほいほい出てくるはずがない。
(そもそも瘴気を纏うような魔獣はこんな街道沿いには出てこないわよね。ここに出てきている事自体が異常事態って事か……)
そう考えて眉を顰めるミリア。
本来、瘴気とは大気中に漂う
「とにかく、あの魔獣を討伐するのもヴェラから頼まれた仕事だ。あそこに向かうぞ」
アニハニータの言葉に全員が頷く。
そして、その瘴気が生み出した闇に近づくにつれ、ふとその闇の領域が移動しているのが分かった。
そして、その前方では必死に逃れようと竜車を走らせる一団の姿があった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます