第37話 魔光術
「……魔獣の数は大体30匹くらいでしょうか」
闇を撒き散らす魔獣の群れを凝視しながらシャリアがそう言った。同じように地上を凝視していたミリアが感心したように言う。
「流石、身体能力に優れる獣人族ね。視力も私達なんかとはレベルが違うわ」
「あの魔獣達の追いかける一団なんだけど、
「状況はどうあれ、見逃せないわね。助けるよ!」
ミリアはニヤリと口元に笑みを浮かべてパシッと拳を手に打ち付ける。
「ルード、あの魔獣の集団目掛けてブレスをお願い。まず瘴気を吹き飛ばしましょう」
『ふっ、ブレスだけで終わるかもな』
「それならそれで良いわ。もし残ったら私達で仕留めるわ」
『では行くぞ!』
◇ ◆ ◇ ◆ ◇
街道を疾走する地竜に引かれた竜車。その背後から土煙と共に漆黒の瘴気を撒き散らしながら追いかけてくる無数の魔獣。
「ええい、しつこい奴らだ」
「何なのですか、あの魔獣達は!?」
竜車の窓から顔を覗かせたスキュラの少女が戸惑うように言った。
「半年ほど前からオグニード国内で出没しだした魔獣です。恐らく、反乱軍がばら撒いているのでしょう」
「瘴気を纏った魔獣は通常の魔獣よりも強力だと聞きます。何とか逃げ切れますか?」
スキュラの少女に問われ、地竜兵団の隊長は後ろを振り返る。地竜はそこまで足の速い生物ではない。逆に相手は狼を巨大にしたような魔獣が先頭を切って突っ込んできている。速度差は明らかに相手の方が上だ。このままではいずれ追い付かれるだろう。
「やむを得ない。メーディア様、ここは我々が喰い止めます。メーディア様とお付きの方々はこのままカラシーダの街まで何とか辿り着いてください」
「えっ? それでは皆さんが」
「我々とてオグニードの誇る地竜兵団。あのような魔獣ごときには遅れは取りません!」
言って、護衛に残す2騎以外の全ての地竜騎兵達が踵を返した。
「行くぞ! 我らオグニードの地竜兵団!
我らの力、見せてくれる!
突撃!」
おおおおぉぉぉぉぉ!
鬨の声をあげて魔獣軍団に突撃する地竜騎兵達。敵はまず尖兵として狼型の魔獣が10匹ほど。瘴気の影響で巨大化しているが、それでもまだ地竜の方が大きい。足が速いとは言え、体当たりはまだ地竜の方が上のはず。
「まずは一当てするぞ!
地竜達は頭を下げ、横一列になって突進する。結果、狼の魔獣の半分が蹴散らされた。しかし残りの半分は体当たりが炸裂する前に大きくジャンプしその頭上を跳び越えたのだ。
「な、なんだと!?」
思わず振り返る地竜兵団隊長。
本来魔獣は本能のままに獲物に襲いかかる。故に、目の前にある獲物を無視して別の獲物を狙おうとはしないはず。
だが、この魔獣は違う。明らかに自分達を無視して背後にいるあの竜車を狙おうとしている。その意図が感じられた。
「拙いぞ。竜車の方にはまだ経験の浅い兵しかいない。このままでは」
焦る隊長。
その心境は逃げる竜車の方でも同じだった。
「バカな。何でこっちを狙って?」
「ど、どうする?」
「どうするって、俺たちがやるしか」
「でも、俺たち実践経験が……」
新人らしい弱気な発言をする兵士達。
と、その直後だった。
突然上空から大気を巻き込むような風の砲撃が大地を穿ち、5匹いた狼魔獣が跡形もなく消し飛んだ。その衝撃波はそれだけに収まらず、竜車までも吹き飛ばされて地面に横倒しになる。
「一体何が起こったんだ」
突然の出来事に動揺を隠せない隊長を含む地竜兵団を影が覆った。何か巨大なものが太陽の光を遮ったと思った隊長は、上空を見上げてその目を見開いた。
「なっ、
ドラゴン達の出現に、思わず注意を逸らしてしまったのは仕方のない事と言えるだろう。部下の1人が叫ぶように言った。
「隊長! 後ろ!」
反射的に振り向いたそこには、鉈のような鋭い爪を生やした腕を振り上げる瘴気を纏った巨大な4本腕の熊の姿があった。完全に虚を突かれた隊長は、これは避けられないと覚悟を決める。
その次の瞬間――
「やらせるか!」
小柄な女性がその熊の魔獣の真上から降ってきて、脳天に拳を打ち込んだ。見た目どう見ても効きそうにない一撃だった。ところが、脳天に拳が突き刺さった瞬間、ゴガンッとあり得ない音が響き魔獣の全身がその衝撃でビリッと痙攣。直後、全身からボンッと風が吹き出して魔獣を取り巻く瘴気を全て吹き払ってしまった。
そして間髪入れずに追撃の一撃。
今度はバック転するようにしてその右脚を振り抜いた。
ザンッ
それは明らかに蹴りの放つ音ではなかった。熊の魔獣はまるで鋭い剣かそれ以上の切れ味を誇る何かで斬り裂かれたように真っ二つになって吹っ飛んだ。
「よしっ、ぶっつけ本番だったけど上手く行ったわ!」
「流石師匠ですね! 敵を真っ二つにするキックなんて初めて見ました!」
武術家のような銀髪の女性をキラキラした賞賛する赤獅子族の女性。とりあえずリザードマンでないから敵ではないのかもしれないが、味方であると確証があるわけでもない。
「君達は反乱軍の関係者か?」
隊長がそう声をかけると、銀髪の女性が振り返る。銀髪に赤い瞳を持つ女性。それは魔人族の特徴であった。
「私はミリア・フォレスティと言います。ヴェラさんからの依頼でこの辺りの魔獣を狩りに来ました」
フォレスティ。それはサーベルジアを統べる大魔王のファーストネームだ、しかし、現大魔王のアニハニータ・フォレスティには子供はおろか伴侶すらいなかったはず。
未だ警戒する地竜兵団を前に、ミリアと呼ばれた女性武術家の元に先ほど手に持ったそれぞれの剣と槍で魔獣を斬り捨てて来た2人の女性がやって来た。青いセミロングの女性と赤いポニーテールの女性。おそらく槍使いと剣士なのだろう。あの魔獣を一太刀で打ち倒すとは、かなりの使い手と思われる。
「ミリアちゃん、話は魔獣を全部片付けてからにしましょう」
「
「そうね。じゃ、手早く行きましょうか!」
3人がお互いに頷くと、瘴気を放つ漆黒の魔獣達の元へと駆けて行った。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇
サーベルジアでは魔道士ではなく武術家を演じる事にしたミリア。ただ、専門でもない彼女が格闘技のみを扱う場合、もしかしたら対応できない状況に陥る事もあるかもしれない。
そう考えたミリアは魔法も扱うための方法を考えていた。その結果、編み出したのがこの技である。
炎に包まれ吹き飛ぶ魔獣。
バッサリと断ち切られて沈む魔獣。
背中から氷柱を生やして絶命する魔獣。
これらは全てミリアの技によるものだった。
「うん、結構スムーズに繰り出せるようになったわね。魔力と闘気の融合した力が
そうね、
ミリアは脚に風の魔力を集中させ、さらにそこに闘気を融合させる。
「飛べ! 風刃脚!」
鋭い蹴り足から繰り出される風の
「ミリア、今のは?」
「多分この魔獣達をばら撒いた奴らの仲間。おそらくこの魔獣達を操る何かしらの魔道具を持ってるんじゃない?」
ルードと共に上空にいた時から気付いていた。あの位置からなら戦場が見渡せる配置。魔獣を操るとすれば最適な位置だ。
「俺に任せな! とっ捕まえてやるぜ!」
喜々としてレイダーが突っ込んで行った。
落下した衝撃で動けないのか、リザードマンは杖のようなものを振って喚いていた。すると、大蜥蜴に羽が生えたような魔獣(竜ではなく文字通り羽の生えた蜥蜴)が数体立ち塞がるが、
「邪魔すんじゃねぇ!」
そんな姿に恐れをなしたか、慌てて逃げ出そうとするリザードマン。だが、騎竜を失って逃げられるはずもなく。
「逃げるな!」
ミリアが投げ飛ばした熊の魔獣に潰されて呻き声を上げるのだった。
「ご協力ありがとうございました。皆さんが来なかったらどうなっていたかと」
ドラゴニュードの隊長が敬礼して礼を言う。
「いえいえ、困った時はお互い様です。
おっと、倒れた竜車を起こさないと」
小走りに竜車に向かうミリアに兵士達が「協力します」と言おうとしたがその前に、
「よいしょっと」
まるで乳母車でも起こすかのような軽い感じで倒れた竜車を引き起こした。それには流石に全員が唖然としていたが、気にせずミリアは竜車の中を覗き込む。
中には目を丸くしているスキュラの少女とそのお付きのメイドの姿があった。とりあえず怪我はなさそうである。
「あの、私、メーディア・イングリスと言います。貴女が私達を助けてくださったのですか?」
「まあ、そうなるかな」
竜車を倒したのはルードの
「お名前を教えて頂けますでしょうか」
「私? ミリアだけど」
メーディアはその名を数回反芻し、そして顔を上げて言った。
「ミリアお姉様と呼んでも良いでしょうか」
「……」
また1人、ミリアの周りに変わり者が増えた瞬間だった。
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