第38話 スキュラのメーディア


 スキュラ族。

 海に生息する海魔族で最も力を持つ魔族。

 上半身は人族の女性の姿。しかし、下半身は12本のタコのような触手を持ち、その上に3つの魔犬の頭を乗せている。そんな体型をした魔族である。


「ふ~む、触手でありながら器用に陸上で歩くわね」

「私達海魔族もずっと海の中にいるわけじゃありませんので。

 ただ、陸上を動くのは結構大変です。なにぶん、私達スキュラの足には骨がありませんので。常に力を入れていないとすぐに座り込んでしまうんです」


 言った直後、スキュラ族の姫メーディアはべチャッと地面に潰れるように座り込んだ。


「そんなわけで、隣国メリッジューヌの方が来る時は専用の竜車を用意していたのです」


 戻ってきたドラゴニュートの隊長が竜車に手を添えながらそう言った。


「危ないところを助けていただいてありがとうございます。

 私はメーディア。メリッジューヌを治める女王ファズラの一子です」

「メリッジューヌの女王の娘って、想像以上の大物だったわね」

「私としては、メルキャットに居られるはずの大魔王陛下と共にいるお姉様の方が驚きです」


 チラチラと目線をアニハニータに向けるメーディア。


「色々と訳ありでな。この姿なのは気にせんでくれ」


 腕を組んで「わはははは」と笑うアニハニータ。

 それに対し、神妙に眉を顰めるメーディア。


「何かおかしいとは思っていましたが。やはり今メルキャットにいるのは」

「うむ。真っ赤な偽物じゃ」


 ヴェラと言いメーディアと言い、やはり真偽は分かる人には分かるらしい。


「今のサーベルジアはラーズの奴に好き放題にされておる。これには流石に我慢ならんのでな。こうして仲間を募りながら反撃の時を計っておるのだ」

「夜魔の国グラベリーの王ラーズ。確かに現在大魔王陛下の手前、まるで指導者のように振る舞っていますが。そうですか、やはりあの男が」

「東のロスターグでも奴の息のかかったオルディアがレミナ嬢を人質に取り、ハーピー族を無理矢理言うことを聞かせていた。北のオグニートでは軍の三分の一が反旗を翻す始末だ。

 メリッジューヌでも何か起こっておるのではないか?」


 そのアニハニータの問いにメーディアは頷いた。


「実はその事でヴェラ様に会いに行くところだったのです。そんな中、あの魔獣達に襲われまして」

「一先ずカラシーダに戻りませんか。コイツも連行したいので」


 見れば、ドラゴニュートの兵士が捕まえたリザードマンを縛り上げて竜車に押し込んであるところだった。


「そうだな。メーディア様もよろしいでしょうか?」

「私は構いませんが、竜車が護送用になってしまいましたし私達はどこに乗れば……」

「あ、それなら私達と一緒に行きませんか?」


 と、ミリアが提案した。


「お姉さまさえよろしければ是非ともご一緒させてください!」


 即答だった。

 しかしメーディアは知らなかった。ミリア達がここにどうやって来ていたのかという事を。


「ルード!」


 その名を呼んだ直後、上空から飛来した暴風竜テンペストドラゴンの姿にメーディアとメイドは目を丸くする。さらに後を追うように4体の風の竜ウインドドラゴンが降り立った。上級竜合わせて5体のドラゴン。本来なら国家危機レベルの戦力である。


『呼んだか、ミリアよ』

「悪いけど輸送人員2人追加でお願い」

『ふむ、このスキュラの娘達か』


 ヌッとその顔を近づけるルード。それは迫力のあるドラゴンの顔である。


「ひいっ、あ、足がタコみたいとは言え、私を食べても美味しくありませんよ」


 ビクビクしながらミリアの陰に隠れるメーディア。流石にルードも顔を顰めて、


『ミリアよ。我は随分と失礼な事を言われておらぬか?』

「竜族と初めて遭遇したのなら大抵そういう反応をするものじゃないの?」

『お前達は全く怯えた素振りすら見せなかったではないか』

「まあ、私達は特別なの」


 竜族に会うのは初めてではないどころか、実物では無かったとは言え上級竜よりもさらに上の竜王との戦闘経験まであるのだ。そのせいで緊張感なんてものはほとんど無縁となっていたのだ。


「とにかく、予定通りカラシーダまで行くから。またその背に乗せてちょうだい」

『全く、我のような暴風竜テンペストドラゴンを乗り物扱いするのはお前達くらいのものだぞ』


 やや呆れたような声色のルード。


「今さらっと私達まで含めましたよね」

「認識異常なのは師匠だけです!」


 などとシルカやシャリアからクレームが。誠に遺憾であるとミリアは思った。




「ひえええぇぇぇぇぇぇぇぇぇっ!」

「た、助けてぇぇぇぇぇぇぇぇっ!」


 哀れな悲鳴が大空に響く。

 ここはサーベルジアの空の上。

 メーディアもそのメイドも海に生きる海魔族だ。空を飛んだ経験など当然ない。

 しかも、乗っているのはワイバーン以上に速度の出る風の竜ウインドドラゴン。これまで味わった事のない、まさに風を切って飛ぶという事を実感していた。


 飛行する事約30分ほど。眼下の先の方に巨大な川とそれに架かる大きな橋。その両脇に広がる大きな街が見えてきた。あそこが国境の街カラシーダなのだろう。話ではメーディア達がカラシーダを出てから魔獣に襲撃されたのが2日目との事。それを1時間もせずに踏破してしまったのだ。流石は風を司る竜と言ったところだろう。


「うう……空はもうりです」

「やはり海が最高ですね」


 げっそりしている海魔族の2人だが、陸に住まうものにとっては海だって船酔いがある以上似たようなものである。


「そろそろ夕暮れだし、夕食にしないか?

 話はその席ですれば良かろう」


 アニハニータの提案に一同同意した。

 そしてやって来た店は『蒼き大河亭』。メーディアオススメの店だそうだ。この店はメリッジューヌの王族がよく利用する店で、外見は大衆食堂のようだが、国同士の会合や機密の話し合いをする際の専用の部屋も用意してあるらしい。


「いらっしゃいませ!」


 ベルを鳴らして店内に入ると店員の明るい声が聞こえて来た。夕暮れ時で丁度混み合う時間帯だったのか、リザードマンやドラゴニュートなどの竜人族の他、半魚人の魚人族マーマンやら烏賊と人族が合わさったような姿の海魔族スクイッドなどメリッジューヌに所属する海魔族達の姿もあった。


 出迎えに来た従業員ウェイトレス。海魔族には珍しい羽があり、しかしその体には鱗やヒレが付いている種族セイレーン。そのウェイトレスの女性はメーディアを見て目を丸くする。


「あれ、メーディア様? もうお帰りになったのですか?」

「ちょっと事情が変わったのです。内密の話をするので個室を用意してください」

「分かりました。あ、車椅子使いますよね?」

「ええ、お願いします」

「はい。ではこちらはどうぞ」


 メーディアはウェイトレスが持って来た車椅子に腰を下ろすと器用に触手で車椅子を動かして奥へと進んだ。ミリア達もその後に続く。



 案内されたのは一番奥の個室。中はそこそこな広さがあり、中央に円卓が備え付けられている。外から覗けるような窓はなく、壁面には燭台がいくつか設置されていて蝋燭の灯りだけが室内を照らしていた。

 ミリアは壁を軽く叩いてみる。少し弾力がある不思議な素材で作られた壁だった。少なくともミリア達の住むヴァナディール王国では見た事がない。


「この壁はメリッジューヌの海底で採れるオンキューシュ粘土を素材にしているんです。オンキューシュ粘土はその弾力性から音を吸収してくれる特性があるので、こう言う内密な話をする部屋によく使われてるんですよ」


 なるほど、とミリアは感心した。

 ヴァナディール王国は魔道国家ゆえに、このような消音効果は魔法技術で賄ってしまう。なので、素材によって実現する事など考えた事もなかった。消音や防音の魔法技術は同じ魔法技術によって無効化される可能性もある。そう言った事も踏まえると、こう言う知識は決して無駄にはならない。


(やっぱり国外に出る事っていろんな知識を得られて有意義よね。大魔道士アークになるならこの辺の知識も色々と持ってた方がいいかもしれないわ)


 全員が席に着いたのを確認し、メーディアが話を切り出す。


「改めまして自己紹介しましょう。

 私はメーディア・ニスト・アメジスティア。現メリッジューヌを治める女王ファズラの娘です」

「メーディア様に仕える侍女のマリッジです」


 メーディアに続き、その後ろに控える侍女が頭を下げた。


「妾はこんな見た目だが大魔王のアニハニータ。こっちは協力者のミリアとその仲間達じゃ。

 ちなみにミリアは妾の兄の娘。すなわち姪じゃ」

「よろしくお願いします」


 その後、エクリア達も一通り自己紹介をし、それから本題に入った。


「まず、これまでのサーベルジアの状況推移をお話ししたいと思います。

 今から半年くらい前、突然南のグラベリーの王ラーズが世界の侵略を宣言し、それを大魔王陛下が承認したところから始まります」

「ふん、妾は何も承認などしておらんがな」


 不機嫌そうに鼻を鳴らすアニハニータ。


「そうですね。ある意味外国への侵略に否定的だった大魔王陛下の突然の心変わり。何かあったのかと思わない方がおかしいです」

「で、外国侵略の野心がある国とない国でサーベルジアが真っ二つと」


 ミリアの発言にメーディアは頷く。


「具体的にはラーズのグラベリーと大魔王陛下のメルキャット、オルディアのロスターグが侵略強硬派。私達の国メリッジューヌと現在ヴェラ様の治めるオグニードが穏健派ってところでしょうか」

「……妾の耳にはオグニードも強硬派と聞こえておったがな」

「オグニードは穏健派と言うよりも中立派と言った方が良いかもしれません。今は国内に反乱を起こされたから穏健派側に立ってくれてますが、元々あの国はサーベルジアの方針にはほとんど関心がありませんでしたから」


 サーベルジアの魔族の中でもかなり力を持つ種族である魔竜族ドレイクが治める国オグニード。彼らは如何なる状況にあろうとも、オグニードに危害がない限りは積極的に動く事はなかったと言う。


「で、お前達メリッジューヌの、それも姫たるメーディアが何の目的でオグニードを訪れておったのだ?」

「実は、私達メリッジューヌはこれまでラーズ達からの参戦要求をずっと突っぱねてきたのですが、最近になってオグニードのリザードマン達からも参戦要求が来るようになったのです。しかもあの連中、何やらおかしな魔獣達を引き連れてきてまして」

「おかしなって、もしかして平原で追いかけられてたような?」

「種族的には海に出没する魔物に近いのですが、全身から瘴気をばら撒いているあたりは同じです」


 それを聞いたミリアは考える。

 おそらく意図的に生物を魔獣に変える技術は魔道技術ではあるのだろう。どのようにやったのかは想像つかないが、少なくとも魔法の知識が必要なのだけは間違いないと思う。

 リザードマンはオグニードに住む種族だ。海魔族達の住まうメリッジューヌにいるのは不自然極まりない。

 となれば、リザードマンはどうやってメリッジューヌにも魔獣を出没させているのか。


「……魔道具か」


 それがミリアの導き出した結論だった。


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