第34話 魔族の魔道士ヴェラ


「久しぶり。と言っても1年ほどしか開いてないがな。

 よくこの姿を見てアニハニータだと信じられたな。メルキャットにはもう1人の妾もおったであろう」

「ああ、アレね。どう見ても偽物じゃねーか」


 ヴェラはキッパリとそう言い切った。その返答が意外だったアニハニータは次にこう問い返した。


「ほう、そう判断した理由は?」

「だってよ、あの大魔王アニハニータがラーズなんかの意見、すんなり通すはずがねぇだろ。何だ、あの姿は。ラーズの言う事なす事全部肯定って、いつから大魔王はラーズの操り人形になり下がっちまったんだよ」


 ヴェラはふんっと南の方角を睨みつける。その方向にはメルキャットが存在した。オグニードの国としての考えはどうかは知らないが、ヴェラ自身はメルキャットにいるもう1人の方を偽物と考えているらしい。


「とにかく、ここで話すのもあれだから近くの砦に案内する。兵士達お前らは引き続きこの辺りの巡回をしていろ。何かあれば報告連絡相談を忘れんじゃねーぞ」


 そう言うと、親衛隊と思われる兵士を引き連れて地上へと降りて行く。


「……何と言うか、態度から言動まで豪快な人ね」

「まあ、口調は乱暴だが悪い奴じゃない」


 ミリアの率直な意見にアニハニータは苦笑する。

 それに、ミリアにはもう1つ気になっている事があった。豪華な装飾が施された真紅のローブにその手にした宝石の付いた杖。そして、先ほどあのリザードマンの隊長を撃ち抜いた赤い閃光は間違いなく火属性魔法だった。


「ねえ、アニーさん。もしかしてヴェラさんって魔道士?」

「気付いたか。そう、ヴェラは魔族では珍しい魔法を操る魔道士なんだ。魔道士協会にも所属していて、つい最近賢者ソーサラーに昇格したと言っていたな」


 魔道士協会に所属する魔族自体は決して少なくない。そもそも、師匠のベルモールは魔人族だし、ミリア自身だって半分は魔族だ。

 それより、ヴェラが魔道士協会に所属する魔道士という事は――


「魔道士協会がこのサーベルジアにも?」


 問いかけられてアニハニータは目線を上に向け少し考え込む。


「そうだな、確かメルキャットに小さな支部が1つあったと思うが。魔族では魔法のような特定の術式を用いなくても強力な力を発揮する者が沢山いるからな。魔道士はヴェラとその側近数人、後はメルキャットにいる魔人族に何十人かいるだけだ。

 ヴェラ達は昇格試験のたびに人族の街に赴いていたよ」


 なるほど、とミリアは頷く。

 魔力に優れる魔族の魔道士か。これは是非とも手合わせしておかないと。そんな事を考えていたミリアだった。


「何だ、オレの事を話していたのか?」


 そんなミリア達の元にヴェラが戻ってきた。


「ミリアが魔族の魔道士が珍しいらしくてな。気になったそうだぞ」

「ミリア?」

「妾の姪っ子に当たる。よろしくしてやってくれ」

「ミリア・フォレスティです」


 ぺこりと頭を下げる。

 そんなミリアを見ながら、


「おい。お前の甥っ子って事は、父親はまさか?」

「妾の兄のデニスだ」


 デニスの名が出た途端にヴェラの笑顔が引き攣ったように見えた。マジで何をしたのか、心底心配になったミリアだった。


「と、とにかく砦に行くぞ。逸れたら場所が分かんなくなるからな。ちゃんとついて来いよ」


 そう言って翼を羽ばたかせて降下して行く。ミリア達を乗せたルード達風の竜達もその後に続いて降下して行った。





「この横穴の奥にカルバノン砦がある」


 山の岩盤に開いた横穴の縁にヴェラが舞い降りて振り返る。

 その砦のある山は所々に岩盤が剥き出しになってはいるものの、その殆どは低い木々に覆われていて山肌がどのようになっているのか全く見えない。ヴェラの話ではこの低木の森に見張り台が作られているらしく、空から確認するのが難しい反面地上からはほぼ上空が丸見えに近くなっているらしい。ミリア達が見つかったのもこの見張り台からの報告によるものだったようだ。


「ドラゴン達は悪いが待機していてもらえるか?」


 ヴェラがルードを見上げながら言った。


『ふむ、貴様からは特に敵意が感じられんからな。よかろう、その頼みを聞き届けよう』


 ルードと風の竜ウインドドラゴン達はミリア達を下ろすと上空に舞い上がる。


『ミリアよ。我らはしばらく上空で飛行しているとしよう。何かあれば上空に風の魔力を飛ばすが良い』

「分かったわ」


 そう告げるとルードも他の風の竜ウインドドラゴン達に続いて空に舞い上がって行った。それを見送ったヴェラがやや呆然としながらこう言った。


「……あんなふうにまともに取り合ってくれる竜族は初めて見たぞ。お前、一体何なんだよ」

「何なんだって、魔道士ですよ。普通のしがない正魔道士セイジです」

「お前を見てると普通の意味が揺らぎそうだ。

 とにかく、中に入れ。ここにいても仕方ないからな」


 そう言って中に入って行くヴェラ。その後をアニハニータが続き、その後ろをミリア達が続いて入って行った。



 カルバノン砦は洞窟のようなものとミリアは考えていたが、どうやらそれは間違いだとしばらく歩いて気付いた。入り口は洞窟のようだったが、その通路は回廊のように整備されて、壁面にはたくさんの燭台が取り付けられ辺りを明々と照らしている。

 やがて、進むミリア達の前に大きな扉が現れる。それはまさに城西の縄文と言っても差し支えのない物だった。

 ヴェラに気付いた門番らしき竜人リザードマンが揃って頭を下げた。


「お疲れ様です、お嬢!」

「お嬢はやめろって言ってんだろ。それよりこいつらはオレの客人だ。城門を開けな」

「はっ! 開門!」


 リザードマンの指示で城門が大きな音を立てて左右に開く。その奥には燕尾服を着込んだ見た目年配の竜人が姿勢を正して待っていた。その竜人はリザードマンとは異なり容姿はよりドラゴンっぽくなり背中からも大きな翼が見えていた。


「お帰りなさいませ、ヴェラ様。問題ありませんでしたでしょうか?」

「おう。命令違反のクソ野郎を1匹駆除したがそれくらいだ」

「それはそれは」


 ほっほっほ、と顎あたりから伸びる白い髭を撫でながら竜人の執事は笑った。


「それとこいつらは客人だ。応接室への案内を頼む」

「畏まりました」

「アニハニータは知ってるかもしれないが一応紹介しとく。

 ウチの執事長でありオグニードでは最古参の1人のマグザだ。種族は竜人ドラゴニュートだ。見ての通りリザードマンよりもドラゴンに近い見た目をしている」

「よろしくお願いいたします、皆様」


 恭しく礼をするマグザ。いえいえこちらこそ、とミリア達も礼を返した。


「それでは皆様、こちらはどうぞ」


 マグザに先導され応接室へと向かう一同。

 そんな中、ミリアはマグザのその後ろ姿に注目していた。

 その視線に気付いたか、マグザは顔だけ向けて言った。


「どうかなさいましたか?」

「いや、マグザさんって何かしら武術の心得が?」


 温和に見えるのにその内にピンと張り詰めた気配を感じる。さらにただ歩いているように見えるのにその佇まいには一片の隙もない。そこに気付いた故のミリアの質問だった。


「ほっほっほ。しがないじじいですよ」

「何がしがない爺じゃ。貴様、少し前までここオグニードの親衛隊長をしておっただろうが」


 親衛隊は所謂王を守る最高戦力の事だ。その隊長なんだから弱いわけがない。その身に纏う強者の気配。ミリアは後で手合わせをお願いしようと心に決めた。




 応接室に通され、マグザとメイド達が紅茶とお菓子を持ってきた。お菓子はクッキーのようなもので結構甘い。甘さ控えめの紅茶と合わせれば丁度いいくらいかとミリアは思った。

 しばらく寛いでいると、ヴェラが1人で現れた。服装は先ほどと変わらず魔道士のローブ姿のままだ。

 ヴェラはマグザに杖を預けると、上座に腰を下ろした。


「さて、オレは回りくどいのが嫌いだから単刀直入に聞く。何故オグニードの領空に入り込んだ? どこへ向かっていたのか聞かせてくれ」

「その前に、ヴェラよ。こちらも1つ質問がある。その返答次第で答えられる範囲が変わる」

「ん?」

「貴様は妾の敵か?」


 アニハニータの問いはド直球の上に豪速球だった。ヴェラの目がスッと細くなる。


「貴様も知っての通り、今メルキャットではラーズの奴が妾の偽物を使って好き放題だ。外の国へ侵攻しようなんて阿呆な事を企んでおる。貴様はそれに与しておるのかどうかを知りたい」

「……そうだな」


 ヴェラは紅茶のカップを手に取ると一口。そしてフッと口元に笑みを浮かべる。


「その答えは前にも言った。オレはラーズなんぞの下につく気などさらさらねぇよ。それはこのオグニードの国としての方針と思ってくれて良い。まあ、オレの意向に従わねぇ奴らも一部いるがな」

「貴様の父、ガルゾフも同じ考えと捉えて良いのだな?」

「あ〜、親父かぁ」


 ヴェラはあまり整えていない赤髪を掻きながら、


「親父はこの国にはいねぇよ」

「は?」


 鳩が豆鉄砲を食ったよう顔をするアニハニータ。


「あれはラーズが活動を開始する少し前辺りかな。突然、何か面倒ごとの予感がするなんて抜かしてオレに王の座を押し付けて旅に出ちまった」


 何だかどこかで聞いたような話だった。

 ミリアは横目でアニハニータを見ると、やはり苦虫を噛み潰したような顔をしていた。


「だから今はこのオレがこのオグニードの最高権力者って事だ。そのオレがラーズの奴には従わねぇってんだから、この国は実質動かねぇよ。まあ、オレの言う事を聞かねえ困った連中もいくらかはいるがな」


 そんなクソッタレはまとめて消し炭にしてやるよ、と豪快に笑う。そんなヴェラの様子を見て、ようやくアニハニータの表情が緩む。

 

「なるほどな。分かった信じよう。

 妾達の目的地は東の国ノリッジュームだ。だから具体的にはこの国には用はなかった。

 いや、ぶっちゃけると関わり合いになりたくなかった」

「どういう事だ?」

「妾達はここに来る前西の国ロスターグに滞在していてな。あの国ではガルーダの王オルディアの奴がデクノア卿の娘レミナを人質に取って無理やりハーピーを従わせていた。その一件を解決したのだが、その際に生物を魔獣に変える薬が使われてな。あの薬の出所がラーズに与する一味からだった場合、同じく強硬派の国オグニードにも出回っている可能性が考えられたのだ」

「……」

「ヴェラは何か気になっている事はないか?」

「……ない事もない」


 ヴェラの言葉に全員の視線が集まる。


「少し前辺りからか、このオグニードにこれまで見た事もない魔獣が現れだしたのだ。しかも、その魔獣は瘴気を伴うものばかり。一体何が起こっているのかと思っていたが、まさかそんな薬が存在するとはな」

「……その魔獣に薬が使われているとすれば、どこからか持ち込まれていることになるな。どうやらオグニードにも少し寄っていかないといけなくなったかな、これは」


 そう言ってアニハニータは苦笑する。

 対してミリアも肩をすくめるしかなかった。



 

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