第33話 オグニード上空にて


 ロスターグを出発して2日目。ミリア達はサーベルジア連邦北の国オグニード領内に入っていた。

 槍のような山々が乱立する比翼族の国ロスターグに比べ、竜人族の国オグニードは山脈ではあるものの、比較的なだらかな山々が連なっている。


「オグニードの竜人族は他の種族とは違って洞窟内に住んでいる。いや、この言い方では勘違いしそうだが、彼らは洞窟の中に街や王城を造っていて、目で見えるところに街を造っていないのだ。

 拠点となる砦なども洞窟になっているので、空からではどこに何があるのか全く分からんのが難点だ」

「じゃあ、オグニードの首都が何処にあるのかも分からないって事?」

「妾が以前訪れた時はオグニード内でも北の方だったような気もするが、正確なところは分からん。今回は通るだけだから無駄なトラブルは避けたいところなのだが……」


 言いながら、チラッとミリアの方に目を向ける。


「な、何よ」

「いや、レミナ嬢やエクリア達から聞かされたミリアのトラブル体質からして何も無しで済むとは思えんと思ってな」

「そ、そんな事……無いと思わなくも無いというか何というか……」


 ミリアの声が尻窄みで小さくなっていく。ミリア自身多少の自覚はあったので強く言えないのが悲しい。


「大魔王様。オグニードの竜人族は強硬派に属してます。おまけに現在はある意味不法侵入していると言えるので油断は禁物です」

「うむ、それもそうだな」


 オグニードの国土の広さと風の竜達の飛行速度から大体横断するのに4日ほどと考えている。現在2日目なので大体半分まで移動した計算になる。もし、何かしらのトラブルに遭遇するならこの辺りだろう。

 そう考えたその時だった。


「っ!」


 ミリアがルードから身を乗り出し前方に向けて魔力障壁を張った。次の瞬間、地上から無数の火炎弾が飛来し魔力障壁にぶつかって弾けた。見ればその方向にワイバーンくらいの大きさの飛竜に跨った竜がそのまま人になったような姿のいわゆる竜人リザードマンが10人ずつ編隊を組んでミリア達の方に向かって来ていた。


「どうやら一筋縄ではいかないようね」

「これはやはりミリアの?」

「風評被害だ!」


 ぎゃーぎゃー言っているその間に竜人兵達はルード率いる風の竜達を取り囲む。流石にルード達もその場で静止した。


「我らの領空を許可なく飛行しているから何かと思って威嚇射撃を実行したが、まさか風の竜だったとは」


 隊長らしきその兵士の言葉にミリアは憮然とする。


(何が威嚇射撃よ。防がなきゃ全部直撃してたじゃない!)


 そんなミリアの心境を知ってか知らずか、


「ミリアが防がなくては当たっておっただろうが。何が威嚇射撃じゃ」


 アニハニータがどストレートに言い放った。さらにルードも、


『竜族たる我らがどこを飛ぼうがお前達に何の関わりがある。許可が必要など笑止千万よ』


 流石は竜族。天上天下唯我独尊的な発言だった。


『それよりも我らの前を遮るとは不遜な奴等め。そこをどけ!』

「悪いがそうはいかん。ここはオグニードの領空である。

 特に今は有事中だ。許可なき者を倒すわけにはいかん」


 そう言うと、配下の兵達が一斉に槍を突きつけた。そのは先にバリバリと紫電が走る。


(魔道具!?)


 気づいたとほぼ同時に反射的に魔法を放っていた。全方位に広げた魔力領域から無詠唱ノーアクションでの突風の魔法。火炎や氷の魔法を使わなかったのは無意識化でも極力殺傷力を抑えるように体が反応したのかもしれない。

 とは言え、仮に手加減されていたとしてもミリアの魔法である。タダで済むはずがない。


「うおおおぉぉぉぉぉ!」


 それは突風と言うよりはむしろ衝撃波に近いように見えた。いや、見えたと言うか衝撃波そのものだった。

 大気を弾くようなバチィィィンという音と共に周囲にいたワイバーンライダー達が残らず吹っ飛んでいった。


「やりすぎじゃない?」

『流石はミリアだな。容赦ない』


 レミナとルードの声に口笛を吹いて誤魔化すミリアだった。

 とにかく、邪魔者はいなくなったので飛行を再開するルード達。ルードの背で先ほど現れたオグニード兵達に着いて情報をまとめておく事にした。


「あの槍、魔道具だったよね」

「だと思う。でもあんな武器、前はなかった」


 後ろを横目で見ながら囁くミリアにレミナがそう答えた。

 大魔王を追い落とすクーデターに行き渡り始めた魔道具。アニハニータが言うには魔族は魔力を用いた兵器はあるが、物に魔法を掛け合わせる魔道具に関してはほとんど研究していないと言う。つまり、あの武器は国外から持ち込まれたものという形になるが。


「妙だな。竜人族や魔竜族は吸血鬼ほどではないが魔族としてのプライドが高い。人族の国からもたらされた武器など手に取る事はないと思っておったのだが」

「もしかして今回のクーデターは外国の手も借りているのでは?」

「魔力霧散のチョーカーに魔法を帯びた武器か。

 はぁ……グラッドさんの言ってた事が真実味を帯びてきたわね」

「グラッドさんって?」

「ハンタークラン『銀光の風』のリーダーの人。

 グローゼン大闘技会の地方大会で決勝に出てきた選手だったんだけどね」

「強かったの?」

「相手は魔道士部隊長のミレーナさんだけだったんだけど、文字通り手も足も出なかったわ」

「ミリアが?」

「上には上がいる。まさに経験の差ってやつを思い知らされたわ。まあ、これで更に強くなれるって思えたけどね」


 ふ〜ん、とレミナ。そこでふと疑問が浮かぶ。


「あれ? ミリアって本戦まで進んだってエクリア達に聞いたけど」

「勝ちを譲られたのよ! グラッドさん達と契約していた主催者が不正をやらかしたからね! 思い出させないで! 今でも悔しいんだから!」


 なんて捲し立てるミリア。

 これはしばらくは引き摺るかなとレミナは思った。


「それよりもこの場をどうするかなんだけど」

『あの程度の奴ら、強引にでも切り抜ける事は容易いが』

「妾としては、奴らのあの武器の出どころが気になるな。それに竜人族の動向も知りたいところだ」

「動向?」

「さっきも話したがオグニードを治める魔竜族や竜人族は気位が高い。今回のクーデターや他国への遠征が吸血鬼族のラーズ主導のものであれば、彼らはその下に付く形になる。相手が大魔王であればまだしも同じサーベルジアを形成する一国の王でしかないラーズが相手だとその下に付くなど絶対に納得しないはずだ」

「つまり、オグニードもあまり乗り気ではない可能性があると?」

「うむ。ロスターグのサンタライズ卿のように何かしら理由がある可能性もあるしな。一度話をしてみてもよいかもしれん」


 アニハニータの意見にミリアも「なるほど」と頷く。

 サーベルジア連邦の事はあまり知らないミリアなので魔竜族や竜人族の動向はともかくとして、ロスターグではあの組織ダルタークが生み出している魔獣化の薬が出てきたのだ。もしかしたらサーベルジアの一連の事件を裏で糸を引いているのはこの組織なのかも。ミリアはそう考えた。

 その情報を得るためには敢えて十中八九敵と考えられる相手の元に踏み込む必要もあるのかもしれない。虎穴に入らずんば虎子を得ずなのだ。


「分かった。ここはアニーさんの意思に従うわ。ただし、理不尽な扱いには抵抗するからね」

「……それはやむを得んだろうが、別に戦争をしに来たわけではないのだから手加減はするのだぞ」

「それは分かってるけど、まあまがいなりにも竜の名を種族名に入れてるんだから簡単には死なないでしょ」


 能天気に笑うミリアだった。





 その後少しして後ろからワイバーンライダーの一団が追いかけて来た。見たところ先ほどミリアに吹っ飛ばされた連中だろう。


「追ってきたか。ではあの者らに案内を頼むとしようか」


 アニハニータがそう言った直後、いきなり大量の電撃と火炎弾が飛んで来た。ルード含め風の竜達はひらりと回避。だがその動作で飛行速度を落とさざるを得ない状態になり、速度を上げた敵の飛竜騎士団にあっという間に追い付かれる羽目になった。


「貴様ら〜! よくもやってくれたな!」


 緑色の鱗に覆われた竜人リザードマンの兵士が顔を真っ赤にして怒鳴る。だが、ミリアにしてみれば何もしてないのに勝手に攻撃された被害者という認識だ。怒られるなんて全くの心外である。


「威嚇射撃という名の先制攻撃しておいて被害者ヅラしないで欲しいわね」

「何だとう!」


 さらにいきり立つ兵士。気位が高いだけでなく気が短いらしい。その兵士は全軍に向かって叫ぶように言った。


「全部隊一斉攻撃しろ!」

「し、しかしヴェラ様からは生け捕りにするようにと命令を」

「構わん! そんなもの事故として誤魔化せばなんとでもなる! それよりも我ら竜人族リザードマンが侮られる事の方が何倍も問題だ!」


 何か無茶苦茶言っている。

 そしてそれに対し、面白いとばかりに口角を引き上げるルード。


『身の程を知れ!』


 雄叫びと共に放たれる暴風竜テンペストドラゴンルードの滅風の息吹ブラストブレス。風属性の上級魔法を上回る威力を誇るドラゴンブレスだ。大気を巻き込みながら渦を巻くブレスが空を撃ち抜き分厚い雲に大穴を開けた。

 包囲網の一角を撃ち落とされたワイバーンライダー部隊に同様が走る。


「う、撃ち落とせ!」


 隊長の指示の元、兵士達の槍から一斉に電撃が放たれる。やはりあの槍は魔道具だったようだ。ミリア達を乗せたドラゴン達は旋回や急降下、急上昇で的を散らして電撃を避けると、そのままの勢いでワイバーンライダーの真っ只中を突っ切った。元々ワイバーンよりも体格の大きな風の竜ウインドドラゴンに勢いよく体当たりされれば吹っ飛ばされるのは当然小さなワイバーンの方だ。それはリザードマンが騎乗していても何も変わらない。相手が風の竜ウインドドラゴンよりも大きな暴風竜テンペストドラゴンなら尚更だ。


「妾達としても話して分かる相手とは無闇に戦いはせんが、話しても分からん奴と話すほど暇ではないぞ!」

「何だと! この魔人族のガキ――」


 バシュッ

 その隊長らしきリザードマンの脳天を赤い閃光が貫いた。そのままワイバーンから崩れ落ち地上に向けて真っ逆さまに消えた。


「今のは?」


 今の閃光はあのリザードマンの背後から飛んで来た。つまりミリアの仕業ではない。ではあれば今のは誰が放ったものか?



「全くグダグダと煩いから思わず撃ってしまったじゃねーか! オグニードの恥を晒しやがってよ!」



 見れば、ワイバーンライダー部隊の外側に背中に竜の翼を持った見た目人族に近い女性が同じような姿をした兵士達と浮かんでいた。その頭部には2本の竜の角が伸びており、先頭の女性は殊更立派な角が生えていた。


「アニーさん、あれは?」

「あれが今のオグニードの指導者のようなものだ。ようやく話の分かるのが出てきたかな」


 包囲網の内側にまでやってきたその女性。切れ長の目を細めてミリア達を見据える。そんな相手にアニハニータが気楽に手を上げた。


「やあ、久しぶりだな、ヴェラ。親父殿は壮健か?」

「……アニハニータか。噂には聞いていたが、何とも残念な姿だな」


 そしてミリア達にも目を向ける。


「オグニードを治める魔王ガルゾフが一子、魔道竜姫ヴェラだ。客人なら歓迎しよう」


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