第5話 商人ポルカとの再会
「えっ、馬車がない!?」
朝のウィンディアの空にエクリアの声が響く。
一難去ってまた一難。どうやら大橋の爆破テロによって馬車が通れず、東区画にまで来ていないとの事だった。馬車の料金はまだ支払っていないので、とりあえず金銭的な損害は免れたものの、ここからサルベリンへの足はまた探し直しと言う事になる。
「どうする? 8人なんて、キャラバンサイズでもないと乗り切れないわよ。そんなのそう簡単に見つかるとも思えないし」
ヴィルナがそう言う。
確かにキャラバンサイズのような大型の馬車は購入するとなるとかなりの金額になるため、ほとんどの馬車を売る店では注文になっている。そのため、店頭に並ぶ事はまず無いと言っても過言ではない。
こうなったらサルベリンまでの護衛依頼でも探すしかないかとギルドへ向かおうと考えたその時、
「あの、ミリアさんですかな?」
「え?」
突然後ろから声を掛けられた。
振り向くと、そこにはとても人の良さそうな温和な笑みを浮かべた商人らしき年配の男性がいた。
やや小太りの体型。
白髪が混ざり始めた茶色い髪。
その姿にミリアは見覚えがあった。そう、あれはまだヴァナディール魔法学園に入学する前の事。鉄道の列車が暴徒と魔道法院の役人の戦闘に巻き込まれて故障した時、仕方なく乗合馬車で王都に向かったあの時。あの時に同乗していたのが目の前のこの人物だった。その名前は……
「確か、そう、ポルカさん。ポルカ・ナイデルさんでしたよね」
「おお、名前を覚えて頂けるとは。ありがたい事です」
ポルカはミリアに対し、丁寧にお辞儀をした。
商人ポルカ・ナイデルは国でもかなり大手のナイデル商会の会長を務める人物だ。シルカの祖父のアルラーク商会とも取引があったらしく、シルカの事も知っていたらしい。
「ポルカさんは商売で?」
「ええ。マグナリアの街で取引がありましてね。丁度昨日カイオロス王国から帰って来た所なんですよ」
そう話すポルカ。確かに彼の後ろには御者の人が乗った
しかし、ミリアはそれ以前に、ポルカが口にした街の名前に注意を引いた。
マグナリアの街。
ミリアの目的のためには直ぐにでも向かいたいところ。だが、今回ばかりはシルカ優先である。
「次はサルベリンに向かう予定でして。これからギルドに護衛の依頼を出しに行くところだったんですよ」
目的地がサルベリン! これは願っても無いチャンス。ミリアはすかさず提案した。
「その護衛、私達がやります!」
「え?」
「ちょうどサルベリンまでの足がなくて困っていたんです。護衛は私達でやりますから、一緒に乗せて行ってください!」
「えっと、それくらいはお安い御用ですし、探す手間も省けてこちらとしても有難いのですが。本当によろしいので?」
「はい! では、仲間を紹介します!
えっと、エクリアとリーレ、それにカイトはもう知ってますよね」
「ええ。あの時の乗合馬車に同乗した方々ですね。もう1人女性がいたと思うのですが」
「シルカはちょっと訳あって今サルベリンにいるんです」
「ほう。それはあまり深くは聞かない方が良さそうですね」
商人的な勘だろうか。ポルカは特に追求する事なく話を変える。確かに、ミリアにしてもシルカが貴族令嬢と分かり、実家に呼び戻されたという事実から何となく面倒なトラブルが手招きしているような感覚にも陥っている。深く首を突っ込まないのは英断だろう。
「他のみんなは学園のクラスメイトです。
順にレイダー、ナルミヤ、レミナ、ヴィルナです」
「レイダー・ガルバンテスだ。一応、これでもグローゼンの第3王子なんだか、まあ今はただの学生だから気楽に頼むぜ」
「ナルミヤ・マリージアです。よろしくお願いします」
「レミナ・サンタライズ。ハーピー族。よろしく」
「未来の大魔道士ヴィルナ・アライナーズよ! 名前を覚えておけば将来役に立つかもね」
各々が個性的な挨拶をする。
ポルカはそんな面々を見回し、
「それでは折角ですからお願いしましょうか。一応代表者はミリアさんでよろしいですかな?」
「いい?」
確認するが、特に連れからは意見は出なかった。ヴィルナだけは何か葛藤するような様子もあったが、どうやら脳内で折り合いをつけたらしい。
「それでは、とりあえず冒険者ギルドに指名依頼を掛けますので、ミリアさんは一緒にお願いします」
「分かりました。エクリア、後は頼むわね」
「ここで待ってればいいの?」
エクリアの問いにはポルカが答えた。
「東区画北出口のところにナイデル商会のキャラバン隊がいると思うので」
言いながらポルカは懐から懐中時計を取り出してエクリアに渡す。見ればかなり古いもので、既に針は止まり時計としての役割は果たしていないようだった。
「これは?」
「ナイデル商会の創始者の遺産です。壊れているので売っても二束三文にもなりませんが、先祖代々の品なのでこれが当主の証になっているのです。
これを持って行って私が雇った護衛だと話せば乗せてくれるでしょう」
「分かりました。それじゃあ、先に行ってるからね」
そう言って、エクリア達は東区画の北門へと向かう。それを見送ってミリアはポルカと共に冒険者ギルドの方へと向かった。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇
冒険者ギルドは魔道士協会とも提携しているため、ポルカの依頼はすんなりと手続きが通った。依頼書をバックに入れて、そのままポルカと北門へと向かう。
「ほう、シルカさんがあのサージリア辺境伯の。なるほど。アルラーク商会の長女がサージリア家に嫁入りしたと聞いていましたが。シルカさんはその娘さんと言う訳なのですね」
「ええ。私を聞かされた時は驚きました。てっきり商人の孫娘としか思ってなかったのですけどね。
それにしても、どうしてシルカは自分が辺境伯家の令嬢だって事を隠していたんでしょうか」
「さあ。私にも詳しい事は分かりません。ただ、予想くらいはできますよ」
ポルカの言葉に興味深げにミリアは目を向けた。
「元々サージリア辺境伯家の現当主バラン卿にはアリマーと言う第1夫人がいらっしゃいます。バラン卿とアリマー夫人との間には子供が男女1人ずつ。本来ならば、この長男が家督を継ぐ事になります。
ところが、バラン卿自身魔法に携わる者としてはあまり優秀ではないと言われており、さらにその第1夫人もまた魔道とは無縁のような方なのです。そのため、こう言っては悪いのでしょうが、ご子息もあまり優秀ではないと聞きます」
「なるほど。だから前当主のバーンズさんはバランさんに第2夫人を据えたのですね」
「そう聞いています。その第2夫人、名はシルヴィア様と言いますが、シルヴィア様は名実共に高位魔道士と呼ぶに相応しい実力がありまして、その子供である長男のリュート様は既に魔道騎士団で国境の守りを任せられるほどだと聞きます」
王国は重点的な守りを置く地点は2箇所ある。1つは王都であり、そしてもう1つは国境付近。もし戦争になれば、国境付近が最初の戦場になる。国内に敵兵を踏み込ませないためにも国境付近の守りは非常に重要なものとなる。そのため、この国境沿いに派遣される軍は王国の軍の中でも精鋭中の精鋭。その軍の指揮を任せられるのだから、リュートがどれほど優秀かは言わずとも知れる。
「それに、シルカさんに関してはミリアさんの方が詳しいでしょう」
「まあ、そうですね」
ミリアは頷く。エクリアやリーレほどではないが、シルカの魔力はかなり高い。しかも『魔蟲奏者』と言う
「ここまで話せば自ずと分かるでしょう。優れた弟や妹がいれば、第1夫人側がどう思うかなど」
「そう言う事ですか」
ミリアも納得した。
これはそう、俗に言う『御家騒動』と言うものである。つまりはその長男や母親の第1夫人がサージリア家の家督を奪われるのではないかと警戒している訳だ。
全く持ってバカバカしい上に面倒くさい。ミリアは嘆息する。そして、自分が貴族じゃなくて良かったとミリアは心底思った。
「それにしても、ポルカさんは色々な事をよく知ってますね」
「はっはっは。商人は情報が命ですから。無論、ミリアさんの事も知っていますよ」
「どんな事ですか?」
「そうですね」
ポルカは顎鬚を撫でつけながらニヤリと笑う。
「先週に学園の魔法演習施設を破壊した事とか」
「げっ」
ミリアは思わずカエルが踏んづけられたような声を上げた。
確かに先週の
あくまでダメ元でやってみただけだったのだが、そこはやはり全属性特化。
流石の教官も呆然としていた。
結局、吹っ飛んだ魔法演習施設は修理が済むまで使用禁止となり、シルカの一件で大量に倒した魔蟲達の素材を換金して得た金は全て修理代に回す事になってしまった。
無論、ミリアはアルメニィから2時間あまり説教を喰らった事は言うまでもない。
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