第4話 ウィンディアでの足止め

『え〜、ウィンディア〜ウィンディア〜。終点です。

 お客様、お忘れ物なきようにお気をつけてお降りください』


 ヴァナディール魔法王国の東。多数の山々が聳え立つ山岳地帯。その中をまるで導線のように走る谷の中にその街はあった。

 風の精霊シルフの加護が特別強いのか、この谷には一年通して絶え間なく風が吹いている。春から夏にかけては南から北に、秋から冬にかけては北から南に。そのためか、いつしかのこの谷は『風の谷』と呼ばれるようになっていた。


 そんな風の谷に沿う形で作られた風の街ウィンディア。その一角に作られたヴァナディール鉄道の駅に停車した列車の客車から8人の男女が降りてきた。

 季節が夏という事もあり多少は薄着だが、風の谷は風の影響であまり気温が高くはならない。そのため、各面々は夏用の服の上に薄手の魔道士の外套を羽織っていた。その外套には正魔道士セイジを表すエンブレムとヴァナディール魔法学園の校章が掛かっていた。

 うち1人の銀髪の少女――ミリアがググッと背伸びをする。


「やっとウィンディアに着いたわね。えっと、ここからは乗合馬車だっけ?」

「そうだけど、流石に8人ともなると乗合馬車はキツそうだからね。あたしの名義で大き目の馬車を一台確保しておいたわ」

「さっすがエクリア! 頼りになる〜!」

「そうそう、料金は後で精算するからね」


 火の領主ロードの令嬢はしっかりしていた。


「う〜、侯爵令嬢なんだから少しぐらい太っ腹なところを見せてよ〜」

「あら、ミリアさん。女性に太っ腹なんて言葉は使ってはいけませんことよ」


 こんな時だけ貴族扱いするミリアに貴族のような言葉で返すエクリア。


「それに今はフレイシアが大変なのはミリアも知ってるでしょ。ただでさえ復興にお金がかかるんだから、お父様に迷惑はかけられないわ」


 そう。実はエクリアはあの邪竜ベルゼドの事件から今まで父グレイドからの仕送りを一切受け取っていない。グレイド自身はエクリアに送ろうとするのだが、エクリアが頑として受け取ろうとしないのだ。そのお金はフレイシアの街の復興に当ててくれと。

 なので、現在のエクリアの持ち金は実質精霊の休日の曜日などの休みに魔道士ギルドや冒険者ギルドの依頼報酬で賄っている。決して余裕のある立場ではないのである。






 風の街ウィンディアは風の谷を挟むように作られており、駅のある西側の区画と、隣国カイオロスや北と南の領地への入り口のある東区画に分かれている。その2つの区画を繋ぐのが、ウィンディアの空で風を受けて回る多数の風車と双璧を成す名物、谷を跨ぐ巨大なウィンディア大橋である。

 これから向かうサージリア領に行くためにはウィンディアの東区画から出ないといけないため、まずはその大橋を渡らなくてはならない。

 と言うわけで、ミリア達一行はそのウィンディア大橋のところまで来たのだが――


「あー、君達。悪いがここは今通行止だよ」


 橋の前にいる数人の衛兵に遮られた。


「あの〜、私達橋を渡りたいんですけど」

「うん、そうだね。我々としても是非ともこのウィンディアの街を象徴する大橋を渡らせてあげたいんだけどね。でもダメなのよ。危ないから」

「危ない?」


 やたら口調が軽い衛兵は少し横にずれて橋の方に目を向ける。ミリア達も覗き込むように橋の方を見た。




 そこにあったのは無残に真ん中が破壊されて通れなくなっている大橋の姿だった。




「あらまあ。これは見事に壊されてますね」


 あまり驚いているように聞こえない声色でナルミヤが言った。


「これはおいそれと簡単に直せそうにないわね」

「直るまで、この街で待ちぼうけ?」

「おいおいおい、一体誰がこんな真似しやがってんだよ!?」


 一緒に橋を見ながら状況を確認するヴィルナとレミナの2人の側で、1人でヒートアップしているレイダー。彼は性格上長々と待つのが嫌いだった。


「あの、向こう側に行ける方法はありませんか?

 俺達、サージリア領に行きたいんですけど」

「うーん」


 衛兵は橋を見ながら考え込む。


「しばらくは無理だなぁ。何というか、テロリストって言うの? そんな奴がいるらしくてさ。前に臨時の橋を架けたのにそっちも壊されたのさ」

「橋を架けたのにそっちも!?」

「うん。だからまずはそのテロリストをどうにかしないとダメだろうね」

「じゃあ早く捕まえてくださいよ。あなたも衛兵さんでしょ?」

「いやあ、僕はここを守るのが仕事だからね。捜査状況は魔道法院の役人さんに聞いてよ」


 何と言うか、締まりもなければやる気もない。何とも頼りない衛兵もいたものである。ミリア達はウンザリしつつ魔道法院のウィンディア事務所に向かった。




    ◇ ◆ ◇ ◆ ◇




「一般の方にはお教えできません」


 にべもなく断られた。

 まあ、本来ならこれが普通の反応なのだ。ミリア達はただの一学生に過ぎない。何かの依頼で申請してあったならばともかく、いきなり押しかけて捜査状況を教えてくれと言っても「はいどうぞ」となる訳がない。「では橋はいつ通れるようになるのか」と聞いても知らぬ存ぜぬの一点張りで、はっきり言って時間の無駄だった。


「ったく、魔道法院も融通が利かないわね、全く」

「あれが普通です。むしろリアナさんみたいな人が例外なんですよ」


 ドスドスと足音までも怒らせて歩くミリアにリーレは苦笑い。

 ちなみに話題に上ったリアナとはフレイシアを焼き尽くした邪竜ベルゼドの一件の際に知り合った魔道法院の上級捜査官で、主に王都周辺の事件を担当しているらしい。彼女にはグリエルと言う婚約者がいて、もう結婚の約束もしているそうだが、そちらはまだ実現できていない。ミリア達が聞いた限り、フレイシアの街に新しく作られる公園の銅像の前で式を挙げるのが夢なんだとか。ちなみにその銅像のモデルはミリア達エクステリアの3人娘であり、ただ恥ずかしいだけだった。


「とにかく、何とか向こう側に渡らないとね。

 仕方ない、例の作戦を使うか」

「例の作戦?」


 ミリアはチラリとヴィルナに目を向ける。その意図を察してヴィルナ頷き返す。よく分かっていないエクリアとリーレは頭の上にはてなマークを浮かべるだけだった。




 それから約30分後。ミリア達は風の谷を飛んでいた。いや、正確に言えば、ミリア達を乗せた大きな岩盤が飛んでいた。

 そう、これはミリアの地属性魔法とヴィルナの重力魔法の組み合わせ。前にも使った、岩盤を前に移動法である。


「……改めて思うけど、アザークラスってとんでもないわね」


 ヴィルナの固有魔法『重力魔法』を初めて見たエクリアの発言である。


「風も使わずにこんな大きな物を浮かせて飛ばせるなんてね。こんなの見せられたら風の魔道士達が青くなるわよ」

「そ、そうかしら」


 褒められ慣れてないヴィルナは必要以上に照れている。夢を見続けさせるのもアレなので、ミリアは現実を突きつける事にした。


「でもね、エクリア。実はこの魔法の使い方、1つ問題があってね」

「問題?」

「まだちゃんと止められないのよ。コレ」

「「へ?」」


 エクリアとリーレが「何を言っているのかよく分かりません」みたいな顔をする。そんな顔のまま、一同を乗せた岩盤は東区画の外れにあった物置に突っ込んだ。





「まあ、アレよね、うん。まだ要修行って事で」


 うんうんと1人で頷くヴィルナに埃を払いながら白い目を向けるミリアの親友2人。とりあえず突っ込んだ場所が良かったのか、特に怪我をした人はいない事が幸いだったと言える。


「……まるでミリアちゃんが2人いるみたいですね」

「はあ、早まったかしらね」


 ミリアのトラブル体質を思い、せめてそこだけは似てませんようにとエクリアは心底願うのだった。





    ◇ ◆ ◇ ◆ ◇





 予定では手配した大型の馬車の受け取りは翌日の朝となっている。

 ミリア達が東区画で一泊するために宿屋に向かうその様子を、街の物陰から覗いている男がいた。その男はやや呆然と彼女達の後ろ姿を見つめている。


「……まさかあんな方法で谷を渡って来るとは。

 これは一筋縄ではいかんな。アリマー様にお知らせせねば」


 男は咥えていたタバコを落として火を足で踏み消すと、そのまま街の陰へと消えていった。



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