第3章 シルカの退学危機

「一体どう言う事ですか!」


 そんな声が魔法学園の学園長室から飛び出してきた。

 もちろん、声の主人は押しかけてきたミリアのものである。ついでにカイトを始めとする他のアザークラスの面々も一緒に乗り込んできていた。


「あの月光蝶ムーンライトバタフライの一件は不問にすると決まったはずでしょう! どうして今になってシルカが退学なんですか!」


 身を乗り出す勢いで、と言うより学園長の執務机に乗り出して捲し立てる。流石にその勢いにアルメニィもタジタジだ。


「べ、別にまだ退学と決まったわけじゃない。それに私が決めたわけじゃないんだ」

「じゃあどういう事ですか! 納得いく説明をしてくれるまで引き下がりませんよ!」


 がるるるる、と唸り声が聞こえそうなミリアを後ろから「どうどう」とレミナとナルミヤが2人掛かりで

抑えていた。

 やれやれ、まるで猛牛みたいだなと本人が聞いたら憤慨しそうな事を思いつつ、アルメニィは首を振る。


「一先ず落ち着け。これじゃあ話もできん」


 アルメニィの言にむーっとむくれつつも大人しく引き下がった。


「さて、まず君達に確認したい事がある。

 君達はシルカ君のフルネームを知っているか?」

「シルカのフルネーム?

 シルカ・アルラークだったかと思いますけど。確かお祖父さんがアルラーク商会の会長をやっているとか」


 そうよね、と確認を促すと、同じアザークラスの面々も頷いた。

 ただ1人、シルカの幼馴染のカイト以外は。

 カイトは複雑な顔をしてこう答えた。


「ある意味正しいけど、ちょっと足りないな」

「足りない?」

「確かにシルカのお祖父さんはアルラーク商会の会長をしてるけど、あの人は母方の祖父なんだ。多分学園長が今回問題と考えてるのはシルカのお父さんの方だと思う」

「シルカのお父さんって……」

「バラン・フェルモス・サージリア。

 ヴァナディール王国北東に領地を持つサージリア辺境伯だよ」


 ピキッ


 空気が凍りついた。


「へ? 辺境伯? って事は、シルカって貴族なの?」


 鳩が豆鉄砲を喰らったような顔をするミリアにカイトは頷く。


「マジで?」

「マジだ。

 だから、シルカのフルネームはシルカ・アルラーク・サージリアって言うんだ」

「全然気付かなかった。だって、シルカって全然貴族様らしくないし。貴族って平民を見下して偉そうにしてるもんじゃないの?」

「偏見だ」

「偏見」


 言ったのはレイダーとレミナ。

 レミナは魔族の国にあるハーピー族の貴族サンタライズの令嬢で、レイダーに至っては後から知った事だったが、何と獣人の国グローゼンの第3王子。つまりは王族だった。それを聞いた時は正直ミリアも何かの冗談かと思ったものだ。

 何においても実力がモノを言う獣人族。次の王位もどうやら腕っぷしで決めるらしい。何という脳筋種族。レイダーも5人いる後継者の1人として勝ち抜くためにこうして努力を続けているのだと言う。王族も大変だとミリアは思った。


(よくよく考えたら、エクリアとリーレも侯爵令嬢なのよね。貴族の性格もやっぱり人によるってところかな)


 火の領主ロードグレイド・フレイヤードと水の領主ロードローレンス・アクアリウス。この国では領主の爵位は伯爵以上となっており、2人は共に侯爵の爵位を持っていた。つまり、その娘であるエクリアとリーレは侯爵令嬢。れっきとした貴族という事になる。

 だが、ミリアにとってエクリアとリーレとはエクステリアにやって来てからの付き合いだが、不快に感じた事は一度もない。むしろ、どちらかと言うとミリアのトラブル体質とベルモールの破茶滅茶なお使いに巻き込まれて迷惑をかけた事の方が多いかもしれない。


 そんな風に1人で納得していると、


「あー、1人で納得しているところ悪いが、話を続けてもいいかな?」

「あ、はい。どうぞ」


 待っていたアルメニィからの言葉にはやや非難じみた色が見られた。


「先日、そのシルカ君の父上であるバラン卿から書状が来てね。シルカ君がアザークラスに入った事をどこのルートかは知らないが耳に入ったらしい。

 落ちこぼれの集まりに娘を通わせる必要はないとさ。だから娘は学園を辞めさせて実家に戻そうと考えたようだ」

「失礼な話ですね。仮にも私達は大魔道アークベルモールから直接教えを受けてるんですよ。そのアザークラスを侮辱する事は実質灼眼の雷帝クリムゾンアイズを侮辱する事になりませんか?」


 憤慨するミリア。

 そこにレミナとナルミヤがフォローに入る。


「ミリア。多分、相手。分かってない」

「私達も自分に自信が持てたのは本当にほんの4ヶ月前ですからね。それまでは本当に落ちこぼれと言われても仕方がない状態でした」


 それを受けて、レイダーも肩をすくめる。


「まあな。俺も自分が何もできねぇクソだと焦ってたんだろうな。お陰で日々喧嘩ばっかりで生傷が絶えなかったぜ」

「まあ、今は別の意味で生傷が絶えないがな」

「違えねぇな。ガッハッハ!」


 豪快に笑うレイダー。やはりどう見ても王族には見えない。獣人の国の人はみんなこうなのだろうか。ミリアは心底そう思った。

 ちなみに、生傷の原因はもちろんデニスの特訓である。実戦形式が多いため常に負傷が付き纏うので仕方がない。まあ、その分確実に実力を上げている事は間違いないので2人からの文句はほとんど出ていない模様。


 とにかく、シルカは現在実家に戻っているらしい。

 ミリアは決断する。


「それじゃあ、長期休暇に入ったらちょっとシルカの実家のある街まで行ってきます。シルカの意図も確認したいので」

「そうしてくれると助かる。私もシルカ君ほどの才能ある魔道士をみすみす手放したくないのでな。一先ず、シルカ君は休学扱いにしておく」


 そう言って、アルメニィは手元の書類にポンと判子を押した。それはシルカの休学認定書類だった。これで直ぐには退学になると言う事は無くなったわけだ。


「さて、聞いての通り夏季休暇を利用してシルカの所に行って来るけど、みんなはどうする?」

「俺も行く。折角だから俺も実家に顔を出してくる」

「そっか、幼馴染って事は同郷って事だもんね」


 カイトの言葉にミリアは頷く。そこにさらにナルミヤとレミナ、レイダーも同行を申し出た。


「2人は実家に顔を出さなくていいの?」

「問題ない。シルカの方が心配」

「俺はどうせ帰るつもりもなかったしな!」

「実家には手紙で知らせておきます」


 そしてさらにヴィルナも、


「みんな行って私だけ行かないって選択肢は無いわね。さっさと引きずってでも連れ帰るわよ」


 結局は全員で押し掛ける事になった。




    ◇ ◆ ◇ ◆ ◇




 その日の放課後。

 学園都市にある喫茶店にミリアはエクリアとリーレのいつものメンバーでやって来ていた。


「へぇ、シルカってサージリア辺境伯のご令嬢だったんだ。人は見かけによらないものねぇ」

「エクリアも大概だからね」


 とりあえずエクリアに突っ込みを入れておく。


「サージリア家はバーンズさんが有名ですね」

「バーンズさん?」

「サージリア家の前当主です。元魔道騎士団の幹部クラスだったそうですよ。元々彼の力でサージリア家は辺境伯にまでのし上がったそうですし」

「じゃあ、シルカのお父さんも?」

「それが……」


 リーレは少し困った顔をした。


「あまり人様の事を悪く言いたくはないのですが、今の当主のバラン卿はあまり魔道士としても魔道騎士としても大した力を持っていないそうなんです。ですから、サージリア家の子供達もあまり優秀とは聞かないですね」


 魔力に関しては血筋も結構重要なファクターになっている。たまに突然変異みたいに一般の魔道とは何の関係もない人でも莫大な魔力を持って生まれる場合もあるが、それは本当に稀な事だった。


「あれ? でもシルカは?

 あの子、私から見てもかなりの魔力を持ってるように見えたんだけど。魔蟲奏者なんて固有能力ユニークスキルもあるし」


 シルカを知っている人ならば当然な疑問だろう。それに対するリーレの答え。


「多分、シルカちゃんは第2夫人の娘さんなんだと思います」

「あ、それはあたしも聞いた事ある。国境沿いの守りの要を務める辺境伯家で魔力がうまく引き継がなくて、それを重く見た当時の当主バーンズさんが高い魔力を持った女性をバランさんに第2夫人として嫁がせたらしいわ」

「じゃあ、その女性の子供が」

「うん、シルカなんだと思う」


 ふ〜ん、とミリア。貴族社会についてはそこまで興味もない。サージリア家の中の話は適当に切り上げて、今後の話をする。


「来週から長期休暇に入る訳だけど、ちょっとシルカの実家まで行こうかなと思ってるんだけど」

「サージリア辺境伯の屋敷がある場所と言うと、山間にある都市サルベリンか。風の街ウィンディアを経由する形になるわね」


 エクリアが地図を確認しながらそう言った。


 ウィンディアはヴァナディール魔法王国の東にある街で、風の領主ロードミレニア・エアリーズが治める地域の中心都市だ。この街までは鉄道が繋がっているが、ここからサルベリンまでは乗合馬車を使用しなくてはならない。


「エクリアとリーレは実家に帰る必要ある?」


 やや不安げなミリア。その目は明らかに出来れば一緒に行って欲しいとまで語っていた。やれやれとエクリアは苦笑する。


「いいわよ。どうせまだフレイシアの街は復興途中であたしが行っても邪魔なだけだし」

「私も構いません。お父様にはお手紙を出しておきますので」

「やった! ありがとう、2人とも!」


 ミリアは飛び跳ねるような勢いで喜んだ。その様子にまるで小動物みたいと微笑ましい気分になるエクリアだった。




 こうして、ミリアとエクリア、リーレにカイト達アザークラスの一同は、処女宮の月の最初の日、一路サージリア領へと向かう。



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