第41話 血晶石


「確かに俺が倒したスライムにもこんな石があったな。てっきりコアだと思ってぶっ壊しちまったが」

「私の担当した所のゴーレムにもこんなの着いてた」

「確か私の所のもかな」


 レイダー、レミナ、シルカの3人が赤い石を見つめながらそう言った。



    ◇ ◆ ◇ ◆ ◇




 巨大トレントを撃破したミリア達は風の竜ウインドドラゴンに乗って仲間達の後を追った。巨大トレントが瘴気の中心だったため、トレントが塵となって散った後はすっかりと瘴気の闇が晴れて元の姿を取り戻していた。残っていた瘴気を放つ魔獣達を残らず掃討し、風の竜ウインドドラゴンに乗って他のみんなの後を追った。

 他のメンバーは残り3ヶ所のポイントを分散して対応しているようだった。




 最初に向かうのはオグニードの北東。東にいたミリアから一番近いポイントだった。そこは山岳地帯でゴツゴツとした剥き出しの岩肌が広がっている。その一角に瘴気に覆われたエリアが存在した。その中心にはやはり赤い石が嵌め込まれた巨大なゴーレム。担当したのはレミナだった。

 勝負はほぼ一瞬でついた。

 レミナの固有能力ユニークスキル真言魔法で一言。


真言リルワーズ


 真言魔法は真言リルワーズから始まる3文節までの言葉をそのまま魔法として効果を及ぼす能力だ。つまり、『目の前の全ての』『ゴーレムは』『砕け散る』。この言葉がそのまま魔法として発動するのだ。哀れ、瘴気の元凶ともなっている巨大な黒いゴーレム、および岩壁が変質して生まれたゴーレム共々砕けて散った。赤い石もその際に砕けて散ったらしくその場には残っていなかった。


「相変わらず理不尽な能力よね、コレって」

「そんな事ない。真言魔法は言葉を全部言い切らないと発動しない。だからその前に邪魔されると使えなくなる」

「途中で言葉を切っちゃうと使えなくなるのか」

「そう。だから私にとってはミリアみたいなあらゆる間合いで戦える人は天敵。不意打ちでもしないと勝てない。でも……」

「ミリアって魔力感知能力がかなり高いから真言魔法使おうとすると魔力の動きでバレバレかもね」


 近くで聞いていたエクリアが言った。しかもこれまで本人は何も気にしてない様子だが、実はミリアが魔力を練り上げる速度は異常に速い。初級魔法であればほとんどタメがいらないくらいだ。おまけに初級魔法と見せかけて威力だけはその数倍の魔法が飛んでくるんだから初級魔法詐欺もいいところである。


「まあとにかく、次に行きましょう。次はここから東だっけ?」

『瘴気の嫌な気配が東から漂って来ています。間違いないでしょう』


 背に乗せてもらっている風の竜ウインドドラゴンがそう答えた。

 そして一路東へ向かって飛行する一向。その瘴気の発生源までは1時間ほどだったか。



 そこは本来ならば有数の観光地となるだろう場所にミリアは思えた。豊かな自然に囲まれた湖のほとり。美しい花々が彩りをもたらし、蝶などがヒラヒラとその蜜を集めに飛び回る。まさに、癒しを求める人には相応しい場所に思えた。


 本来ならば。


 今では瘴気に晒されて周囲の自然は植物の魔獣となるか枯れ果ててボロボロになっている。黒い瘴気が周辺までに漂い、豊かだった自然は無惨にも荒れ果てた惨状を晒していた。


「酷い……」


 リーレが呟く。果たして瘴気を払った後、ここは元の景観を取り戻せるのか。とにかく、まずは瘴気の元となるモノを排除しなければ。

 それは探すまでもなく見つかった。

 恐ろしい事に、湖そのものが巨大な漆黒のスライムと化していたのである。カイオロス王国で戦ったキメラスライムにも匹敵するほどのその巨体。その中心辺りに赤い石が緋色の輝きを放っている。


「あそこ!」


 レミナの指差す先にスライムと戦う2人の姿があった。担当しているのはよりにもよってレイダーとシャリアの赤獅子族兄弟だった。打撃や斬撃を主戦力とする2人に対して、その攻撃手段に対して絶対的な耐性を持つスライム。まさに相性最悪と言ってもよかった。


「パッと見たところ、マナスライムではなさそうね」

「ミリアの灼熱の閃光ブレイズレイなら一発じゃない?」


 確かに、マナスライムでないならば閃光の魔法でコアを撃ち抜けば一発だろう。ミリアの魔力ならば瘴気のガードがあっても大した違いはない。スライムのコアに指先を向け魔力を集中させる。

 と、その時だった。シャリアが巨大スライムに向かって突撃した。そして持っているダガーを一閃。その瞬間、その巨体が中央に向けてバッサリと裂けた。


「んなっ、今のって!」


 思わず驚愕の声を上げるミリア。

 今、シャリアの放った一撃は紛れもなく風の魔法が込められた魔光の一閃オーラスラッシュ。つまりは魔光術スペルオーラの一閃だったのだ。


「ミリアちゃん、シャリアちゃんにあの技教えたのですか?」

「少しだけ手ほどきをした程度なんだけど。私だってまだ完璧に使いこなしているわけじゃなかったし」


 驚いているミリア達の目の前で、真っ二つに裂けたスライムの中を一息で疾走したレイダーが魔光オーラを纏ったその拳を赤い石に叩き付け、木っ端微塵に粉砕した。




「驚いたわね。シャリア、いつの間にあの技を身に付けたの?」


 最後のポイントに向かう風の竜ウインドドラゴン達の上でミリアはシャリアに問いかけた。


「師匠の使っているのを見て私にもできないか見よう見まねで試していたんですけど、たまたまさっきの戦いで成功したんです。ただ、どうも私の魔力だとあの一発が限界っぽいです」


 仰向けのままエヘヘと笑うシャリア。魔力に関しては獣人には珍しくそこそこ高めなのだが、魔光術スペルオーラを扱うには少々不足だったようだ。


魔光術スペルオーラ魔光オーラと魔術を混ぜ合わせる時にもかなり魔力を喰うからなぁ。シャリアにはちょっと辛かったか)


 とは言え、と先ほどの戦いを思い返す。あの巨大スライムを真っ二つにするほどの規模の威力を叩き出したのだ。その辺りは褒めてやるべきだろう。


「ま、何はともあれ、よくやったわね、シャリア」

「エヘヘ。ありがとうございます、師匠」




 そして最後のポイント。そこは廃墟となっていた砦だった。

 赤い石を宿したのはレミナの担当した場所と同じく巨大なゴーレムだったのだが、その規模がまるで違った。なんと、その砦が丸ごとゴーレムとなって襲って来ていたのだ。

 担当していたのはカイト、シルカの幼馴染コンビと暴風竜テンペストドラゴンのルード。コアとなる赤い石はゴーレムの顔になっている城塞部分の中心で赤い光を放っていた。


「なんて言うか、攻城戦?」

「普通、ドラゴンがいるとは言えたった2人で攻城戦なんて有り得ないんだけどね」


 シルカの呼び出した飛行型の魔蟲達とまさに軍隊のように隊列を組んで地上を疾走する軍隊蟻アーミーアントの群れ。そこに巨大な拳を叩きつけようとしたゴーレムのその腕がズバッと断ち切られ轟音を立てて落下した。カイトの斬撃だった。


「カイトの魔光流動ストリームオーラもかなり練度が上がってるわね」

「まあな。デニス師匠に鍛えられたらそれくらいにはなるだろうよ」


 ガハハと豪快に笑うレイダー。

 その直後、ルードが放った滅風の息吹ブラストブレスが直撃し、瘴気を残らず吹き飛ばされゴーレムは仰向けに倒れる。間髪入れずにシルカは鎧百足アーマーセンチピード達を呼び出してその四肢を拘束した。


「今よ、カイト!」

「おう!」


 カイトが魔光オーラに包まれた剣の切先を赤い石に向け地を蹴った。そのまま空中に舞い上がり、一直線に頭部となっている城塞目掛けて突進した。尾を引く魔光オーラの輝きがまるで流星のようだったとシルカは後に語った。

 赤い石はカイトの剣に貫かれてゴーレムごと粉々に砕けて無くなった。



    ◇ ◆ ◇ ◆ ◇



 こうして、瘴気を生み出しているポイントを一通り潰したミリア達は、今後の方針を話し合うためにオグニード北部にある街で一泊する事にした。

 街の名はエージンと言い、やはり洞窟内にある街だが、街の規模はそこそこ大きめでオグニード北部では中心都市とも呼べる街らしい。


 そして話は冒頭に戻る。


「……この石から魔力が感じられるんだけど」


 じっと見つめていたエクリアがそんな事を言う。


「魔力?」

「うん。もしかしてこの石、『血晶石ブラッドストーン』なんじゃない?」


 血晶石ブラッドストーン

 その名の通り、魔道技術を使って血液を結晶化させて作られた石の事だ。この世界では血液には魔力を秘めており、その血液を結晶化させた血晶石ブラッドストーンは物凄く高純度の魔晶石として扱われる。

 当然、人の血液を使うものが正規の技術であるはずもなく、紛れもなく魔道法院によって厳重に取り締まられている禁止技術である。


「しかも、この魔力の質って……」

「リーレも気付いた? なら勘違いじゃなさそうね」

「何のこと?」


 顔を見合わせるエクリアとリーレに怪訝な表情を向けるミリア。そんなミリアに対し、至極真面目な様子でエクリアが告げた。


「この血晶石ブラットストーン。おそらくミリア、貴女の血で作られているわ」

「へ?」


 鳩が豆鉄砲を喰らったような顔をするミリア。


「わ、私の?」


 ミリアの問い返しに揃って頷く。


「この血晶石ブラットストーンから感じられる濃密な魔力といい感じといい。長くミリアと接していたあたし達なら分かる。間違いなく素材となっているのはミリアの血液よ」

「……」

「そう言えばミリアちゃん。以前魔法学園でルルオーネが問題になった時、その取り調べで検査のために血液を取られたって言ってましたよね。どれくらいの量を取られたんですか?」

「えっと、試験管3本ほど」


 聞いたリーレが大きくため息をつく。


「ミリアちゃん。それは明らかに取られすぎです。ルルオーネの検査は血液一滴あれば可能なんですよ」

「そうなの?」

「リアナさんに聞いたから間違いありません」


 ミリアは思わずやられたと頭を押さえた。つまり、あの時の取り調べをした魔道法院の男がダルタークと繋がっていたと言うこと。


(そう言えばベルモールさんが魔道法院の不正捜査官を駆除したとか言ってたわね。それってあの男の事だったのか……)


 それにしてもとミリアは思う。

 魔道界の法を司る魔道法院にまで手を伸ばすことが出来る組織。ダルタークが一体どれくらいの組織なのかとミリアの背筋に冷たいものが伝うのだった。




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