第40話 赤い石


 明けて翌日、予定通り暴風竜テンペストドラゴンのルード達の背に乗せてもらい、ミリア達は一路オグニード北部へと向かった。メーディアはミリア達が戻ってくるまでカラシーダの街に滞在していると言う。あまり待たせるのも気が引けるので極力早めに戻れるように努力しようとミリアは決心した。


「どう? 瘴気が湧いてそうなところ分かる?」

『ふむ、この先から不快な感じが漂ってきているように思う。それと不快な感じがする場所は1ヶ所ではないな』

「何ヶ所くらい?」

『……4カ所程かな。オグニードだったか。この国を囲むように存在しているような気がするな』

「オグニードを囲うようにか。奴ら、一体何を企んでいる」


 アニハニータの呟き。

 あくまでミリアの認識だが、瘴気を放つとはいえ魔獣にオグニードの正規兵が負けるとは思えない。前回ミリアが助けたのも地竜兵団の騎士10人、しかも新人が2人に対し、瘴気を放つ上級魔獣30体以上ときた。戦力的に不利だったから力を借したまで。数が同数、もしくは上回っていれば負ける道理はない。


「ヴェラさんの話ではオグニードの正規兵も地方に派遣して魔獣の捜索と討伐をこなしているらしいわね」

「まあ、根を断たないと終わりませんが」

「ヴェラさんはそれを私達に期待してるんでしょ」


 そんな中、隣の風の竜ウインドドラゴンのシルカの元に疾風蜻蛉ソニックフライが飛来した。

 疾風蜻蛉ソニックフライとはシルカの使役する蜻蛉フライ系魔蟲で、かなりの飛行速度を持った魔蟲だ。そして、空を飛行する風の竜ウインドドラゴンに追いつける唯一の魔蟲と言われている。


「……分かったわ、ありがとう」


 シルカが頭を撫でてあげると、ソニックフライはキュウと鳴き声を上げて離れて行った。


「今の魔蟲は?」

「ここから先の方で異変がないか偵察をお願いしてたのよ」


 固有能力ユニークスキル『魔蟲奏者』を持つシルカは魔蟲達と意思疎通ができると言う。なので、空を飛べる魔蟲達でオグニードの各地を偵察してもらっていたらしい。


「で、どうだった?」


 問われたシルカは前方を指差す。


「この先の森が濃い瘴気に包まれているって言ってたわ。で、そこから瘴気を放つ魔獣達が湧き出しているって」

「なるほど。どうやらそこが発生源のようね。ルード」

『分かっている。少し速度を上げるぞ。しっかり捕まっていろ』


 ルードがそう言った瞬間、グンっと後方に引っ張られるような感覚がミリアを襲う。慌ててミリアはしっかりとルードの鱗を握りしめた。

 眼下に見える景色が見る見る移り変わり、周りに浮かぶ雲がまるですっ飛ばされるように後方へと流れて行った。やがて地上の一角に漆黒の一団が見えた。間違いなく瘴気を放つ魔獣の一団である。


『わざわざ降りるのは時間の無駄だ。奴らは我らが吹き飛ばす』


 次の瞬間、その地上の魔獣集団目掛けて風の息吹ウインドブレス滅風の息吹ブラストブレスが叩きつけられた。魔獣は瘴気共々残らず吹き飛ばされ、後には抉れた大地だけが残った。


「流石の威力だけど、瘴気の発生源は森らしいからそっちは私達がやるわよ」


 ルード達に任せると森ごと吹き飛ばしかねない。森の生物達の棲家を奪うわけにもいかない。そう考えミリアはそう釘を刺しておいた。

 ちなみに、森ごと吹き飛ばしかねないのはミリアも同じである事は言うまでもない。


「見えた! あそこ!」


 眼下に広がる大森林。その一角、シルカの指さす先に闇が覆うように広がっている区画が存在した。近づくにつれ徐々にその闇は周囲へと侵食しているように見える。おそらく、瘴気を吐き出す魔獣とそしてその大元となる何かがそこに存在するのだろう。


「ここは私とエクリア、リーレの3人でいいわ。シルカ達はルードと一緒に他の地点へ向かって。こっちには風の竜ウインドドラゴンを1体残してくれればいいから」

「分かった。気を付けて」

「ルードもお願いね」

『任せておけ』

「よし、行くよ!」


 言うと同時にミリアは宙に身を踊らせる。後に続くようにエクリアとリーレもルードの背から飛び降りた。全身に風を受けながら降下するミリア達。見る見る大地を覆う緑が迫ってくる。

 この辺かな、とミリアは前方に手をかざして風の魔法を発動させた。それが逆噴射となり落下速度が緩やかになり、ミリアは森林を構成する木の太い枝に着地した。その側にエクリアとリーレも着地する。

 前方から感じられる濃密な魔素マナの反応。瘴気とは変質した魔素マナの事。つまり、この先に瘴気を生み出す何かがあると言う事。

 進行方向から溢れ出してくる瘴気を風の魔法で吹き飛ばす。森の中で周りの目が気にならないここならば魔道士である事を隠す必要はない。ミリア達は襲い来る魔獣達も容赦なく魔法で打ち倒しながら奥へと進む。

 やがて、一際濃度の高い瘴気が噴き出す場所に辿り着いた。


「くっ、何て濃い瘴気。これはいくら何でも異常だわ」


 立ち尽くすミリア達の前には、まるで黒煙のように噴き出す大量の瘴気。ミリアが風の魔法で吹き飛ばしてもほとんど焼け石に水状態だった。


(後から後から噴き出してくる瘴気だと打って終わりの風の魔法だとほとんど意味がない。常に効果が持続させる方法がないと……)


 ミリアは少し思案して頷く。


「やっぱりこれしかないか」


 そういうとミリアは手をかざし闘気を纏わせる。それと同時に闘気に融合させるのは風の魔法力。


魔光術スペルオーラ!」


 その瞬間、ミリアのかざした右手から凄まじい暴風が吹き荒れ出す。これならば瘴気を吹き飛ばしつつ元凶の元に辿り着けるはず。

 ミリアは地を蹴って一気に瘴気の奥へと突入した。そしてミリアは見た。その瘴気の奥に緋色の光を放つ拳大はどの赤い石を。


「あれが瘴気を生み出す元凶!」


 さらに踏み出し一息にその石を砕きに掛かるミリア。

 しかしその時、彼女は失念していた。瘴気を生み出す元凶の赤い石がソレがタダで済むはずがないという事を。


「!!」


 反射的に両腕に魔光オーラを集中させて身を守るミリア。そんな彼女の体を何かが勢いよく弾き飛ばしていた。


「ミリア!」


 ミリアの体は木を3本ほど薙ぎ倒してエクリア達の視界から消えた。


「エクリアちゃん、あれ!」


 リーレの声にエクリアは振り返る。


 その視界の先には見上げるほどの巨大な樹木の魔獣トレントが枝葉を広げて威嚇していた。そして、赤い石はそのトレントの額に当たる部分に埋め込まれていてのである。


「リーレはミリアの所に。ここはあたしが何とかする」

「分かりました。無理しないでね」


 そう言うとリーレはミリアが殴り飛ばされた先に向かって駆けて行った。それを見届けてエクリアは巨大トレントと相対する。


「さてと。言ったからには何とかしないとね」


 全身から瘴気を噴き出すトレント相手だ。長期戦になればなるほど不利になる。


「植物系魔獣には火属性魔法。火のロードの娘として、負けるわけにはいかないわ!」


 そんなエクリアに巨大なトレントは枝葉をざわつかせ、無数の葉をまるでやいばのように放ってきた。だが、そこは戦闘経験がそれなりに豊富なエクリア。すぐに火の魔法を発動させる。


業火の防壁フレイムウォール!」


 エクリアの目の前に盾となるように炎の壁が一度に3枚。それも瘴気対策に魔力を多めに注いだものが出現し、葉の刃を全て受け止める。さらに、蠢く地面から襲い掛かるトレントの根を剣で弾き返す。


「炎よ、刃と成れ! 煉獄の魔法刃レーヴァテイン!」


 エクリアは生み出した炎の壁に剣を突っ込むと術を発動した。その瞬間、炎の壁が割れ無数の炎の刃と化してエクリアの周囲を旋回した。これもエクリアの創作魔法オリジナルスペルの1つ、煉獄の魔法刃レーヴァテインだ。

 変化した炎の刃が閃光のように巨大トレントの本体を撃ち抜いた。爆炎を伴う通常の火属性魔法だと周囲の森にまで炎上しそうだが、この魔法であればその心配は少ない。焼き折れた枝が落ち、その右には無数の大穴が穿たれている。これなら、と思ったが、そんなエクリアの目の前で巨大トレントが耳障りな奇声を上げた。次の瞬間、その全身から瘴気が吹き出し、穿たれた幹から盛り上がるように蠢く肉のようなものが出現し幹の損傷を埋める。それだけでなく落ちた枝の部分にはまるで触手のようなものが生えていた。

 その姿たるやエクリアにとって生理的に受け付けないものだった。


「うぇぇ、気持ち悪い」


 あからさまに嫌な顔をするエクリア目掛けて無数の触手が襲い掛かる。エクリアは煉獄の魔法刃レーヴァテインで触手を撃ち落としながら巨大トレントに肉薄するが、傷をつければつけるほど触手が増えていきかなりジリ貧の様相を見せ始めていた。

 おまけに撒き散らされる瘴気が周囲の木々を侵食し、植物系魔獣トレントに次から次へと変質する始末。


「ヤバいわね。あたし1人だと手に負えないかも」


 と、その直後、ようやく援軍が到着する。炸裂音と共に周囲のトレントの数体が粉砕され、ひらりとミリアがエクリアの側に舞い降りた。続いてリーレも合流する。


「ごめん、エクリア。完全に油断してた」

「結構派手にぶっ飛ばされてたけど、怪我はない?」

「全身を魔光オーラと強化魔法を併用して守ったから大丈夫」


 地面から突き出されるトレントの根を踏み潰しながらミリアは言う。


「あのでっかいトレントの弱点はおそらくあの赤い石ね」

「そうね。ちょっとあたしの技量だとあの石を砕くのは厳しいみたい。枝から刃物のように飛んでくる葉っぱと地面から飛び出してくる根っこ、それにあの触手を迎撃するので手一杯だわ」

「攻撃役、迎撃役、それとサポート役に分担した方が良さそうですね」

「それじゃあ攻撃役アタッカーはミリアに任せるわ。あたしの実力だと難しそうだし」

「私とエクリアちゃんは迎撃とサポートに回ります」


 エクリアとリーレがそう言った。

 2人はある意味一般の騎士や兵士以上の実力を持ってはいるが、ミリアと比べるとまだまだ見劣りがするとそう感じていた。ミレーナの言っていたミリアの身体的特徴。全身を溢れ出る魔力が駆け巡っていて、常に身体強化魔法が掛かっているのと同じ状態。なので近接戦闘に関してはミリアの方が明らかに上。逆に迎撃となると細かい魔法制御のできるエクリアとリーレの方が適役と言えるのだ。


「分かった。じゃあ私はあの赤い石を砕くのに集中するから、あれの攻撃に対する迎撃はお願い!」


 ミリアは言うと同時に地を蹴った。そのミリアに対してトレントの葉と触手、根っこの波状攻撃が飛んでくる。


「させるか! あたしの煉獄の魔法刃レーヴァテインの力を見せてやる!」


 言って周囲に二桁の炎の刃を生み出し浮遊させるエクリア。射出されたその炎の刃は悉く巨大トレントの攻撃を撃ち落とす。ミリアの視界に赤い石までの道が開かれた。

 が、次の瞬間、巨大トレントの赤い石からミリアの行手を阻むように漆黒の瘴気が吹き出した。瞬く間に周囲へと広がっていく瘴気。


「リーレ!」

「お任せを! 氷結の天蓋アイシクルドーム!」


 地面に手をつくリーレを中心に巨大トレントを覆うほどの広さに魔力が拡散。その直後、バカバキバキと音を立てて地面から頭上を覆う天蓋が出現。瘴気を中に閉じ込めた。

 トドメはミリアの攻撃。左手より放たれた風の魔法が赤い石周辺の瘴気を残らず吐き散らす。ターゲットが見えた。ミリアはを振りかざした。


――魔光術スペルオーラ

   火焔掌撃!


 炎に包まれたミリアの右手は巨大トレントの赤い石を、その太い幹ごと抉り取った。直後、巨大トレントは断末魔の奇声を響かせて、黒い塵と化して虚空に散った。




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