第42話 敵の思惑


 血晶石ブラッドストーンがミリアの血液によって作られていた。その事実に流石のミリアも言葉が出なかった。

 その血晶石ブラッドストーンを見ていたシルカがこんな事を口にした。


「……何か術式が刻まれてる」

血晶石ブラッドストーン自体には瘴気を発生させる力はないからね。何らかの仕掛けが施されてると思ってたけど」


 テーブルの上でコロコロと指先で足をいじっているミリア。今はそこからは何も出てきてはいない。刻まれた紋章術の術式が何かは知る由もないが、それでも石そのままでは何の作用も起こさないらしい。


「この石はヴァナディールに持ち帰ってアルメニィ学園長に聞いてみようか」

「そうね。それが一番だと思う」


 『賢人』の異名を持つヴァナディール魔法学園のアルメニィ学園長。彼女であればこの術式がどう言うものなのか知っているかもしれない。

 血晶石ブラッドストーンに関してはこれくらいにして、今後の方針について話し合った。


「ルードによれば、瘴気の起点となる箇所は全て駆除されたらしいわ。後は残った魔獣を倒していけば自然に元の環境に戻ると思うけど」

「ならば後はオグニードの問題だからな。妾達の役目は終わりであろう。一先ずヴェラに話をしに行くか」




    ◇ ◆ ◇ ◆ ◇




 開けて翌日。ミリア達は風の竜達の背に乗り一路南に進路を取った。

 目指すはオグニードの都のレジンベル。オグニードの国としての王都であり、オグニードを支配する王が住まう場所である。王族であるヴェラは普段はこの街にいるとの事。レジンベルはオグニードのほぼ中央に位置する場所にあるらしい。ルード達の飛行速度ならば2時間もあれば着くとの事だ。

 飛行中、ミリアは難しい顔をして色々とノートにメモを書きながらああでもないこうでもないと呟いていた。ちなみに風の結界を張っているため、飛行中の風の影響はほとんど受けていない。


「何やってるの?」


 エクリアとリーレが覗き込んできた。ミリアのノートには何やら術式らしきものがつらつらと書かれている。見たところ風属性のものらしいが、エクリアとリーレには見たことのないものだった。


「これって風属性魔法の術式よね? こんな構成の術式は見た事ないけど」

「もしかして、創作魔法オリジナルスペルですか?」


 問われたミリアは少し微妙な顔でこう答えた。


「完全にオリジナルってわけじゃないのよね。

 実は、暴風竜テンペストドラゴン滅風の息吹ブラストブレスを術式化できないか考えてたのよ」


 聞いて目を丸くするエクリアとリーレ。

 考えた事すらなかった。

 確かに風の竜のブレス攻撃は風の魔法よりもずっと威力がある。特に上級竜である暴風竜テンペストドラゴンのブレスともなれば、魔道士の放つ豪風サイクロン級の魔法よりも高威力だろう。だが、ドラゴンの特殊攻撃であるブレスを魔法術式で再現するなど可能なのだろうか?


「私はやれば何でもできると思ってるし。月光蝶ムーンライトバタフライ極彩色の幕布オーロラカーテンだってできたしね。

 てか、これももう少しなんだけどね。大気を一点に巻き込んで圧縮し、それを前方目掛けて放出する。それが滅風の息吹ブラストブレスの原理なんだけど、暴風竜テンペストドラゴンが使うくらいまでの威力に圧縮するのが難しくて」


 聞いて耳を疑うエクリア。


(……一応再現はできてるのか。後は威力が足りないだけで)

『……我らのアイデンティティが無くなりそうだ。恐ろしい娘だな、お前は』


 そう呟いて苦笑するルードだった。


 




 街を飛び立って1時間ほどした辺りで突然ルードが険しい顔をして口を開いた。


『……妙だ』

「何が?」

『南の方から瘴気の気配がする』

「南って、レジンベルの方よね。さっきまでは何も感じなかったの?」

『瘴気を放ち始めて間もない場合はまだ風に乗って漂ってこないのだ。この感じだと放ち始めたのは一両日中だな』


 直後、ルードの視線が鋭くなる。


『前方に何かが飛んでいるな。数は24体ほどだ』

「24体。結構多いわね」


 エクリアがルードの言葉を受けてそう呟く。対して、その意見にレミナが横槍を入れた。


「待って。敵は多分オグニードの飛竜兵団かもしれない。ならば騎竜と騎手2体で1組と考えられる」

「それもそうか。となると12騎だから中隊規模の集団って事ね」


 言っている内に前方に敵兵士の影が見え始める。確かにワイバーンライダー達に間違いなさそうだ。

 向こうもミリア達に気づいたか、すぐに進路を変える。


「あっ、逃げる気か!」

『逃がしはせん。速度を上げるぞ。しっかり捕まっていろ!』

「えっ、ちょっ、わっ!」


 言うと同時に一気に急上昇。雲を見下ろすほどの高さまで舞い上がると、そこから一気に急降下した。その速度は通常飛行など比べ物にならないほど。まさに風を切るどころか風を置き去りにするほどの速さであっという間にワイバーンライダー達との距離を詰める。何とか追跡から逃れようと旋回を繰り返すがルード達からは逃れられなかった。

 よろよろとルードの背中からミリアが顔を出す。風の竜達の高速移動と急旋回に振り回されて完全にグロッキー状態になっていた。


「うう……酷い目にあったわ」


 そしてギロッと前方で戸惑うワイバーンライダー達を睨みつけた。


「これもあんた達が逃げようとするから」


 完全に目が座っているミリア。さらにはゴゴゴゴゴと効果音が鳴りそうなほどミリアからとんでもない魔力が溢れ出す。


「ち、ちょっとミリア」

「大丈夫、分かってる。ちゃんと1騎くらい残すから」

「いや、そうじゃなくて」


 鎮まりたまえ〜と言った感じのエクリアだったが、そんなのでは収まりがつかないミリア。


「折角だから試し撃ちしてやる」


 言ってミリアは前方に両手をかざす。右手は上に、左手は下に。その両手で大気をかき混ぜるように回しながら胸元へと持ってくる。すると、まるで大気がミリアの胸元に巻き込まれるように渦を巻き、その一点へと結集。ミリアの頭の二回りくらいの大きさの大気の球体が出現した。


「この球体を圧縮する!」


 両手で押さえつけるように両手の距離を近づけていき、やがて左右の手を一つにして握った。そして――


「喰らえっ! 暴風竜の砲撃テンペストブラスター!」


 声と同時に、両手で竜の口を作るようにして前方に向かって開いた。その瞬間、圧縮されていた大気が前方に開かれた出口から解放。大気を引き裂くような音と共にその破壊の力が敵目掛けて殺到する。

 魔道士である事を隠すと言う方針はどこへやら。明らかに魔法としか見えない巨大な大気の奔流が一直線にワイバーンライダー達を巻き込んで吹き飛ばしてしまった。


「何て言うか、とんでもない威力ね」

「今のを格闘技の技と言うには無理があるかも知れぬな」


 呆れ気味なシルカとアニハニータ。

 だが、一方のミリアは不満顔。そして一言。


「思ったほど威力が出なかった」

「はあ!?」


 目を剥くシルカ。今の一撃は明らかにルードの放つ滅風の息吹ブラストブレスに匹敵するくらいの威力があった。なのに不満だと言う。

 ハッとしたようにエクリアが尋ねた。


「ミリア。まさかと思うけど、風の竜王ラクジャークさんのブレスを参考にした?」

「うん。どうせなら最強の威力を出したかったし」

「……」

『……聞かなかった事にしておこう』


 まさか目標は風の竜王のブレスだったとは。

 威力第一主義。最近は治ったかと思ったがまた再発したか、とため息を吐くエクリアだった。


「それより下を見てください」


 リーレの声に従い目を地上に向けると、見覚えのある姿が目に入った。それはヴェラに仕えていた執事のマグザと数人の地竜騎兵だった。


「おお、やはりアニハニータ陛下でしたか。ここで会えて幸いでした」

「お主はマグザではないか。なぜこんな所におる? ヴェラはどうしたのだ?」


 怪訝な顔をする一同に、マグザは深々と頭を下げた。


「どうか、ヴェラ様を救うためにお力をお貸しください」

「ヴェラさんに何かあったの?」


 尋ねるミリア。その後、マグザに聞かされた話は想像だにしないものだった。


「皆さんがガルバノン砦より旅立ったのち、私達はレジンベルに戻りました。その翌日でしたか。突如レジンベルに敵の襲撃があったのです」

「敵って、あの飛竜兵団?」


 ミリアは首を傾げる。

 言っちゃ悪いが、ミリアにはあの飛竜兵団は全く評価していない。実際に実力を見たわけではないものの、『賢者ソーサラー』の魔道士ランクを持つヴェラが率いる部隊が負けるとは到底思えない。

 そんな疑問に対して、マグザの答えがこれだった。


「実は、レジンベルにはほとんど兵士が残っておりませんでした。全部隊のおよそ8割が各地で暴れる魔獣の対処に追われていまして。レジンベルに残っていた兵士はおよそ500人。対し魔獣を含め三桁以上の数の魔物が襲撃をかけて来たため完全に防ぎ切る事ができなかったのです」

「……なるほど。あのオグニード北部で暴れ回っていた魔獣達は兵士をレジンベルから引き離す囮の役目も果たしていたわけか」


 オグニード北部4ヶ所にも分けて瘴気を纏う魔獣を生み出すポイントを仕掛けていたのはヴェラ配下の正規兵を分散させるための策略。これこそが敵の思惑だった。

 姑息な真似を、とアニハニータが呟く。


「じゃあ、今のレジンベルは敵に占領されている状態って事ですか?」


 ミリアがそう尋ねると、マグザは首を振った。

 そして、衝撃的な事実を口にしたのである。



「占領ならばまだマシでした。奴らはどこから入手したのか、真っ赤な石を持ち出してきまして。その石を効果なのか、レジンベルの街全体を迷宮魔獣ダンジョンに変えてしまったのです」


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