第43話 迷宮魔獣


 迷宮魔獣ダンジョン

 それはスライムなどの不定形魔獣の一種と考えられている。

 ダンジョン自体が1つの魔獣であり、金銀財宝などをエサにして獲物を中に誘い込み、内部で生み出した魔獣や罠を使って仕留めて自己の養分とする。そしてそれを糧にして階層も深く、広大なダンジョンに成長していくと言われている。

 ちなみに、迷宮魔獣ダンジョンはマナスライム同様に大気中の魔素マナを取り込む事も出来るため、放置しているとマナスライムほどの速さではないが成長する。そして餌としている金銀財宝は外に出しても消滅しないため、利益のためにある程度成長するまで放置する事もよくある話。


「なるほど。それがレジンベルの街が変貌したと言うわけですね」


 あまり魔獣の事についてよく知らないシャリアがうんうんと頷きながら言う。


「本来、生まれたての迷宮魔獣ダンジョンは1階層しかなく、広さも小さな村程度なんだけどね。でも今回は……」

「ダンジョンコアにミリアちゃんの血液から作った血晶石ブラッドストーンが使われてますので……」

「最初から大迷宮になってる可能性があるわけか」


 莫大な魔力が込められたミリアの血晶石ブラッドストーン。本人は預かり知らぬ事だが、その込められた魔力量は通常のダンジョンコア数年分に匹敵する。そんな超魔力で生み出された迷宮魔獣ダンジョンなのだから、最初から5階層以上の広大な迷宮になっている可能性があった。


「ヴェラが心配じゃ。一先ずレジンベルへ向かうぞ」


 アニハニータの言葉にミリア達は頷いた。






 空を舞う風の竜達。マグザを助けた場所からレジンベルまで2から3時間くらい掛かるらしい。しかしその距離をルード達はわずか30分で踏破してしまった。


「あれがレジンベルか」


 山肌にぽっかりと口を開ける入り口。やはりオグニードの首都として見栄えにこだわったのか。その入り口は立派な門のような装飾が施されていた。

 周辺に竜人族ドラゴニュートの兵士達の姿が見える。その近くには地竜ラウンドドラゴン達が思い思いに寛いでいた。どうやら地竜兵団が今後の方針について相談しているらしい。

 ミリア達はその入り口付近に風の竜達と共に舞い降りた。

 いきなりの事に呆然とする地竜兵団の一同。まあ無理もない事だろう。


「何者だ!」


 ハッとした地竜兵団の隊長クラスらしい装飾の鎧を着た兵士がミリア達に向けて槍を突きつけた。


「この方々はヴェラ様の御客人だ。そんな物騒な物を向けるな!」


 マグザの一喝で兵士達が静まり返る。流石は元親衛隊長。迫力が違う。

 と、その時、その後ろから1人の竜人ドラゴニュートが駆け出してきた。


「マグザ様。お帰りになられたのですね」

「ええ。運良くミリア殿達と早めに合流できました。これよりヴェラ様の救出に向かいます。

 ですので現在の状況をお聞かせ願えますかな」

「はい。実は我々地竜兵団も何班かに分けて迷宮攻略に乗り出したのですが、なにぶん広い上に敵が強く、第2階層にたどり着いたところで退却してきたのです」

「第2階層ですか」

「出て来る魔獣は軒並み瘴気を纏ったものばかりで。ただのゴブリンにすら苦戦する始末です」

「そうですか。女性に被害は?」

「そちらは大丈夫です。今回突入したのは男性ばかりでしたので」


 ほっと安堵する。

 小鬼ゴブリンと呼ばれるものは大まかに分けて2種存在する。

 片や知性が低く本能のままに行動し、種族として劣化したのかオスしかおらず他の種族の女性を母体として繁殖するもの。こちらはこのサーベルジア含めどの国でも討伐対象として扱われる。

 もう1つは知性があり独自の文化を形成しているもの。こちらはサーベルジアのメルキャットにて妖魔族の一種として扱われている。こちらはモンスターとは違い、オスとメス両方が存在するため他の種族を襲うことはない。それどころか基本的に温厚で争いを好まないくらいだと言う。


 それはともかくとして、そんなゴブリンですら瘴気を纏うと手に負えないレベルになるとは。


「つまり、まだこの迷宮ダンジョンが何階層あるかも分かってないと言う事か」

「申し訳ありません。我々にもう少し力があれば」

「まあ、本来瘴気を纏うような魔獣は簡単に遭遇するはずがないからな」


 アニハニータと隊長が話すのを横で聞いていたミリア。後ろにいたリーレに声を掛けた。


「リーレ、階層調査お願いしていい?」

「分かりました」


 さらっとそんな事を言うミリアとリーレに対し、「何を言っているんだろう、この2人は」みたいな目を周囲から向けられる。

 そんな視線を気にもせず、リーレはレジンベルの入り口前に立って手を広げた。


「行きます」


 言うと同時に、リーレの両手から真っ白な冷気が放出されレジンベル内部に吹き込まれた。


「あの、一体何を?」

「説明は後でしますので、今はリーレの邪魔をしないように」


 声をかける兵士をミリアが遮った。兵士は不満そうな顔をしたが、特に何も言わずに引き下がった。



 それから数分後。ようやくリーレが目を開けて一息つく。


「階層数は3。それぞれ広さは第1階層がかなり広く、町1つくらい。第2と第3階層はそこまで広くはありませんが王城くらいの広さですね」

「なるほど。レジンベルの街がそのままダンジョン化したと考えて良さそうね」

「一つ言い間違えました。最低3階層です。残念ながら、それ以上は瘴気のせいで解析不能でした」

「そっか。まあ仕方ないね」


 そんな事を話しているミリア、エクリア、リーレのいつもの3人組に対して唖然と目を見開いている他の面々。


「……え? 今何をしたんだ?」

「こんな短時間で迷宮の解析を?」


 あ〜、こりゃあ、やっちゃったかな、と頭をぽりぽり掻いているミリア。


「リーレ、悪いけど説明お願い」

「あ、はい。これは私が見習いマージ時代に開発した魔法でーー」




 リーレの言うにはこうだった。

 この魔法は洞窟や迷宮の探索に使う魔法で、自らの氷の魔力を風に乗せて洞窟や迷宮に吹き込ませる。魔力を自らの一部と見なす事により、魔力の広がりと感じられる場所などから迷宮の階層の数や広さなどを特定する、との事。


「ベルモールさんからの依頼で何度か迷宮ダンジョンに遭遇する事がありまして。危険を犯したくなかったから試行錯誤して完成させたのがこの魔法なんです。名前はまだありませんが」

「薬の材料が迷宮ダンジョンの中にしかない事もよくあったし。事前に対策を練るのは当然なのですよ」


 えっへんとドヤ顔をするミリア。しかし魔法を行使しているのはリーレだったが。


「ちなみにこの魔法はミリアは使えるの?」


 ふと思った質問をしたシルカに対し、エクリアとリーレは揃って目を逸らす。


「ミリア?」

「あははは。まあ試した事はあるんだけどね」


 返答に困ったように乾いた笑い顔。

 リーレが続ける。


「この魔法は風に乗せる魔力を極力薄く広くを心掛けないといけないんです。知っての通り、迷宮ダンジョンに出没するモンスターって迷宮ダンジョン自体の魔力によって生み出されているじゃないですか」

「ミリアって当時は今以上に魔力の制御が下手でね。魔力を送った途端に中のモンスターが一気に凶暴化しちゃったのよね」


 あの時は大暴走スタンピートが発生する直前だったわね、とエクリアが笑う。他の面々からすれば笑い事どころではない。

 迷宮ダンジョンと呼ばれるモンスターのもう1つの特徴。迷宮ダンジョン内のモンスターは迷宮自体のランクが上がるたびに内部のモンスターを入れ替える。その際の入れ替え方法が問題で、なんと迷宮内部にある全モンスターを外に放出するのだ。当然迷宮が成長するための魔力はこのモンスター達にも影響を与えていて通常よりも強く凶暴になり、外に出た途端に暴走する。それが一般に大暴走スタンピートと呼ばれる現象なのである。当然ランクの高い迷宮ダンジョンほど大暴走スタンピートの規模が大きくなるのは言うまでもない。


「その時は大暴走スタンピートは起きなかったのか? 直前だったって事は抑えられたって事なんだよな」


 カイトの言葉にエクリアとリーレがミリアに目を向ける。

 ミリアは頬を掻きながら、


「あ〜、あの時はまだまだ未熟だったのよね。大暴走スタンピートの前兆に半ばパニックになっちゃって。魔力封印が壊れるくらいに魔力を爆発させちゃったのよね〜」


 あははと笑うミリアにエクリアとリーレが言葉を付け足した。


「ミリアの魔力が暴走したその瞬間、迷宮ダンジョン内に送り込んでいた魔力も一斉に膨れ上がってね。内部から大爆発。迷宮ダンジョンは跡形もなく消し飛んだわ」

「私達は慣れてたし、調査に来てた冒険者達もそれなりに腕が良かったみたいで死者は出ませんでしたが、残ったのは怪我人多数と大地を穿つ巨大なクレーターでした」

「薬草を採りに迷宮ダンジョンに向かったはずなのに迷宮ダンジョンそのものを吹っ飛ばしたんだから、流石にあの時はベルモールさんにも怒られたわね」


 苦い思い出に苦笑するミリア達だった。


「と、とにかく。この迷宮ダンジョンの階層は最低3階層って事だな。しっかり準備して進むとしよう」


 こうして、ミリア達は迷宮ダンジョンとなったレジンベルの街に慎重に踏み込むのだった。



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