第44話 迷宮攻略〜第一階層〜


 迷宮魔獣ダンジョンと化したレジンベルの街の第1階層。リーレの言う通りかなりの広さがあるように見受けられる。巨大な洞窟内に数々の建造物が並ぶ、まさに洞窟内の街だ。

 しかし、今は人の姿はなく、大気には薄っすらと瘴気の黒が混ざっている。濃度的にはかなり低い状態だ。ここなら普通に行動できる。


 そんな第1階層なのだが、ここで改めて全員が思い知る事になる。

 そう。反則チートの仲間はまた反則チートなのだと言う事を。


「皆さん、迷宮には多数の罠が張り巡らされています。

 我々地竜兵団もかなり苦しめられていました。特に、即死罠デストラップと呼ばれるものには注意してください。文字通り、引っ掛かったら死にますので」


 先頭で慎重に歩を進めながら地竜兵団の隊長が言った。この調子だと、結構即死罠デストラップに仲間達を削られたんだろうなとミリアは思った。


「エクリア、頼める?」

「ええ。リーレ、ちょっと手伝って」

「はい」


 言って、床に手を付くエクリア。その肩にリーレが手を置いた。やがてリーレの体を青い魔力が覆い、そこからエクリアに向かって流れて行く。


「……ありがとう。大体分かった」

「じゃあ、お願いします」


 エクリアは頷き、自らに宿る赤い火の魔力を解放した。


「行けっ!」


 それはまるで地と天井を這うように広がる火のベールのようだった。それが一気に前方の街のように見える迷宮の全てに広がり覆い尽くす。

 その次の瞬間、前方の至る所で何かの仕掛けが作動するような、または地面がひっくり返ったりした轟音が響き渡った。


 呆然とする一同。


「あ……え? い、今のは?」

「あたしの魔力に物理的な作用を持たせてこのフロア全体に放ったのよ。多分今のでこのフロアの物理的な作用の罠も魔力的な作用の罠も予め作動させたから罠の位置は見て分かるようになってるはずよ」


 リーレの解析魔法と同じでこれもあたしのオリジナル。名前はまだないけどね、とエクリアが胸を張った。


「ちなみに私がやったら――」

「ミリアちゃんがやったら魔力の使い方を間違えて迷宮ごと吹き飛ばしましたね」


 ミリアを遮ってリーレが言った。爆発オチは変わらなかったらしい。ちなみにこの時も怪我人多数で大惨事だった事は言うまでもない。




 気を取り直して再び奥へと進む一行。

 エクリアの言った通り、確かに一度作動した罠は作動した跡が残っているので物凄く分かりやすかった。我々の苦労は一体なんだったのかと嘆き節が聞こえたが、あえて聞こえないふりをした3人だった。


 しばらく進むと地竜兵団の隊長が足を止めた。どうやら迷宮魔獣ダンジョンが生み出した魔物が迫ってきているらしい。


(……足音は軽い。多分ゴブリンね。数は30体くらいかな。結構多いわね)


 そんな感じで警戒しているミリアと同様に竜人ドラゴニュートの隊長は緊張をその顔に浮かべながら配下の兵士達に指示を出す。槍を構える兵士を前衛、魔道士を後衛に配置したところで敵の姿が見えてきた。


「うわぁ、本当に真っ黒ね」


 思わずそんな言葉が漏れる。

 現れたのは漆黒のゴブリン。一応ゴブリンにもブラックゴブリンという種族がいるのだが、その色はどちらかというと褐色に近い。しかし今目の前に現れたのはまさに闇の色とも呼べるほどに漆黒。闇小鬼ダークゴブリンとでも呼ぶべきか。無数の赤く光る目が迷宮ダンジョンの闇に浮かび上がっていた。


「ギシャアアァァ!」


 ダークゴブリン達が奇声を上げながら襲い掛かってくる。それを竜人ドラゴニュートの兵士達が受け止めた。金属を叩く鈍い音が響き、兵士達が後ろに押し戻された。小柄な見た目に反してかなりパワーがあるらしい。

 とは言え、攻撃を受け止めて動きを止める事には成功した。次の瞬間、後衛の魔道士隊から一斉に魔法が放たれる。火炎弾や氷の槍が撃ち込まれ、流石のダークゴブリン達も数を減らしていく。

 このままなら問題なさそうと思った直後、反射的にミリアは向かって左方向に豪炎の閃光フレイムレイを放った。閃光は左側の建造物の壁を貫きその奥にあったものを消し飛ばした。ガラガラと崩れる壁の残骸とドサっと倒れてそのままチリとなる下半身のみとなったダークゴブリン。その周囲には動揺するダークゴブリンと、大きなハンマーを担いだ大柄なダークゴブリンがいた。


闇小鬼戦士ダークゴブリンウォーリアか」

「壁を砕いて奇襲しようと考えていた訳ね」


 見たところダークゴブリンが30匹にウォーリアが2匹。こちらが本命の可能性が高い。


「ミリア殿!」

「こちらは私達で対応します!

 皆さんは前からの敵に集中してください!」


 ミリアの言葉と同時にエクリアが崩れた壁からその中目掛けて火球を投げ込んだ。轟音と共に火柱が建物から立ち昇る。粉塵が舞うその奥から小柄なダークゴブリン達がわらわらと飛び出してくる。瘴気を纏っているために火球の威力が減衰したのか、数はそこまで減らせなかった模様。

 ならばとミリアはリーレに指示を出す。


「リーレ、氷の魔法で出口を塞いで!」

「分かりました! 氷結の檻アイシクルケイジ!」


 リーレの魔法が発動し、ダークゴブリン達が飛び出して来た建物を囲うように地面から氷の柵が出現した。柵の隙間から這い出て来たダークゴブリンを優先で叩き伏せていく。


「一斉に襲われなければ何の問題もないな!」


 なんて言いつつ生み出した魔力の剣で一瞬の内に5体のダークゴブリンを斬り倒すアニハニータ。さらに氷の檻を力づくで抜けてきたダークゴブリンウォーリアに向かう。気づいたダークゴブリンウォーリアはアニハニータに向かってハンマーを振り上げるがもう遅い。アニハニータの魔力剣が一閃し両腕がハンマーごと斬り飛ばされ、返す刀で脳天から股下までに斬り下ろされ敵は真っ二つになって消滅した。

 そしてもう1体のダークゴブリンウォーリアの方もあっという間に決着が着いた。ミリアに襲い掛かったダークゴブリンウォーリアだったが、振り下ろしたハンマーは何とミリアの左拳と衝突して粉々に砕け散った。その衝撃で仰け反ったダークゴブリンウォーリアに向かってミリアは右拳を叩き込んだ。


――魔光術スペルオーラ、火焔砲撃!


 ズドンと言う鈍い音と共にダークゴブリンウォーリアの背中が爆ぜ、そこから強烈な炎が貫いていた。塵となって消滅するダークゴブリンウォーリアを一瞥し、さらに奥を見据える。まだまだ敵の数は多い。

 何だか面倒くさくなってきたミリア。


「……迷宮ダンジョンの中なら敵の目もないでしょ」などと呟き、一気に魔力を解放する。そして、


「吹き飛べ! 灼熱の爆裂弾ブレイズフレア!」


 放たれた魔法がダークゴブリンの群れの中心で炸裂。瘴気の防御など何の意味もなくダークゴブリンの群れは周囲の建造物ごと跡形もなく消え去った。


「よし、魔道士たるものやっぱりこうでなくちゃね!」

「身も蓋もないな」

「何というか、敵が可哀想になるレベル」


 残りのダークゴブリンを叩き伏せながらカイトとレイダーがぼやいていた。

 そんな中、ミリアの様子を眺めていたエクリアとリーレが顔を見合わせてぼそり。


「……あたし達もやろうか」

「そうですね。ここなら敵の監視もないでしょうし」


 今度はエクリアとリーレが大暴れし始めた。


灼熱の豪雨ブレイズレイン!」

氷結の豪雨アイシクルレイン!」


 地竜兵団が喰い止めているダークゴブリンの群れ目掛けて降り注ぐ炎と氷の雨。対消滅してもおかしくない光景だが、そこは気心が知れた2人。絶妙な距離感でダークゴブリン達に絨毯爆撃を仕掛けた。多数いたダークゴブリン達は瞬く間に数を減らし、残りは地竜兵団が倒して戦闘終了。


「よし、先に進むわよ!」


 ミリアが先頭に立ち突き進むヴァナディール魔法学園の生徒達。そんな姿を呆然と見つめる地竜兵団隊長はこう呟いた。


「……何なんですか、あの人達は。アレでまだ学生って嘘ですよね?」

「嘘みたいな本当の話です。魔道士達はベルモール氏に、戦士達はデニス氏に鍛えられたそうですよ」


 マグザの言葉に隊長達は目を剥いて驚いていた。


「あの話に聞く『雷帝』ベルモールと『破壊者デストロイヤー』デニスですか。なるほど、それならまだ納得できる気がします」

「それに、ミリアは妾の甥っ子じゃからな。強くて当然じゃ!」


 そう言って自慢げに笑うアニハニータだった。



 その後、次の階層への入り口目指して突き進むミリア達。

 一直線。それは比喩でも何でもない。時間が惜しい事もあり、迷宮攻略が面倒くさくなった事も一部あり(ミリア曰く、あくまで一部との事)、立ち塞がるダークゴブリン、ダークオーク、ダークオーガなどを蹴散らし建造物を破壊しながら文字通り一直線に突き進んだのである。

 地竜兵団の兵士達にとって見慣れたレジンベルの街に瓦礫の通路を作りながら進軍するミリア達に流石にドン引きしていた。


「う、美しかったレジンベルの街が……」


 思い詰めて泣き出す兵士もいる始末。やれやれと言った感じでアニハニータもフォローに入る。


迷宮魔獣ダンジョンとなったものはその時点で魔獣の一部と成り果ててしまっている。つまり、迷宮の核ダンジョンコアを壊した時点で迷宮ごと崩れて無くなってしまうのだ」

「では、迷宮になった時点でこの街は」

「うむ。だがそこまで気に病むな。街はまた作れば良いが、命はそうもいくまい。今はヴェラを救う事を第一に考えねばな」

「確かに、その通りですね」


 しっかりと前を見据え進み始める地竜兵団達。それを見て「これなら大丈夫かな」とアニハニータも後を追うのだった。



 それから30分もしない間に一同は次の階層への入り口に辿り着いた。

 それはレジンベル城の入り口。つまり第二階層はこの城内ということになる。

 そして、迷宮ダンジョンには各階層ごとに階層ボスと呼ばれる強力な個体が存在する。

 城門広場に待ち構えていた牛頭の魔人ミノタウロス。サーベルジアの魔族にも同じ種族があるが、こちらもゴブリンなどと同様に魔族と魔獣では性質が全く違う。魔獣の方は狂気に駆られて暴れ回るだけの獣と同じ。瘴気に犯されたこのダークミノタウロスならば尚更だろう。

 しかもそれだけではない。このミノタウロスは甲冑を身に纏っており、その手にはこれまた豪華な装飾の施された戦斧バトルアクスが握られていた。


「ミリアちゃん、あの装備」


 リーレに声をかけられてミリアは頷く。


「ええ。あの鎧も武器も、全部魔法の武具ね」


 第一階層のボスとの戦いが幕を開ける。



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