第45話 迷宮攻略〜対ミノタウロス〜


 牛頭の魔人ミノタウロス

 その名の通り牛の頭を持つ人型の魔人。その身体はパワー型の鬼人オーガ以上のガタイを持ち、まさに筋肉の鎧を身に纏っていると言っても過言ではない。当然そのパワーもオーガ以上で巨人ジャイアントを除けばパワーは魔族最強と言われるくらいだと言う。

 そんなミノタウロスが瘴気を纏った漆黒の姿をミリア達の前に晒していた。しかも、武器も防具も魔法の武具と言うおまけ付きで。


「ブモォォォォォ!」


 雄叫びと共に吹き荒れる瘴気。それが塊となりミノタウロスの周囲に撒き散らされる。塊の数は10。それが地面につくと一回り小さなミノタウロスへと形を変えた。


「瘴気から魔獣を生んだ!?」

「そんな事できたの!?」


 驚くレイダーとシルカ。当然他のメンバーも目を見開いている。

 口にはしなかったものの、ミリア自身も驚いていた。瘴気とは澱んだ|魔素[マナ》の成れの果てだ。そして魔素には魔獣を生み出す効果はない。


(つまり、あの魔獣の召喚はミノタウロスの能力ではなくあくまでこの迷宮ダンジョンのギミックと考えるべきね)


「ミリア、後ろからも来ておるぞ」

「全く千客万来ね」


 周囲を取り巻く真っ暗な闇から漆黒のゴブリンやらオークやらがわらわらと出現する。気付けばその数はゆうに50を超えていた。


「おそらく、あのミノタウロスがこの魔獣湧きの鍵に違いないわ」

「つまり、あのミノタウロスを倒せばここを抜けられるって事なんでしょ」


 とは言え、とミリアはミノタウロスを見据える。あの身に纏っている鎧。内側に薄らと魔力の光が見えると言う事は、常時何らかの強化魔法がかけられていると言う事。そしてあの表面の金属の輝き。過去に見覚えがある。ミリアは魔力を練り上げ、ミノタウロス目掛けて火炎弾の魔法を放った。


灼熱の砲弾ブレイズボール!」


 常用の魔法では最上級の威力を誇る灼熱ブレイズ級の魔法。直撃と同時に大きく膨れ上がり、周囲を巻き込んで巨大な火柱を発生させた。ミノタウロスの周囲の魔獣達は瞬時に焼失。この威力ならばミノタウロスも一溜まりもないだろう。その威力を見た一同はそう考えただろう。しかし――


「避けて!」


 炎の中ゆらりと動く影を見てミリアは咄嗟に叫んだ。前に出ていたレイダーとカイトはほぼ反射的に飛び退いたが、地竜兵団の兵士達は間に合わなかった。

 ゴウッと大気を引き裂く音と共に振り抜かれた戦斧バトルアクス。避け損なった地竜兵団の兵士数人が壁まで吹き飛ばされた。

 兵士達は戦闘不能に近いダメージを負ってはいるが死んではいなかった。代わりに騎竜達が騎手の身代わりに屍を晒す事になった。


 大地を揺らしながら炎の中から歩み寄るミノタウロス。その身体には傷一つついていなかった。


「……やっぱり封魔鋼か。見覚えがあると思ったら」

「封魔鋼って」

「魔法学園に入学したばかりの時に決闘した相手。名前は忘れたけど、あの取り巻き全員が着てきた軽甲冑に使われてた素材。

 魔力を弾く効果を持った鉱石から作られたため、魔力を使った攻撃はほとんど寄せ付けなくなる」


 実質ミリアの放った灼熱の砲弾ブレイズボールですら全く効果がなかったのだ。こうなると魔法関連はほぼ効かないと判断して良いだろう。

 ちなみに余談だがミリアと決闘した相手の名はブライトンである。騎士科の取り巻き連中に封魔鋼の軽甲冑まで装備させてきたが、ミリアにあっという間に一蹴されたため、ミリアの記憶内ではほとんど存在が残っていなかった。なおブライトンはその後に魔獣変身薬を使ったため、その副作用で今だに治療院に入院生活を送っているが、ミリアは知る由もない。同じクラスのエクリアも特に知らせる必要はないと考えていた。


「魔法が効かないとなると魔道士達はミノタウロス相手では完全に戦力外ね。かと言ってあの封魔鋼はミスリル並みの硬度があるから普通の武器だと歯が立たないわ」

「つまり、ここは俺達の出番ってわけだな」


 言いながらパキパキを指を鳴らすレイダー。それにカイトも剣を抜いて前に出てきた。


「師匠の特訓の成果を試すには絶好の相手だ」

「確か封魔鋼は魔力は弾くが闘気と融合させた魔光オーラならば問題なく通じるんだよな」


 レイダーの問いにミリアは頷いて答える。と、言うよりもあのミノタウロスの纏う甲冑は魔光オーラが使えないと話にならない。


「では魔光オーラの使えない我々は周りの取り巻きを相手にします」


 地竜兵団の兵士が言う。それに続いてシルカとレミナも周りで増え続ける魔獣を相手にする事にした。


「では私もそちらに。大魔王陛下は?」

「妾はミノタウロスと戦うぞ」


 マグザの言葉に鼻息荒くアニハニータが胸を張る。


「アニーさんは魔光オーラは?」


 問い掛けるミリアの目の前で襲い掛かってきたダークオーガを拳一振りで吹き飛ばす。その拳には白銀色の輝きが宿っていた。それはまさしく魔光オーラの輝きだった。


「妾を誰だと心得るか? 大魔王たるもの、このくらいはできるぞ」


 ニヤリと笑うアニハニータ。


「じゃあ始めますか。

 エクリアとリーレはシルカ達のサポートをお願い」

「了解」

「分かりました」


 戦い慣れている2人は攻撃だけでなくサポートもできるオールマイティ。魔力が大き過ぎて援護魔法でも大惨事を引き起こすミリアとは違う。取り巻きの魔獣達を相手にする仲間達の事は2人に任せておけば心配ないだろう。そこには絶対的な信頼を置いているミリアだった。おかげでミリアはミノタウロス撃破に集中できる。


「行くぜ! カイトは左から頼む!」

「おう!」


 レイダーが駆け、それと共にカイトが魔光オーラの光を纏いながら作戦に従って左から斬りかかった。カイトの魔光オーラは無属性魔力を使った特別性。その魔法的な防御を貫通する。直感でそれを察したか、ミノタウロスは身を傾けて攻撃を回避。しかし体勢を崩したミノタウロスにレイダーの跳び蹴りが炸裂。大きく後ろに吹っ飛ばされる。


「チッ、少し浅かった。ヤロウ、直撃の瞬間に後ろに跳びやがった」


 ミノタウロスは片手を地面に付き、跳ねるように着地する。見た目の巨体にはそぐわない身軽さだ。

 レイダー達を睨むミノタウロスの赤い眼がギラリと光る。次の瞬間、闇色の瘴気がボンっと地面に向かって噴き出した。それが推進力となり、ミノタウロスは瞬時にレイダーの目の前に現れた。


「速いっ!」


 咄嗟に身を固めるレイダーの前でミノタウロスは大きく戦斧を振りかぶる。その戦斧の刃には魔力の光が。気づいたミリアは慌てて地属性の魔法を発動させる。


岩石の壁ストーンウォール!」


 岩盤がレイダーの足元から隆起し、レイダーの身体を上に弾き出す。直後にミノタウロスの戦斧が一閃した。


 ザンッ


 ミリアが生み出した岩盤はかなりの太さがあった。にも関わらずミノタウロスの一撃は岩盤をあっさりと両断し、さらにその先にいた魔獣達もまとめて斬り飛ばした。


「風の魔力の込められた戦斧バトルアクスか。

 面白れぇ! ミリア、風の魔力くれ!」

「はいはい」


 ミリアは風の魔力を球体にしてレイダーに投げつけた。物理的な力のない純粋な魔力の塊。レイダーの固有能力ユニークスキル『魔力吸収』は他者の魔力を取り込み自分のものとする能力だ。攻撃魔法をも取り込むトンデモ能力だが、わざわざダメージのある攻撃魔法でする必要はない。

 風の魔力を取り込んだレイダーの身体を緑の光が包み込む。


「おっしゃあ! 行くぜぇ!」


 気合いと共に地を蹴るレイダーの姿が瞬時にミノタウロスの目の前まで移動した。気づいたミノタウロスが戦斧を振り下ろすが、そこにはすでにレイダーの姿はない。


「ハハッ、すげぇスピードだ! 流石はミリアの魔力だぜ!」


 レイダーの『魔力吸収』は属性によって強化される種類が、そして魔力量によって強化される度合いが変わる。ミリアの魔力による強化なのだからその効果は言わずとも知れたもの。

 レイダーは目にも止まらぬ速度で縦横無尽に駆け巡り、四方八方からミノタウロスを攻め立てる。それはまさに閃光のように。

 しかし、ミノタウロスもただ攻撃されるだけではなかった。


「ブオオォォォォォ!」

「うおっ!?」


 雄叫びと共になんとミノタウロスの全身から瘴気が噴出した。吹き荒れる瘴気にレイダーは大きくバランスを崩す。その隙を見逃すほどこのミノタウロスは甘い相手ではなかった。空中でほぼ無防備になったレイダー目掛けて戦斧が振り下ろされた。


(ヤバい! 避けられねぇ!)


 やむなくレイダーは全身を魔光オーラで覆い何とか防御を試みる。致命傷だけは何とか避けられるだろう。だが、それも杞憂に終わる。

 レイダー目掛けて振り下ろされた戦斧が甲高い音を立てて砕け散ったのだ。

 目の前に躍り出るのは拳を振り抜く小柄な魔族の少女の姿。


「油断大敵じゃな、赤獅子族の青年よ。そしてミノタウロスよ、妾もいる事を忘れてもらっては困るぞ!」


 間髪入れずにアニハニータの魔光オーラが込められた回し蹴りでミノタウロスは大きく吹っ飛ばされ、2、3度バウンドして壁に突っ込んだ。


「レイダー、俺があの鎧を剥ぎ取るからトドメは頼む!」

「お、おう。任せろ!」


 跳び込んでいくカイトに続くレイダー。そこにミリアが後ろから背に手を触れる。


「ここの見せ場は譲ってあげる」


 次の瞬間、レイダーの全身に凄まじい力が沸き起こる。ミリアが背中を通して送り込んだのは火属性の魔力。レイダーの『魔力吸収』での火属性の効果は攻撃力増強。


「へっ、例は言わねーぞ!」


 瓦礫の山を粉砕して起き上がるミノタウロス。その時にはすでに目の前でカイトが剣を振りかざしていた。ミノタウロスは身を守るように腕でガードするが――


「無駄だ!」


 ミノタウロスのアームガードにも何らかの魔法の守りがあったのだろうが、無属性魔力には無意味。カイトの放った魔光流動ストリームオーラによる魔光の一閃オーラスラッシュはミノタウロスの両腕をアームガードごと斬り落とし、その下にあった甲冑を真っ二つに断ち斬った。そこに突っ込むレイダー。


「喰らいやがれ! これが俺達赤獅子族に伝わる秘技」


 突き出した右掌底がミノタウロスの胴を打つ。そして――


「獅子発勁!」


 ドォン!

 鈍い音が迷宮内に響き、ミノタウロスの背中が内側から爆散した。


「うわ……エグい……」


 思わずミリアもその光景に顔を青くする。辺り一面に骨やら肉片やら臓物やらが飛び散り、かなり悲惨な惨状になっていた。すぐに塵となって消滅する迷宮ダンジョンのモンスターだから良かったものの、普通の魔獣に使うと後始末が大変になりそうな技だった。


「っしゃ! 先に進もうぜ!」


 しかしレイダーはその辺りの事を何も考えていないのか、秘技をぶっ放してスッキリ爽快な笑顔だった。


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