第16話 捜索
「エクリア様ですか? ええ、見ましたよ。確か1時間半くらい前だったと思いますけど」
2人に聞かれて思い出すようにフロンは答えた。
「ここ最近、屋敷で変わった事がなかったかって聞かれました。まあ、フレイシアで起こっている事件の経過を聞きに来る人達が増えた以外は特に変わった事はなかったって答えましたけど」
この情報についてはグレイドが話していた事とあまり変わりはない。フロンもそう答えているという事は、おそらくその情報は間違ってはいないのだろう。
「他には何か聞かれませんでした?」
さらに問いを投げかけるミリアに対し、フロンは「そうですねぇ」ともう一度記憶を探り、
「そう言えば、事件が起きる前後で屋敷の改造工事が行われた事があるかとも聞かれました」
屋敷の改造工事。つまりエクリアはこの屋敷内に連れ去った魔道士達を閉じ込めておく隠し部屋のようなものが作られてないかと考えたのだろう。しかし、その答えに関してもあまり有力な情報はなかったらしい。
「さすがに改装工事が入れば嫌でも目立ちますからね。それ以上に、事件で大騒ぎになっている時に改装工事なんか行いませんよ。さすがに」
それもそうだ。被害者家族の人達が次々にやってくる中、そんな工事などできるわけがない。もしそんな事をしたら非難が殺到する事だろう。それには2人も納得した。
「エクリアちゃん、一体どこに行ったんでしょうか……」
さすがに少し不安になってきた。
と、そこへ、
「おや、エクリアのお嬢さんをお捜しかい?」
入り口の方から、見た目50歳前後の男が手ぬぐいで汗を拭きつつやって来た。
「あの、どちら様ですか?」
「庭師のゴランさん。屋敷の庭全般の管理をなさっている方です」
どうも、とにこやかに頭を下げるゴラン。
「ところで、エクリアお嬢さんをお捜しかい?」
ゴランは先ほどの言葉を繰り返した。彼は庭の管理をしているとフロンが言った。ならば、もしかするとエクリアを見かけたのかもしれない。
2人は期待を心に秘め、
「あの、エクリアを見たんですか?」
するとゴランは笑みを浮かべて頷く。
「ああ、見たぞ。何か屋敷の周りを眺めながら裏の森の方へと歩いて行ったぞ」
「裏の森の方ですか?」
「そうだ。しかし、お嬢さん何を見てたんだろうなぁ。屋敷なんて見慣れていただろうに」
不思議そうに呟いているゴランを尻目に、ミリアはリーレと顔を見合わせる。
「行ってみようか。何かあるかもしれないし」
「そうですね」
お互いに頷き、「ありがとうございます」とゴランに丁寧に礼を言う。
そして、2人はすぐに裏の森に向かった。
フレイヤード邸の裏手に広がる大きな森林地帯。
その前まで来て、ミリアとリーレは立ち尽くしていた。
「どう思う、リーレ。エクリア、ここに入ったと思う?」
「どうでしょう。少なくとも私は一人ではここには入りたくないですね」
リーレの意見にミリアも同感だった。
多数の木々が多い茂った深い森。これだけ枝葉が絡み合っていては昼間でもほとんど光が入らない。
しかも今は夜だ。森の中は光一つ射さない完全な闇で覆われている。そんな場所に、いくら強気なエクリアとは言え、たった1人で入っていくだろうか。森では四方を似たような風景で囲まれているために方向を見失いやすい。特にこんな暗闇では尚更だろう。下手をすれば迷って出られなくなる可能性すらある。
さて、どうしようかと思案する2人。できればここにエクリアが入ったと言う何かしらの確証がない限り、足を踏み入れたくないと言うのが2人の共通の考えだった。
と、その時、ふとリーレが地面に転がるある物に気が付いた。それは、見覚えのあるルビーが飾り付けられた1つのブローチ。
「あれ、これって確かエクリアが持ってたブローチじゃ……」
「どうしてこんな所に落ちているんでしょうか」
「もしかして、これを探していて遅くなってるのかな」
前にエクリアは言っていた。このブローチは尊敬する父からプレゼントされたもので、自分にとっての魔道士としての目標の象徴でもあると。それを落したならば、必死になって探すだろう事は想像に難くない。それも時間すらも忘れるくらいに。
「エクリアちゃんがどっちに行ったかくらい分かるといいんですけど」
リーレがそう呟く。彼女の考えている事はミリアも考えていた。自分が何か物を落したとして、それに気づいた時にどうするかを考えた場合、まず最初にする事はやはり自分が通った道筋を逆に辿る事だろう。つまり、これを落した時にエクリアがどこへ向かってたかが分かれば、おのずとエクリア本人と顔を合わせる可能性が高いと言う事だ。
問題はそれを知るにはどうすればいいかだが。
「ミリアちゃん、ちょっと提案なんですけど」
「ん? なに、リーレ?」
「記憶解析、使えないでしょうか?」
そう言えば、とポンと手を打つミリア。
「さっき調べていた魔法だった。何で気が付かなかったんだろう。ただ、問題は私達に使えるかどうかだけど」
記憶解析はかなり高度な魔法に該当する。自分達に使用可能かどうかは分からないが、それでも挑戦する価値はあるとミリアは判断した。
とは言え、ミリアもリーレも記憶解析なんて魔法を覚えているはずもないわけで、
「じゃあ、一度グレイドさんの書斎に戻ろうか」
こうして、2人はグレイドの書斎へと逆戻りするのだった。
「えっと、確かこの魔道書だったはず」
書斎机の上にある分厚い魔道書をペラペラと捲っていくミリア。それを呆然とリーレは見つめている。
「ん、どうしたの?」
「ミリアちゃん、よくそんな分厚い本を読む気になるなって思ったから」
「そうかな。確かに分厚いけどね。でも、このくらいの本なら図書館で借りたりしてよく読むよ。私、本読むの好きだしね」
「そう言えば、ミリアちゃんが勉強に使ってる魔道書ってどれもこれくらいの厚さだったような気がしてきました」
言いつつ、リーレは苦笑いを浮かべる。
「う~、また調べる必要が出てくるならうかつに閉じなきゃよかった~」
泣き言を言いながら記憶解析の魔法の検索作業を続けるミリア。だが、この魔道書はページ数が千ページ以上ある。しかも前の調査で付箋が外れてしまっていたために、それを軒並みチェックしないといけないのだ。決して楽な作業ではない。そう考えると、せめてどの魔道書に載っていたかくらい覚えていたのは幸いだったかもしれない。
「あったあった。えっと……」
魔道書のページに並ぶ文字の羅列を目で追いながら、
「う~ん、できなくはないかな」
「どうやるんですか?」
「えっとね。この世界に存在するものには必ず精神体があるものなの。生物と無生物の違いはその精神体が表に出ているか出ていないかの差でしかないらしいわ。で、記憶解析の魔法ってのは術者の精神をその対象の精神体に接触させて、そこに宿っている記憶情報を読み取る魔法らしいのよ」
「それじゃあ、このブローチでも?」
「うん、意識を接続すれば記憶を探る事ができるかもしれない。何はともあれ試してみよう」
2人はそれぞれ右手の指先でブローチに触れて目を閉じる。そして、意識を深く沈めてブローチに宿った記憶に接触を図った。
ミリアはふと目を開けた。
いや、目を開けたという言い方は正しくないかもしれないが、まさしく目を開いたように唐突にミリアの視界が大きく開けたのだ。
そこは薄明かりの差し込む海の底のような世界。
その中を多数の記憶情報体が、まるで海を揺蕩うクラゲのようにゆらゆらと漂っている。
ミリアはゆっくりと記憶情報体に近づいてその手を伸ばす。
指先がその情報体に触れた途端、ミリアの頭の中に鮮明なイメージが流れ込んできた。
それは、どこかの職人風の男の顔から始まっていた。
その後、場面はどこかの店のカウンターに並べられ、いろんなお客さんらしい人々の顔が流れて行く。
そして、最後に目を輝かせた赤い髪の少女が覗き込んできた。
この少女こそが幼い頃のエクリアだった。
やがて場面はエクリアの屋敷へと移る。エクリアは常にブローチと共に行動していた。少しでも汚れれば丁寧に拭き、寝る前には柔らかいハンカチに包んで保管する。そこからどれほどこのブローチを大切に扱っていたかと言う事が本当によく分かった。
そんなイメージがどれくらい続いたか。流れるイメージの中にリーレが出てきて、ミリア自身が出てきて、そしてついには前に3人で戦ったフロムエージェの姿が映し出された。
記憶もそろそろ終わりだろうと思ったその時だった。
場面はここ、フレイヤード邸。エクリアはその概観を眺めながら歩いている。
その時、1人の真っ赤なローブを纏った女性魔道士が森の方へと歩いていくのが見えた。その後を付けるエクリア。
視界に岩盤に開いた人工的な入り口のようなものが見えてくる。そこから誰かが出てくるのが見えた。
その直後だった。突然、糸の切れた操り人形のようにエクリアがその場に崩れ落ちたのは。
正直、ミリアには何が起こったのか全然分からなかった。ブローチはその時にエクリアの服から零れ落ちたのだろう。見上げるような始点の中、2人の魔道士がそのイメージに飛び込んできた。
1人は先ほど森に入っていった女性の魔道士。そしてもう1人はまぎれもなく、エクリアの父グレイド・フレイヤードだった。
それはおそらくグレイドの声だったのだろう。その声はこう言った。
「この娘、確かこの男の一人娘だったな。後をつけていたのか」
「どうしますか?」
「……ベルゼドの復活に利用できるかもしれん。連れて行くぞ」
「このブローチはどうしますか?」
「森の外にでも捨てておけ」
「は、畏まりました」
今度こそ、ミリアの意識が覚醒する。すぐにリーレの方に目を向けた。リーレは不思議そうに首を傾げている。
「い、今のは……」
「何か見えたんですか?」
「リーレには何も見えなかったの?」
苦笑しつつリーレは頷く。
「なかなかうまくいかなくて。早々に諦めちゃいました」
「そっか」
ミリアはもう一度ブローチの精神体との接触を試みる。が、どうやっても同調がうまくいかない。精神を集中させブローチの奥底に送り込もうとするが、先程のような水の中のような精神体のイメージがどうしても浮かんでこなかった。
たまたまうまくいっただけだったのか。
少々残念に思うミリアだったが、まあ仕方がない。何より非生命体の記憶解析はかなりの高等魔法。
「で、どんな事が見えたんですか?」
「うん。ちょっと急がないとまずい事になりそう」
「どういう事ですか?」
「エクリア、連れ去られたみたい。それもグレイドさんに」
「ええっ! グレイドさんってエクリアさんのお父様ですよね? どうしてそんな事に……」
「分からない。でも、急いで捜さないと。何か良くないことになりそうな気がするわ」
「そうですね」
「場所はあのブローチの落ちていた森の奥よ。急ぎましょう!」
2人は頷き、すぐに書斎を駆け出した。
それにしても、とミリアは考え込む。
あのブローチに宿った記憶のイメージを見てから何だか腑に落ちない事が多い。
あの時、気絶したエクリアを見てグレイドは何て言ったか。
確か、『この男の一人娘』と言っていた。
なんだろうか、この他人のような呼び方は。本来グレイドのエクリアの対する呼び方は『一人娘』、もしくは『私の娘』となるはず。なのに、『この男の一人娘』とは一体どういう事だろう。まるで自分を自分でないかのような、自分はグレイドではないと言っているかのようなこの言い回しは。
おかしな点はまだもう1つある。もちろんあのブローチだ。
ルビーのブローチはグレイド自身がエクリアにプレゼントした品だ。当然、それをエクリアが大切に扱っている事も知っていただろう。なのに、それをああも無造作に捨ててこいなどと言えるものだろうか。
どちらもリーレの言っていたグレイドならしないような行動ばかり。いくらなんでもイメージがかけ離れすぎているような気がした。
もしかするとあのグレイド自身も偽物なのかもしれない。ミリアはそう感じていた。
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