第15話 消えたエクリア
一方こちらは屋敷を見て回るエクリア。使用人から屋敷の見取り図を受け取って屋敷の隅々まで歩いて回っていた。
「……見たところ、あたしが屋敷を出てから新しく追加された部屋はなさそうね」
屋敷の外に出て外観を見つめながらそう呟く。
「あ、そうだ。折角だから周辺も見回っておこうかな」
あのアミナは屋敷から出てきたとは言っていなかった。彼女が言ったのは、収容所らしき場所から出たところからフレイヤード邸が見えたと言っていたのだ。となると、彼女が収容されていた場所はフレイヤード邸の周辺にある可能性が高い。
「周辺に何もなければ、お父様の無実を晴らす事ができるわ」
エクリアはあの公園の高台から見た景色を思い出す。
街から続く広めの通り。その先にフレイヤード邸の玄関。そして後方を覆うように鬱蒼とした森が広がっていた。
仮に収容所があるとすれば、おそらくはその森の中だろう。
さて、どうしようかとエクリアは考える。
収容所があるとすれば、そこには魔道士達を連れ去った犯人もいるだろう。それは確実に自分よりもずっと格上の存在だろう。まだ
それに何よりも、現在とっくに日が暮れて真っ暗なのだ。暗闇を進む以上何が起こるかは全く分からない。自分1人で行くのは明らかに危険だ。ここはやはり一度ミリアやリーレと合流してからここに調べに来るべきなのかもしれない。
そう思い至り、元来た道に戻ろうと踵を返したその時、目線の先に真っ赤なローブを纏った魔道士が松明片手に1人歩いて来ているのが目に飛び込んできた。
とっさに木陰に隠れるエクリア。
「あれって……」
エクリアにも見覚えがあった。確かビエラと言う名のグレイドの助手をしていた女性魔道士だったはず。
「どこに行くつもりなんだろう……」
ビエラはエクリアに気付いたそぶりもなく、そのまま森へと入っていく。エクリアもそっとその後を追った。
一定の距離を置きつつ木陰からビエラの様子を探るエクリア。こんな森に何をしに行くのか。仮にもしビエラがこの魔道士失踪事件に関わっているならば、今向かっている所が失踪した魔道士達が監禁されている場所なのだろう。
この事件。仕組んだのはあのビエラなのか。それとも、本当に父のグレイドがそうなのか。見極められるかもしれない。
エクリアは心に強く決め、気配を殺しながらそっとビエラの後姿を追う。
どれくらい時間が経っただろう。その時間はほんの数分のようにも、数十分のようにも感じられた。
やがて、エクリアの眼前に壁面に作られた洞窟の入り口らしきものが見えてきた。それは自然にできたものではない。明らかに人の手によって造られたものだった。
ビエラはそこまで来て立ち止まる。エクリアもそこから数十メートルくらい離れたところの木陰からその様子を覗き見ていた。
洞窟の奥。闇の中から誰かが出てきたのが見えた。松明の灯里で照らし出されたその人物の顔を見て、エクリアは思わず自分の目を疑った。
「そ、そんな……どうして……」
そんな声が自然に洩れる。洞窟の中から出てきたのは紛れもなく、エクリアの父グレイド本人だった。
グレイドはビエラと何か話しているようにも見える。2人までかなり距離があるため、何を話しているかまでは分からない。
どうにかして内容を聞き出そうと思い、身を乗り出そうとしたその時、突然グレイドがエクリアの方に目を向けた。
「えっ」
グレイドと目が合ったその瞬間、唐突に意識が遠のいていくのをエクリアは感じていた。まるでいきなり意識喪失の魔法でもかけられたかのように。
薄れゆく意識の中、かすかに人間の声が脳裏に届く。
「まさか追ってきていたとはな。そう言えばこの娘、確かこの男の一人娘だったな。いろいろ利用できるかもしれん。連れて行くか」
この男の一人娘。声の主はそう口走った。それはひどく重要な事のような気がしたのだが、今のエクリアにはそれを考える余裕は存在しなかった。
リーレやエクリアと別れてからそろそろ1時間。ミリアの姿はまだグレイドの書斎にあった。書斎机の上に置いてある、グレイドが読んでいたであろう書物の数々をメモを取りながら読み進めている。
グレイドと書斎机の上にあるものは全て特殊魔法について書かれている魔道書だった。そして、付箋の挟まっていたページに載っていた魔法は『記憶解析』についてだった。
この世界に存在するもの。生物、無生物問わず、この世界に存在しているものには総じて記憶と言うものが宿っている。例を挙げると、とある時計があるとする。その時計には、製作された過程や売られていた場面、そしてそれを使用した人に関しての情報が宿っているものなのだ。この記憶解析とはそう言うモノに宿っている情報を読み取る魔法なのである。
そしてもう1つの書物にある魔法は『具現化』だった。
こちらは自らのイメージしたものを魔力を用いて現実世界に再現するもので、この魔法の利点はこの世界に存在しないものでさえも生み出す事が可能な事。
ただし、現実世界に存在するものをこの魔法によって生み出した場合、それはあくまでオリジナルに対するレプリカであり、オリジナルを超える事は決してできない。ましてや、それがこの世界に存在しないものであれば尚の事、完全な物を具現させる事などできない。
だが、それでもオリジナルに限りなく近づける事はできる。そのために必要なのが、具現化したい対象の詳細な情報なのである。
「……まさか、グレイドさんの狙いって」
ベルゼドの鱗。記憶解析に具現化の魔法。
その3つの要素が揃った時、ミリアはグレイドの狙いが分かったような気がした。その恐るべき狙いが。
「こんな事許したら、大変な事になるわ。絶対に止めないと」
バンと魔道書を勢いよく閉じたと同時に書斎のドアが開きリーレが入ってきた。
ふと壁にかけてある時計を見ると、いつのまにやらすでに1時間半の時が経過していた。
「ごめんなさい、ちょっと遅れちゃいました」
「まあ、別に構わないわ。どうせ私も時計見てなかったしね。
それで、何か分かった?」
「事件に関する情報は全然ダメでした。ただ、ちょっと気になる事はありましたけど」
「気になる事?」
リーレは頷く。
そして、「本当はエクリアちゃんも一緒の方がいいんですけど」と前置きしてリーレは話し始めた。
「実は、さっき領主様直属の魔道士達の詰所に行ってきたんです。で、さらっとアミナさんが逃げたと思われる時間について問いを投げかけてみたんですけど」
「結果は?」
「それが、あまり要領を得なくて」
微妙な返答をするリーレにミリアは眉をひそめた。
「どういう事?」
「その時間帯の記憶が曖昧だって言うんです。それも、詰所の魔道士達が何人もです。何かありそうですよね?」
その話を聞いて、ミリアも腕を組んで唸る。
「確かに何かありそうね」
「初めは洗脳であの魔道士達を操ったんじゃないかって思ったんですけど、でもあれは術者が解かない限りは永続的に効果を及ぼす魔法だから今回みたいに一時的にだけ操れるとも思えません。ミリアちゃん、何か思い当たる魔法ってあります?」
「う~ん」
首を傾げるミリア。
そもそも禁断の魔法すら知らなかった自分である。それを応用させたようなそんな魔法など知るはずがない。
「エクリアなら何か知ってるかもしれないけど、少なくとも私は知らないわ」
2人揃ってう~むと唸る。
「ところでミリアちゃんの方は何か分かりました?」
「うん。グレイドさんが調べていたらしい魔法についてね。
あくまで推測に過ぎないけど、何となくグレイドさんが何をしようとしているのか分かった気がする」
「え? グレイドさんがって……」
「エクリアには悪いけど、多分今回の事件の黒幕はグレイドさんで間違いないと思う。どんな魔法を使ったかは知らないけど、ここの魔道士達を操るのはあの人にとっては凄く簡単な事だと思うし。何せ、自分直属の魔道士達だからね」
それに、とミリアは書斎机の上に目を移す。
「ここであの魔道書を調べていて分かったんだけど、どうやらグレイドさんは『記憶解析』と『具現化』の2つの魔法を調べてたみたいなのよ」
「記憶解析に具現化?」
リーレは首を傾げる。無理もない。どちらも
「記憶解析は物に宿った記憶情報を読み取る魔法で、具現化はイメージした物を現実に投影する魔法の事よ。どっちもとんでもなくハイレベルな魔法だからね。知ってる方がおかしいかも。グレイドさんですら知らなかったみたいだしね」
言いつつ付箋の貼られた分厚い魔道書を見つめるミリア。
「でも、それらを使って一体何をするつもりだったんでしょう」
「それなんだけど……」
言いかけてミリアは言葉を止める。
「ごめん、これについては確信が持てるようになってから話すわ。現実味も突拍子もない話だから」
と、ここで「そう言えば」とミリアは時計の方に目を向ける。
「エクリア遅いわね。約束の時間、とっくに過ぎてるのに」
「あ、確かにそうですね」
壁の時計に目を向ける。リーレが合流してからもうすぐ30分になる。これはさすがに遅すぎだ。
「エクリアちゃん、今まで指定された時間に遅れるなんて事あまり無かったのに。何かあったんでしょうか?」
「ちょっと探しに行ってみようか。確かエクリアは屋敷内を見回ってくるって言ってたよね?」
ミリアの問いに、リーレは頷く事で返す。
「屋敷内を見回ってるなら、多分使用人の人達が見てるかもしれないし。ちょっと聞いてみよう」
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