第14話 フレイヤード邸
「お帰りなさいませ、お嬢様方」
前と同じように玄関までフロンが出迎えに来る。
「フロン、お父様は?」
「グレイド様ですか? おそらく書斎にいらっしゃると思いますが」
「分かったわ。ありがとう」
首を傾げるフロンを余所に、ミリア達はまずグレイドの書斎へと向かった。
フレイヤード邸3階、北の中央にあるのが火のロードグレイド・フレイヤードの書斎だ。前にもグレイドに挨拶するためにここを訪れたのでほとんど迷わずに来る事ができた。
「お父様、エクリアです」
そう言って書斎の扉をノックする。
しかし、中からの返事は無い。それ以上に中からは人の気配すら感じられなかった。
「いないのかな」
何気なくドアノブを手前に引いてみる。ガチャリと音がして扉が開いた。
「鍵が開いてる……」
「どうしたの?」
「お父様、いつもは部屋を空ける時は必ず施錠をするはずなんだけど」
3人はそのまま書斎の中に足を踏み入れる。
そこにはやはりグレイドの姿は無かった。
「どこに行ったんだろう」
リーレとエクリアが部屋とその周辺を見回している中、ミリアは書斎机の上に置かれている書物が目に入った。その書物にはどれもいくつも付箋が挟まっていて、ページ自体も何度も読み返したように。
「お父様、何か調べ物でもしてたのかな」
「魔道書みたいだけど、何が書いてあるんだろ」
ペラペラと魔道書をめくってみる。かなり難しい魔法が多く、今のミリアでは簡単には使用できそうにないものばかりだった。この辺はさすが火のロードと言わざるを得ない。
「ミリア。あたしとリーレはちょっと屋敷内を見回ってくるわ。もしかしたらあたしが屋敷を出てから増えた部屋とかあるかもしれないし」
「私は屋敷の中の人達に話を聞いてきます」
「分かった。私はしばらくここでこの魔道書を調べてるわ。多分、何をしていたかくらいは分かると思うから」
3人は1時間後に書斎に集合する事にして、ミリア以外の2人はその場を離れるのだった。
「そうですか。ありがとうございました」
リーレは丁寧に礼を言って使用人の部屋を後にする。
彼女が使用人達に聞いていたのは次の2つ。最近屋敷で何か変わった事がないかと最近のグレイドの動向だ。
しかし、その結果は芳しくなかった。
屋敷内部はいつもとあまり変わっておらず、変わったところと言えば、最近街の住人がよくグレイドを尋ねてここを訪れるくらいである。訪問理由も魔道士達が行方不明になったり廃人同然で見つかったりと物騒な事が続いているので不安になって調査状況を聞きに来たといった感じだ。理由的におかしなところはどこにもない。
「ちょっと見方を変えてみましょうかね」
誰にともなく呟き、リーレは次の場所目指して歩を進めた。
彼女が次に向かったのはこの屋敷の近くにある、火のロード直属の魔道士達の詰め所だ。
「すいません、どなたかいませんか?」
リーレが扉をノックすると、中から真っ赤なローブを着込んだ魔道士が1人顔を出す。その襟元には炎を模ったエンブレムが光っていた。
「ちょっとお話を聞かせてもらいたいのですが、よろしいでしょうか?」
「構わんが、君は?」
「私、リーレンティアと申します」
「リーレンティア……」
魔道士は思い出したように手を打つ。
「ああ。エクリアお嬢様のご友人か。ロード様からお話は聞いているよ。行方不明者の捜索中だとか」
「はい。実はその事でお聞きしたい事がありまして」
リーレはコホンと咳払いを一つしてメモを取り出す。
「ロード様よりお聞きしたのですが、今この街でも多くの魔道士達が行方不明になっているそうですね。その調査は皆さんがされているのですか?」
「無論、我々はロード様の指示を受け、フレイシアの街やその周辺の調査を行っている。困った事に、最近はその被害も街に滞在する魔道士達だけではなく我々の身内からも出る始末でね。より気合を入れて捜査しているところだよ」
「身内からも?」
問い返すリーレに魔道士は頷く。
「1週間ほど前に俺達の仲間が行方不明になってな。ほんの3日前に発見されたんだ。ほとんど廃人同然の酷い有様だったが」
それを聞いてリーレは唸る。
街に滞在する魔道士達だけならまだしも、火のロード直属の魔道士達まで被害にあっていると言うのは初耳だ。火のロード直属なのだし、街に滞在する一般の魔道士達とは実力自体が違うはず。そんな魔道士を廃人同然にするなんて、一体相手は何者なのだろうか。
「その廃人同然になって見つかった人は、その直前に何か気になる事を言ってたりはしませんでした?」
「気になる事? そうだな……」
少し考えた末、そう言えばと話を続ける。
「前にあいつ、こんな事を言ってたんだ。この事件、もしかすると犯人は身近にいるかもしれないってな」
「身近にいる?」
「その矢先だったな。あいつが行方不明になったのは。さすがにみんな焦ってたよ。本当に犯人が身近にいて、あいつに証拠を掴まれそうになって口を封じたんじゃないかってな」
「じゃあ、その件の犯人は」
「いや、まだ捕まっていない。あいつが行方不明になっただろう時間帯に何をしていたか、見回り中に怪しい行動をしている人間を見たかとか魔道法院の役人にいろいろ聞かれたが、結局誰も知らなかったらしい。当然俺もあの時間帯に怪しい人間を見てなかった」
「その時間帯に行方不明になった人がいた場所には何人くらいで見回りをしていたんですか?」
「あいつの隊は4人だったな」
「他の3人の人達も何も見ていなかったのですか?」
「ああ。気が付いたらいなくなっていたって言ってたな。まあ、気付いたらいなくなってたなんて俺にしても怪しいとは思うが、別にあいつらに嘘をついているような様子もなかった。結局途中ではぐれたって結論に至ったな」
「そうですか……」
これ以上聞いてもあまり収穫はなさそうなので、リーレはそろそろ切り上げようかなと思い、最後に1つだけ話を投げかけた。
「ところで、今日の夜6時から7時にかけて何か変わった事は起こりませんでした?」
「今日の夜6時から7時?」
魔道士は腕を組んでう~んと考え込む。
「多分何もなかったと思うが……」
何となく自信なさげに答える魔道士。リーレはさらに突っ込みを入れた。気になる事はとことん突っ込むのが調査の鉄則だ。
「本当ですか?」
「う……じ、実はな……」
気まずいように後頭部を掻きつつ、魔道士は続ける。
「俺自身もなんか妙な感じだと思うんだが、その辺の記憶が何となく曖昧なんだ。何となくぼうっとしていたと言うか、集中力が途切れていたって言うか」
俺ってこんなに不真面目だったかなぁ、とブツブツ呟いている。するとその周りからも、「お前もか?」とか「なんか変だよな」とか言った声が聞こえてきた。
これだけの人達が揃って記憶が曖昧に?
魔道士本人はあまり意にも介していないようだが、その事がかなり重要なんじゃないかとリーレには感じていた。なにせ、魔法の中には『洗脳』と呼ばれる魔法が存在するからだ。人の意識を支配し、相手を意のままに操る事ができる禁じられた魔法に該当する魔法の1つ。ただ、この魔法は常に相手の意識を支配し続けるため、部分的に記憶が抜け落ちたり曖昧になったりするって事はなかったはず。まだ私に知らない魔法の技術があるのかもしれないとリーレは思った。
チラッと懐中時計を確認する。そろそろ解散してから1時間が経過するところだった。
「……とりあえず、ここまでで分かった事をミリアちゃんとエクリアちゃんに報告しましょうか」
情報共有は必要ですからねとミリアは再び屋敷の中へと戻っていった。
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