第13話 浮かび上がった疑惑



「な、なんですって!」


 いきなり自分の父を疑われ、思わず怒鳴るエクリア。


「そんなはずないでしょ!

 何でお父様がそんな事を!」


 身を乗り出す勢いで詰め寄るエクリアをミリアとリーレが押さえ込む。


「ちょっと落ち着きなさいよ。話を最後まで聞いてから判断しても遅くないでしょ」

「そうです。暴力反対ですよ」

「う~」


 納得できないと表情が物語っているが、それでもここは2人の言葉に従って腰を下ろす。

 尊敬する父親を疑われたのだ。エクリアの気持ちも分からないでもないが、アミナを責めたところで話が進むわけでもない。

 ここはもっと詳しい情報を手に入れてからその後の行動を考えるべきだとミリアは判断した。


「アミナさん、追っ手が領主直属の魔道士達だって思った理由はなんなの?」


 まずミリアが尋ねたのはアミナの根拠。この街には研究を行う魔道士が大勢いる。にも拘らず、彼女は追っ手を領主直属の魔道士だと断言した。それにはきっと何か理由があるはず。


「魔道士のローブについているエンブレムです」

「エンブレム?」


 ミリアとリーレは首を傾げるが、どうやらその意図にエクリアは気付いたらしい。明らかに顔色を変える。


「フレイシアの領主直属の魔道士はローブの左胸に火を模したエンブレムを縫い付けています。私を追ってきた魔道士達は全員そのエンブレムを付けていました。あれは間違いなく領主直属の魔道士です」

「でも、ローブのエンブレムだけで決めつけるのも暴論じゃない?

 例えば、同じものを作ったとか、誰かに借りたとか」

「それはあり得ません」


 ミリアの意見をバッサリ切り捨てたのはリーレだった。


「アクアリウスの魔道士も同じですが、基本的に領主直属の魔道士が身につけているローブは実は特注品ななんです。制作元も明らかにしていないから出回ることもありません。

 おまけに、あのエムブレムは領主自ら作ったものだから、絶対に複製なんかできっこありませんし」

「じゃあ、追っ手は間違いなくフレイヤードの魔道士って事?」

「多分、間違いないかと」


 リーレは頷く。

 リーレの話が真実なら、この事件の裏には領主のグレイド・フレイヤードが関わっている事になる。

 アミナの話では連れ去った魔道士達を閉じ込めている場所はフレイヤード邸の近くにある。ところが、そんな近くにあるにも拘らず、グレイドは何も情報が得られていないと言っていた。そんな事有り得るだろうか?


「……ダメ。やっぱりそんなの信じられないわ!」


 ガタッと再びエクリアは立ち上がると、そのまま外へと飛び出して行ってしまった。


「エクリア!」

「ミリアちゃん。エクリアちゃんは私が見ますから、ミリアちゃんはもう少し詳しくアミナさんの話を聞いてください」

「でも……」

「多分、エクリアちゃんは街の外れにある高台の公園にいると思うので、話が終わったらそこまで来てください」

「分かったわ」


 頷くミリアを見て、リーレも足早にエクリアを追って店外へと出て行った。


「あの……」

「グレイド・フレイヤードはエクリアにとっては目標のようなものなんです。だから、あまりの事にショックを受けてしまったんでしょう」

「ごめんなさい。そうとは知らずに無神経な事を……」

「まあ、気にしないでください。友達の事ですから、私達が何とかします。

 それよりももっと詳しく伺いたいんですが、いいですよね?」





 フレイシアの外れにある小高い丘にある公園。リーレの予想通りフレイヤード邸の全体像を見下ろせる高台にエクリアの姿があった。アミナの言葉にショックを受けたあまり、思わず飛び出してしまった末に気付けばこの高台で遠くの山を見つめていたのだった。

 この公園は元々エクリアが嫌な事があった時によく来る場所だった。ここで風に吹かれていると、何となく嫌な気持ちが薄れていく気がする。北の山から吹き抜ける風が嫌な気持ちも全てを持って行ってくれると感じていたからだ。


「お父様が……黒幕?」


 そんなはずはないとその考えを頭から振り払う。

 父は偉大なる魔道士であり、フレイシア周辺に住まう魔道士達を統括する火のロードでもある。エクリアの最も身近にいる明確な目標。そんな人が、魔道士達を拉致するなんてそんな事するはずがない。


「やっぱりここにいたんですね」


 そんな事を考えていたためか、リーレが隣にまで来ていた事に全く気付かなかった。


「リーレ。よく分かったわね。あたしがここにいるって」

「だって、エクリアちゃん、昔から辛い事とかあったらよくこの公園に来るって言ってましたからね」

「やれやれ、リーレには何もかもお見通しか」


 再び前に目を向け、呟くようにエクリアは口を開く。


「……分かってる。あのアミナさんに嘘をつく理由なんてない事くらい。

 あの酒場で初めて会ったあたし達に、自分を連れ去った黒幕が領主だなんて嘘をついたって何の意味もないしね」

「でも、勘違いって事はあると思います」


 振り返るエクリアにニッコリとリーレは微笑んだ。


「アミナさんが言った事が真実なのかどうか、自分の目で調べてみましょう。勘違いだったらそれでよし、もしそうでなければ……」

「そうでなければ?」

「もちろん、エクリアちゃんがやめさせるんです。おそらく、やめさせる事ができるのは娘のエクリアちゃんだけだと思いますからね」

「……」


 エクリアは決心したように顔を上げる。


「そうよね。何も調べもしない内からアミナさんの話が真実だって信じちゃってた。見間違いや勘違いって事もあるのにね。

 あたしはお父様を信じるわ。だから、それを証明するためにも、フレイヤード邸に戻ろう!」

「はい」

「話は纏まったようね」


 丁度そこへ現れたのはミリア。


「アミナさんは?」

「魔道法院の役人に保護して貰ってきたわ。多分、アミナさんの話からすぐに魔道法院もフレイヤード邸に踏み込んでくるはず。その前に私達でこの事件にグレイドさんが関わっているか調べましょう」


 その言葉にエクリアも頷いた。


 3人は高台からの風景に目を移す。

 そこにはエクリアの実家でもあるフレイヤードの屋敷が林の中から顔を覗いている。その裏手には鬱蒼とした森となっていて、さらにその奥には赤茶けた荒野が広がっていた。


「あの赤茶けた荒野が伝承で邪竜ベルゼドが討ち取られたとされる場所。あそこであの赤い竜の鱗が見つかったのよ。見ての通り、草木一本生えない不毛の土地よ。邪竜の炎で焼き尽くされたためだって言われているけど、まあ本当の事は未だに分かってないらしいわね」

「じゃあ、あそこに収容所みたいな建物は」

「それは無理ね。岩盤が脆過ぎてそんなの建てたらあっさり崩れるわ」

「なるほど」


 つまり、アミナを閉じ込めていた建物はフレイヤード邸からあの赤茶けた大地までの鬱蒼とした森の中にあるって事だ。ただし、これはアミナの話が全て真実だという事が前提だが。


「よしっ、じゃあフレイヤード邸に戻るわよ」


 アミナの話が事実かどうか確かめるために。

 自らの父親が本当に関係しているのかどうかを確かめるために。

 3人は再びフレイヤード邸へと向かうのであった。

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