第7話 魔法学園の歪み



 突然、アザークラスに襲来したベルモールにミリアは呆然とするしかなかった。

 ベルモールは何と言ったか。臨時講師?

 聞いていない。全く聞いていない。相変わらず隠し事が多い師匠だとウンザリと諦めの入り混じった目線でベルモールを睨んだ。

 一方のベルモールはそんな視線も全く気に留めずに意地の悪い笑みを浮かべている。


「ベルモールさん、何でここの教師を?」

「ん? アルメニィに頼まれたからな」

「転職ですか? エミルモールの経営は?」

「週一くらいなら定休日にするから大丈夫大丈夫」

「でも、何でよりにもよってこのクラスを?」


 そのミリアの質問に、ベルモールは打って変わって真面目な顔になりクラスメイト達を見回す。ベルモールの事を知らないカイト達は何が起こったのか分からずキョトンとしており、ただ1人、ヴィルナだけが口をパクパクとさせていた。


「もちろん、このクラスの魔道士達が正しく力を使えるようにするためさ」


 力を正しく使う。ベルモールはそう言った。

 つまり、このアザークラスの生徒達には何かしらの秘められた力がある。ミリアの判断は間違ってはいなかった。

 と、そこへ、


「ああああああのっ、ベルモールさん!」


 飛び込んで来たのは再起動したヴィルナだった。


「ん、何だい?」

「あの、貴女があの『灼眼の雷帝クリムゾン・アイズ』様でしょうか!?」


 目を丸くするベルモール。そしてミリアに目を移す。ミリアは意味ありげに肩を竦めた。


(ああ、なるほど。この子はミリアの同類か)


 ベルモールはそう察して、咳払いを1つ。


「如何にも。私がその『灼眼の雷帝クリムゾン・アイズ』だよ」


 ぱあっとヴィルナの表情が明るく晴れ渡る。その瞳はキラキラと輝いているように見えた。

 まあ無理もないだろう。ミリアと同類アークを目指す魔道士にとって、現役のアークの魔道士はまさに雲の上の存在。憧れと言う言葉すら足りないような相手だろう。

 そんな時にも空気の読めない奴がいるわけで、


「なぁ、誰なんだよこのねーちゃんは――ぐえっ」


 ガスッと飛来した椅子がこんな言葉を発した不届き者レイダーの顔面を直撃し、レイダーは椅子から転げ落ちた。


「な、何すんだ、いきなり!」

「何すんだじゃないわよ! あんた、『灼眼の雷帝クリムゾン・アイズ』よ! 『灼眼の雷帝クリムゾン・アイズ』! 知らないの!?」


 非難の声を上げたレイダーの襟首をふん掴んでがくがくと揺らしながら捲くし立てるヴィルナ。首がどうにかならないか不安になる勢いだった。


「し、知らねぇよ! クリムゾン・アイズなんて」

「ちょっ、信じられない。この方こそ私達魔道士の頂点に位置する大魔道アークの魔道士の1人なのよ! 何年魔道士やってんのよあんたわ!!」

「俺は別に魔道士を目指してるわけじゃ……

 って、大魔道アーク?」


 ここに来てようやくベルモールが何者なのか分かったレイダーは真っ赤な髪までも青くなるかのように青ざめた。目指す先が魔道騎士や魔道戦士だったとしても、魔道士の行き着く頂点に関しては存在くらいは知っている。


「し、知らなかったんだ。あなた様がアークの魔道士だったなんて!」

「ふん、アークの魔道士を侮辱したんだからね。この場で落雷を喰らって消し炭にされても文句は言えないわ」

「ひぃっ、命ばかりは! 俺にはまだやるべき事が残っているんだ」


 地に頭を擦り付けるレイダー。いわゆる土下座と言うものだ。

 その目の前でなぜかふんぞり返っているヴィルナ。

 やれやれとベルモールが助け舟を出す。


「別に何かするつもりはないさ。男がそんなみっともないマネをするもんじゃないね」

「ほ、本当か? いや、本当ですか?」

「人を何だと思っているのやら。

 こらミリア、何を笑ってる!」


 ベルモールが黒板に置いてあったチョークを投げつけるが、ミリアはひょいと避ける。そんなミリアとベルモールを見たヴィルナがものすごい勢いでミリアに詰め寄って来た。


「ち、ちょっと、ミリアさん!?

 ベルモール様とどのような関係で!?」

「え?」


 勢いに飲まれるミリア。言葉が丁寧なのがさらに怖い。


「えっと、ここに来るまで私が師事してた師匠なんだけど」

「あ、アークの魔道士が、師匠?」


 ガーンと擬音が聞こえそうなほどヴィルナは仰け反った。まさか、自分がライバルと認定した相手がすでに大魔道士アークの手ほどきを受けていたとは。


(な、なんて羨ましい)


 思わずハンカチを噛みそうになるがヴィルナは耐えた。憧れのアークの魔道士を前に恥ずかしい姿は見せられない。どことなく手遅れ感はあるものの、とにかく、ヴィルナは姿勢を正して90度に頭を下げた。


「な、何卒、ご指導ご鞭撻をよろしくお願い致します!」

「そ、そこまで畏まらなくていい。ミリアとは正反対な態度だな。ミリアも半分くらいは見習ってくれてもいいのにな」

「それならプライベートでも今の半分くらいはしっかりしてください」


 ミリアの切り返しにベルモールはただ苦笑するだけだった。






「さて、それじゃあ授業に入ろうか。一般的な魔法の技術や知識については担任のメリージア先生が引き続き教える事になる。週に一度、私が教えるのはそれ以外についてだ」


 教壇に立ったベルモールは、黒板に『一般教養』と『固有技能』と書き出し、そして固有技能に丸をつけた。


「今日はまだ初日だからな。私は君達の現在の力を知らない。まずはそれを見せてもらう。全員、魔法の演習場に向かうように」


 それだけ言ってベルモールは教室を出ようとするが、それに対して生徒達の間から不安の声が上がった。


「あの、大丈夫なのでしょうか。私達で使っても」


 不安の意図が分からないベルモールは怪訝な顔をするのみ。


「演習場の予約はちゃんと取ってあるし、問題はないと思うが」

「それは良いのですけど」


 予約は取ってあるならば問題はないはず。

 その認識がこの学園では通用しない事を知ったのは演習場に着いてからだった。








「この演習場は今日はこのサラマンダークラスが使わせて貰う事になった」


 ベルモールに先導されたミリア達アザークラスが演習場に着いた頃には、なぜか演習場はサラマンダークラスによって占拠されていた。


「どう言う事だ? 確か予約は私達が先に取ったはずだが」


 言うベルモールに対し、いやらしいにやり笑いを受けたその生徒はこう告げた。


「ふん。アザークラスに演習場を使わせるなど所詮は時間の無駄だろう。それなら我々サラマンダークラスが使った方が有意義と言うものだ」

「なんだと?」


 ベルモールの片眉が跳ね上がる。これはイラッと来ている時の特徴だ。

 そのベルモールの姿が演習場にあるのを見て慌てて飛び出してきた女生徒が1人。サラマンダークラスに配属されたエクリアだった。


「ち、ちょっと待ってよ。何度も言ってるでしょ。だから順番は守らないとダメだってば」


 そんなエクリアの諫言だが、どうもその生徒には届いていないらしい。


「君は黙っていたまえ、エクリア君。君は編入してきたばかりで分からないだろうがね、あのアザークラスは属性魔法すらまともに扱えないような落ちこぼれの集まりなんだよ。連中と僕らとでは格や才能という物が違うんだ。

 君もこのクラスに入ったのであれば自覚したまえ。君は選ばれたエリートなんだ。あの――」


 チラッと横目でミリアを見据えると、


「編入式で大魔道アークになるなど大法螺を吹いていたミリアとか言う女とは縁を切る事をお勧めするよ」

「なっ」


 さすがの物言いにエクリアも溜まらず怒鳴りつけようとしたその時、


「ほぅ、君達が彼らよりも才能があると?

 それは面白い冗談だな」


 ベルモールが笑っていた。


 それがエクリアには返って恐ろしかった。

 外見は確かに笑っているが、その雰囲気は全く笑っていない。むしろ怒気が溢れ出している。

 よりにもよって大魔道アークの魔道士を怒らせた。それが何より恐ろしい。

 エクリアは何とか収めようとするが、


「何を当然のことを聞いている。言うまでもない。

 そのミリアとか言う女も何か試験ではイカサマでも使ったんだろう。そんな姑息な手しか使えないような魔道士など碌な物じゃない。どうせそいつもまともな魔法が使えないダメ魔道士なんだろうよ」


 ああ、もうダメだ。エクリアは諦めた。

 よりにもよってベルモールの唯一の弟子であるミリアをあそこまで侮辱するとは。無知とは恐ろしいものだと、エクリアは遠い目をしていた。


「ふ、面白い」


 ベルモールは心底面白げに笑う。


「ミリア」

「はい」

「あの身の程知らずに思い知らせてやれ。魔力は50%までの解放を許可する。

 二度と大口を叩けないように徹底的に潰せ」

「言われるまでもありません」


 魔力解放率50%。

 それは付き合いの長いエクリアでも初めて見る領域だった。

 そして同時に背筋が凍りついた。普段は30%。それですらアレなのに今回はそれ以上の魔力を使うと言う。

 これは相当ミリアもその師匠ベルモールも怒っているとエクリアは判断した。

 そしてできうるならば、他の生徒達にとばっちりを喰わない事を願わずにはいられないエクリアだった。



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