第8話 ミリアの実力



 ヴァナディール魔法学園では決闘形式での演習も項目としてあるため、それ専用の施設が存在する。

 そこは一件闘技場をイメージするような施設で、その舞台の周囲には魔力を拡散させる結界が張られている。これは見物席にまで被害が及ばないようにするためである。

 そして闘技台の上にも全体を覆うような巨大な魔法陣が1つ。どうやらそれはアルメニィが直接描いた紋章陣らしく、その効果は『ダメージ計算』と『強制転移』らしい。つまり、どんなに途轍もない大魔法を使ったとしても、致命傷に近い傷を負った時点で強制的に舞台の上から放り出される。この舞台の上であれば、たとえ黒焦げになったり粉々になったりする規模の魔法であっても死ぬ事はない。

 故に、ヴァナディール魔法学園においてはこの魔法闘技場のみ戦いが許されていて、それ以外での私闘はは処分の対象になるとの事だった。



 そしてもう1つ。この闘技場が使用される際には全クラスに通知が入り、観戦したい者は自由に観戦しても構わない。戦い方を見る事もまた訓練の一環と判断されているからだ。


 それは、リーレのいるウンディーネクラスも同じだった。その通知が来た事でクラスメイト達が騒めき立つ。気になったリーレは近くにいる女生徒、ウンディーネクラスのクラスリーダーのシャーリアに声を掛けた。


「あの、何かあったのですか?」

「どうも、アザークラスの生徒がサラマンダークラスの生徒に決闘を挑んだそうよ」


 リーレの質問にシャーリアがそう返す。


「決闘って、何とも物々しいですね」


 あまり戦いに興味のないリーレはそんな感想を口にする。それに対して、そのシャーリアは肩を竦め、


「まあね。サラマンダークラスの連中って無駄にプライドが高くて常に上から目線で語るから、いろんなところで衝突するのよ。

 今回もどうせサラマンダークラスのクラスの連中がまたアザークラスの人達を挑発したんじゃないの?」

「災難ですね」

「全くよ。えっと今回の決闘は……

 何よ、サラマンダークラスのクラスリーダーが出てるじゃない」

「はあ。それで、対戦相手は」

「えっと、ミリア・フォレスティ?

 編入生のあの子よね。大魔道アークになるとか言ってた」


 ああ、ご愁傷様。リーレは心の中で手を合わせる。


「これは見ものね。私達も見に行きましょう」

「え? でも授業が」

「大丈夫よ。決闘の観戦は立派な授業の一環だから。それに、あのミリアって子の力も気になるし」

「ミリアちゃんを知ってる私にしては観戦しても得られることは何も無いと思いますけど」

「どういう事?」

「実力差がありすぎるって事です。魔力の面でも、経験の面でもおそらく勝負にならないかと」

「それほどか。ならなおさら見ておかないと。リーレンティアさんも一緒に来て」

「えっ? ちょっと、引っ張らないでくださーい!」


 シャーリアはリーレの手を取ると一目散に闘技場を目指し駆けて行った。







 そして、闘技場では異様な活気に満ちていた。

 アザークラス6人に対し、サラマンダークラスはおよそ100人。完全アウェーと行っても過言ではない。

 サラマンダークラスの生徒達からは「やっちまえ〜!」やら「殺せ〜!」やらと物騒な言葉が飛び交っている。

 とてもついていけないとエクリアは数人の女生徒とともに少し離れた場所で観戦することにした。この一緒に来た女生徒達は、比較的まともな部類に入る人達で、まだエクリアも話を合わせられると判断した面子だった。

 それにしても、100人近くいながら話しが合いそうなのがほんの数人とか。とんでもないクラスに入れられたとエクリアは嘆息した。


「あの、エクリアさん」

「ん、何かな?」


 エクリアの隣に座っていたクラスメイトの女生徒、ミーナが心配そうに声をかけて来た。


「あの人、エクリアさんの友達なんですよね。大丈夫なんですか?」


 対してエクリアは肩を竦めるだけ。


「正直、全く心配はしてないわね。むしろ、このサラマンダークラスのクラスリーダーの……なんて名前だっけ?」

「ブライトンです」

「そうそう。そのブライトンの方の心配をすべきかもね。よりにもよってミリアだけじゃなくてベルモールさんまで怒らせるなんて」

「ベルモールって、アザークラスの臨時講師の方ですよね。有名な方なんですか?」

「まあ、名前よりも通り名の方が知られている人かな。『灼眼の雷帝クリムゾン・アイズ』。聞いたことある?」

「く、『灼眼の雷帝クリムゾン・アイズ』って、まさか」


 流石にこの二つ名はミーナにも理解できた。あまりにも有名で、そしてあまりにも絶望的な名前だった。


「あのブライトンって奴、よりにもよって大魔道アークの魔道士に喧嘩を売っちゃったのよね。それも一番最悪な形で」

「じゃあ、ミリアさんって」

「『灼眼の雷帝クリムゾン・アイズ』唯一の愛弟子。言っておくけど、編入試験で魔力測定器を壊したのは誇張でも何でもないからね。

 あれは正真正銘、測定器の方がミリアの潜在魔力にだけなんだから」








 そんな会話の中、舞台の上ではミリアとブライトンが向かい合っていた。

 相変わらず不敵な笑みを浮かべるブライトンに対し、ミリアはただ静かに立っているのみ。


「この闘技場に立った以上、もう逃げる事は出来んぞ。覚悟はいいか?」

「御託はいいわ。さっさとかかって来なさいな」


 ミリアの発言が癇に障ったか、不快そうに舌打ちをするブライトン。


「後悔するな」


 言うと同時にブライトンは素早く魔力を練り上げる。なるほど、その速度は偉そうにするだけはあってなかなかのスムーズさだった。


「先手必勝! 僕の炎で焼き尽くしてやるよ!

 豪炎の炸裂弾フレイムバースト!」


 ミリアが構える前にブライトンが豪炎の魔法を放った。そのミリアの身長近くある火炎弾はミリア目掛けて真っ直ぐ突き進み、そのままミリアを飲み込んだ。客席から悲鳴が上がる。


 ただし、エクリアとリーレ以外は。


「ふふふ、アザークラスの分際で僕に歯向かった罰だよ。はっはっはっはっは!」


 勝ち誇った高笑いを上げるブライトン。

 しかし、



「もう勝った気でいるの?」



 直後、ミリアを包んでいた炎が吹き飛ばされるように消え去った。その中には何事もなかったかのように佇むミリアの姿。


「あれで終わり? ベルゼドのブレスに比べれば全然大した事ないわね」


 フッと鼻で笑う。

 とは言え、火竜王フレアドラゴンロードのブレスと比べるのはあんまりな気もするが。


「き、貴様ぁぁぁ! アザークラスの分際でこの僕を馬鹿にするなぁぁぁ!」


 いきり立ったブライトンは立て続けに大量の火炎弾を生み出してミリアに投げ放つ。対するミリアも一歩も動かずその全弾をまともに受けた。


「うおぉぉぉぉぉ!」


 それはまさに火炎弾の嵐か。雨あられのように吹き付ける火炎弾にミリアの姿は爆炎と粉塵に隠れて見えなくなる。

 それがどれくらい続いただろうか。

 ブライトンが肩で息をしながらその捲き上がる粉塵を見つめている。アザークラスの仲間達もハラハラしながら行く末を見つめていた。


 そんな中、やはり気にもしていないのがエクリアとリーレの2人だった。いつの間に合流したのか、2人でのんびりとお茶を飲んでいる。


 舞台に一陣の風が吹き、粉塵を空へと連れ去って行く。そしてその奥に隠された光景が映し出された。


「ば、バカな……」


 それは夢か幻か。もし夢であればとびっきりの悪夢に違いない。しかし、それはまぎれもない現実。


「やりたい事は終わった?」


 薄く微笑むミリアの姿がそこにあった。相変わらず最初の位置から一歩も動いておらず、その衣服にも傷どころかススすら付いていない。

 エクリアは「やっぱりね」と呟いた。


「あのブライトンもそれなりに高い魔力を持ってるみたいだけど、それでもミリアの魔力の前だと波にさらわれる砂の城ね」

「あっさりと崩されて終わりって訳ですよね」

「そうそう」


 そんな感じでエクリアとリーレは頷き合った。

 つまり、ブライトンの魔力だとどれだけ強力な魔法を使おうが、どれだけ魔法を連打しようが、一切ミリアの魔力の障壁は貫けないと言う訳である。

 さて、とミリアは首のペンダントに手を触れる。


「じゃあ、次は私の番ね。ベルモールさんから50%までの解放の許可も貰えたし、遠慮なく見せてやるわ」


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