第9話 魔力解放率50%



 エクリアとリーレの喉がゴクリと鳴る。同時に背筋に冷たい汗が流れ落ちた。


 魔力解放率50%。


 これまでエクリアとリーレが共に行動していた時の魔力は基本的に30%に統一している。それ以上だと制御が難しくなるためだ。

 ベルゼドの一件があってからミリアは魔力の制御にずっと労力を注いできた。制御できない魔力は仲間達の身を危険に晒すと実感したからだ。

 そしてその制御の努力を続けた結果、分かった事。

 それは、ミリアの魔力で細かい制御は不可能だと言う結論だった。ミリアの持つ莫大な魔力を制御するのは、例えて言えば太いロープを針の穴に通す事に等しい。むしろ、魔力の放出口を小さく絞れば絞るほど放たれる魔力の勢いが増すと言う結果だった。

 そんな訳で、ミリアは正魔道士セイジになった今でも魔力の解放率は30%を維持しているのである。


 そのミリアが、今意図的に解放率を50%まで引き上げると言う。もうエクリアにもリーレにもどうなるのか分からなかった。


「私が放つ魔法は貴方に合わせて火の魔法を1つだけ。もしこれを無事に凌たら負けを認めてあげるわ」


 ミリアはそう言うと、ペンダントに触れた反対側の手を前にかざす。そして、小さく放つ魔法の名を呟いた。すると、ミリアの目の前に小さな種火のようなものが現れた。ミリアはそれを前方に飛ばす。小さな火は揺らめきながらゆっくりとブライトンに向かって行く。


 それを見てブライトンは先ほどまでの絶望的な気持ちが晴れ渡るのを感じた。やはり所詮はアザークラス。属性魔法すらまともに操れない落ちこぼれ。さっきのは何かしら卑怯な魔道具でも使ったのだろう。

 見ろ、あいつが放った情けない魔法を。避けるまでもない。自分の魔法で飲み込んでやろう。

 ブライトンは再び魔力を練り上げる。今度は手加減なし、正真正銘のブライトンの扱える最強の魔法。

 そう、先程は中級の『豪炎フレイム』の魔法だったが今回はそれよりさらに上。上級の『灼熱ブレイズ』の魔法を使う。

 ブライトンは勝ち誇った顔で魔法を解き放った。


「奴のチャチな火を飲み込み、僕に勝利を導け!

 喰らえ、灼熱の砲弾ブレイズボール!」


 放たれたのはミリアの魔法とは比べ物にならないほどの大きさの大火球。それが唸りを上げながらミリア目掛けて突き進む。

 その魔法を見たサラマンダークラスの面々は大歓声を上げた。


「出たぁ! ブライトンさんの切り札、『灼熱ブレイズ』系の魔法だぁ!」

「あんな見すぼらしい火なんか搔き消しちゃえ!」


 それを見て溜息をつくエクリア。


「あの連中、外側しか見てないのね。情けない。一体何を習ってきたのかしら」






 ブライトンが放ったのはミリアの身長ほどもある大火球。

 一方のミリアが放ったのは種火に使うような小さな火。

 一見勝負にすらならないと思われた。

 しかし、


 バチッ


 大火球と種火が触れた瞬間そんな音が聞こえた。

 そして、客席の観客は有り得ないものを見ることになる。


「な、なんだと?」


 大火球は舞台の真ん中、ミリアとブライトンの中間から全く動かない。あの小さな種火を飲み込むことも押し込むこともできないのだ。

 ざわめきが闘技場全体に広がっていく。


「な、何なの、あれって」


 エクリアの隣のミーアも呆然と呟く。それを横目で見つつ、エクリアは思う。


(この学園にいる生徒達って魔力を観ることができないのかしら。ミリアのあの魔法、見た目は種火だけどあの灼熱の砲弾ブレイズボールと同じくらいの魔力が込められてるわよ。それに……)


 目線をミリアに移し、


(ミリア。まだ魔力の解放率を上げてないわね)





 闘技場舞台の上で魔法の鍔迫り合いを行うミリアとブライトン。だが、全力のブライトンに対し、ミリアにはまだまだ余裕があった。


「さて、それじゃあ次のステップに行こうか」


 ミリアはかざした手で指を鳴らした。

 その瞬間、種火はその場で翻ると内側から激しい炎を吹き上げながらどんどん膨張していく。そして、種火から火球へと変化したミリアの魔法は一気にその重圧が増した。


「ぐっ」


 ブライトンの顔が歪む。ミリアの魔法はとても1人では支えきれないほどの重圧と化していた。それを見ていたサラマンダークラスの生徒数人が客席から飛び出して来た。そしてブライトンの側まで来ると自らも魔法を使ってブライトンの手助けをする。

 すでに人数は1対5。もはや決闘の様相などそこにはなかった。


「5人ね。それで足りるかしらね」


 ミリアは面白げに笑うと、ペンダントに刻まれた紋章に指先で触れる。それは魔力封印とともに刻まれた魔力制御の紋章陣。


「魔力制御、解放率、40%、更新」


 ミリアの言葉に反応して魔力制御の紋章がキラリと光った。

 その瞬間、ドンッとさらに大きくなる火球の重圧。それに伴って火球自体も炎を撒き散らしながらさらに巨大化していった。その大きさはもうブライトンの大火球に匹敵するほどに。


「こ、こんな事が……」

「ぶ、ブライトンさん、このままでは」

「誰か、援護を!」


 仲間達の助けを呼ぶ声にさらに数人が客席から舞台に乱入する。気付けばその人数差は1対20になっていた。

 だが、それでもまだ余裕のあるミリア。やはり邪竜とまで戦った経験が生きている。あの強力無比なドラゴンブレスとの打ち合いに比べれば、こんなものは児戯に等しい。


「魔力自体を鍛える訓練を怠ったわね。20人でこれじゃあ話にならないわ」


 楽しみが尽きたのか、ミリアは溜息を1つ。そして、


「じゃ、終わらせましょうかね。予告通り、見せてあげるわ。今の私が扱える全力を」


――魔力制御、解放率、50%、更新。


 さらにミリアから放たれる魔力が大きく膨れ上がり、ミリアの全身から純白の光が溢れ出す。その純白の光が赤く染まり、導かれるように火球に取り込まれていく。

 それがミリアの魔力の輝きだと気付いたのはどれくらいいるだろうか。そして同時に火球大きさもさらに膨れ上がり、今やブライトンの灼熱の砲弾ブレイズボールを飲み込まんとするほどに巨大化していた。


「うあ……」

「だ、ダメだ……」

「あの女はバケモノだ」


 そんな諦めの混じった言葉がブライトンを支えるメンバーから漏れて来る。


「くそ、何でこんな強力な大魔法を使える奴がアザークラスにいるんだよ!」


 ブライトンがそんなことを口にする。それに対し、ミリアはキョトンとした顔でこんな事を告げた。

 それはまさに、ブライトンのプライドをズタズタに引き裂くとどめの一言。




「大魔法? 何言ってるのよ。これは火属性の初級魔法、『火炎の砲弾ファイヤーボール』よ」




 あり得ない。それが観戦していた魔道士達の本音だろう。火属性の上級魔法よりも強力な初級魔法など、これまで彼らが信じてきた魔法の常識を根底から覆すものだ。

 だが、それが目の前で展開されている。


「目に見えるものが全てとは思わない事ね。今回のは良い教訓になったでしょ。

 じゃあ――」



――さよなら。



 ミリアは魔力を一息に押し込んだ。

 気付けばブライトンの大火球の倍近くにまで巨大化した特大火球。ついにその重圧に耐えきれず、大火球はバラバラに砕けて散った。

 もはやブライトン達の前に彼らを守るものは何もない。押し寄せる特大火球を前に茫然と立ち尽くしていた。その表情に浮かぶのは焦燥か。それとも諦めか。

 特大の火球がブライトン達を飲み込もうとしたその時、


弾けよブレイク


 再びミリアが指をパチンと鳴らす。

 すると、


パァァァン!


 突然特大火球が弾け飛んだ。

 爆炎は空気に溶け込むように消え、その衝撃だけが周囲に撒き散らされる。舞台を囲っていた結界がビシィッと音を立てて振動した。

 ブライアン達とその取り巻き達は残らず衝撃波で吹き飛ばされて舞台上に転がり呻き声を上げている。この程度で済んだのはミリアが意図的に魔法を破裂させたからだ。直撃させたらこの程度では済まなかっただろう。舞台の紋章陣の効果で命に関わる程ではないにしろ、数日は治療院での入院生活になったはずだ。

 ミリアはその惨状を一瞥し、


「属性魔法は精霊の力を借りて使う魔法だけど、その精霊に対価として与える魔力が多いほど力が上がるのよ。知らなかった?


 つまり、貴方の今の魔力だと灼熱の砲弾ブレイズボールであっても私の火炎の砲弾ファイヤーボールにさえ及ばないって事よ。


 まずは魔法よりも魔力を鍛える事ね」


 そう言って、ミリアは舞台を後にした。






 そんな様子を客席で見ていたエクリア達。

 サラマンダークラスの客席は静まり返り、ミーナが信じられないものを見たように目を丸くしている。


「とんでもないものを見てしまいました。まさかアレが火炎の砲弾ファイヤーボールだなんて。今でも信じられない」

「あの威力だと、私達の水の障壁でも防げないかも。初級魔法なのに」


 流れ落ちる冷や汗を拭い、シャーリアもそう答えた。


 ちなみにエクリアとリーレは満足げに頷いていた。


「うんうん、ミリアも魔力の制御はかなり上達したわね」

「そうですね。以前のミリアちゃんだと全員治療院送りでしたね」


 何を言ってるんだろう、この2人は。

 エクリアとリーレを見つめるサラマンダークラスとウンディーネクラスのクラスメイト達は間違いなくそう思っただろう。ミリア、エクリア、リーレの3人がこれまで歩んだ道を知らない以上、無理もない事だった。


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