第10話 大魔道士の教え(前編)



 魔法演習場の使用権を文字通りミリアが力づくでもぎ取ったアザークラスの面々は、改めてベルモールからの授業を受ける事になった。


 ベルモールは言った。担任のメリージアは一般教養と一般魔法技能について。そして自分は固有技能について教えると。アザークラスの生徒達はお互いに戸惑った様子を見せている。自分達にそんな力があるなど考えた事もなかったからだ。

 もちろん、思い当たる事がない事もない。


 例えばナルミヤ。

 彼女は精霊を見る事ができ、精霊と心を通わせる事ができる。これは立派な固有技能だ。


 そう言った各自が宿している固有技能に関して、まずは把握しておきたいというのがベルモールの考えだった。





 演習場の広場までやってきたアザークラスの面々は、その中央でベルモールと向かい合う。


「さて、それじゃあまずは君達の現在の力を知りたい。これから1人ずつ私と手合わせしてもらうよ」

「手合わせ? ベルモール先生とですか?」

「先生か。なかなか癖になりそうな言葉だな」

「話を続けて下さい。ベルモール

「……なんでお前が言うと違った感じ方になるんだろうな、ミリア」


 座った目で睨むベルモールに、ミリアは「さあ?」と明後日の方向を向いて誤魔化した。


「とにかく、時間が惜しいからな。早速始めようか。最初は誰だ?」

「では私が」

「ミリアはやらんで良い。もう知ってるしさっき闘技場で散々暴れただろうが」


 不満げな顔でぶーぶー言うミリアを無視してベルモールは他の生徒達に目を向ける。

 しばらくして、1人の生徒が進み出た。


「よろしくお願いします」

「ナルミヤ君だな。では君から始めようか。

 どんな魔法でも良い。私に使ってみてくれ」


 ナルミヤはベルモールの前に立ち、精神を集中させる。基本的に争いを好まないナルミヤは殺傷能力の高い火炎系の魔法を極力使わないようにしている。今回も例に漏れず、ナルミヤが選択したのは風の属性魔法だった。


旋風の砲弾ウインドボール!」


 放たれたのは圧縮空気の砲弾。それがベルモール目掛けて飛翔する。しかし、込められた魔力が不十分だったのか、ベルモールの張った魔力障壁に届く頃には力はほとんどが霧散された状態だった。ナルミヤは恥ずかしげに顔を伏せる。


(ふむ、魔力は相応にありそうだが、属性魔法を使うための精霊への干渉が上手くいっていないようだ。むしろ彼女が精霊を見えてしまっているのも原因の1つかもしれないな)


 ベルモールの目線の先では落ち込むナルミヤを励ましている精霊達の姿があった。優しいナルミヤにはあの精霊達に相手を傷つけるような真似をさせたくないのかもしれない。

 とは言え、今のままでは属性魔法は使えない事も確かだ。


「ナルミヤ君、その精霊達に相手を傷つけるように仕向けるのは辛いかもしれない。だがな、彼らにとってもそれは同じだ。魔法に失敗し落ち込む君を見ていたいと思うか?」

「え?」


 ナルミヤは言われて周囲を見回した。周りを取り巻くたくさんの精霊達。それが揃って不安げな表情をしている。


(私が、私が精霊さん達にこんな顔をさせてたのですか……)


 意を決し、ナルミヤはもう一度ベルモールに向き直った。


「精霊さん達。私に、力を貸してくれますか?」

『当然だよ!』

『あたし達はナルミヤお姉ちゃんの味方だよ!』


 精霊達が元気にナルミヤの周りを飛び回る。

 ナルミヤは1つ頷き、


「風の精霊シルフ! 私に力を」

『はいっ!』


 ナルミヤの前に背中に羽を生やした緑色のボブカットヘアーの女の子が数人飛来する。


「風よ、巻き起これ! 旋風の砲弾ウインドボール!」

『やああぁぁぁぁっ!!』


 翳した手の方向に向けてシルフ達が一斉に魔法を放った。

 風の精霊の力を借りて放つのではなく、風の精霊が自ら放った魔法。それは魔道士が使うよりも遥かに威力の増した圧縮空気の砲弾。それが空気を引き裂きながら凄まじい勢いでベルモールに迫る。それを見てベルモールも微笑んだ。


「そう、それでいい。精霊達は常に君の味方だ。君の場合は精霊の力を借りて魔法を放つんじゃない。精霊と協力して魔法を放つのが正しい姿なんだよ」


 バシィィンッと音を立ててベルモールの魔力障壁に衝突する。やはりそれは大魔道アークの魔力障壁。シルフが自ら放った魔法でもビクともしなかった。

 「おお」と感嘆の吐息が生徒達から漏れる。


「その魔法は属性魔法じゃない。君の固有の魔法だ。

 そうだね、『精霊魔法』とでも名づけようか」

「ありがとうございました」


 ナルミヤは深々と礼をする。それと一緒に精霊達もお辞儀をしていた。


 これがナルミヤの固有魔法『精霊魔法』の誕生だった。


 ベルモールは満足げに頷き、


「よし、次だ!」

「……」


 無言のまま挙手したのはハーピーの女生徒。

 そのままゆっくりとナルミヤと入れ替わるようにベルモールの前にやって来た。


「レミナ・サンタライズ君だったな。さ、何でも良いから魔法を使ってみるんだ」


 ベルモールの言葉に頷いて、レミナはぼそぼそと小さく魔法の言葉を紡ぎだす。

 放ったのはナルミヤと同じ風の魔法。しかし、その威力はナルミヤよりも遥かに弱々しかった。

 それを見たベルモールは首を傾げる。


(妙だな。魔力があるのに魔法の発動でその魔力がほどんど出力されていない。まるで何かで意図的に押さえ込んでいるようだ)


 ベルモールの弟子のミリア。彼女はあまりに強大な魔力を持つがゆえに暴走と暴発を恐れて現在は50%まで問答無用で封印している。そこから魔力制御を用いて出力を変えている状態だ。

 このレミナにはミリアと同じような状態になっているように思えた。

 そう、魔力を強引に押さえ込む魔法が掛けられているという。

 ベルモールはおもむろにレミナに近づいた。ビクッとして距離をとろうとするが、それよりも早くベルモールは彼女の腕を取り、首に巻かれたマフラーを掴む。そして一息に剥ぎ取った。


「!!」


 レミナの表情が凍りつく。それは絶対に見られたくないものを見られてしまったかのような恐怖心までも交じり合った表情だった。

 マフラーの下に隠されていたもの。それは首から喉元近くまで刻まれた紋章だった。

 ベルモールの目に不快なものが混じる。


「この紋様……魔力封印か。誰にやられた?」

「あ……」

「レミナ君、君が魔法を使えないのはこの魔力封印のせいだ。一体誰にやられたんだ?」


 レミナは俯き、小さく呟く。


「……お父さん」

「ハーピー族の主要貴族、サンタライズ卿か」


 レミナは目を見開いた。


「知ってるの?」

「ああ。私も魔族なんだ。魔族の主要人物は大体知ってるよ。

 そうか、レミナ・サンタライズ。聞いた名だとは思っていたが、サンタライズ卿のご息女か」


 レミナの周りに他の生徒達もやってくる。


「ベルモールさん、サンタライズ卿って」


 ミリアの言葉にベルモールは頷いて返す。


「魔族の種族であるハーピー族。その中の筆頭貴族とも言われる家系だ。

 しかし、私の知っているサンタライズ卿は何の意味もなく娘に魔力封印など掛けるような人物とは思えないが」


 むぅ、と考え込むベルモールにレミナが言った。


「お父さん、悪くない。悪いの、私」

「どう言う事だ?」

「私、声、魔力がある。私の言葉、魔法になる」


 ハッとするベルモール。確かにレミナの声には若干魔力が感じられるのは気づいていた。

 しかし、それが魔力封印から漏れ出したものだとは考えていなかった。

 つまり、魔力封印が無ければレミナの声は本来の魔力を宿したまま言葉として紡がれる事にある。そうなるとどうなるか。魔力の持つ声によって紡がれる言葉はそのまま魔法として作用する。例えばレミナが「近づくな」と言えば近づこうとするものを強制的に弾き返し、「座れ」と言えばどんな状態でも強制的に座らせてしまう。中でも一番ヤバイのは、彼女がもし気が動転でもして誰かに対して「死ね!」とでも叫んだ時だ。それを聞いた者全員の命を一瞬にして奪ってしまうだろう。

 ベルモールも「そう言うことか」と深刻そうに呟いた。


「……レミナ君、悪いが明日エクステリアの街にあるエミルモールに来てくれるか。その首の紋章はもう少し使い勝手が良くなるように私が調整しよう。ミリア、悪いが明日は学園を欠席してレミナ君を店に案内してくれ」

「いいんですか? 編入早々休んじゃって」

「アルメニィには私から言っておくから」

「それなら分かりました。レミナさんは私が連れて行きます」


 そう言ってミリアは頷くのだった。



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