第6話 アザークラス


 ここはヴァナディール魔法学園の一角。と言うか学園の端にあるアザークラスの教室。『セイジでありながら属性魔法もまともに使えない落ちこぼれ』と蔑まれているクラスである。

 アザークラスの生徒数は5人。

 そう、たったの5人なのだ。

 総生徒数500人の中で、どこのクラスにも入れなかった。それが現在のアザークラスの評価である。

 そんなアザークラスに、カイトは在籍していた。夢は魔道騎士なのだが、その夢への道は恐ろしく険しく遠い。何せ、魔道剣技の基本とも言える身体強化すらやっと最近になってある程度形になった程度なのだ。武器に魔力を込める技などまだまだ不完全。それは、あの時ソードグリズリーを一刀両断にしたミリアの技を見れば一目瞭然だった。


 アザークラスで燻っている場合じゃないのに。


 普段行動を共にする幼馴染のシルカはシルフクラスにいて、しかも成績は上位に入っている。当然人気も高く、何度か男子生徒に告白された事もあるらしい。しかし、シルカはそれを全部断っていると言う。

 アザークラスで今だに燻っているカイトのシルフクラスの上位で輝くシルカ。

 吊り合わないと言われた事も一度や二度ではない。だからこそ、カイトも努力を続けているのだが、気が焦れば焦るほどその努力は空回りしているように感じられた。

 そして今日も鬱屈した気持ちのままアザークラスの自分の席に座っているのである。


「みんな、揃ってるかな?」


 明るい声で担任のメリージアが教室に入ってきた。

 生徒数は5人なのだ。そんなの一目見れば分かるだろう。

 そんな感じの空気をサラッとスルーして、メリージアは教壇の前で生徒達を見回す。


「今日は皆さんに朗報があります。このアザークラスに1人、新しい仲間が増える事になりました」

「へぇ、誰だい? このアザークラスに放り込まれた可哀想な奴は」

「3人の編入生がいたし、その内の誰かなんじゃない?」


 軽口を叩く生徒達に対し、パンパンと手を叩いてメリージアは続けた。


「とにかく、早速紹介します。入って良いですよ」


 メリージアに促され、ガラッと扉が開き、その人物が入ってきた。

 銀の髪を靡かせ、赤い瞳に強い意志を宿らせたまま。


 それを見たカイトは自分は幻覚を見ているのかと疑いたくなった。そう、その人物はあの3人の編入生の中でも特に、絶対にアザークラスには来そうにない人物だったからだ。

 その人物はメリージアの横にまで来ると、クルリと5人の方に向き直る。そして、


「本日からみんなのクラスメイトになります。

 ミリア・フォレスティです。よろしく!」







 ミリアは教室に入った時からこのクラスの5人の生徒達を目にした。それと同時に、面白いと感じた。

 5人しかいないクラスという少ない人数にも驚いたが、それ以上にこのクラスの生徒達の異質な力に大きな興味を持ったからだ。


 担任のメリージアはミリアの紹介をするとすぐに教室を出て行ってしまった。どうやらもう1人迎えに行かないといけないとの事。

 せっかくなので、ミリアは自己紹介をしつつ5人の魔力や性格を観察する事にした。


 まず1人目。大柄で制服の上からでも分かる盛り上がった筋肉。はだけたシャツから除く真っ赤な体毛。そして同じ色の鬣をオールバックに整えている。性格も見た目通り、肉食獣の獣人らしく血の気も多そうだとミリアは思った。

 名前はレイダー・ガルバンテス。赤獅子の獣人の男子生徒だ。



 2人目は不思議な雰囲気を持った艶やかな黒髪をした女子生徒。

 容姿はむしろ美しいと言えるほどで、大人しく控えめな性格で窓辺の淑女のイメージがある。

 しかし、問題は彼女の行動だ。

 彼女は事あるごとに何もない虚空に話しかけ、楽しげに笑っている。その奇行のために淑女のイメージが台無しになってしまっていた。

 ただ、ミリアは知っている。目に見えるものだけが真実ではない事を。これまでベルモールの無理難題をこなして来たミリアだからこその判断だ。

 人の頭脳にはチャンネルがあり、それが生まれつき一般の人とは違っている人がいる。その人には、一般の人には見えない何かを見ることができる。そして、実はミリアはこれまでの経験から、そのチャンネルを切り替える技術を身につけていた。ベルモールの依頼内容によっては幽霊やら精霊やらと関わる機会も多かったためだ。

 そして、切り替えて見て驚いた。なんと彼女の周りにはたくさんの精霊が飛び回っていたのだ。しかも楽しそうに彼女に語りかけている。あんなに精霊が懐く人をミリアは初めて見た。

 名前はナルミヤ・マリージア。人族の女子生徒だ。





 3人目は実に特徴のある女子生徒。制服から除く両腕には大きな羽が付いていて、足元にも靴はなく鉤爪が覗いている。そう、彼女は魔族でハーピーと呼ばれる種族だった。

 ハーピーと言う種族は常に明るく、いろんな人と触れ合ったり歌を歌ったりして日々を生活していると聞いていた。実際にミリアの見た事のあるハーピーもそんな感じだった。

 ところが、この目の前のハーピーはそれらとはまるで違う。基本的に必要最小限の言葉しか話さない。それも口から出てくるのはほとんど単語単位。服装も、制服と魔道士の外套はみんなと同じだが、春先でかなり暖かい現在でも外そうとしないマフラー。それが嫌に目立っていた。

 そして、1番の特徴は何よりその声。彼女の口から溢れる僅かな言葉、それ自体に魔力が感じられたのだ。

 彼女の名はレミナ・サンタライズと言った。





 4人目。正直ミリアはこの人物が一番気になっていた。

 教室に入った直後からミリアに突き刺さる視線。それは敵意と言ってもいい。金髪をツインテールに纏めたこの女生徒。その敵意の理由は、自己紹介の時に明らかになった。


「私はヴィルナ・アライナーズよ。あなた、大魔道アークを目指しているそうね。

 でも残念。大魔道アークになるのはこの私なんだからね」


 口を開いて一言目がそれだった。

 そう、この女生徒、ヴィルナ・アライナーズはミリア同様に大魔道アークを目指しているようなのだ。そして、同じ目標を持つミリアを一方的にライバル視しているらしかった。




 そして、最後の1人は見覚えのある男子生徒だった。


「久しぶりってほどでもないか。確かカイト君だったわね。あなたもこのクラスだったんだ」

「そうだけど……

 って、いやそれよりも、マジでどうして意味が分からないんだが。何でミリアさんがこのアザークラスに配属されたんだ?」

「何でって、学園長にここに入るように言われたからよ」

「言われたって……ミリアさんはここがどういうクラスか知ってるのか?」

「?」


 首をかしげるミリアにカイトは呆れたように言った。


「学園の底辺。落ちこぼれ達のクラス。そう呼ばれてるんだよ」

「落ちこぼれ?」


 言われて目をパチクリとするミリア。そしてもう一度5人を見回して納得いかない顔をする。


「そんな風に見えないけど」

「私達、なんとか正魔道士セイジにはなれたんだけど、実は初歩的な属性魔法すらうまく使えなくて」


 そう言ったのはナルミヤだった。たが、その発言にはミリアはツッコミどころありすぎだと思った。どうにも分かってないようなので教えた方がよさそうだとミリアは判断する。


「ナルミヤさん、あなたは属性魔法使う意味があるの?」

「え?」

「そんなにたくさんの精霊に好かれているんだから、その子達に頼んで魔法を使って貰えば良いじゃない」


 言われたナルミヤは大きく目を見開いた。


「ミ、ミリアさん。この子達が見えるの?」


 驚愕を顔に貼り付けたまま、ナルミヤは言った。ミリアは頷いて返す。

 その時、ナルミヤの周りを飛んでいた精霊のうちの一体、火蜥蜴のような見た目から火の精霊のサラマンダーだろう。そのサラマンダーがミリアの目の前にまで飛んで来た。


『姉ちゃん、俺の姿が見えてるのか?』

「見えてるわよ。あなた、サラマンダーでいいのかな?」


 それを聞いて、興奮したようにナルミヤの元へ飛んで戻り、


『ナルミヤ姉ちゃん。マジだ。あの姉ちゃん、俺達の事が見えてるし、声も聞こえてるぞ!』

『すごいね〜! あたし達の姿が見える人ってすごく稀なんだよ!』


 ナルミヤの周りでワイワイと騒ぎ出す精霊達。それをナルミヤは微笑ましく見つめていた。


『ナルミヤ姉ちゃん、ミリア姉ちゃんの言う通りだぜ。ナルミヤ姉ちゃんのためなら俺達はいつだって手助けするぞ!』

『おいらもだ!』

『私達だって!』

「みんな、ありがとう」


 ナルミヤは精霊達を見回して嬉しそうに笑った。それは女性であるミリアにとっても魅力的な笑顔だった。

 と、その直後、


「おっ、さっそくみんなと仲良くしているようだな。関心関心」


 あまりにも聞き覚えのある声が教室の入り口から聞こえた。

 ミリアは錆びた人形のようなギクシャクした動きで振り返る。

 そこにいたのはこのアザークラスの担任のメリージアと、


「今日から臨時講師としてこのクラスで教える事になった。

 ベルモール・モルフェルグスだ。よろしくな」


 相変わらずのいたずらっぽい笑みを浮かべているミリアの師匠、ベルモールその人だった。




 

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