第5話 クラス分け


 平穏無事に編入の式を終えたミリア達は、再びアルメニィと共に学園長室に戻って来ていた。ちなみに、式の最後にアルメニィが「今日は来ていないが1人非常勤講師が入る」と告げていたが、それはミリア達の耳には届いていなかった。


 アルメニィはミリア達の前に一枚の板のようなものを取り出した。見たところ、この板魔力を保有した魔鉱石でできているようで、その表面にはいくつかの魔法陣が絡み合うように刻まれていた。


「何の魔法陣か気になるかい?」


 無意識に余程凝視していたのだろう。そんなミリアを見て面白げにアルメニィは笑った。


「これはねぇ、魔力を読み取り、その魔力に宿る属性や才能、資質を調べるものなんだ。この学園ではクラス分けに使われるんだよ」

「クラス分けですか」

「このヴァナディール魔法学園の中等部では、保有する魔力の特性に応じて5つにクラスが分類されているんだ。

 火の属性はサラマンダークラス。

 水の属性はウンディーネクラス。

 地の属性はノームクラス。

 風の属性はシルフクラス。

 最後に、そのどれでもないアザークラス。

 基本的に授業は合同だからクラス分けにあまり意味はないんだけどね、たまにクラス対抗の催し物が開催されるんだ。クラス対抗魔法闘技会とかね」

「なるほど」

「さて、それじゃあ始めようか。

 まずはエクリア君とリーレ君だが」


 アルメニィは2人を一目見て、


「君達は分かりやすいね。流石はロード達の娘と言ったところか。石版を使わなくても一目瞭然だけど、まあ慣例だから」


 そう言って、エクリアとリーレの前に石版を差し出す。2人は言われるがままに石版に手を触れた。

 すると、エクリアの触れた石版からは赤い光が、リーレが触れた石版からは青い光が輝き出したら。


「赤い光は火の属性。青い光は水の属性。光の強さは属性の強さを表す。

 エクリア君は火属性特化。リーレ君は水属性特化だな」


 それは分かり切った事だった。

 火のロードの娘エクリア。

 水のロードの娘リーレンティア。

 これで火や水以外だと血の繋がりを怪しむ話になる。一先ず、火と水のロードの養子疑惑が発生しなかったか、と意味のない問題になぜかミリアは安堵していた。


 そして、最後はミリアの番だ。

 ミリアは今まで自分の魔力について調べた事はない。両親の事も考えたが、何かしらに特化した様子は思い当たらなかった。

 ただ、これまでも魔法は使えているのだから、魔力が無いことはないはず。

 ミリアは期待と不安が入り混じった複雑な心境で石版に触れた。


 その瞬間――


「わっ!」


 強烈な光が学園長室を満たした。

 しかもそれは一色ではない。

 移り変わる色がまるでオーロラのように壁や天井を彩っている。


 思いもよらない事に戸惑うミリアに、「やっぱりベルモールの弟子だな」とアルメニィは呟いた。


「この光は魔力のオーロラと言ってね、全属性特化の証なんだよ。この学園にも特化ほどではないが全属性を持っている生徒が数人いる。しかも石版によれば、何かの固有魔法の資質もあるじゃないか。ったく、あいつもとんでもないヤツを弟子にしたもんだね」


 固有魔法の資質。それがセフィロトの魔法である事はミリアには分かっている。問題はその内容についてアルメニィはどれくらいの知識があるかだ。

 ミリアは単刀直入に訪ねる事にした。


「アルメニィ学園長。セフィロトの魔法って知ってますか?」

「セフィロト? あの因果律を操る魔法の事か。伝承でのみ伝わる幻の魔法との事だが。

 ……話の流れだと、まさかミリア君。君の固有魔法ってのは」


 恐る恐る聞き返すアルメニィにミリアは頷いて返す。


「はい。セフィロトの魔法です」


 それには流石の『賢人』アルメニィも驚きを隠せなかった。


「なんとまぁ。一体何の固有魔法かと思えば、まさかのセフィロトの魔法とはな。

 しかも、その様子だと、使った事があるな?」

「ベルゼドとの戦いで一度だけ。

 ただ、それ以降は使えなくなってますが」

「ベルゼド。少し前のフレイシアに現れた火竜王フレアドラゴンロードのベルゼドか。あれと戦ったのか。よく生きて戻れたな」

「運が良かっただけです。あの時、ベルモールさんが来てくれなかったら私達3人はここにこうしていませんでした」


 そのミリアの返答に、険しくなっていたアルメニィの表情が和らぐ。


「それが分かっていればいい。

 一人前になるという事は、自分の行動に責任を持つという事だ。いざという時にも誰かの助けを期待してはいけない」


 そして、アルメニィはふと先程の編入式の事を思い出した。そして、面白げに笑う。


「なるほど。編入式の挨拶で大魔道アークになるなど大口を叩いていたが、それは決して夢物語を語っていた訳ではないという事か。

 アーク昇格の条件で最も難しいのが固有魔法だ。あれは間違いなく個人の資質によって左右される。

 その固有魔法の中でもセフィロトの魔法はとびっきりだ。伝承でしか伝わっていないのだからな。

 となると、ミリア君。君がこの学園に来た理由は凡そ検討が付いたぞ。君はそのセフィロトの魔法を調べるためにこの学園に来たんだね」


 順を追ってスラスラとミリアの本来の目的を言い当てる。流石はアルメニィ学園長。『賢人』の名は伊達じゃない。


「ふふふ、最高位魔道士になっても足りない部分は他者で補うか。ベルモールが変わってないようで安心した。これなら例の件も問題ないな」

「例の件?」

「いや、こっちの話だ」


 アルメニィは再び執務机の前に戻り、目の前の資料に目を移す。


「さて、困ったな。エクリア君とリーレ君はそれぞれサラマンダークラスとウンディーネクラスで確定だろうが、問題はミリア君だな。全属性特化に固有魔法持ちだと釣り合うクラスが無い。どこに入っても悪目立ちしそうだ。

 さて、どうしたものだろう」


 アルメニィはしばらく思案していたが、やがて決意したように頷いた。


「ミリア君にはアザークラスに行ってもらいたい」


 その言葉に反応したのは、アルメニィ学園長の隣にいながら先程から一言も喋っていなかったライグラン副学園長だった。


「アザークラスですか?

 しかしあそこは……」


 なにやら言いづらそうにするライグランに対し、敢えて無視してミリアに話を続ける。


「アザークラスは我が校では少し問題を抱えていてね。その問題もミリア君なら解決してくれるんじゃないかと思っているんだよ」


 学園が抱える問題。どうやらそれは、この『賢人』アルメニィ学園長の力を持ってしても解決できないシロモノらしい。

 心配げに見つめるエクリアとリーレに対し、ミリアは迷わずに頷いた。


「分かりました。アザークラスに入ります」

「助かる。君の手腕を期待しているよ。

 では副学園長。ガルバン先生とソルレイユ先生。そしてメリージア先生を呼んできてくれ」


 ライグランは軽く一礼して部屋を後にした。

 その数分後、3人の男女を連れて戻ってきた。


 1人はエクリア同様に燃えるような赤い髪をこれまた燃え盛る炎のように逆立てた男性。

 1人は海のような青い髪をストレートに背中まで伸ばした物静かな女性。

 そして最後の1人は、いきなり学園長室の入り口で何も無いところで躓いた栗色の髪をした女性。


 それぞれ、居ずまいを正して自己紹介をする。


「サラマンダークラス担任のガルバン・ガーランドだ。歓迎するぞ、諸君」

「ウンディーネクラスの担任を務めます、ソルレイユ・アンシャンテです」

「えっと、アザークラスを受け持ちます、メリージア・アニハニスです。あの、アザークラスにも編入生があると聞いたのですが」


 ガハハと笑う豪快なガルバンに対し、物静かなソルレイユ。そして、なんだかおどおどしているように見えるのがメリージア。3人がそれぞれ配属されるクラスの担任だった。


「ガルバン先生。こちらが貴方のクラスに編入するエクリア・フレイヤード君だ」

「フレイヤード? もしや、あの『火のロード』殿のご息女か?」

「はい。グレイド・フレイヤードは私の父です」


 エクリアの言葉を聞いて、しみじみと頷く。


「そうか。フレイシアの事件は色々と大変だったな。私もグレイド殿とは面識があってね。昔は色々とお世話になったものだ。あれはまだ私が学生だった頃の――」

「はいはい、積もる話は後にしなさい。まだ紹介が済んでいないんだから」


 長話になりそうな気配を察したか、アルメニィが割って入った。ガルバンはやや不満な顔をしたが、大人しく引き下がった。

 アルメニィは改めてソルレイユに向き直る。


「ソルレイユ先生。この子はリーレンティア・アクアリウス。君のウンディーネクラスに配属する事になった」


 リーレは丁寧にお辞儀をする。


「リーレンティア・アクアリウスです。よろしくお願いします」

「アクアリウスですか。まさか『火のロード』だけでなく『水のロード』のご息女まで来ていたとは。エクリアさんの経歴を聞いてヤバいと思いましたが、貴女がいればサラマンダークラスとの差は生まれないでしょう」

「ふん、まだ拘っているのか。我がサラマンダークラスの優位は依然揺るがないと言うのに」

「ふっ、いつまでも調子に乗っている事です。足元に注意することをお忘れなく」


 不気味な笑みを浮かべながら顔を突きつけ合う教師2人。どことなく目線の交わる先に火花が散っているように見えた。

 アルメニィがやれやれと首を振って間に割って入った。


「お前達、編入生の前だぞ」


 ハッとしたように同時に正対する2人。


「何はともあれ、よろしくお願いします、リーレンティアさん。あの火炎バカの鼻を明かしてあげましょう」

「は、はあ。よろしくお願いします」


 やや疲れた顔をして最後の教師の方を向く。その様子を見て、ミリアは学園長も大変だなと心底思った。


「メリージア先生。

 彼女は貴女のアザークラスに預けることになった。

 名前はミリア・フォレスティ。分かるね?」

「ミリア・フォレスティ。あの試験で魔力測定の魔道具を破壊した」


(あ、やっぱり噂になってるんだ)


 ミリアは「困ったなぁ」と後頭部を掻く。

 とは言え、あれは不可抗力でもあった。なにぶん、潜在能力を見られてはどんな魔道士でも抑えようがない。だからこそ噂になっているわけなのだが。


「あの、アルメニィ学園長。どうして彼女をアザークラスに? 別にアザークラス以外でも良さそうな気もしますが」

「ミリア君は全特性特化に固有魔法の資質持ちだ。その意味が分かるだろう?」


 それを聞いてようやく腑に落ちた顔をするメリージアだった。


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