第4話 ミリア、学生になる



 春の麗らかな陽気が王都ヴァナディの一角を占める学園都市に降り注ぐ白羊の月の初め。学園都市の中央に鎮座する魔法学園にもちらほらと生徒らしい魔道士達の姿が見かけられるようになって来た。

 このヴァナディール魔法学園は1年を前期と後期に分け、その間に長期休暇を挟んでいる。今の時期は丁度後期の長期休暇がそろそろ終わると言った頃合いだった。





「ふむ、確かに『火のロード』グレイド・フレイヤード殿と『水のロード』ローレンス・アクアリウス殿、そして『灼眼の雷帝クリムゾン・アイズ』ことベルモールの紹介状だな」


 ここはヴァナディール魔法学園の学長室。

 ミリア達3人はここで学園長用の豪華な椅子で踏ん反り返っている少女と向き合っていた。

 少女。その例えは決して間違いではない。

 なぜならば、目の前にいるのはどう見ても10歳くらいの小さな女の子だったのだから。

 身に纏っているのはランク『賢者ソーサラー』の外套なのだが、どう見ても小さな女の子が無理して大人の真似をしているようにしか見えない。

 そんな心境が顔に出ていたか、少女は頬を膨らませる。


「どうせ小さいとでも思っているんだろう。

 私はこれでも700歳を超えてるんだ。あんまりバカにするんじゃないよ」

「な、700歳?」

「種族が『バンシー』なんだから仕方ないだろ。これ以上身体は成長しないんだよ」


 ものすごく悔しげに少女は言った。さすがに3人もとても悪い事をした気持ちになる。


 そう、この目の前にいる幼女こそ、ヴァナディール魔法学園の学園長を務める魔道士。

 『賢人』の二つ名を持った賢者ソーサラー、アルメニィ・ルイスカリアその人であった。


 アルメニィはミリア達から渡された紹介状に目を通し、そしてミリアの顔を見てクスリと笑った。


「それにしても、あのベルモールが弟子を取るとはな。意外だったよ」

「学園長はベルモールさんとお知り合いなのですか?」

「そうだね。あいつがまだ正魔道士セイジだった頃からの付き合いかな。魔道士としても1人の人間としてもぶっ飛んでたよ。私も色々と振り回されたもんさ。簡単な依頼だったはずなのに気がついたら大事になってる事なんて日常茶飯事だったよ」

「……弟子は師に似るって本当ですね」


 エクリアとリーレが諦めの混じった目線をミリアに向けてきた。アルメニィも苦笑しつつ、


「まあ、悪いことばかりじゃないさ。ベルモールも私も、それを乗り越えたから今の地位があるんだ」

「なるほど。物は考えようですね」

「そういう事だ」


 そこまで言ってから、「さて」とアルメニィは立ち上がる。


「火と水のロードや大魔道士・ベルモールの推薦があるからと言って特別扱いはできないからね。テストは受けてもらうよ」






 そんな訳で、ミリア達3人はアルメニィに連れられてヴァナディール魔法学園の魔法演習場へとやって来た。

 ヴァナディール魔法学園の魔法演習場は、一種の射撃場のような形になっており、今も30人近くの魔道士達が教官の指示のもとに練習に励んでいる。

 その演習場を通り過ぎ、ミリア達からやって来たのは不思議な魔道装置が置いてある一室。見た所、まだ見習いらしき魔道士達が何かの練習をしていた。

 首をかしげる3人の前で、アルメニィは教官の男性魔道士に声をかける。


「ちょっといいかな、ゴレリキ先生」

「これはアルメニィ学園長。何か御用でしょうか」

「魔力測定器を使わせて欲しいのだ。この子達の保有魔力を調べたいのでな」

「ああ、なるほど。彼女達が」

「そういう事だ。では、使わせてもらうぞ」


 ゴレリキ教官と見習いマージの魔道士達に見つめられる中、まずはエクリアが魔力測定器の前に立った。


「君達は3人ともランクは正魔道士セイジだったな。セイジは我が学園の中等部に編入と言う形になる。ヴァナディール魔法学園の中等部における魔力の最低条件は100MPとなる」

「えむぴー?」

「魔力を数値化した値とでも思ってくれていい。100MPに満たないものは中等部では着いてこれなくなる。君達ならば大丈夫だとは思うが、まあこれはルールなんでね。悪いが付き合ってくれ」

「別に構いませんが、どうやるんですか、これ?」

「そこに2つの水晶球があるだろう。それに左右の手を乗せて、あとは普通に魔法を使うように魔力を手から放てば良い」


 エクリアは言われた通りに両手を水晶球に乗せて、その身から魔力を解き放った。体から赤みがかった光が放たれ、水晶球から魔道装置へと伝っていく。その数値を見ていたアルメニィが、「ほう」と感嘆の声を漏らす。


「魔力値800MPか。魔力だけならば『上級魔道士ウィザード』のクラス以上だな。訓練次第ではすぐに魔力は『賢者ソーサラー』クラスに到達するだろう」


 次はリーレの番で、結論を言うとリーレの魔力はエクリアを若干上回る810MPだった。


「いや、素晴らしい逸材だな。将来が楽しみだ」と、教官のゴレリキが笑った。


 そして最後、ミリアの番なのだが、


 パアァァァン!


「わっ!」


 ミリアが魔力を込めた瞬間に魔力測定器のメインコアらしき結晶体が砕け散ってしまった。さすがに周囲もざわつく。


「ふーむ、ここまで完全に壊されるとは想定外だな。感じた魔力ではここまで粉々にされるとは思えなかったのだが」


 砕けた結晶体を手に取って眺めていたアルメニィは、ふと思い出したようにミリアに問う。


「そう言えば、ベルモールから聞いていたのを忘れていた。確か君は自分の魔力を制限しているんだったか?」

「はい。この魔力封印と魔力制御の紋章を刻んだペンダントの効果で、普段は全体の3割ほど、最大でも5割の力しか出せなくしてあります」

「なるほどな。

 この魔力測定器はそう言った魔力制御の力を受け付けない仕様になっていてね。あくまで本人の潜在的な力を測れるようになっているんだ。このコアクリスタルは賢者ソーサラーに近い魔力まで対応していたのだが、どうやらミリア君の魔力はそれでも収まりきらないようだね」


 アルメニィのその言葉に周囲のざわめきが大きくなる。その中心人物のミリアはただオロオロしていた。


「あの、私はどうすれば」

「魔力測定は免除しよう。と言うか、君達だと測定する意味がない。3人共、テストは合格だよ」


 それを聞いて、3人共安堵の吐息を漏らした。





    ◇ ◆ ◇ ◆ ◇





 ランク『上級魔道士ウィザード』を超える魔力を持った『正魔道士セイジ』の魔道士が中等部に編入してくる。その噂は瞬く間にヴァナディール魔法学園に広がった。当然その噂は中等部に所属するカイトとシルカの耳にも飛び込んできていた。

 昼食時、共に学食で食事をしていたカイトとシルカも例に漏れずその話題を口にする。尤も、内容には若干のズレがあったが。


「ねえカイト、噂の魔道士って……」

「ああ、間違いなくあの3人だろうな。てか、うち1人は魔力測定器を壊したとか言うし。『正魔道士セイジ』でそんな事ができるのはミリアさんくらいしか思いつかない」

「私達も直接見てなかったら信じられなかったかもしれないわね」


 と、そこへ、


「何だ、お前あんな与太話を信じてるのか?」


 実に鼻に着くイヤミったらしい声が聞こえた。2人ともうんざりした顔で振り返る。

 そこは10人くらいの女生徒を引き連れた1人の男。新緑のような髪を爽やかになびかせた、容姿で言えば間違いなくイケメンに当たるであろう人物。しかし、カイトやシルカにしてみれば、その蔑むようなニヤニヤ笑いが全てを台無しにしている。

 カリバン・エアリーズ。『風のロード』ミレニア・エアリーズの次男坊だ。


「与太話って?」

「あの『上級魔道士ウィザード』超えの『正魔道士セイジ』って話だよ。そこまでして注目を集めたいかねぇ」


 お前には言われたくないとカイトもシルカも思ったが、あえて言葉に出さなかった。


「でも、アルメニィ学園長も立ち会ってたそうじゃない」

「そんなの、何らかのイカサマを使ったに決まってる。見てな、すぐに俺が化けの皮を剥いでやるからな」


 そう言って、高笑いと共に去って行った。

 カイトとシルカは顔を見合わせる。


「イカサマか。どうだか」

「俺もあの3人の戦いを実際に見てなかったらイカサマだと思うかもな」

「私も同じ。とても同じ『正魔道士セイジ』とは思えなかったわ。むしろ、ミリアさん達だと私と同じ『正魔道士セイジ』である事自体がおかしく感じるもの。多分、今までは誰かに師事してたんだろうけど、ミリアさん達の師匠って一体どんな魔道士なんだろう」


 あのミリア達の師事する魔道士なのだ。間違いなく只者ではないとシルカは思った。







 その日の午後、魔法学園の生徒達は全員講堂に集められた。編入生の紹介があるためだ。

 ヴァナディール魔法学園は大きく分けて2つの学部がある。

 魔道士学部と魔道騎士学部。

 魔道士学部の生徒は常に制服の上に魔道士の外套を羽織っており、魔道騎士学部の生徒は儀礼用の騎士服によく似た制服を身に纏い、愛用の武器を1つだけ携帯している。

 その数、両学部、初等部、中等部、高等部合わせて総勢500人。

 その全員が編入生の紹介のためにこの講堂に集まっているのだ。

 ちなみにミリア達が特別と言うわけではない。この学園では編入生が来れば全員に紹介する事がアルメニィ学園長の考え方なのである。

 噂の事もあって騒めく生徒達の前に学園長のアルメニィが現れた。講壇に立ち、生徒達を見回す。そして、風の魔法を応用した『拡声』の魔法で講堂内に声を響かせる。


「生徒の皆、一流の魔道士や魔道騎士になるために日頃から研鑽に励んでいる事と思う。

 本日は、皆に新しい仲間を紹介する」


 アルメニィは舞台袖にいたミリア達を講壇側まで招き寄せ、


「魔道士学部の中等部に通う事になる、エクリア・フレイヤード、リーレンティア・アクアリウス、ミリア・フォレスティだ。

 では、3人共自己紹介を頼む」


 そう促されて、まず壇上に立ったのはエクリア。


「ご紹介に預かりました、エクリア・フレイヤードです。皆さんと共に学び、皆さんと共に一流の魔道士を目指したいと思います。よろしく」


 続いて、リーレ。


「リーレンティア・アクアリウスです。気軽にリーレと呼んでください。まだまだ若輩者ですが、父のような偉大な魔道士になるために頑張りたいと思います。よろしくお願いします」


 無難に済ませた2人。

 だが、ミリアは違う。こういう事は第一印象が重要であり、自己紹介はインパクトが全てと師匠のベルモールも両親のデニスやセリアラも言っていた。それに従い、壇上に登ったミリアは大声で言い放つ。


「ミリア・フォレスティです!

 この学園に来たのは夢を叶えるため!

 私の夢はズバリ、魔道士の頂点!

 すなわち、大魔道アークの魔道士!

 必ず私は大魔道士アークになって見せる!

 以上!!」


 ミリアの言葉に一瞬静まり返る講堂。やがて騒めきと笑い声が混じった奇妙な空気へと変わっていった。







 講堂でミリアの宣言を聞いたカイトは茫然としていた。魔道騎士を目指すカイトも、『大魔道アーク』という魔道士の最高位に関してはもちろん知っている。

 現在では世界に3人しかいない魔道士達の頂点。

 ミリアはその大魔道アークに必ずなってみせると言った。何のためらいもなく。

 彼女は自分とは違うと思った。何より、夢に向かう真剣さがまるで違う。

 カイトは魔道騎士になりたいと思った。しかし、ミリアのように、必ずなってみせるとは言えなかった。


「……負けられないな」

「カイト?」


 その眼差しは真剣そのもの。そしてまるで憧れのものを見るような瞳でカイトはミリアを見ていた。

 それを見たシルカは直感した。今、とんでもないライバルが出現したと。

 もっとも、カイトがミリアに感じているものはと言うと、その一直線に突き進む生き方に対する羨望や憧れであって、ミリア個人をどうこうと言うのは全くない。が、そんな事がシルカに分かるわけもない。


(ミリアさんからカイトを守らなければ)


 そんな斜め上にズレた決意を人知れず固めたシルカだった。

 

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