第3話 魔法騎士を目指す少年
魔道騎士団オリジンナイツ。
魔法王国ヴァナディールの精鋭騎士団である。国の剣でもあり盾でもあるこの騎士団はいくつもの部隊に分かれている。
武器を手に戦う魔戦士兵団。
魔法を専門にする魔道兵団。
そして何より花形とも言える、武器と魔法の両方を使いこなす騎兵部隊。魔道騎兵団。
全部で10ある魔道騎士団の軍団、その3番目を率いる立場にその人物はいた。
ライエル・ランバルト。
平民出身でありながら、輝く才能と絶え間ない努力の末に軍団長に上り詰めた、平民の星とまで呼ばれる人物である。
しかし、今回スポットを当てるのは彼ではない。彼の栄光を眩しげに見つめ、自分もまた同じように魔道騎士になりたい。そんな夢を持つ1人の少年がいた。
カイト・ランバルト。
ライエルの弟であった。
ブラウン色の髪を風に煽られながら、カイトは大平原を馬で駆けていた。その身にはヴァナディール魔法学園の制服を纏い、腰には兄から貰った剣を携えている。
そんな彼の後ろには魔道士姿の少女が横座りしていた。その魔道士の外套の下にはカイトと同じくヴァナディール魔法学園の制服が覗いている。つまりは2人ともヴァナディール魔法学園の生徒と言うことになる。
「この調子なら王都までは日暮れ前には着きそうね」
「そうだな。無事に仕事も終わった事だし、報酬を貰ったらどっかで飯でも食うか」
「そうね。今日はお肉が食べたい気分だわ」
カイトの肩越しに笑顔を見せる少女。
彼女の名はシルカと言い、カイトと一緒に育ってきた幼馴染である。
2人はグレーウルフの討伐依頼を受け、無事に完了して報告に戻る道中だった。グレーウルフはそれほど強くない魔獣だが、群れで行動する事が多く、今回も10匹程度の群れが相手だった。
実は、カイトは少々不満だった。
他の冒険者との共同戦線だったためか、討伐数で言うとカイトが一番少なかった。まだ剣の技術も身体や武器に魔力を通す技術も未熟だったためだ。
後ろにいるシルカの魔道士の外套には
しかし、自分はまだ魔力を用いた戦い方と言う基本すら身に付けていない。
その事実がカイトの心に焦りを生んでいた。
そんな彼の目に飛び込んできたもの。
乗合馬車が1匹の魔獣に襲われている。
乗合馬車を見降ろすかのような巨躯。全身を覆うダークブラウンの体毛。そしてその両手から突き出した、まるで刃のような8本の爪。
その外見から、その魔獣はこう呼ばれていた。
――ソードグリズリー。
馬車が横転し、中から人が転がり出てくる。夫婦らしき中年の男女と、カイト達と同年代と思われる魔道士姿の3人の少女。
助けに行かなければ!
見捨てると言う選択肢はカイトには無かった。
「ちょっと、アレってソードグリズリーじゃない!」
「人が襲われてる。助けないと」
「でも、ソードグリズリーは私達が討伐したグレーウルフなんかとは比べ物にならない強さの魔獣よ。私達だけで勝てる?」
「大丈夫。俺とシルカなら勝てるさ」
そう言うと、カイトは馬首をソードグリズリーに向け突撃した。
一方のソードグリズリーに襲われている側の3人の少女。ミリア達の方はと言うと。
「あ〜もう。怪しい灰色の男達に襲撃されて列車が動かなくなって、やっと乗合馬車を捕まえたと思ったら今度はソードグリズリーか!」
続けての災難にミリアの心境は荒れ模様だった。
「こうなったら私達で粉砕してくれるわ。
やるわよ、エクリア! リーレ!」
「はいはい」
「じゃあ、まずは私が足止めを」
と、リーレが氷の魔法を形成しようとしたその時だった。
突然ミリア達の後方から風の刃が飛来してソードグリズリーの身体に十字形の傷をつけた。鮮血を撒き散らし仰け反ったそこへ、
「おりゃあああぁぁぁ!」
気合いの声と共に剣を構えた少年が天空より落下。その勢いそのままで剣の刃をソードグリズリーの脳天に叩きつけた。
絶叫を上げて腕を振り回すが、やがて力尽きたかその場に崩れ落ちた。
「よっし、完勝!」
少年はやって来た魔道士姿の少女とハイタッチを交わす。逆にポカーンとしているミリア達。
「皆さん、大丈夫でしたか?」
言われてハッとしたように頷く。
「ほら、ソードグリズリーだって俺達にかかればイチコロだろ?」
「そうなんだけど、もう少し慎重さも必要なんじゃ」
「いやいや、シルカは慎重すぎるんだって」
軽口を叩き合う2人。恋人同士か?
そう考えたその時、ミリアの目は2人の背後に向けられる。咄嗟にミリアは2人に飛びつき押し倒した。
「へ?」
「ちょっ」
非難の声を上げようとした2人の眼前を鋭い爪が一閃する。
それは、先ほど仕留めたと思っていたソードグリズリーだった。
「まだ死んでなかったの!?」
「頭の傷が完全に脳にまで届いてなかったみたいね」
ミリアは起き上がると、すかさず両手に魔力を結集させる。構えた腕に風が巻きつき形を成す。
「
使ったのは風の初期『旋風』のクラス。しかし、その込められた魔力は魔法に上乗せされてソードグリズリーに直撃する。ソードグリズリーは堪らず数歩後ずさる。
その隙にミリアは他の2人に指示を飛ばした。
「エクリア! リーレ!
いつも通り行くわよ!」
「オッケー!」
「了解しました!」
頷いたリーレは大地に手を付き氷の魔力を解放する。
「絡み付け!
たちまち地面を這う氷の荊がソードグリズリーの両手両足に巻き付き凍結、その四肢を拘束する。そこへ、
「
エクリアの放った火炎弾が頭を直撃。その衝撃でソードグリズリーの頭に刺さっていた剣が天高く舞い上がった。
すでに駆けていたミリアは仰け反ったソードグリズリーの身体を駆け上がり、舞い上がった剣へ向かって右手を伸ばす。
「剣、借りるよ!」
ミリアは剣を手に取り両手で握り直す。そして、身体を通してその剣へと一気に魔力を流し込んだ。剣がミリアの髪と同じ銀色の光に包まれる。
「切り裂け!」
天空から剣を振り下ろす。
その姿は先ほどのカイトとダブる。
だが、その結果はまるで違った。
カイトの一撃はソードグリズリーの脳天にめり込んだが、ミリアの放ったそれはめり込むどころかほとんど音もなくソードグリズリーの身体を両断してしまった。
唖然とするカイト達の前で、「わっ、汚い!」と飛び散る血を回避しているミリア。
その後ミリアは剣の血糊を払うと、マジマジと刀身を見つめ、やがてカイトの元にやって来た。
「剣、ありがとう」
ミリアはカイトに剣を差し出し、
「すごく良い剣ね。大切に使った方がいいわ」
「あ、はい」
剣を受け取ったカイトはそれしか言えなかった。
正直、自分の見たものが信じられなかった。
今、目の前に能天気に笑うこの魔道士の少女が使ったのだ。
あの技を。
もちろんミリア本人は知らないのだが、ミリアが先ほどソードグリズリーに放った攻撃は、魔道騎士が使う魔法剣術の一つ『エナジースラッシュ』だった。一介の魔道士が使える技ではない。
呆然とするカイトを横目で見ながら、エクリアとリーレが呟く。
「ま、そういう反応よね、普通は」
「ミリアちゃんの取り巻く環境が規格外なんです」
無論、その規格外に自分達も含まれている事を2人は気付いていない。
実際、驚いていたのはカイトだけではない。同じ魔道士であるシルカも驚愕を隠せなかった。
(な、何なのよ、あの人達は。初級の魔法なのに、込められた魔力が尋常じゃないわ。それに氷の荊を正確に相手に纏わり付かせる精度。頭を正確に撃ち抜く魔法のコントロール。風弾の魔法であのソードグリズリーの巨体を吹っ飛ばす威力。とても
シルカの目にはエクリアとリーレもミリアと同類だった。おかしかったのはミリア達の認識の方である。
何はともあれ、ソードグリズリーを倒したミリア達は一路王都へと向かおうとするのだが。
「……どうしたものかしらね」
馬車は起こしたものの、引いていた馬が一頭逃げてしまっていた。さすがに乗合馬車くらいの大きさの馬車となると一頭で引くのは無理だ。列車に続いて馬車まで立往生とは。
今日は厄日か。
ミリアは心底そう思った。
だが、捨てる神あれば拾う神あり。途方に暮れる一行に救世主現る。
「あの」
振り返るとカイトとシルカが自分達の乗って来た馬を引いて近づいて来た。
「良かったら私達の馬で馬車を引きましょうか?」
「いやぁ、助かりました。魔獣に襲われた時はもうダメかと思いましたよ」
ミリア達と一緒に乗っていた年配の男性が豊かな顎髭を撫でながらそう言った。
現在、乗合馬車内にはミリア達3人とこの夫妻。そしてシルカも一緒に同乗していた。カイトは御者席で馬車の運転である。
「いえ、私達もお役に立てず。ミリアさん達がいなかったらどうなっていたかと」
「あはは」
ミリアは照れたように笑っている。正直、反応に困る場面だ。エクリアがフォローするように割って入る。
「ところで、その制服はヴァナディール魔法学園のものですよね」
「ええ。私とカイトは学園の中等部に所属しています」
「中等部?」
首をかしげるミリアに呆れたような目を向けるエクリア。
「入学案内に書いてあったでしょうが。
ヴァナディール魔法学園には見習いが魔法の基礎から習う初等部。セイジ以上が習う中等部。主にウィザード以上が研究目的に通う高等部があるって」
「あはは、そうだっけ」
「ミリアちゃんは本当に興味ない事は全く覚えませんね」
「いや、ここは結構重要だからね」
そんな話をしている3人にシルカには気になるフレーズがあった。
「入学案内? 皆さん、ヴァナディール魔法学園に通うんですか?」
「うん、そうなのよ。私、学園って初めてだから楽しみで」
「あたし達って基本3人でしか行動してないもんね。周りはすごい魔道士ばっかりだし」
「同じような魔道士ってほとんど会う機会もありませんでした」
そう言えば、3人はエクステリアから来たと話していたな、とシルカは思い出した。あそこは魔道士達の都と呼ばれている。ただし、多数は正魔道士以上であり、魔道士の卵は学園のある王都の方が多いだろう。
「ほう、皆さんあのヴァナディール魔法学園の生徒さんなのですね」
黙って聞いていた年配の男性が声を弾ませた。
「実は私、ポルカと言いまして、王都で商店を開いていましてね。ヴァナディール魔法学園の品も色々と取り扱っています。助けて頂いたご恩もありますし、タダにする訳にはいきませんが、商品はお安く提供致しましょう」
そう言って、ポルカは自分の名刺をミリア達3人とシルカ、そして御者席にいるカイトにも手渡した。
見るとそこには『お客様に心を込めて。ナイデル商会会長 ポルカ・ナイデル』と書かれていた。
(ナイデル商会。確かお祖父様の取引相手にいた気がする。気をつけないと)
シルカは横目でチラッとポルカを見る。とりあえず気づいていないようだ。
そう、彼女のフルネームは『シルカ・アルラーク』。ヴァナディール王国でも一二を争う大商人の孫娘だった。
「それじゃ、学園でまた会うかもしれないけど、その時はよろしくね」
そう言って、ミリア達3人は王都の街中に消えて行った。
その後ろ姿を、眺めていたカイトとシルカ。
「何と言うか、とんでもない人達だったな」
「ミリア・フォレスティ。エクリア・フレイヤード。リーレンティア・アクアリウス。
あんなに力があってもクラスは私と同じセイジなのね」
「強くならないとな」
カイトの目にはまるで憧れの兄を見た時のような輝きが宿っている。シルカは直感した。あの3人は油断ならないと。
それにしても、とシルカは思う。
片や火のロードの娘。片や水のロードの娘。あげく最後の1人は魔王候補筆頭と女神のハーフだと言うではないか。
(何か不公平だわ……)
シルカはうつむきながらそう感じたのだった。
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