第2話 王都ヴァナディ道中にて
ヴァナディール王国。通称魔道の国。
その名の通り、魔法の研究と魔道士の輩出に力を入れている国で、エンティルス中に流通している生活必需品を含む魔法器具はこの国の生産物と言ってもいい。
そして、ヴァナディール王国のもう一つの売りが高位の魔道士や魔戦士だ。
魔戦士とは魔法を使う戦士という訳ではなく、魔力を使って戦う戦士の事。魔力を身体に流して身体能力にブーストをかけたり、武器に魔力を込めて斬撃を強化したりと言った戦い方をする。その技を極めた者は魔力を斬撃そのものに変換して放ってくる者さえもいるらしい。
そのヴァナディール王国の王都ヴァナディは、エクステリアの街の北にあるフレイシアの街のさらに北。広大なディール大平原にあり、そしてその南部地区一帯――人呼んで『学園都市』に王国の魔道士や魔戦士育成の最高峰と呼ばれる『ヴァナディール魔法学園』は存在していた。
ベルモールから魔法学園の入学届けと推薦状を受け取ったミリアは、エクリアとリーレと言ういつものメンバーで一路王都ヴァナディへと向かう。
晴れ渡る青空の下、現在3人はフレイシア経由ヴァナディ行きの列車の中だった。
「それにしても、ベルモールさんも用意がいいわね。ミリアのだけじゃなくてあたしとリーレの分の推薦状まで用意してくれてるなんて」
車窓から外の景色を眺めながらエクリアが言う。その横顔を見ながら、ミリアはベルモールの言葉を思い出していた。
曰く、
「お前達は3人で1セットだろ?」
――だとか。
ご丁寧に、2人の両親の了解まで取ってあり、その許可書も推薦状と一緒に付けてあった。一体いつの間に。
「まあ、魔法学園に通うのは専門的な知識を学ぶ上では良い事だとは思いますけどね」
「そうね。遅かれ早かれ、あたし達もいずれは行く予定だったし。予定がちょっと早まったってだけよ」
そんな感じで2人は暢気に笑っていた。
「そう言えば、私これから向かうヴァナディール魔法学園の事何も知らないのよね。
2人は詳しいの?」
ミリアの問いにエクリアとリーレは顔を見合わせる。
「魔道士を志してヴァナディール魔法学園を知らないとは思わなかったわ」
「む、馬鹿にしてるよね?」
ジト目で睨むミリアの視線をサラッと流し、
「ヴァナディール魔法学園は魔力を正しく使うためにいろんな人が学ぶ学び舎よ」
「いろんな人?」
「そう。何も魔力は魔法を使うためだけにあるわけじゃないからね。ヴァナディール魔法学園に通う人は魔道士だけじゃないのよ。
例えば、ミリアって接近戦とかだと魔力を体に流してブーストをかけたりしてるわよね」
確かに、ミリアは魔法だけでなく接近戦では父親デリスから叩き込まれた武術を使う。そのジャンルたるや剣や槍に始まって素手での徒手空拳にまで至る。
その際に、身体能力を上げたり攻撃に魔力を上乗せしたりとミリアはごく普通に繰り出していた。
それが魔戦士と呼ばれる魔力を用いた武術を専門にする者達の技とも知らずに。
初めてそれを見たエクリアとリーレは唖然としたものだった。
「あれみたいに魔力を剣術とかに活かして戦う人とかもヴァナディール魔法学園に通っているのよ。魔法学園って銘打ってるけど、魔道士のためだけの学校じゃないって事ね」
「なるほど」
もちろん、魔道士達にとっても魔法学園は重要な施設なのには変わりはない。専門的な知識や技術を学ぶ事もできるし、何より在学中に魔道士のランク試験を受ける事もできる。
そんなエクリアの話が終わったところで、列車はサウスヴァナディの駅に到着した。サウスヴァナディは王都ヴァナディの南にある宿場町で、ヴァナディール魔法学園のあるセントラルヴァナディ駅はこの次の駅だ。
停車して数分、そろそろ出発かと思ったその時、突然爆発音が大気を震わせた。
「な、なに?」
窓から顔を覗かせた3人の目の前で火炎弾が数発飛来し駅舎の一部や町の建物に直撃。それは明らかな火炎系攻撃魔法だった。
「ちょ、何で戦闘になってるのよ!?」
焦った声を上げるエクリア。
そんな中、流れ弾らしき火炎弾の一発がミリア達の元へと飛んで来た。火炎弾はミリア達の退いた座席の近くに着弾し、3人まとめて衝撃で椅子から投げ出された。
「いてて。リーレ、エクリア、大丈夫?」
「私は何とか」
「ったく、一体何なのよ」
周囲を見回すと、同じように衝撃で吹っ飛ばされた他の乗客達の姿も見える。幸いにも酷い怪我を負った人はまだいないようだ。
ミリア達3人は火炎弾で無残に大穴の空いた車両から外に出る。
見れば戦闘を繰り広げているのは、片方は見覚えのあるエンブレムがデザインされたローブを身に纏う一団。言わずと知れた魔道法院の魔道士達。対するは得体の知れない灰色のマントで頭から全てを隠した一団。おそらくは何らかの裏の組織の者だろう。
戦闘は魔道法院側有利のまま、決着がつきそうに見える。しかし、ミリアの目にはどうにも奇妙な様子が映っていた。
敵の魔道士達。剣を扱う者もいるので魔道士だけではないのだろうが、それはさておき、敵の体から感じられる魔力が不自然に大きい。それに反して、その扱いはと言うと奇妙なほど拙いのだ。そして何より、痛みも恐怖も感じていないようなあの戦い方。おそらく捕獲目的の電撃魔法に対し、何のためらいもなく突っ込んでいく。とても正気とは思えない。
と、そんな時、3人の目の前に灰色の外套を纏った男が落下する。その男は転がるように起き上がり、ミリア達の方を見た。
その瞬間、ミリアの背筋に言い様のない悪寒が走る。
血管が浮き出て真っ赤に染まった目。濁り切った瞳。中途半端に開いた口からはよだれが垂れ流れている。
ただ事じゃない。
反射的に魔力を込めた右腕を突き出すのと男がミリアの方に突進するのとほぼ同時だった。
「こっちに来るなぁぁぁ!」
それは見事なまでのカウンターだった。
それも捻じり込むような右ストレート。
打ち込まれたその男はきりもみ回転するように吹き飛び、駅舎の壁をぶち抜いた上に他の灰色の男達を巻き込んで倒れ伏した。
「えっと、生きてるわよね、アレ」
「多分……」
余りに想定外なことに思考が追いついていないエクリアとリーレはそう言葉に出すのが精一杯だった。
戦闘に巻き込まれ、火炎弾やら電撃やらの流れ弾を被った列車は案の定動かなくなった。再開の目処は立っていない。
手持ち無沙汰に魔道法院の役人達が制圧した灰色の男達を連行していく様子を眺めているミリア。ふと、その目が見覚えのある顔を捉えた。
「リアナさん」
「え?」
呼ばれて振り返る、栗色の髪を肩で切りそろえた女性魔道士。
「あら、ミリアさんじゃないですか。それにエクリアさんとリーレンティアさんも。奇遇ですね」
言いながらミリア達の元へ歩み寄って来る。
彼女の名はリアナ・メイリストと言い、魔道法院の女性捜査官であり、身に付けた階級章の通りソーサラーの階級を持つ魔道士でもある。
今から半年前にフレイシアの街で起きた邪竜ベルゼドの一件で知り合い、その後も色々とお世話になった人だ。ミリア達がセイジに昇格できたのも彼女の推薦があった事も無関係ではないだろう。
「ミリアさん達もこの列車に乗っていたんですか。とんだ災難でしたね」
「全くですよ。王都に向かう矢先にこれだし、先が思いやられます」
「あら、王都に向かうところだったんですね。また何かの依頼ですか?」
「今回は違いますよ。実は私達3人、ヴァナディール魔法学園に通う事になりまして」
そのミリアの言葉にリアナは意外そうな顔をする。
「ベルモールさんの師事だけでも十分な気もするんですけど」
「いや、これはそのベルモールさんからの薦めなので」
「……まあ知識を得るためには学園に通う事も良い事ではありますが。そうですか、だから王都に……」
なぜかリアナは複雑な顔をしていた。
「王都で何かあったのですか?」
エクリアが横から首を突っ込んだ。さらに逆からリーレも顔を覗かせる。
「もしかして、先ほどの一件と何か関係が?」
対してリアナはしばらく思案してから首を振り、
「そうですね。王都に行くのであれば注意するに越したことはないでしょう。
皆さん、ルルオーネを知っていますか?」
ルルオーネ。エクリアとリーレは首を傾げただけだったが、ただ1人、ミリアだけがその言葉に反応した。
「ルルオーネですって!?」
「流石に一流の薬師でもあるベルモールさんに師事しているだけはありますね。やはり知っていましたか」
「ミリア、一体何のこと?」
「ベルモールさんの名前が出るって事は薬関連の名前ですよね?」
リーレの言葉にミリアは頷いて返す。
「ルルオーネってのはとある材料を使って作る薬。一種の魔力増強剤なんだけどね」
「魔力増強剤なら一般にも売られてますよね。まあ、あくまで補助的なものに過ぎませんけど」
「うん、一般に売られているのはそんな感じね。エミルモールに売ってるのもそんな感じの薬だし。
でもね、ルルオーネはそれとは全然違う。
ルルオーネは服用した相手の魔力を大きく増幅させる効果があるのよ。魔力のない人でも、一錠飲めば
ただね、副作用がとんでもないのよ。魔力を持たない人ですら
そう言えばと、エクリアとリーレはチラッと目線を横にズラす。その先にはミリアに殴り飛ばされた哀れな男が魔道法院の衛士達に引きずられている。見れば、その胴には軽甲冑を装備していたようで、中央から破壊された無残な残骸と化していた。まあ、あの軽甲冑の犠牲のお陰で命があったと思えば無駄ではなかったのだろう。
思えばあの男の表情もまともではなかった。
「あの連中もルルオーネを?」
「間違いないでしょうね」
リアナは頷いて肯定する。
「ルルオーネは第1級の禁止薬物です。それがどうも最近王都を中心に出回ってるようでして。発生件数からして何か大きな組織が裏で動いているのではないかと調査しているんです」
とは言え、とリアナは連行されて行く男達に目を移す。薬の副作用か、ほぼ全員がまともに歩けないほどに精神がボロボロになっていた。
「あれじゃあ、尋問しても無駄そうですね」
悔しげに唇を噛むリアナの言葉をミリアが代弁する形になった。
「地道に捜査するしかないです。皆さんも王都に行くならお気をつけて」
そう言って、仕事に戻ろうとするリアナをミリアが呼び止めた。
「あ、リアナさん、もう一つ聞きたいことが」
「何でしょうか?」
「列車の再開予定は?」
リアナは魔術戦で被害を喰らった車両を見て肩をすくめる。客車どころか、動力源を積んでいる先頭車両までボロボロになって黒煙を吹いていた。
「今日中は無理そうですね」
はぁ、やっぱりか。
大体分かっていたこと。ミリア達は諦めてヴァナディ行きの乗合馬車を探すのだった。
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